もう30年も前になる
神保町の古本屋のガラスで素通しの
出入り口のドアに入店しようと
ドアノブに手をかけたせつな
退店しようとした白髪の小柄な老人が
サッとあらわれ開けないドアを間に
鉢合わせになった。
ハッとした表情で見上げたその老人の目は
クリクリと大きく童顔だった。
その1秒間のせつなにその目は見開かれ
キラキラとうるみ私を凝視した。
当時、185の身長と痩せた体で
目ははれぼったいが鼻筋は通った
一見秀麗な二十歳くらいだった私を
熱く見つめる時間がとても長く感じた。
その長く見つめあった瞬間で私も気がついた。
この人は山田太一だと。
私は外開きのドアを開けてあげ
軽い会釈を残して山田太一は私の横を
すり抜けていった。
それが彼を見た最後だった。