われ思う 故に我あり どういう意味なの?
レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。
哲学なんて踏み込んだら鬱になるわ
セックスしろ!セックス!! 全てを疑った結果、今自分が思ってる意識のみは確実に存在しているんだ
って結論に至った
間違ってたんだけどね 詳しく覚えてないけど銃夢であさはかな言葉だと批判されてた >>8
つーか、スピノザはデカルト論でまさにそう解釈してるよね (´・ω・`)われは海の子白浪のさわぐいそべの松原に アルツになれば自我はどこにいく?
ね?
自我は記憶の証明です 訳「僕を好きなゆゑちゃんが大切にしている家宝の壺にヒビが入ってしまった」 これを誘いを断る文面としてメールで送ったら
俺が言った言葉だと勘違いして恥かいてそれを俺のせいにしてきた馬鹿なT君元気かな〜
母親が外国人の嘘設定も忘れて賃貸部屋前で挨拶して可哀想なT >>1
存在の証明をしようとして
結果消滅の規定しか出来なかった愚かな理論 我思う! 虫ケラのお前が思っただけですよね?
これが2ちゃんねるの本質 笑 我思う!って匿名だとたいした効力もないけど
SNSで口説いた女に対して、毎日の雑談の中で
我思う!そして我はこう思いお前を守る!
我に抱かれろ!
我さん、抱いて、、、
最近こういう流れが多いな
2ちゃんねるに書き込んでても東京の上級奥様は永遠に抱けない >>1
つまりあれだ
…人間は考える葦って事だよ(尚更わからん) 288 名前:名無しさん必死だな[] 投稿日:2012/03/12(月) 20:53:20.54 ID:GNQFCCKV0
俺はチェッカー嫌いなんだけど
ここまで個人に粘着するやつにはさすがに使わせてもらうわ
お前この言葉知ってるか?
「深淵を覗き込む時、深淵を覗いているのだ」 割れでエロ動画ダウンロードしてしこったら我に返ったって意味では。 >>40
なんか違くね?
と思ったけどこれコピペなのか 故に、が必要ないと聞いたことがある
並列の関係だと
ほんと?
Cogito, ergo sum
I think, therefore I am.
考えろや馬鹿 人間だもの ってことやね (´・ω・`) めんどくせー 英語に直すと
アイ シンク ビコーズ アイアムになるな
英訳すると
I think because I amu
高卒には難しいかもな
世の中のすべてのものの存在を疑ったとしても、
それを疑っている自分自身の存在だけは疑うことが
できない。
何も思いつかんから、何かそれっぽい事言ってみたった(´・ω・`) >>25
記憶はなくなっても自我は残る
だから厄介なんだよ
アルツハイマー 考えなければ存在意義なんかないないって事じゃね知らんけど こんなん平沢進しか分からねーんじゃね(´・ω・`)
すべての意識内容は疑いえても、意識そのもの、
意識する自分の存在は疑うことができない。
自身の存在を否定しようとしても、
それを考える自身の存在を否定でない。
div0みたいなもんだろ。
存在しないけど、存在する。 >>19
そうそう
受動意識仮説によると我々が自由意志で決めたとしていることは
錯覚にすぎない 懐疑厨を一言で論破する決め台詞。
ひろゆきの「あなたの感想ですよね」みたいなもん。 天上天下唯我独尊とか言って毒キノコに当たってポックリ逝った仏陀と同じ過ちを繰り返すな 最初の「われ」ってのは
デジタル的なコピー品とかのことだと思う。
違法コピー品販売業者なんだろう! 昔はデカンショって言って
この3人が理解できない大学生は知的障害者扱いされてたんだよ、大抵在日だったけどね
若い人は知らないだろうな この言葉を目にする度に馬鹿なT君のことを思い出す俺にとっては呪われた言葉になってしまった
虚言癖がある癖にその付いた嘘の内容すら忘れて2浪したのに1浪した時に受かったはずの大学の同じ学部に進学する馬鹿なT
しかも浪人のせいでリーマンショックに巻き込まれて本当に馬鹿で可哀想なT >>86
カスタードとかは注入するから穴はあるだろ
ないっていうならカスタードの回りにドーナツ肉付けしてんの? >>86
サンドイッチマンキッズがこんなところにも
YouTubeに帰ってカロリー0してろよ この世は主観じゃね?
周りの人は自分が目を閉じたら存在しないんじゃね?
でもそれって他人にとっての自分もそうなんじゃね?
そしたら自分なんてなくね?
なんてことを主観で考えているあいだは自分は存在してるんじゃね? 江戸時代あたりでこのレベルかよ。東洋哲学の足元にも及ばんな。 この世は幻ではないかと疑っても、疑ってる自分だけは確実に存在していることは疑えないってことだよ
まあ、実はこのなかにはもう1つ確実に存在するものがあって、疑われている「幻」も幻として確実に存在しているということ
目の前のモニターは幻かもしれないけど、幻、幻覚、錯覚(現象)としては確実に目の前に存在している
疑っている自我と疑われている現象(幻)、の二つで世界を考えることをデカルト的二元論という
これを発展させたのがフッサールの超越論的現象学
本当の存在(これを本質、あるいは内在と呼ぶ)はわからないけど、見えている現象(幻)を研究しましょうというのが現象学 今の異世界ブームに通じるものがあるかもな
全部夢なんだよ >>17
あれは、ガンムの作者がコギト・エルゴ・スムをよくわかってないだけだと思う
なんかおかしな解説とかしてたし、自分独自の説に酔うタイプなんじゃないの 全ての人に同じ月が見えているとしたら不思議だし
人の数だけ見える月が違うとしたらこれまた奇々怪々という気がする
よく分からん むかし「コギト エルゴ スム」が合言葉の
天てれドラマみたいのなかった?CGのデカい顔が出てくるやつ うんこは自分がしたいから出るのではない
うんこが自分から出たいから出るのである 我の存在が確実であるなら、脳のどこに我がいるのかは明らかになっているはずだよな 人は現実と区別のつかない夢を見る事が出来る
→てことは今見てる全てが夢の可能性もある
→つうとこの世に確かに存在するものなんて何一つ無くね?
→あ、今こんな事を考えてる「自分」という意識体だけは存在してるね(それがどんな姿かはともかく) 一は全、全は一
実は宇宙と我の間に時間的にも空間的にも境界線なんてなくて
我がここから内側が我だなと思ってる限りにおいてのみ我は存在している >>108
脳なんて物がこの世に存在する事が確かではない >>108
精神と
肉体と
接している(きた)環境
この三位一体が「我」 世界は5分前に作られたとか、実は超人類によるシミュレーションだとか、全員アンドロイドだとか
本当の人類は眠らされてて機械でVR的な夢を見てるだけだとか、いろんな意見はあるけれど
それを考えてる時点で"自分"は確実に存在している >53
I think, Sebastian, therefore I am.
ブレードランナーで憶えた >>109
UFOのスレに書き込む時にまさにそれ考えてたわ今朝
Xfileでモルダーあなた疲れているのよは疲れているのではなく本当の事をモルダーは言っていただけで
すべてが嘘と言う可能性もある
この世がマトリックスなら今の自分は夢か
もしかしたらずっと生きてきたこの人生全て夢で死んだあとに夢を見ていた本当の自分が「うわっ、何だ夢か…」で一日が始まる
そしてその自分も実は夢で… そんな事ばっかり考えとらんとはよご飯食べぇや
片づけへんやろほんましょーもない故にわれあり >>108
デカルトは脳のどっかに魂が宿ってるみたいに言ってたみたいだけど
でも、ゴーストは元々社会科学的には捉えられないものだから、そんな身体のどこにあるかなんか言っても意味ない
しいて言えば活動している全細胞にゴーストは宿ってるんdなし >>112
養老孟司の唯脳論の最初のほう
「実証されないものは語るに足らない」という実証不能な観念を振り回すやつこそ痛い観念論者
ハイ、論破って言ってたわ インドや中国では修行法まであったのに哲学ごときで語られても 意味なんてねーんだよ。
この世に意味がないことなんていっぱいあるだろ。
意味を知ったことで何か変わるのか。 >>129
なんか意味があるんじゃねえか、実存してるんだからなんか意味がなければならない
そう考えるのが一種の脳の傾向だよねえ・・・ まあ、このコギト論は、あんまり思考的に発展性がないんだよ
結局、自我と現象の中でしか展開できないから、考えても別に他の分野に応用できたり影響を与えるものじゃないし
いかにも抽象的な禅問答みたいなことにしかならない
フッサールの超越論的現象学も、その後の発展がなくって廃れたし
幻は幻として実在しますといわれても、はい、そうですかとしかならない 科学も哲学も
宇宙や自然法則を見て解明してるように見えて
実は自己の脳の中にどれだけの法則や概念があるかを問うてるに過ぎない
まあ脳も変化するとは思うけどね 意味なんかなくても良いじゃん
バカボンのパパの歌の歌詞で
「パパだからパパなのだ」って至言だと思う 仏教やヒンドゥー教でも、解脱や真我達成を解く場面でよく引用されてる気がする あまり知られて無いですけど、我思うゆえに我ありというのはつまり我思う時に我があると言う事なんですよね 我思う故に我ありやないけー
えーわーれー
室谷信雄 >>139
これでいいのだ!もな
本来宇宙や宇宙の一部である我も、これじゃだめかどうかなど端から気にしてないし気にしてもしょうがない >>131
TBS小林廣輝アナ、女子アナらを何人を食い物にしてポイ捨て ゴムせず中出しが当たり前
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1624756019/
67 土星(埼玉県) [US] ▼ 2021/06/27(日) 10:27:51.16 ID:w6/Kl72v0 [1回目]
https://pbs.twimg.com/media/E3lCdMnVIAAin3h.png
頭髪はおまえらに似せてきたぞ
129 宇宙の晴れ上がり(東京都) [IT] ▼ 2021/06/27(日) 10:57:47.05 ID:ZjP1vDwH0 [1回目]
>67
このヤサ顔で禿げたら目も当てられへんな、、、
>>133
|
| 彡⌒ミ
\ (´・ω・`) また髪の話してる・・・
(| |)::::
(γ /:::::::
し \:::
\ >>134
我が思う時間もない労働者は死んでるに等しい
働いたら負け 一種のクオリアだな
科学者は真理を追い求めようとするも、まず自身とは一体何なのかすら知らない >>1
俺も思ってたけどバカにされると思って言えなかったw
考えすぎだろ?って思う 仏教の無我だと
我思う故に我なし
自分とはこうでこうでみたいイメージや思考なんてうつろいゆく幻想みたいな >>127
西洋では我を疑うところまで
東洋では我を無にするところまである >>67
むしろそれが間違ってるよな
細胞と伝達物質の応答であって意識とはただの反射の記録とその相互干渉 >>154
