昨年11月の夕暮れ、大阪府高槻市の山あい。急斜面に枚方市の平岡祐子さん(35)が立っていた。かたわらには高槻市の猟師の大矢隆行さん(57)。2人が仕掛けたわなには、体重50キロほどありそうな若い雄のシカがかかっていた。

 平岡さんは、身長より長い電気やりを持ってシカににじり寄った。「射程に入ったらあかんで!」と大矢さんの声が飛んだ。

 シカはわなに脚を取られていても、人間が近づくと激しく威嚇する。油断すれば蹴られて大けがをすることもある。

 左胸をやりで突いた。大電流が流れてもシカは倒れない。平岡さんが2度、3度と突くと、シカはとうとう動きを止めた。
平岡さんは肩で息をしながら、「一発で気絶させることができず、苦しませてしまった」と反省を口にした。

 大矢さんの家の前でシカをさばいた。内臓に斑点が見つかった。「これはあかんわ」と大矢さん。何らかの病気の疑いがあり、結局、このシカを食用にするのはあきらめた。解体するまでわからないのが、野生動物の難しさだ。

■レシピは70以上に

 平岡さんは自ら「シカ肉料理研究家」と名乗る。枚方市ではシカ肉料理教室を主宰している。ビビンバ、ちらしずし、薬膳スープ。これまで考えたレシピは70を超す。

 一般社団法人日本ジビエ振興協会(本部・長野県)が主催するジビエ料理コンテストでは2019年、中華料理の棒棒鶏(バンバンジー)をシカ肉で作った「棒棒鹿(バンバンロク)」で最高位の農林水産大臣賞を受賞した。

 金融機関で働いていた約10年前、体調を壊した。食生活を見直すうち、シカ肉に興味を持った。野生のシカの肉は鉄分が豊富で、脂質が少ない。

 平岡さんの祖父は猟師だ。16年から、兵庫県で活動する祖父の仲間のグループに加わり、「巻き狩り」と呼ばれるシカ猟を始めた。

 捕れた肉でいろんな料理を試すうち、味にますます魅了されていった。19年には料理教室を始めた。

 ただ、シカ肉はほとんど市販されていない。自らが捕り、さばいたシカ肉を教室の生徒のほか、一般の人にも販売するため、保健所で食肉処理業・販売業の許可を取って施設を開くことにした。

 必要経費400万円のうち122万円はクラウドファンディングで集めた。自宅の一角で今月中のオープンをめざしている。

 販売量を確保するため、比較的安定してシカが捕獲できるわな猟を学ぶことにし、ベテランの大矢さんに弟子入りした。
猟期は11月〜3月で、その間は毎週2頭の捕獲を目標にする。猟期以外は、大矢さんら猟師たちから、「有害鳥獣」として捕獲したシカを回してもらうつもりだ。