17日に開かれた令和初のドラフト会議では、高校最速163キロを誇る佐々木投手を、4球団が1位指名。ロッテが交渉権を獲得した。しかし、晴れの舞台に「令和の怪物」の顔は曇りがち。その理由は母校の「内紛」にあった。

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 スポーツ紙デスクによれば、「今年の春先には“12球団すべてが佐々木を1位指名するのではないか”との予想もあった」。ところが、岩手県大会決勝で登板を回避し、U―18W杯の韓国戦では指に血マメを作って1イニングで降板。その頃から風向きが変わってきたという。

 高校野球に詳しいライターの菊地高弘氏によれば、

「“プロを相手に1試合完封する力はあっても、1年間投げ続けられるかは疑問”というのがスカウト陣に共通する佐々木評です」

■「監督を替えた方がいい」

 無論、体の出来上がっていない高校球児に肩を壊すまで投げろ、と無理強いするつもりは毛頭ない。

 ただ、佐々木投手は県大会決勝の花巻東戦でマウンドに立てず、結果的に甲子園の大舞台を経験することもできなかった。その原因となった国保(こくぼ)陽平監督の采配に批判が集まったのは事実だ。実は、外野だけでなく、身内からも同様の声が上がっているという。

 大船渡が春のセンバツでベスト4入りを果たした1984年当時の監督、佐藤隆衛氏が明かす。

「国保監督がケガのリスクを考慮することは理解できます。しかし、エースは大舞台でこそ本領を発揮する。本当の修羅場をくぐっていない投手がプロで活躍できるとは思えません。正直、国保監督の采配は何が目標なのか分からない。9月末に野球部OBの役員会が開かれましたが、国保監督を支持できないという意見で一致しました」

 国保監督は県大会敗戦直後の控室で、選手たちに「死ぬなよ」と謎の言葉を口にしたという。選手を慮っての発言とも取れるが、佐々木投手自身は〈高校野球をやっている以上、投げたい気持ちはありました〉と悔しさを滲ませている。

 加えて、今月上旬には、

「OB会の代表が学校に出向いて、校長に“監督を替えた方がいいのではないか”と申し入れた。その席では、監督が新チームの始動する秋季大会抽選会のタイミングで、U―18W杯に出場する佐々木を視察しに韓国を訪れたことも、無責任な行動として話題になったそうです」(同)

 OBが国保監督に「“大器”を扱える器なのか」と疑念を突きつけた格好だ。

 この「内紛」について、先のデスクはこう語る。

「国保監督は県大会の決勝で佐々木投手の登板を回避した一方、4回戦では延長12回194球をひとりで投げ切らせています。学校関係者が、ちぐはぐな采配のせいで甲子園行きを逃したと感じても無理はない」

 佐藤氏が続ける。

「甲子園出場を果たせば他の選手も注目され、大学への推薦を含めて進路にも影響する。選手たちの心をバラバラにした国保さんは監督としても、教育者としても失格だと思います」

 母校には暗雲が垂れ籠めるが、プロのマウンドでは佐々木投手の晴れ晴れとした笑顔を見たいものだ。

「週刊新潮」2019年10月24日号 掲載


10/23(水) 5:58配信 デイリー新潮
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