そりゃ単なる思考実験だもの
実際にこの世の全ての存在を疑ってたら生きていけない
ただ、「『この世の全ては夢でした』という可能性があるから、この世に確かなものなんて何一つ無いよね。反論できる?」
という命題に対する完璧な反証が「我思う〜」な訳だ ソロモン王の指輪と同じで
"自分の観たいものがそこにある"だけなんよな
その人にはそれが真実だ
そしてその結果もまた、その人による
考察が無意味になる境目はあるね >>158
結局どっちも間違ってるな
そこにあるもの
そこからいずれ無くなるもの
を混同している 理性は誰もに完璧に備わっているとして
↓
この世で疑いようのないことは少なくともそのことについて考えている自分(精神)である
↓
よって精神が明瞭に考えたことも疑いようのないことである(?) >>162
量子物理学なんかもちださなくても
アドラーだって宇宙は我の思ったとおりだし我の思ったとおりにしかならねえよ
って言ってるな そんなこと考えてる俺は確実に存在するんだから俺を想像した神は存在するはずだ 神の存在証明終わり じゃなかったかな >>162
たいてい事故の原因はこれだよね
都合よく見る、動く お前らは尊大な文体で立派なこと書いてるが実際全部間違っているか的外れで滑稽なことなんだが 思うことができているということは,私が存在しているということなのだ
という風に勝手に解釈した >>167
神は自然だな
どうしても否定したければ世界中の海底も含めた火山に核ぶちんで地球壊してみたらわかる
うんちくいってるひとが慌てて止めに来るだろう レイちん、お疲れちーん
レイちんぱよぱよちーん
レイちん、あけおめ、ぱよぱよちーん
今日は後ほどにゃん
レイちんにはデレデレになってしまうものでww
おぱよーですのし
ぱよぱよレイちん
寝なさいにゃ
レイちんおぱよう
ぱよー
嬉しくなるにゃ
なんでふか
おっぱいをモミモミ
という意味だと思う。 >>167
神の定義が出来ないな
何かしらの意思を持った創造主を神とするなら、我が偶然の産物であった場合は神が存在しなくても成り立つ なんも知らないし分かってないカスのくせに口ぶりだけは一丁前だね >>171
このスレ風にいうならば、お前さんの指摘も間違っていて滑稽だよ >>181
合ってるよ
明瞭に理性を働かせて考えてみたまえ あほなやつは
我=ニューロンの活動だよ
で思考停止する。
その等号は成り立たないことに気づかない。
私、という感じ、とニューロンとは別なのは自明だろ。
私は、感じ、でニューロンは物質なんだから。
いやその感じがニューロンに対応している、ならわかるが、
じゃあその対応関係がなぜ生じているかには歴史上誰も説明ができない。
脳と意識の対応関係の断絶は説明することができない。 >>185
意識は所詮脳の電気信号って馬鹿の一つ覚えのようにいうやつ多いけど電気信号そのものね >>189
消滅しないよ
意識があれば考えてなくても存在してるよ >>189
しねえよ
お前だって毎晩寝て考えるのをやめてるが
翌朝にはけろっと起きてまた連続した我を信じてるだろ 神はいないとか世界の哲学者が何千年も考えて確証が得られてないのになぜお前らが断定できるの? >>179
まあ、キリスト教の神の存在証明なんて無理くりなものが多い
神は万能である。それは存在するという能力も持っているということである。よって神は存在しているとか、そんな屁理屈
というか、キリスト教は神の存在が大前提だからな
疑ってたらなんも始まらない
アルファベットを否定して英語を語るようなもの 自分自身が観測者になれという量子力学でいう「着眼大局」「おかめ八目」という意味では? >>194
こういうスレって
ねえよ
とかねーよバーカとかの
かぶれた文体のやつ多いよな
ニヒルな自分に酔ってそう 私=ニューロンならそれでいいけど、
それでもやっぱり、この、コレ、コレだよ
私の痛み、私の視覚、私の感情、このありありとした感じがあるんだと
力説したくなる。
それを否定する人はいないだろう。
いやそれはニューロンだよ。
いやそうじゃなくてニューロン一般でなくて、俺の脳のニューロンだけが、俺のこの「感じ」をひきおこしてると言いたくなるような「感じ」がある、
とみんな言いたくなるが、
その「感じ」は各々の中に閉じ込められてて誰ものぞけない。
ヴィトゲンシュタインがカブトムシの箱で比喩したこと。 どういう意味なの?
って思ってる手前こそが手前という存在だ
ということ 全ての存在を懐疑的に捉えたとしても、モノを考えてる私は私が認識できてるから私の存在証明完みたいな話
でも脳科学や心理学がなかった時代だから今それ言ってもちょっと時代と合わない気がする
例えば5ちゃんねるへの書き込みは「私が私の意思で、書き込み、投稿している」と思いがちだけど
その書き込もうと思った自由意志とやらは、いつ何故どの様に生まれたのか認識前なので結局自由意志とやらでモノを考えるって何かねってなる そもそもお前らはこれが哲学にどのように影響したのかを知っているのか? >>196
だよね
神はいないかいたとしても何もしてないかのどちらかだな >>179
まあ定義の問題だな。
偶然ができる環境を作った者それ自体が神であると言えば全てのものは神が作った事になる。
直接、作成の手を下したものを神だと定義するなら、
人間を作ったものが存在しているとすればそれが神だし、
粘土細工から見ればそれを作った人が神となる。
キリスト教が屁理屈ではなく真実を伝えるものなら、
人間を作った「自然その物ではない特定の存在」がいるという事になる。
それだけの話。 我ありというけどな
そもそもその我が考えている限り、我無しの世界はブラックホールの中と一緒で無いも同然
宇宙の事象の地平面の外のことなのよ
死後を我がどうするか思案しても無駄なのと一緒 いや、意識は脳の研究で明らかになると人は言う。
俺は絶対にそう思わない。
あらゆる脳の機能が明らかになったとしても、
それでも「私のこの感じ」が特定のニューロン群活動に対応づけられてると確認されても、
「私のこの感じ」がなぜ存在してるのかはわからんだろう。 自分の感情以外はすべて存在してない幻影かもしれんけどな 俺もこういう話題が大好きなんだけど
女に話すと興味無さそうなのはなぜ? >>217
死後の世界がない前提なのなんとかならないの?だからその我が明瞭に考えたことは事実であるって書いてるけど? >>221
はいはい出ました
自分はこんなに哲学的でロマンがあるのに女はそれを理解しない
全くやれやれってね
お前は方法序説を読んだことがあるのか?的外れすぎて聞いてもらえないんじゃねーの? >>222
死後の世界なんてないよ
死んだあとも意識こそないかもしれないが、今のこの宇宙の一部であることには変わりがない >>208
まあ、人間は結局、主観から出れないってことだよな
独我論はいまなお論破されないという奴
でも、その主観の存在だけは疑えずに存在する
まあ、当たり前といえば当たり前
個々の主観のなかに共通点を見つけて、いかに共同主観性を作り上げるかが科学になってくる >>217
自分という「個」にとってはな。
「自分」とは
無数に存在る「我」のうちの、
ほんの一つでしかない。 >>228
著作の数とか、質とか、その後の影響を考えたら、圧倒的にカント
デカルトは哲学者としては、方法序説で一般向けの解説書を書いたていどの人
数学者としての実績は知らん >>230
最初に言ったが、一は全で全は一である限り
我はどこにも存在してるともいえるし、どこにも最初から存在などしていないとも言える >>227
なんで?世界の哲学者が何千年も考えてきてまだ結論が出てないし、死後の世界がこの世の理に沿ってるとは限らないよね?そもそもなぜ徳とか素晴らしいものがこの世に存在するの?お前は自分のしたことを凄いとか思ったことはないの?もし誰かを評価するならお前は自由意志の存在を信じていることになるが、そんな要素をわざわざ死後の世界がないのにこの世が作っておく理由があるだろうか? >>179
付け加えるなら俺が確かに存在するなら俺が見ているこの世界も確実に存在する こんなもん創れるのは神様だけだってことだったかな
うろ覚え >>228
どっちもすごいけど、まあカントじゃないかなあ
射程の広さがやばいんで 「俺思う、故俺あり」
カントによればデカルトは単なる観念から実体を無批判に演繹してるというまちがいを犯している >>226
そういうお前は俺が書いたストロングゼロのコピペ以上の創作物をクリエイターしたことがあるかい?
何も創造できないでただ他人の創作物を振りかざすなんて賢者とは思えないね?
まんこ思う このちんぽ入れたい
故に 我あり! このソフトバンクアイフォンて規制されないのはなぜ? コギトスム
似た言葉に 阿保に阿呆ぅと言うもんが阿保じゃ がある。 >>235
例えば、君個人の感覚の範囲においてでもいいけど、これまで生きてきて見てきたもののなかで
死後の世界かなんかしらんけど何か異世界転移とかしたものを見たことがある?
いわゆる輪廻転生と言うか、また個を失った後全体に戻り、またその中から個に戻ったり行ったり来たりしてるものはよく見るけど >>239
その批判は多分カントの方が誤読してるよね
まあ大抵の革新的な哲学者は先人の思想を誤読してるけど 動物には自我が無くて人間にはあるって意味にも思えるが
要するに知性があるからって話 >>239
ちなみにトマス・アクィナスの神の存在証明もカントは同じ理由で否定している 「女は哲学できない」みたいなのは流石にアホすぎるけど、
哲学やってるやつにもそういうこというやつがいるし、
そういうのを批判したのがポストモダンではあるよね >>221
カントかな
どっちも哲学に革新的な影響を与えたけどデカルトはオカルト的で割と適当なこと言ってるし女王に論破されて苦し紛れでホラ吹いたこともあるが、
カントは緻密で圧倒的に複雑で合理的なのでカントのが偉いんじゃね?
デカルトは数学者とかその他いろいろの学者もしてたのでそういう面ではデカルトのが偉い
カントはそういう精神とその他のものについてどういう性質があるのかってことを考えててデカルトはそもそも考えることとはとか神学的なことを考えてた感じ 受動的意識仮説の動画がyoutubeにあるから見てみたら デカルトは医者だろ
人間機械論が有名だ
人間を機械的に捉えて
その精神性を全く無視した
だから、われ思う、故に我ありの意味は
俺は確固たる人間で意志もあるが
他の者達は人間であって人間では無い
機械と同じで、何らかの要素で動いているだけの物と
同じであると考えた 京都の大学で哲学科に絶世にかわいい子がいた
お付き合いした
凄い地雷だった。 >>228
カントかな
どっちも哲学に革新的な影響を与えたけどデカルトはオカルト的で割と適当なこと言ってるし女王に論破されて苦し紛れでホラ吹いたこともあるが、
カントは緻密で圧倒的に複雑で合理的なのでカントのが偉いんじゃね?
