>>375
江戸時代初期から行われてきた利根川の付け替え工事の結果もあって利根川では鮭が獲れた
初ガツオを有難がるように秋には初鮭が珍重された
もちろん冷凍技術のない当時は刺身では食わなかっただろうけど
(そもそも秋鮭は基本刺身に向かない)
さしすせそが苦手な江戸っ子はシャケと呼んだ

当時は水戸などの鮭も幕府や朝廷に献上されるほど希少
むろん庶民には高根の花で庶民が背伸びをすれば鮭を食えるようになったのは北前船で運ばれた北海道産塩引き鮭が手に入るようになった幕末期
さらに維新後には千島樺太交換条約や日露戦争の勝利による南樺太再獲得の結果もあり北洋漁業は隆盛を極め北洋物の白鮭のみならず紅鮭を庶民が口にできるようになっていった
遠く北海から来た真っ赤な紅鮭は美味しい鮭の証となりかつての高級品だった白鮭の秋鮭を駆逐する勢いとなっていった
むろん秋鮭にも白鮭にも紅鮭に負けない品質と食味のものもあるし紅鮭にもブナ化したマズい物もあったのだがそれは彼らにはどうでもよかった
漁業技術や冷凍技術の発展は白鮭から紅鮭や銀鮭に塩引きから荒巻へ荒巻から生冷へと加工方法漁獲魚を変えさせる結果となり食味の嗜好も変わって行った

そして北海道沿岸産秋鮭の荒巻は庶民