雅子皇后は、5カ国語に長けていると言われている。

「雅子さまは、幼少の頃は父親の元外務事務次官の小和田恆さんの海外赴任先である旧ソ連やアメリカで過ごされています。雅子さまがモスクワで暮らしていらっしゃった頃の写真を小和田さんから見せてもらったことがあります。3歳くらいでしたが、この頃すでにロシア語を話されていたようですね」(同)

 当時、雅子さまはロシア語で夢を見たり、妹にロシア語で話しかけたりするほど堪能だったという。

 雅子さまが5歳の時、小和田一家はニューヨークへ移る。雅子さまはニューヨーク市立パブリックスクール付属幼稚園に1年間通われ、パブリックスクールに入学。7歳まで学んで帰国しているが、ここで英語をマスターされたようだ。が、元々小和田家では、家庭で普通に英語で会話する事が珍しくはなかったという。

 米国では、マサチューセッツ州立ベルモント・ハイスクールに2年間通われた。この時、ドイツ語を学んでいる。ドイツ語もすぐに上達し、
ドイツ語が優秀な学生に贈られるドイツ政府運営のドイツ総領事賞とゲーテ・インスティトゥート(ドイツの国際文化交流機関)賞を受賞したほどだ。ハイスクールを卒業後、ハーバード大学経済学部に入学した。

「雅子さまは、大学1年からフランス語のサークルに入って、フランス語を学んでいます」(神田氏)

大学1年の夏休みには、ドイツのゲーテ・インスティチュートでドイツ語の特訓をし、2年の時はフランスのグルノーブル大学の夏期講座に参加するなど、貪欲なほどに語学の研鑽を積んだ。

サミット晩餐会
 雅子さまは外務省時代、先進国首脳会議で当時の海部俊樹首相の通訳を務めたことがある。皇室に入られて、語学力が最初に発揮されたのは、ご結婚の1カ月後、1993年7月のサミット晩餐会だった。

「雅子さまは、米クリントン大統領とヒラリー夫人、ロシアのエリツィン大統領、ドイツのコール首相、イギリスのメージャー首相、フランスのミッテラン大統領、カナダのキャンベル首相と、各国の首脳とは通訳なしで歓談していました」(同)

晩餐会では、雅子さまはロシア語も話されるという理由から、クリントン大統領とエリツィン大統領の間に座ったことは、印象的だった。

 昨年、フランスで開催された「ジャポニスム2018」で徳仁天皇が約3分間のスピーチをフランス語でされたが、この時、フランス語の指導をしたのが雅子皇后だといわれている。
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