デカルトは数学者とかその他いろいろの学者もしてたのでそういう面ではデカルトのが偉い
カントはそういう精神とその他のものについてどういう性質があるのかってことを考えててデカルトはそもそも考えることとはとか神学的なことを考えてた感じ たぶん意識の謎は本質的には自己言及のパラドックスだと思うよ。ゲーデルの不完全性定理や自己言及のパラドックス、チューリングの停止性問題、カントのアンチノミーと同値だと思う。 >>236
夢に見ただけのものを「存在する」と言うのであれば「存在する」という事になるが、それならこの世に存在しないものなどない事になるな 世の中に実体が無くてマトリックスみたいな意識世界だったなら世界は仮想現実と現実の二つ存在してるから
もう一つの世界がいわゆるあの世と呼ばれるものかもな ただの理屈になってない間違いだよw
所詮「証明」なんてこんなもん >>219
脳の働きで言うなら「それは君(の脳)がそう認識しているから」でしかないでしょ
その認識も思考も捨てさって、自分以外の全て(この世の森羅万象=宇宙)と一体となるっつー
仏教の禅の教えがあったりするんだけど言葉で考えてるうちは多分理解出来ないと思うわ とりあえず体を動かして植物でも育てて収穫して食え
頭ばっかりで考えてるとバカになるぞ デカルトが実際どのくらい深く考えてたのかは今となってはよくわからんけど
(カントと違ってもはや研究してる人が少なすぎるし)、
そのうち再評価、再ブームが来そうな気はする。再評価ブームだしな。 >>244
それお前じゃん
わかった気になってるだけじゃん
無知じゃん? >>261
よくわからないけど、昨日さあSNSで俺に絡んできた女がいてさ
そこそこ弁が立つんだけど所詮は素人のオバサン 笑
1回目の1000文字長文で反論したら涙目になって短文でお前の母さんデベソ的な返しをしてきたんだけど
2ちゃんねるで鍛えた俺に勝てるわけもなく
さらに2000文字で反論してやったら最後は謝罪してきやがったwwwww
SNSだと2ちゃんねるレベルの無能力があると無理強いさせなくても向こうから謝罪してくるのな
梅雨時でヒステリーBBAがファビョってるのか、今月だけで2人から謝罪されたわ
女って馬鹿なの? >>1
存在の証明
つか、学校で哲学の先生に聞いて来いや!
うちの高校の哲学教師は、頭頂部まで禿げてるのに襟足だけ伸ばしてて、フェルナンデスと呼ばれてたぜ(笑)
一応、東大卒なのに >>258
まあ、自由意志の定義によるよなぁ
例えば、腹へったからご飯食べたいっていうのは自由意志なのか?
腹が減ったという肉体的欲望、無意識の衝動、エスに突き動かされているだけではないのか?
自我はエスに振り回されている(ご飯食べたい、セックスしたい、名誉がほしい)っていう点では自由意志ではないけど、
エスそのものは誰の命令も受けない自由意志といえばそうだし そもそもみんな素朴に「意識」とか語ってることが
めちゃくちゃデタラメだとなんで気づかないのかなぁ?
それって形而上学だよ。
ニューロンだけで止まるなら科学だよ。
ニューロンから意識が生まれる
ニューロンに意識が対応してる
ニューロンが意識そのもの
どんな言い方でもいいけどさ、
意識という存在を認めるとしたら、
この形而下の世界に対応した超越的存在を認めることになるよね。
それってとんでもないステートだよね。 >>280
懐かしいけど、ささのみちるはあんまりあれ、分かってなかった気はする >>1
これを理解できない奴は存在していないって意味(´・ω・`) 哲学とは、なんじゃ? よく分からないけど、
今も大学の学部にある、知識や科学では分からない事が有る、
なんで人間なのだろうか? 形が有る!
突き詰めると神! 笑えるだろ、笑えないw
どうして重力が存在してるのか、人間が居るのかすら分からない、
それが哲学 夕陽を見て、
空が赤くなっていると感じる必要はあるとして
美しいと感じる必要があるのか?
そんな感覚なくても生存は可能だろうに そもそも「思う」の定義すらできてない
例えばクラゲという動物には脳がない
神経はあるがな この人はマインドという偽物の己に捕らわれているね。
我ありと想っているのはいったい誰なのか?
どこに存在する?
意識という実体がない想念が何処にある?
まさに幽霊がここに居るよというジョークでしかない。
所詮、理屈をこねくり回した哲学なんぞ脆いもの。
心理は言語と絶しているんだよw 梅雨時だけで3人のBBAから謝罪されたわ
俺のことが深層心理で好きな女だから挑発的な愛情表現で近寄ってきてて
すぐに謝るパターンもあるけどな >>279
女は基本的にディベートが苦手
論理的に反論されても、うるせーとしか返せないし
基本的に快不快を表明してるだけだから つまり自由意志の下「自由意志は錯覚である」と錯覚したわけか 自分を見つめていたら自分という存在が確かにあると気づいた デカルトのあれは、比喩だと考えればいくらでも深読み出来る構造にはなってると思うんだよね
実際ソクラテスとかはそういう読み方の方がメジャーになってるわけでさ 哲学なんてただの茶飲み話だよw
数学者や科学者という真の哲学者の成す仕事について
素人意見を言ってるだけw
切り口の多様さも当然、本職の哲学者(数学者・科学者のこと)にはるか劣るしな >>244
頭なんて体全体からしたら一部にすぎんけどな
ましてや宇宙全体からすれば個々人の脳の容積なんてカスにもならんほど小さい そもそもなんで疑うって感覚があるんだろうなあ
あるものはあるし無いものは無いはずなのに >>294
あーその通り
動物的な感情を正論に絡めて言ってくるから厄介
そこで上手く扱えば惚れさせてセックスまで持ち込めるけどメンヘラすぎて危険 生物はみんな生き残って種を繁栄させようとする働きをする
それは個としてではなく、集団としての意思だ
例えばミツバチは巣を守るために敵を刺し、その攻撃によって自分は死ぬ
この行動は個だけの意思では到底なし得ない
となると、我とはどこまでを指すのだろうな? >>284
「意識」なんて言葉は、円周率を便宜上「π」って言ってるのと同じ事でしかないけど
ニューロンに執着し過ぎてなんかズレてるよ君 >>290
蟻でも集団行動に逆らって気ままな動きをする奴だって居るだろうし
それって自我から来る行動なのだろうか てゆうか、ちゃんと哲学の話できる人間あんまりいねえなぁ
コギト警察とかいないっぽいし >>306
疑ったからでしょ
感覚としてあるのは悟性なんでしょ >>302
いろんなものが存在する世界において
食えるものと食えないものを選別しないとそもそもそいつが存在できないからだろ だってその辺にあるものは本当にあるかどうかわからないからな
人間の目や耳が反応して、脳が処理して「ある」って言ってるだけで >>289
まあ、「観察」と「了解」の違いだな
人間は了解性があることが、ゴーストの証明にもなる
自然科学は観察しかしないから、そこから逸脱する了解性、審美眼や価値観は説明できない
脳や神経の電気信号やニューロンで知覚の問題は説明できるが、感想や意味付与は説明できない 男とか女とかに拘ってるのは頭悪い証拠
論理に性差はないよ 仮面ライダーゴースト「人生は誰も皆一度きりさ(大嘘)」 まずは集団ありきの上で個に気づくことが大事を言いたいんじゃね? >>313
でもそれだと、歴代の哲学者も一部を除いて結構頭悪かったってことになるんだよな
実際そんなもんだ >>1
この世界がどう見えるのかは、自分次第だよって事 >>251
デカルトは動物のこと精密な機械みたいに考えてたよ
キリスト教徒だからかな? >>311
脳が意識を特別なものとみなしているから何か特別なもののように感じるが
意識だって物質的形状から生じた機能の一つにすぎないという意味で
πみたいなもんと言ってるのはあながちおかしな話ではないよ。 >>290
クオリアなので言語化不可能です
>>291
でも意識あるじゃん感じてるじゃん >>306
こまかい定義はさておいた乱暴な考えだが、
「自動操縦99%+自由な振る舞い1%」でも
自我はあることになるだろう
程度ものの話として
人間だって自由100%じゃ全然ないしな
「自動的に思わされる」部分が多くある ヴィーガンの理屈で「痛覚がある事が生きたがっている証拠!植物にはそれが無いから食ってok!」なんて言う人が居るけど、
痛覚があった方が生きる事に都合が良かったタイプの生物には痛覚があり、無い方が都合が良かったタイプには無いだけの話だよな
生きる意思は全ての生き物に宿っている
生きた先に何を求めてそういう意思が宿っているんだろうな 我思うの我に女って入らないよね?
女って
我思われる 故に 我あり
男のちんぽがないと存在価値って無いよね >>251
まあ、自分の自我は証明できるけど、他人の自我は証明できないんだよな
他人はアンドロイドかもしれないと疑おうと思ったらいくらでもできるんだよ
証明できるのは自分の自我だけ
そこがつらいところ >>305
じゃあ一体何を便宜上意識とよんでるんだい?
いやどうせ考えたり感じたり自律的に動いたりすることの総体を便宜的に意識と呼ぶだとかなんとかいうんやろ? >>320
気が狂ったブ男のやる仕事だししゃーない
女は哲学なんかするものではないって感じだったし当然
貴族で女の哲学者はたまにいるけど > われ思う 故に我あり
訳が悪すぎるせいで意味不明になってるだけ
Je pense, donc je suis.
前半は直接法現在、英語だと進行形で表現する内容もフランス語だと直接法現在で表現するので
「私は今、考えてる」が正解。
こんな文脈で日常習慣とか普遍的事実なんかが出てくると解釈するほうが間違い。なので、正解は
僕は今考えてる、だから存在してる
が正解 思考が存在意義であるから考えないクズは殺してイイってことかな >>328
それはプログラムの選択に意思があるといっているようなもの
意思というのは自由意志かそれを感じる感覚かあるいは意思のように感じる感覚のことではないのか? >>332
>>325
ほらこれなw
機能の集団に意識と命名してるだけ。
いやそれでいいならいいよ。
そんなんやったら、われ思うゆえにわれ思うありで何の意味もない言明じゃん。
それでいいなら別にいいよ。 ヒトという範囲の話でも、色の見え方すら人種によって違うしな
日本人、白人、イルカ、犬、それぞれ視覚、つまり認知が違う >>337
それがデカルトがいなければそう思ってなかった可能性が高い >>234
存在していないという事はないでしょ。
細胞が垢になって剥がれ落ちても
その時点でその人間自体は存在してるし。
全てのことが必ず対象であるとは限らない。 >>327
他の働き蟻を見て
「よくやるなあ。俺はアホらしくてやってらんね。」
って感情が存在してるのか
それとも集団行動という本来の本能がやや欠落してるだけの個体ってだけの話なのか >>341
理性は一致してるし意識があることには変わりないよね? >>344
そこは突き詰めても、自分以外の人間のことすら把握できんなw
自分を把握することも無理かな >>340は全く同意できることを書いている
支援する、がんばれ 我思う の我って
赤ん坊は入るんかな
何歳くらいから人間って存在するんだろう
何も思わない赤ん坊って存在してないんだから殺しても問題なくない? >>338
アシタカ「生きろ、そなたは美しい(ブスは死ね)」 >>1
ゲーム世界に陶酔してるプレイヤーが、トイレに行くために部屋を出たときに母親と出会い頭に口論になった際に湧いた感情 >>345
そりゃそうだろう
変な相手に飛び掛かって痛い目にあったカマキリすら
次は自重するという理性を持ってるしな
そこはヒトとも一致している >>326
意識があると想っている、感じているのは誰?
感覚という意識ではないのか?
その感覚自体に実態はあるのか?
あると想っているのは誰か?
実体のない意識ではないのかね?
自分が意識を持っていると意識的になることを自己認識という。
まぁここでアドヴァイタという言葉に初めて出会ったのなら、君は幸いだよw >>350
西洋でも最近は集合的無意識とか共同体感覚とかいうよね
無意識でも我はあると考えるようになったらこの哲学はレトリックに帰するね
でもデカルトはそういうことを言いたかったのではないかもしれないね >>343
存在してるってのは、こういう状態なら個だとか、ここから内側なら自分だとかって
脳が偏見を持ってるだけの状態だよ >>354
重箱の隅を突くようだが理性ではなく経験では?それについては理性とはいえないのでは?
さておきデカルトは人間以外には完璧な理性は備わっていないとしたが、程度の差だとは思う >>331
証明ってのは他人がいなきゃできないよ。もっといえば言語がなきゃできない。
自分で自分に証明することはできない。 >>350
殺して良い、悪いは善悪の領域だよ
思考してなくても生命活動していれば人権は認められるので悪 なんかさっきからやたらこのスレしつこくない?
『人間が見るから月が存在する』『人間がいなくても月は存在する』 正しいのはどちらか?
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/news/1624711263/
これの次スレってことでしょ? >>361
人間だけ別枠にするのは何かの宗教か?w
それなら人間も経験だろう
もはやただの言葉遊びだがな
入力によって理性が変容するのは当たり前のことだ >>360
そうであると仮定したとしても
存在しないってことはないでしょ。
偏見を持てるのは
存在してるからだし。 >>367
でも重さがあることって理性的に考えられないよね? >>328
生物と無機物の違いは自然科学的には区別できないからね
生命現象っていうのは人間の主観的な感覚、共同幻想であり、社会科学的な現象なんだよ
目に見えて動いている物、痛がる物を、生物と社会科学的に分類しているだけ >>355
まあつまり、どういうことかよくわからない >>361
理性の定義次第だから本質的な議題じゃないね
理性を本能に抗う思考能力だとしても、犬なんかは本能よりも人間の指示に従うし >>369
理屈が飛躍してるなあ
その「偏見を持ってる」設定は自分限定かな?
相手の偏見は君には分からないだろう
偏見を持ってるように見えてもそれは自動的に動いてるロボットかもしれないし 我思うゆえに我あり
マイナス「我」
思うゆえにあり
この説明が一番ピンときた >>373
定義もなにも明確じゃん
別に必ずしも本能に抗うわけでもないし人間の指示を聞くこと自体は理性でもない >>370
「重さがある」、「理性的に考える」
の定義がわからない >>376
すっきりするね
神ありと我ありとが連続するよね >>378
もはや言葉遊びで理屈になってないな
「指示」と認識してるなら十分理性だろ
理性とそうでないものを完全に分けることは不可能なのは当然として x軸y軸の座標を考案した人。中二病みたいなことは考えてないと思う。(´・ω・`) >>379
ついに気が触れたか、極端な懐疑論は基地外になるだけだが?重さがあることは質量があるものが万有引力によって引きつけられることで、理性は論理的に考えること、これでよいかね? >>382
認識と理性は別物なのだが?純正理性批判を読んでから出直してきたまえ >>375
なんの話ししてんのかよくわからんが。
他人の偏見なんて関係なくね?
全てが一つ(全ての「我と思う存在」が集合で一つの塊)とした際に、どれか一つでも欠ければ「自分が存在しない」という事になるかどうかの話なんだが。 クラスで他人から認識されない僕らはクラスでいないことになってるってこと ようは意識がある気がするなら実際に意識があるってことじゃん? 自分自身を認識しながら生きる事
つまりアイデンティティ
とかなんとかだって森何とかとかいう哲学の先生の本に書いてあった気がする >>194
わざと極端に解釈してるのにそんな真面目に返されましても >>384
苦しい茶々を入れなきゃ耐えられないような苦しい理屈なら辞めればいいのに…
つまり>>370は
>「質量があるものが万有引力によって引きつけられること」って
>「論理的に考えること」ができないよね?
って文章になるわけだ
「論理的」の定義も意味不明だし、理屈になってねえよ >>386
機械的に観念のお遊びしただけの、現実に通用しない言葉遊びはどーでもいい 我がいるから世界が存在してる
我がいなくなると世界は存在しなくなる >>395
論じゃないじゃん
ただそうなっているだけであって経験からそういうふうに知ってるだけじゃん?理性を働かせた結果のものではないよね?茶々でも飲みながら純粋理性批判でも読んでみたまえ? >>378
お前が自明だと考えるものでも
他人にとっては自明ではない
だからお前は定義を示す必要がある
定義の明示は哲学論理学以前の問題 >>387
そう、なるかどうかの話だね。
自分が思っても、それが理由で自分が存在することになるわけではない。 アホな君たち戯れるもの飽きたので去らせてもらうよ
それでは >>398
「論」の定義が意味不明
そもそも万有引力という言葉で認知するのは経験じゃないし
重力への感応も、それまでに入力によって得た知性があって働くものだ コギトエルゴズム
これ打ち込むとコンピュータが自我に目覚めて最後は自爆するんだよ。 >>402
そう考える自分がいる以上、
存在している事になる。 >>404
昔の人の言葉に囚われた理性がない不自由な言葉遊び君、逃亡w カントとかデカルトらが量子力学みたいな話を予見してるとは思わないな
たまたまそれっぽく当てはまっただけだろ 思う我の存在自体がプログラムではなく世界は実在するという証明もまたなされていないけどな >>411
量子力学は考えと納得のプロセスでしかないとも言える。 >>407
それは飛躍
そう考える・・・自分・・・「がいる」?!
勝手に繋げるなよ
そんな飛躍が許されるなら、
さらなる飛躍もアリになってしまう
そう考える・・・自分・・・がいる・・・この場所は・・・
みたくなw 音楽CDのデータはデジタルだ
でもそれは人の心を揺さぶる
人の心はあるようで無いのだ 自我が壊れてあうあうあーになった人間は存在しないということ >>411
いや、別に量子力学とは全然違うし
量子力学の観測者効果とかとは全然違う概念だぞ
人間原理論とかは確かに近いかもしれんけど
もっと哲学的なものだ
観察してないときは月が存在しないとかそんな話をしてるんじゃない
観察してなくても、現象としては月は存在してる
実体として月が存在しているかどうかは、人間は主観から出れない以上永遠にわからないという話だ つまり自分がハゲだと思ってなくてもハゲてるってことだよ クソスレ建てるようなのは性根もクソってことだからさっさと死ねってことだよクソハゲ >>407
なぜそう言えるの?の一言で崩れるんじゃないの
今理性や意識があると思っているそれは石に伝わる振動に過ぎないのかも知れない 陽子と陰子と中性子の組み合わせなことは分かってる
複雑な組み合わせになるとあたかも意思を持ったように見えるんだ 思うということが出来るということで、自分が確かに存在しているということを再確認出来るということやで でも思わなくてもあるよね
受け入れればいいのです南無 そもそも自由意志が人にあるかどうかすら
いまだに結論出てないんだからなあ 自分の心、自分の中にいる「私」とはなんなのか?っていう話で、人間の存在証明の話ではない >>429
そこで終わっちゃったらこの言葉の意味がない
神の存在を証明しようとしてるんだから >>411 進化で獲得した脳で世界を解釈しているから
どのような分野でも突き詰めれば似たような表現、体感でしか捉えることができない
数学はあくまで数学として独立しているようで 抽象概念なわけだし
量子論の数式をどう解釈するかの言語化したら やはり類似性をおびるのはしょうがないと思う アニメVivyがもうちょっと深くまで掘り下げてくれると思ったんだけど
結局攻殻機動隊の浅〜い感じで終わった >>440
寝てる間の自分は起きてる間に考えることができる 高校生の頃東京少年のコギトエルゴスムを聞いて
何のことだ?と疑問に思って哲学書なんか何冊か読んだけど
さっぱりわからなくて全部内容は忘れた 割れたガラスは割れたまま元に戻らない。
クラシアンを呼べってことだよ。 >>440
覚えてないだけで意識が存在しなくなる訳ではない
実際、寝てる間の物音とか無害なものと危険の可能性があるものは聞き分けて判断してたりする
家族の大いびきは気にせず寝てても、隣家の声が少し漏れただけで目が覚めたり >>14
まちがってなさそう
その意識こそ人間の本体、いわゆる霊体
霊体が体を動かしている
自分という意識がなければ肉体は存在できない
そしてその意識、霊体は永遠に不死 ブラックホールって観測できないから存在があやふやじゃん?
我は思った瞬間そこにあるから我なんだぜ
ワイルドだろ? 世の中にあるものって、お前の妄想だけかもわからんやん?
目の前に見えとる言うても、なんでそう言い切れるんや?
何かそう言う奴がいて、お前にそう思わせとるだけかもしれんやん?
そうすると、見えてるもの、聞こえるもの、触れるもの、全て疑わしいやろ?
そうやって全部削ぎ落としてくと、何もかも、本当に存在しとるかわからんやろ?
でも待ってな?
今そうやって考えとるお前は、間違いなくお前の自我やろ?
つまり、どんだけ世の中が疑わしくても、思っとるお前がいるちう事実は覆せないんや。
つまり、コギトエルゴスム(思う、だからいる)やで。 >>421
般若心経の色即是空、空即是色も似たようなもんじゃないの 子供の頃、経験したことね?
自我に目覚めて怖い思いした瞬間とか。 >>455
それは死に近くなる
シニタがづくほどに >>450
ちょっと違う
あちらはどっちかというと、肉体と精神の繋がりみたいなことを言ってる 満月を見ている自分がいる
自分はいなくなって、ただそこに満月がある
牛を探しに行く
牛に乗って帰ってくる 銃夢の世界でコギトエルゴズムが否定されたのはあの世界だと意識が再現されるから
体をすべて機械化できる→脳だけが自分である という下層の世界があり
脳が成人になると提出されてチップに置き換わるが体は生身 とい上層の世界がある。
そこではチップが意識をもっているから、 自分と同じ意識を無数にもつことができてしまう。
自分と思っているものはただの計算結果に過ぎない 存在?なにそれ というテーマがおかれる
若者が世界で絶望し、チップ化された成人を殺す
脳をもった若者は不安と恐怖に苛まれている そこで博士はニューロンの話から 絶望してでも生きろ!という
主人公は自分の脳があるからわたしはわたしだと思っていたが、自分の脳もチップだと気が付き
それでもわたしはわたしだ!と認めることで コギトエルゴズムの伏線を回収する >>455
眠りの深さが違うだけで、覚えていない時にも人は考えているという事だよ 西洋が17世紀にようやく自我の存在を理解したのに対して
東洋の宗教は紀元前に自我が虚構であることを理解してた 我思わない、故に我いない
つまり、気絶してるときや寝てるとき、自分は存在しないって意味 仏教、ヨーガなどは思考を停止させることによってその鑑賞者である
純粋な意識が本来の自分である事を自覚させるのが目的 >>221
だって面白くないや
それ食えるの?って思ってしまう >>108
「我」が物理的存在であるという仮定から疑うべきじゃないか? >>14
量子論の第一人者でノーベル賞候補と言われてる日本の物理学者が、
意識による洗濯を否定しているんだっけ?
単なる物理現象だから既に決定されているとか何とか >>221
うちの娘は食いつく、新入社員の子も大学で学んでいたとかで食いつく、俺の知識量の方が少なくて丸裸にされる気分で恥ずかしい 仮面ライダーゴーストの主題歌は「我ら思う、故に我ら在り」だったな >>472
その壁が越えられない人が多いんだよな
水槽に入った脳みその話とかもそのタイプ
「物を考えるのは脳みそである」というのは、他人から教えられた情報であり、全てを疑ってみる懐疑論としては当然疑うべき対象
常識に凝り固まった考えをゼロベースにするのが懐疑論だから、物質に囚われてる時点で足りてない >>126
語り得ぬものについては沈黙せねばならない
ヴィトゲンシュタインだな >>478
まあ、そんなこと言い出せばまったく他者のない世界で生きていくこと不可能だし
赤ちゃんの時点で捨てられたら餓死しちゃうし
物心つくまで生きているという時点で、何らかの共同幻想性や共同主観性に侵食されてるんだよな どんなに脳を理解しても 物質である我々が意識をもっていることの説明はできない
おそらくは脳波そのものが意識なのだけど じゃあどうしてそれが連続した意識を持ち得るのかが今度はわからない
宇宙がアプリオリに意識的存在なのだと仮定すると 脳はそれを顕在化する機械だといえるかもしれない >>480
懐疑論は生きていくための知恵ではなく、思考のトレーニングだからね
生活してゆくには沢山の「当たり前」が必要だが、新しい物を生み出す時に「当たり前」が足を引っ張る事が往々にしてある
どのレベルまで「当たり前」を壊してゆけるかの加減が重要なんだが、「我思う〜」の件に至る話は
「『当たり前』を極限まで壊していったら何も残らないんじゃね?」という思考実験の末の結論 >>478
魂は別世界にいて、物質界の体をネトゲよろしく操ってるだけだってって話もあったよな
その場合肉体のどこを探しても「我」なんて見つからない >>465
少なくとも俺は寝てる間は何も考えてないんだが いくら自我に目覚めて様とも周りからは認識されていないので居ないのと同じ。 >>440
そういう考え方もできる
5分前仮説とかな >>488
あ、これあれだ
般若心経がこういうこと言ってるよね
俺たちの存在はどこにも無いって
粒子だか原子だかの集合体が形作っているだけで
在るということを思っているだけで、思っているという状態が在るに過ぎないって
ちょっと突っ込まれたらすぐボロが出そうだな俺 >>496 般若心経というか 色即是空だけ独り歩きして勝手に解釈され続けている印象
5chでなんどか解説したけど けっこう否定されることもある
自由に解釈して楽しめばいいと最近では思ってる >>496
俺も適当なことを言うなら
デカルトだって個としての我なんて興味も無いし考えてもいないだろ
そんなものは相対的な関係性の中にしか無い >>440
デカルトおじさんはまさに
夢とか全部幻想だよね〜からの
必殺我思う故に我あり発動してるから
その感覚は正しい 魔が差したとき我いない
これが裁判で通れば大変なことになるな ドーナツの穴だけあげるよ、と何も無い手のひら差し出した
嫁はポカーンとしてたけど
論理的には間違ってないよな >>505
間違っている
ドーナツの穴にはドーナツの匂いがする粒子がたくさんあるから
その匂い成分を嗅げばちょっと楽しめるのにと思って
奥さんはそれをもらうつもりだったのに何もくれなかったからポカンとした >>235
結論なんてとうに出てるだろw
ヒトはただの分子システムの集合体
死とはそのシステムの停止
そしてただの分子に戻る
問題はそれを認めるのが難しいこと 般若心経もいいな
赤塚不二夫の精神と般若心経通ずるものがあるよね デカートの「方法的」懐疑は、懐疑論ではありません
「方法的」とは目的的の意、つまり「示したいことがあってやってる(なんちゃって)懐疑」なんです
コギト エルゴ スム
この文には「ゆえに」などという演算子は含まれていません
エルゴとはイコールの意、つまり同値であると言ってるだけです
正しく翻訳すれば「思考するはある」と言ってるだけのただのトートロジーなのです(思考するのだから思考はあるに決まってる)
さて、トートロジーからは何も演繹できません
デカートの懐疑の目的は神の存在証明です、しかし何も生み出せないトートロジーは第一法則にはなりえません
ここでデカートの詭弁が発揮されます 色即是空的にはブスも美人も生物学的には同じで差異は無いってことだろうな 色即是空
つまり「エロい妄想から即一人でいたしてしまうと心に賢者タイムが訪れる」という有難い真実 自分という「観測者」がいるからこの世は存在してるってことだよ
観測者が死ねばこの世はその瞬間消滅する 自分がここに存在することができたのは、自分の事を考える事がでるような
知人や友人、育ててくれた両親、数々の存在があってからこその事。
その数々の思いが、私自身の存在意義であることを意味する。 色々悩んで考えてみた
でも俺は今結果生きている
て事だぞ文盲ども >>516
ルギア爆誕の最後にサトシの母ちゃんがサトシに言ってたな
「お前が死んだらお前の世界はもう無いの」
って まず最初に「神の存在証明をしたい」という目的がある
次に「実存は掴めずとも現象はある」という、何も生み出さない当たり前の弁がある
デカートはここを詭弁で繋いだ、それが「我思う故に我あり」というウソ 哲学っていうのはクソどうでもいい当たり前のことや意味不明なことをさもすごいことのように言って悦に入るオナニー
中身のないハッタリやこけおどしをどれだけ権威あるように見せかけられるかペテン師としての技量を競う
裸の王様の逸話がピッタリだよ
バカには見えないと言われてみんな存在しない服をすばらしいとほめたたえるあの話
似たようなペテンに仏教(空、無、悟り)がある Youtubeのぴよぴよ速報を見れば哲学的事例がすべて理解できるぞ >>505
『穴』とは、周囲にはある物が無い部分を指す言葉で、無い物をあげるとは言葉の時点で矛盾してないか?
「0円稼いだ」とか「無反応が返ってきた」というよと同じじゃないか >>522
デカルトは当時は画期的な考え方だったんだよ
現代に生きる我々の中にすでにあるからピンとこないだけ
例えばデカルト以前はカラスはなぜ鳴くのかという疑問を持つことは難しかった
世界とは観察するものであり、論考するものではなかったからだ 西洋哲学17世紀に自我を発見したが東洋哲学は紀元前に
それより数段上を行ってた >>522
学生の頃は同じ感想だったわ
歴史の授業の程度を低くしたような内容と感じてた
大人になって学び直すと素晴らしさが分かる
おでんの大根みたいなもん 西洋哲学は古代ローマ、古代ギリシア時代に色々発展したけど暗黒期()笑を迎えて進歩が遅かった
言うて東洋哲学も継承されずに食べれない物として放逐されてたからな チンコをいじれば気持ちいい 自分がこの世に存在している何よりの証拠 髪有るが故に 人であり
髪無しは神に見捨てられた故に ヒトモドキ >>536 それだと半身不随になったら証明できなくなるな 存在する総ての物と事象は、思う人の認識によって存在しているという意味 ワイっていう存在はクッソ曖昧やけど
そんな曖昧な存在を思ってるワイはおるんやからワイはおるって事や(適当) > われ思う 故に我あり
対遇をとれば、
「我が無ければ、我は思わない」
これはほとんど自明じゃないかね?
存在しないものが何かを思うことなど
できないはずだからね。
哲学者って、この手の言明をさも
すごく考え抜いているかのように
難しい言葉で書いたり吐いたりして
いるだけの、はったり屋さんなんだよ。 私はね思ったんですよ。そうするとね、朧気ながら見えてきたんですよ。私という存在が >>14
いや、完全に間違っているわけではないな
仏教でいう「空」と「無」の違いみたいなもんだ >>545
世界より自分を上に置いたことで世界が観察の対象から論考の対象になったんだよ >>1
「『だから俺はいる』と俺は思う」という意味 >>522
ニュートンも哲学者な(当時は自然哲学オタクと呼ばれていた→他の哲学に全く興味を示さなかったからだ)
微積分などニュートン力学は現在でもあらゆる場面で使われてことぐらい知ってるだろ中坊
経済学をはじめ、あらゆる学問が「哲学から独立」していったが
ただ、数学だけは説得力あり過ぎて(本来は哲学の1ジャンルのはずが)神格化されて「宗教」になってしまった(ピタゴラス教団) 私は考えているから
私は存在するのは間違いない
という簡単な意味です >>559
その前段階を抜きにそこだけ語ると意味を成さない
「私は呼吸してる ゆえに空気がここに存在する」←これと同列という事になってしまう >>28
目の前の女性の存在を疑ったが
セッ○スしたら気持ち良いと感じる自分が
存在した。 『シュレーディンガーの我』っていう有名な実験を表す言葉だったのがいつの間にか猫に置き換えられたんだよな
やはり猫派は卑怯だわ 結局この世の中って自分自身の意識でしか認識出来ないんだよね
なぜ自分は自分なのか
いま世の中を認識している自分の意識はその他大勢の一人なのか
何故よりによって自分は自分なのか
他人の意識を共有できない以上死ぬまで自分は自分の意識の監獄の中なんだよね >>522
詐欺というは間違ってないけど生きること自体が自己満足のオナニーだからそれでいいんだよ 神がいるのは自明なのに
共通した認識がもてず 証明することができない >>560
憶測だけで全く見当違いなことを雄弁しててワロタ >>563
だが待って欲しいセック○スしたら気持ち良いのは女相手とは限らないのではないのか >>559
考えて居る自分が自分である証明はされてないけどなー
全てを疑うとか言う割には自意識は無条件に信じてるから中途半端と言う奴が出て来てる
否定出来ないと肯定するは同列ではないの >>578
哲学で数学的証明なんてできるわけ無いだろ >>1
全ての存在が疑わしくて自分すら信じられない
でも全てを自分すらも疑っている自分がいる事が唯一間違いない真理だ
という事らしい 我々は宇宙人であるってやつだろ?扇風機の前に出没するやつ >>577
出てるよ
というか死後の世界とか意味不明なことを考えなければならない理由が無い >>589
全ての分子を正しく配列し、血流なども正しい速度に設定して
再構築したら人間は動き出すのか?
いや人間でなくてもいい
微生物は活動するのかしら >>590 人工的に作った化合物を微生物内で置き換えても生命活動はする
けっこう近年の研究だね >>583
それは肉体に隷属してる
脳に影響与える薬物に心は逆らえない
>>586
数学的証明なんか求めてねぇぞ スレとは関係ないけど
ウチの会社に性格が悪くてほんと嫌な奴で
吉田さんって言う奴がいるんだけど
周囲の誰に聞いてもそんな人はいないって言うの
ごく普通の人で吉田さんはいるけどって
てことは嫌な奴吉田さんってのは
自分の脳内が作った自分だけしかない世界なのかな >>598
統合失調症かもしれない
早めに精神科で診てもらいましょう 行動と思考を分離できるかどうかっていう線引きだろ
エル・プサイ・コングルーって >>590
そりゃそうでしょ
生き物なんて割といい加減だから、だいたい同じくらいで十分だよ多分 大昔、人間は自我が無く集団の一部だった。自分と言う概念が出来て始めて個としての存在が生まれた。 >>597
自己を保存する領域が脳しか無いのに脳の機能が止まったら何処に解き放たれるんだ? コギト エルゴ スム
天使のような〜悪魔の笑顔〜♪ 俺が死んだらこの地球上のもの全てが無くなる
だから死にそうになったら今まで出来なかったことを好き放題やるのだ
こういう奴あんまり見ないな >>609
思ってる自分があるか無いかを判別するのが自分じゃねぇからな
我思う故に我有りは結局我があるのか無いのか判別付いてねぇし 言葉遊びをマジメに学問として研究するって
哲学ってほんとバカみたいで素晴らしいよね なぜ現代日本でデカルトスレがこんなに伸びるのか
それを不思議に思わない人に哲学は不要だと思う 倫理の時間で唯一覚えてる物
こぎとえるごすむ。
なんか魔法の呪文みたいで好き 正しいのはどれか?
無知の知
無知の無知
知の知
知の無知
やっぱセンター試験は倫政が楽勝だわ >>604
同じ自我というか、本人は本人だと思ってるよ
つーか元々ヒトなんて本人だと思い込んでるだけで、昨日の自分と今日の自分が同じである保証なんて無いからな
というかまあ一日経てばぶっちゃけ他人だわな 月は人が見てないときは存在しないって言っても、見てない間、ビデオ録画をし続けたら
存在してることはあとから確認出来るね 自分というものが何なのかは分からないが
認識してる自分だけは実存する? >>622
でもお前は存在してるし別にそういう意味ではない 自分とはどこからどこまでが自分なのか
人は自然界のものを食べることで身体が構成され
その身体は1年で90%が入れ替わってて
脳の細胞なんて1年で全て入れ替わってる
ならば自然界が自分でもあり
自分は自然界の一部とも言える >>617
アルカディアのギメル?
運の香ドロップしたことは覚えてる デカルト : なんか難しいこと言ったらあたまよさそうに聞こえるやん('ω') >>607
解き放たれる精神自体が自己そのものじゃん >>630
どうでもよくねってことを、その通りに思う人には哲学は害悪だと思う
そうじゃない人には、付き合い方によっていいことあるかも >>609
自由意志否定派でも実際自由意志を前提として生きてるわけだしそういうものなんでしょ もしかしたら存在しているのは自分一人だけかもしれない? >>632
〇〇じゃないと〇〇はしない方が良いとか言ってるやつって意識高いアホしかいないじゃん
そういうやつ嫌い 哲学、特に論理学はその名の通り論理の学問。
論理というのは演繹などで作る一定の事実。
論理学は既知の事実を並べて検証し、次の事実
を証明し知識や思考の体系を積み上げていくもの。
だから動物の分類から、全く違う生物学分野で
ある進化論や地球の地学史の手がかりが掴めたりする。
ただ、数学と融合し純粋論理として磨かれながら
人生や社会の哲学とのミックスを要求された近代
哲学の黎明期には論理への疑念すら投げかけられる
懐疑論が盛んだった。それで、デカルトは幾つかの
哲学分野で、論理の「底」として根本の是として
考える、感じることを根底とした。
要するに証明とか演繹とかあるならその根は何かって話しだ。 このスレ
真剣に読んでいったら頭痛くなるよな
メンヘラ板に常駐していた時にちょうど同じ様な感覚を味わった
危機感を感じたら逃げないとヤラれる >>642
デカルトの哲学は義務教育受けてたらわかることが殆どだよ。
ぜんぜん違う分野を表層で繋げてアレはコレするのはオカルトだよ。
オカルトと学問を並べちゃいけない。 >>642
考え込むと気が狂いそうになるよね
このスレに書いてることは基地外の妄言だが バーチャルという概念がない時代の自分の存在確認
いまは、その思うというのもシミュレーションでしかない可能性をみんな知り始めた すべてのことは疑えるけど
今自分が思考しているという事実だけは疑うことができない 人間は何でも決めつけていかないと考えられない
分からないものを分からないままに受け入れるには
けっこうな忍耐を必要とする
そうして何でも決めてつけていった結果
さまざまな哲学的欺瞞が生まれていった
これもその一つだ 考えることのできない植物状態の人間は
自我のある個人とは言えないからでは >>650
考えてないかもしれないよ?
ネット初期に人工無能ってスクリプト流行ったじゃんw >>652
哲学も他の学問分野も手法はシンプル。
判ることを積み上げていくだけだよ。
判らないことを評価しない。否定しないし肯定もしない。
だから自分が何を知ってるか何を知らないか。特定の
学問分野や産業の世界で何が明示的な知識として積み
上げられているかの検証は常に重要になる。 お前等に良いことを教えてやろう。
お前等が手を上げたとするだろう。
お前等が手を上げるのは意識して行った行為ではない。
人間が手を上げる5秒前には、意識とは別のところで手を上げろという命令が出ている。
意識は手を上げた後を認知しているにすぎない。
これを受動意識仮説という。
ではどこから命令が出ているか・・・このVR世界の本当のお前等が命令を出している。
これ内緒だからな。 あんたが自分のこと考えてるから
あんたが存在するんやで〜 認識があるから存在があるってやつだろ
多分当時はうまいこと言ってやったくらいの感覚なんだろうけど量子力学でマジでそんな感じになったからな だから観測者効果とか、量子力学的な話じゃないって
観測してても、それが本当にあるかどうかは判らないでしょっていう話で
目の前に見えてる物が、本当はイリュージョンかもしれないって疑おうと思ったら疑えるっていう話だよ
そういうのを方法的懐疑っていうんだよ 【高尿酸値・痛風予防の五ヶ条】
@食べ過ぎに注意
肥満体は、プリン体を合成しやすく、尿酸の排泄機能が低下する傾向にあります。
Aお酒は適量に
アルコール自体に尿酸値を上げる作用があります。
B水を2リットル以上飲む
尿で尿酸を排出するため,1日2リットル以上飲みましょう。(甘い飲み物は逆に尿酸値を上げてしまうので注意)
Cストレス解消を
ストレスは尿酸値を上昇させる危険因子です。あなたに合った方法でストレスを解消しましょう。
D適度な運動を
話しながらでもできるような軽い有酸素運動で肥満やストレスを解消しましょう。
詳細はソース
痛風の治療・予防のコツ|激痛!痛風を予防する|高尿酸血症・痛風|三和化学研究所
https://www.skk-net.com/health/illness/01/index04.html >>1
アホである 故にアホなのだ
バカボンのパパが言ってるだろ 考えられる思考があれば、自身が存在している証拠って意味? >>1
デカルトより先に仏教では色即是空という考え 自分を自分だと認識した時点で自分が自分だとバレるから
自分と認識せずに自分を認識しなければいけないというわかったようなわからないようなそんなおはなし >>496
色即是空、空即是色
マトリックスの世界ですわ このスレもひょとしてぴよぴーよ速報のステマスレなの?(´・ω・) 自分の意思というけど
同じコップAとBどちらかの選択で
自分の意思でBを選択したつもりでも
なぜBを選んだかは論理的に説明出来ないので
自分の意思で動いてる訳ではない 脳波と意思は別物という説もあるよね
単純な動作の場合、筋肉が動くより後に脳波が出たという研究結果もある
俺の想像としては、人は王と大臣と民の様な形で構成されてる
王は意思決定をする立場で、大臣は王の意思を具体化して民に伝える
民は原則として大臣からの命令を受けて動くが、単純な号令に関しては大臣が具体策を練るまでもなく民が動く
楽しくなくても笑う事でポジティブになるのは、大臣に命令されて民が無理やり楽しそうにしてたら、
王は(この国は民が楽しく暮らしてるのだ)と騙されるから
本心と裏腹に作り笑顔を続けると鬱病になるのは、王が民の笑顔が偽りである事に気付いてしまい、その命令を出してる大臣を信じられなくなるから
人は魂と脳と体の三つで構成されてるのではないか この言葉は哲学的であると同時に人間は理論的に生きると分析するのに時間がかかって間に合わずフィーリングで生きる方が間に合うっていう情熱の価値を含んだ所 思う我がなければ人間はフィーリングで動く事ができず
理論ばかり分析ばかりで大切な何かを失ってしまうって事さ 「世の中全ての物事が存在しないのではと否定していっても、それを思考しているのは自分であって、自分あってこその思考だから自分の存在は否定できない」ってことだっけ? 思うことはあることという証明が抜けてるからデカルトは間違い >>679
一種のあきらめだよな
もうやだわかんない
私がそう思ってるんだからいいじゃん >>677
自己言及のパラドックス
不完全性定理なので成り立ちません 存在してると考える故に自分の存在が証明できる
これは哲学であると同時に量子力学でもある 自分が好き、だから一人でも生きていけるの!
って意味 私は私よ関係ないわ
と考えれば
何処にもいるわ私
という事 >>695
それを仮に「少女A」と名付けたとする
では少女Bはどうなるか
デカルト先生と一緒にじっくり考えてみようか
大丈夫、夜は長い 考えるということをするからこそ自分が自分であるということだろ? >>1
自我至上主義?
でも 我在りゆえにわれ思う が事実なんだけどな ヨガにもあるぞ
ネイティネイティアートマンっつってな
仏教の諸行無我にも関係しているが
自分は本当はいないんじゃないかって思うことない?
自分という存在はスクリーンに投影された存在にすぎないんじゃないかって
そんなくだらないこと考えている存在に気づいて
あ、これが自分なんだって思うわけよ 俺は思っている
思っているということは俺が主体
つまり俺 すべてを疑うけど考えてる自分まで疑うのは元も子もなくなっちゃうから流石にそこは許してねテヘペロ☆(ゝω・)vキャピ 俺は所詮神ちゃんのPCから生まれたインスタンスやと気づいた? >>716
答えが出ないから人は簡単な宗教に走るのよー 自己存在証明=世界を認識できる
小学生の頃、何でオレは存在してんだ?と不思議に思ったけど、その後は5年に1度くらい繰り返してる
自分が存在していることが不思議でしかない >>703
主婦が冷蔵庫の野菜を一掃しようと、晩ご飯のメニューにカレーを思いつく。これが『哲学』
で、カレーを作るために野菜を適切なサイズに切ったりカレールーを投入して火加減を見つつ煮込む。これが『その他の学問』
具体的に何かするためのテクニックではないが、これがある事で全ての行動に意味が出てくる
我々は小なる自己を以て自己となす時には苦痛多く、自己が大きくなり客観的自然と一致するに従って幸福となるのである。 卵が先か鶏か先か
悩んでる間にどちらも冷めて不味くなる
我思う故に我あり
私が考えるのをやめたらそれは私ではない
私は感じ、考えるから私なのだ
考えすぎたらハゲなのだ あとからかんがえてんだろw
そんときにはそんな考えてねーだろw
ちゅうしてやんねーぞそんなやつには
>>726
まさに異常 >>718
自分とは何?
昨日の自分と今日の自分が同じである保証はどこにもない
よく似たコピーと入れ替わっていても気づくことはできない
実は5秒前に世界が作られていたとしてもそれに気づくことはできない
その程度のものだよ >>703
お前が使ってるスマホを始めコンピュータで使われてる
計算方法の全てが西洋哲学由来だよ。
それを始めたのは歴史でも名前が出てくるプラトンと
アリストテレス。彼らは、事実(であろうこと)を並べ、
ならこっちも正しいといえる、という検証方法を体系化
した。演繹、帰納という言葉は聞いたことがあると思う。
要するに義務教育の数学でいう「証明」の方法だ。それ
と「ベン図」。
あれを事実と認めるにはコレとコレが必要というのが証明
だろ。そしてベン図は複数の条件を掛け合わせ、鳥の集合
白鳥の集合白い白鳥の集合黒い白鳥の集合を体系化する。
全ては同じ母集団だけど白い白鳥と黒い白鳥だけは同じ
集団にはなれないということなどが検証できる。
要するに事実を抽象的な「論理」という知識のコレクション
とし、それらを掛け合わせ分類や計算するということを
発明したのが西洋哲学なんだ。やがて西洋哲学の論理という
考えは数学と融合して論理計算という手法を発明する。
その論理計算はいまはコンピュータや通信全般に活用されている。
計算手法もそうだけど、数字しか扱えないコンピュータで、
男子の母集団女子の母集団というように現実をデータに
取り込み活用するためにも論理学に端を発する手法が活かされているよ。 有名な胡蝶の夢。
現実なのか蝶の見てる夢なのか?
あれにはちょびっとだけ続きがあってね。
「まぁどっちでも俺は俺だしな。どっちでもええか」
んなことは中国人は紀元前に発見してんのよ。 >>665
仏の言葉も論理の話が多いけど、色=実体に見えること は 空=実体はないがそれを構築する関係性 という意味。
要するに人間関係があなたの実態や意味を作るから人間関係を大事にしてねってことだ。
デカルトの言葉はむしろ逆。論理は連なるもので、数学的に考えるとどこかに根/底の是があることが前提になる。
Yes+Yes=Yesが論理学の根本的な方式で、それで正しい知識をコレクションしようという態度だよ。
だから動物の属や科を分類していくだけで医療や地学に活用できる知識が蓄積されていくんだ。
コギトエルゴスムは、その連なる論理の根底になる根元の是はあるのかという話。
例えば神といってもそれを言葉にしたとたん誰もが宗教の神を思い浮かべるのでデカルトは根の是は考えることとした。 外の世界の映像は、目で見る。
これ常識だよね?でも他の可能性試した事ある?
ファーブル昆虫記のファーブルは子供の頃、
「ママ!大発見だよ!目をつぶって口を開けても何も見えないんだ!口では物が見えないんだ!」
と報告して母親を呆れされた。
しかしこれは、学者にとっては最重要な発想なんだ。 >>1
わいおもったけど やっぱおれやで (原西孝幸 口調) >>734
常識ねえ・・・
目で見るから、脳で見るから見えなくなってるものがたくさんあると40歳を超えてようやく分かりかけてきたところだよ
きっかけはなんやったかなあ・・・死ぬってどういうことだろうって考えてるときやったかなあ
科学者は科学は客観性に基づいたものだと思っているが
そのどれもが人間の脳を通してみたものにすぎないって前提を忘れてるか見て見ぬ振りをするよね われーわれーって連呼してるから河内のおっさんだろやんけワーレー >>736
一応言っておくがデカルトの意図はほぼ真逆だぞ 宗教に傾倒してるわけじゃないけど
結局、ブッダが昔にみんな言ったことだよね お父ちゃんとお母ちゃんがセックスして我の脳が生じた瞬間から我が生じたんじゃなくて
それ以前からもあらゆる物質の中に我はあったし、80歳超えて老いて死んで体は脳もろとも火葬されても我はいる >>743
学の世界だと全てわからない世界が前提だよ。
だから判ることを積み上げることが是になる。
何もわからないこと世界で、この仮説は正しそうだ、
この定理は使えそうだで出来ること判ることを積んで
新しい理解や応能を見出していく。
だからわかることわからないことを、自分で判断する
ことが一番大事。
わかる分からないの判断が出来ない人、わかる分から
ないの前提が人によって異なることをわからない人が
知能ない人だと思うよ。俺はね。 >>742
それは違うな
我ってのは集合体だからな
ピクセルの集合体がエロ画像になるからと言って1ピクセルに興奮できるわけではないのと同じ 無駄に難しく考えるな。
分からないことはわからないと認めて欲しい知識に必要なことを粛々と学べ。
話題のインパクトにしたいだけなら、この表紙でも見て笑へ。
https://books.shueisha.co.jp/magazines/magazine.html?magazine=weeklyplayboy
俺は倫理や人生哲学は全く知らんからマイケル富岡とかはよう知らん。 >>746
>我ってのは集合体だからな
そう思い込んでるだけでしょ。じゃあその集合体はいつどこに存在するの?
仮に脳だとするとどこ? >>1
他人が思う事を、「我なり!!」と言うのは迷惑だからだろ 今、自分は考えていると認識しているって事は、自分はモブでは無く、実在しているって事? >>703
科学は突き詰めると哲学になる
ただし突き詰めることが出来る人は限られてるので
お前の役には立たないよ お前らのニューロンの動きを完全に再現する機械があったとして、それで作った脳が「我思う・・・」と言い出したら
その機械には意識あるいは意思が宿っているのだろうか わたくしといふ現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です >>749
どこという問いはそれほど重要ではない
エロ画像のどこを隠したらエロ画像で無くなるか
乳首や性器を隠せばアイデンティティは激減するが、それでもエロ画像であることは失われない
逆に乳首や性器だけではエロ画像として成立しにくい >>751
実際のことは突き詰めるときりがない。
学問の世界ではそう言うことにしておこうという話しだよ。
>>752
哲学が学問の方法論を他の分野に供給していたと言うのが歴史的な見方だよ。
(ピタゴラス教団に影響を受けた)哲学が演繹・三段論法を発明するまで、ピタゴラス教団にすら、定型的な証明手順は存在しなかった。 >>752
んな事はない
哲学が科学となったが科学が哲学に戻ることはない
倫理的な判断をする時に科学ではなく哲学的な思考思想で決める事はあるけど >>756
乳首や性器やドットの組み合わせがときとばしょによってはエロ画像を成したりまたなさなくなったりを明滅して繰り返すんだよ
エロ画像を成してるときだけにエロの本質があるわけではない
エロ画像をなしている状態だというのは、脳が規定した一つの見方や価値観にすぎない >>758
論理学は散々実学で参照されてるよ。
特にビッグデータとかAIとかで統計の手法が必要になってる現代では、現実の数値的な意味付けの一般手法を研究し続けた分野に倣うことは山ほどある。 >>759
まあ概ねそのとおり
だから>>742は間違い
個々の要素は我ではない >>760
何がいいたいか分からん
論理学と哲学は違う学問だぞ >>762
西洋哲学の歴史を知らないならそれでいい。 >>734
ユクスキュルの環世界に通じる発見やな。
目も耳も無い昆虫の知覚する世界。 「ママ!大発見だよ!目をつぶって口を開けても何も見えないんだ!口では物が見えないんだ!」
と同じように
脳を通して森羅万象を見ている限りは脳が知覚できるようにしかこの世界は分からないよね
人間は科学が進めばどこまでも森羅万象を理解できると思っているが
それはもともと脳という時間的にも空間的にも限られたデバイスに規程されている >>767
哲学
哲学を論理的に解析したものだよ
ホワイトヘッドとの書簡を読むとわかる それまで普通にあった直交座標に勝手にデカルト座標なんて名前をつけて
さも自分が発明したようにみせかけたチョンみたいな奴 >>1
割れ目思う 故に割れ目あり
と置き換えたら分かりやすくね?
女の人に割れ目があると思うけど見たことないのでわからない。(俺童貞)
そこで割れ目があるかいくら考えようが結果割れ目はあるんだという事に納得してしまう
つまりそういうこと デカルト先生さすがです。なんて分析力なんでしょうか。
これほどの知識力と多角的な視点からの観察力をお持ちの人は世界に存在しません 森羅万象を線引きして
ここからが我でここから外が我じゃない
そんなことを考えるのは人間の脳の悪い癖なのです 見てない月は存在しない
見られてない私は存在しないのか
否〜!! >>763
中世古代ならまだしも現代の記号論理学は哲学とは全く異なる領域だよ
よくもまあビッグデータとかAIとか知ったか出来るな >>586
おまえカントも知らんのか?
純粋理性批判で背理法つかってるやろが コギト論は不毛だから考えるのはやめとけ
独我論は論破できないが、だからといって独我論を唱えても意味はない 我思うゆえに割れマンあり、と言い換えてみればわかる >>780
なんで記号論理学って分野絞ったのかな?
デカルトはなんで哲学者と言われてるの?
ビッグデータも、AIも、統計が手法なわけで
現実の様々なものが分析できるようになった
のは現実のデータ化の技術の先鋭化があった
からだよね。
手放しで数式に耐えうる現実のデータ化手法
そのものを、研究してきた分野ってほかに
あるのかな?
自分の意見を出してくれた方がわかりやすい
けど、出来ないタイプだと思うからこれお題ねw ヘーゲルの弁証法も言葉をまぎれがないようにとことん記号化していく手法だったと習ったな
記号化ってことは数式化ってことだが
日本語とドイツ語では文法が違っているので、日本に入ってきたときはみんな何が何だかわからなかった 美しい幾何の世界を汚い代数で塗りつぶしたヤツの言うことなど聞かぬわ 「自我」という定義ができたから後の「無意識」の発見に繋がった。
電子顕微鏡ができる前はウイルスは未知の病原菌だったんだ。
お前らの常識は先人の功績のおかげなんだよ。偉そうにしてはイカン。 >>785
哲学分野で出てくる伝統的論理学じゃあ集合論も代数論理も触りだけ、情報工学の目玉の離散数学を扱ってないだろ
扱ってる学問の領域を話してるのにわけの分からん事をほざかないで こいつの書いた本だけじゃ理解できないのでは
当時の宗教的価値観とか理解しないとダメとかないの?
多と一との絶対矛盾的自己同一の世界においては、
主体が自己否定的に環境を形成することは、
逆に環境が新なる主体を形成することである。 >>789
おまえ「数学的証明」の意味も知らんのか?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A8%BC%E6%98%8E_(%E6%95%B0%E5%AD%A6)
背理法は「数学的証明」の最も代表的な方法だろがw >>1
最後の一行抜けてるぞ
じっと手を見る
ってやつ ヴィルトゲンシュタインの論理哲学考なんて
統合が失調した人が書き散らした数学のメモみたいだよな >>795
論理学は伝統的論理学(古典論理)と数学的手法を取り入れて発展させた記号論理学(数理論理学)に分かれてる
哲学分野で使われるのは前者の古典論理
情報処理分野で使われるのは後者の数理論理
レス元のビッグデータやらAIやらの話は間違いなく後者の領域 論理学は、伝統的には哲学の一分野である[1]。数学的演算の導入により、数理論理学(記号論理学)という分野ができた。
おう、リンク先のWikiバッチリ書いてるじゃんw >>798-799
単に哲学から独立して、特化発展させただけの話
ちなみにアリストテレスが区分した第二哲学を特化発展させたのが「物理学」な
ニュートンの時代でもまだ「現代でいう物理学」は「自然哲学」と呼ばれていた(哲学の一分野)
つまりニュートン力学、微積分法とかは厳密にいうなら「物理学として独立する前で"哲学"な」 少しでも疑わしいものを排除していくと、例えば5ちゃんに書き込んでるやつらは全部AIかもしれないし、今見てる景色でさえ脳に電極刺されて「見てると思わされてる」ものかもしれない……となっていく
そうだとしても自分の脳だけは確実に存在する、ということ >>802
論点ズラすなって
ビッグデータデータやAIに哲学領域では無い記号論理学が使われてるかどうかの話であって
その学問の発祥が何でどう発展したかなんてどうでもいいんだよ
誰々がいつ何を考えたとか言うクソの役にも立たない哲学史で現代の情報産業を作ってるわけじゃねぇんだわ
そもそも哲学的思考も論理学的思考も学問を発展させる為の道具
その道具がいつ誰の手で作られたかなんて本質じゃないと思わないのかね >>802
出汁をとり終えたあとの鰹節とか、茶を抽出したあとの茶葉、あるいはコーヒーの滓ってことか? 日本の中高教育の問題点は学問史など、知識分野ごとの前提をを教えないこと。
数学も物理も、何故この視点での方程式が軸になるのか教えないから、応用が効かない、暗記ベースの勉強になりがちになる。
哲学はいろんな学問のベースになってはいるけど、論理そのものも教えないし、数学は論法なしで∴記号とか教えるし、意味わからないで教えてる知識が多すぎなんじゃないかと思う。
高校までの分野にしても、生物や地学なんて歴史ありきじゃないと入門者は何が何だかわからないだろ。
大学や専門学校行くと、どんな分野でも歴史ありきなんだけどな。 >>8
頭セクシーかよ
何やろね考えることを止めてお前らみたいに口半開きのアホ面して毎日ダラダラ無為に過ごすバカ丸出し愚民生活してしまうとそれはもう自分では無い的な? 植物なんかでも脳が無いはずなのなか感情があるかのような振る舞いを見せることはあるのだよ
要するに見かけだけの振る舞いからは何もわからんのだよ >>794
背理法使っても命題や前提、推論規則が数学的証明に耐えられる理論構築されてなければ数学的証明じゃねーよ なんか哲学的な謎問いかけ感あるから後世まで名言扱いされてるけど
多分本人そこまで考えて無いと思うよ
エヴァンゲリオンの歌の歌詞みたいに周りが勝手に小難しい解釈しても歌詞書いた本人のテキトーに書いた発言で考察(笑)になったみたいにさ >>816
デカルトの方法的懐疑は、独我論でも現象論でも懐疑論でもない
それとは真逆の結論を導くためのものだ
最初からコイツは、神を、実体を、第一原則を、証明(という見せかけ)するためにやってる >>810 篩にかけているだけで そういうのを上手く乗り越えた層がさらに高度な学問を身につけている
確かに才能があっただろうがその分野に進めない人はいるだろうけど それは言い出したらきりがないだろ
あと、バカはバカだよ どうしようもない家庭に産まれてくる子もいるし ゾンビと人間の違いみたいな物でしょ、希望を持たず考えるのを止めて生きる事は死んでいるのと同じ。
考える生き物だから人間で有る。 ニュー速の人って、上から目線で情報通気取りなのに、調べる学ぶ考えて答えを出すってこと苦手な人が多いのなんでだろう。
多いって言っても煩く語る人しかサンプルにはならないけどね。笑 観念論ってやつ。
極端に言えば、この世は自分の観念に過ぎず
死んでしまえば全て消えてしまう、というもの。
西岸良一がこのテーマで短編を出してる。 ちなみにリンゴ・スターは、これをもじって
「我思う故に我ロックンロールせり」なんて曲を出した
https://youtu.be/PsxTcVIlTU8 我を思わない時、我は存在しないのね
と解釈した
もしや生きながらにして自身の存在を消せる希望の言葉なんでは? >>829
考えつつ在る我がいる、それ自体が神の存在を証明するものだ
と言ってるだけで
我が考えたり考えなかったりと意識を切り替えようと
ぶっちゃけどうでもいいのよデカルト的には
これはパスカルもほぼ同じ
考える葦が常時考え続けなきゃならんとは一言も言ってない
人生で一瞬でも我が考えたらそれでいいw
ここからさらに犬猫は人が考えるように考えるのか(否)って話にもなってくる >>835
本論からいうと出自が問題になるならコギトエルゴスムにはならなかった。
要するに懐疑論を振り払い理性的な論理を語る環境を作るために、些末な別論を無視できる自分を是と置いたんだから。 >>835
東京にいるのが東京人
日本にいるのが日本人
地球にいるのが地球人
ならば宇宙にいる我々は宇宙人ではないかね? >>838
デカルトの話は論理の話だよ。
時間を考慮する話もあればそうじゃない話もある。 >>839
伝統的美学を論理の遡上で映画の話に持ってくならもちっと丁寧な前提だして。
何しろ美学はどの時代も共通の土台がない。 エジプトの醜女のクレオパトラとか言う迷惑ババアについて
あいつの鼻高すぎだから、低かったらどうだったの?
などと言ってしまった気圧を測るのが趣味のパスカルさんは
今ならポリコレ棒でフルボッコだわ。 前提を設定して誰が読んでるかを考えて論評するのは哲学の派生分野としてはアリだと思うけど。
実際90年代に日本でも流行ったよね。ドゥルーズのフォロワーと自称するライターとか一杯出てきたし。
でも前提を自分で構築しないで勝手語りして気持ちよくなりたい人はなんなんだろうと思う。
自分の心に留めておくべき話をネットで書かずにおれない臨床心理の対象者なの? よく喉をトントンしながらワレワレハウチュウジンダってやったね コロナの危険を煽り、ワクチソ接種を必死で勧める専門家らはカネをファイザーなどから受け取っている
朗報!新型コロナの軍事裁判準備【人口削減一味】日本も対象!数千人の弁護士、科学者、医療関係者が
【covid-19】による人道への犯罪をニュルンベルク軍事裁判(ナチス裁判、東京裁判)とへ提訴する!コロナを
支持した医者、ワクチンを接種した医療関係者、死亡証明書などを偽造した医者なども裁かれる!日本の医者
も対象となる!政財界、テレビらの犯罪者多数!志村は死んでおらず、遺体確認しようとすると拘束された!
志村の功績と評価した小池は逃走中! >>822
それはどっちかというと陽明学の知行合一だな。 cunt [ˈkʌnt][カント]
[名] 1.女性器 2.ウザイ奴。 3.ヤリマン 4.女性に対する蔑称。
主に上記4つの意味のどれかで用いられるスラング。 元々の意味は1の女性器。 >>849
エマニュエル夫人とかエマニュエル坊やとかのEmmanuelじゃなくてImmanuel
だから昔からカタカナで書くときもイマヌエル・カント 命令を下す自分に対して命令して下さいという命令を下す、矛盾オペランドの例だよ
深淵を覗くから深淵から覗かれる、だから哲学者は頭がおかしくなる
似たようなものに息をするというものがあるだろ、小さいころやった
呼吸という自律神経で行われる事を意識的にやろうとすると狂ってしまう
坐禅でも意識するのは丹田であって呼吸は飽くまで自然にするとい事からも
分かるように、思考というものも自然にする事だよという話 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ 我思う!からと言って、我がある訳じゃない。統合失調症の私が言うんだから間違いない。 >>855
マンコをのぞく時、マンコもまたこちらをのぞいているのだ 並び変えればわかりやすいんだよな
われ我あり故に思う
私が私であるから思う…??? これって翻訳した人がカッコつけすぎてこんな言い回しになったの?
原語を直訳したらもっとわかりやすいんだろうか? I consider, thus I am
英文で表記するときもこんな感じだったと記憶している
“ thus ”なんて用いるような言葉についてあれこれ考えるのは専門家に任せておきゃいい >>864
現代のいま聞くと大したこと言ってないように聞こえるけど、それはそういう価値観が既に浸透しているから
昔は世界に人が属していて、神が作りたもうた世界を観察していただけだった
それを人主体にすることで、世界は人が解明し干渉し支配する存在となった >>864
直訳したら「思うはある」だぞ
人称格が一人称だから我をつけた >>868
同じ論法でデカルトは神の存在証明もしているんだよ。
一行抜き出しの勝手解釈で語ってもしゃあない。 >>871
デカルトの言う神はカントの言う神と同じでしょ
それまでの価値観を壊したのは間違いない
一行抜き出しは君の方 漢文風の日本語だから意味が伝わりにくい。
俺は考える(意識してる)。つまり俺は存在してる。(生きてる)
みたいなことだろ? 植物人間は人間じゃねーよって話・・・
何勘違いしてんの 逆だよ逆 植物人間も存在してるから人間だよ〜〜って話
意識と命は一緒 反応が無いから意識が無い訳ではない。つまり命は意識
意識とは他にはわからない。知識が解らないように その言動や行動で見れるだけ。 >>879
意識の無い死体はつまり存在してないということですか? 「心に愛がなければどんなに美しい言葉も相手の胸に響かない」 聖パウロより >>884
一度限りの二度と味わえない瞬間を
何とか反復しようとする涙ぐましいところとか
ぜひ映像業界の人には読んでもらいたい気もするw こんな暇なこと考えてる
ほど人生長くない
哲学オタクは頭ハゲるよ 哲学を学んだ人が偉そうに言ってる事などとっくに俺は気付いてるんだぜ
今更哲学なんて勉強する人は、元々のレベルがよほど低かったのだろう 痴呆老人は「あんだって?わしゃ神様だよ!」などと言うが
我思う、故に我ありは、痴呆老人でも成立するのか?
痴呆老人が思ってる内容は、神を認識するような『思う』に該当するのか >>880
もし蘇るなら存在してなければならない
しかし、もし蘇らないなら存在してない(違いが意識のみと定義するなら)
そこに説明矛盾が生まれる場合に、その解決手段がクオリア
意識はクオリア、説明矛盾とは
全てが完璧に同じ状態の死体ABがあり、Aが蘇らずBが蘇った場合など等価な存在の選択確率
その場合に限り成り立たなければならない
1ばかり出るサイコロの中身に鉛玉が入ってないなら
そのサイコロには意識があり自身を制御してなければならない
一般化すると意識(クオリア)があるかのように動くことが生存確率を押し上げ存在確率を変えるならば
そこに相応の意識(クオリア)がなければならない
別にクオリアの種類は問わず、他に適当なのがあるなんでもいい
と我※思う ※特別に追加してみました >>893
そんなヘンテコなこと考えなくても新しく生じたと考えればすべて解決
寝て起きたら新しく生じてるわけだし マジで分かってないヤツいるから説明するけど
自分が認識する世の中のあらゆる事象は証明不可能であり唯一の例外が自己の存在ってことな >>901
方法序説の真意はそこから懐疑論を克服することだぞ マジで分かってないヤツいるから説明するけど
マジレスは寒いだけだぞ >>891
痴呆老人は人間なのか?
障害者は人間なのか?
という議論がされたのはさらにその数百年後
だからデカルトの論にその答えを求めるのは間違い
パラダイムが違う マジで分かってないヤツいるから説明するけど
哲ヲタって最低にキモいよな レス数が900を超えています。1000を超えると表示できなくなるよ。