【歌手】野宮真貴 ピチカート・ファイヴ加入決めた小西康陽のかっこ良すぎる口説き文句「グラっときて」 [muffin★]
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2022年8月20日
ミュージシャン野宮真貴(62)が、20日放送のTOKYO FM「SUBARU Wonderful Journey〜土曜日のエウレカ〜」(土曜後5・00)にゲスト出演し、01年に解散した「ピチカート・ファイヴ」に加入したいきさつを語った。
1984〜01年に活躍し、「渋谷系」の元祖とも呼ばれた音楽グループ。ポップな音楽性とファッションを融合させ、絶大な人気を誇った。野宮が加入したのは90年で、ボーカルとしては佐々木麻美子、田島貴男(ORIGINAL LOVE)に次ぐ3代目だった。
野宮は81年にソロデビューしたものの、「思うように売れず、1年で契約が切れ…」と、ミュージシャン人生はいきなり苦難のスタートだった。82年にバンド「ポータブル・ロック」を結成。こちらも「それもなかなか鳴かず飛ばずで」とぶっちゃけた。
「バンドをしながらもCMソングを歌ったり、他のアーティストのコーラスをやったり、音楽に携わりながらバンドを続けていた」という野宮。特にCMソングは「100曲くらい歌ったんじゃないか」といい、「紙おむつのCMはほぼ全社やりました」とも告白した。パーソナリティーの「麒麟」川島明は、「知らない間に野宮さんの歌声を浴びてた」と驚いた。
そんな中、バンド仲間がピチカートのアルバム制作で呼ばれ、野宮も「見学したいなと思って」レコーディング現場を訪れたという。その時にピチカートのリーダー小西康陽と初めて会い、その場で「“1曲、田島君と歌ってくれないかな?”という話になって。ノリに近かったですね」と飛び入り参加。その後もレコーディングやツアーにコーラスとして参加するようになったという。
ある日、田島がORIGINAL LOVEの活動に専念するため、脱退することに。すると、野宮は小西から連日、熱烈な誘いを受けるようになったという。「小西さんから“メインボーカルをやってくれないか?”と、毎日電話がかかってくるようになって…」。さらに小西から、心を大きく揺さぶられる口説き文句をもらったという。「最後には“君をスターにしてみせるから”って言われたので、まだポータブル・ロックもやってたんだけど、ちょっとその言葉にグラっときて」と振り返った。
野宮にとって当初は「コーラスの仕事の1つくらいだった」というが、「歌っていくと、やっぱり素晴らしい楽曲だった」と、小西の紡ぎ出す音楽性にあらためて共感したという。さらに「曲だけじゃなくてセンスも合ったんですよね。好きな映画とか、おしゃれとか、価値観が。なので、ちょっとやってみたいなと思いました」と明かしていた。
https://pbs.twimg.com/media/FUElq3GaUAEYXov.jpg ウゴウゴルーガのCD は良かった。
「大人のしりとりですから」
「トマトちゃん絶句!」 >>251
CAPSULEアーカイヴってのででも共演してたね ピチカート・ファイヴって結局オシャレなだけのまがい物でしかなかったな
ヒット曲一つない >>252
【い】トマトちゃん「犬のおまわりさんの子犬」
【ぬ】シュールくん「濡れてるね」
【ね】テレビくん「ねえ、こっちに来て」
シ「大人のしりとりですから」
テ「テレビくんもこういうこと言えるんですよ」 >>19
分かるけど97に出したアルバムまでは許せる
本当にダメになったのはその次から 小西康陽は本人も言ってたがDJ気質
レコードジャンキーでミックスするのが趣味
で、いい曲からあれこれ持ってきたからパクり認定を外国人からもされてたけどDJとしてリミックスってやってりゃ良かったのにな 小西さんでも本当にDJは上手い 何かの雑誌かなんかの企画で色々ミックスしまくってて凄いなと思った 小西は中田のことちゃんと評価してて大人の態度だったな 割と中田の事評価してたよね むしろ細野さんなんかの方が中田に対しては辛辣だった >>19
小西康陽が野本かりあのほうにエネルギー注ぐようになってからじゃないかな >>86
ちなみに野宮真貴は室蘭出身
実は道民ユニット >>266
非常にキビシー!!!(財津一郎談)
細野晴臣が中田ヤスタカを
酷評してたの?
そりゃあ初耳でっせ。
キャロル・キングから
盗作で訴訟起こされた
パクり常習バンド
オレンジレンジや宇多田ヒカル@豚田
ピカルは手放しで絶賛してたYO
細野晴臣は判官贔屓があからさま
過ぎるYO
中田ヤスタカがプロデュースする
キャリーぱみゅぱみゅが
キアヌ・リーブスの映画で
ダサいJ-POPのIconとして
ネタにされているのを
知っていたからかもYO
さらに中田ヤスタカは
YMOより小室哲哉さん
リスペクトしているから
かもYO🤣 >>270
小西康陽さんは
洗濯屋の息子だYO
Panasonicが80年代に
VHSでSONY βに
シェア争いで勝利した
真の理由は当時の電機店が
Panasonic のビデオデッキの
購入特定として
洗濯屋ケンちゃん
の裏ビデオをオマケに
付けていたからだYO
😻💜 >>265
“Pizzicato Five 大好きでした!!!”
“小西さんをリスペクトしてます!!!”
中田ヤスタカにそう言われたら
本人を前にして小西さんも
本音は言えないYO
Jimi Hendrixから賞賛されリスペクト
の言葉を聞いたハウリン・ウルフが
“WASPに媚び売る軟派野郎”
と本人を目の前にしても
罵倒した悲しい実話とは
違うYO >>256
野宮「最後は大人になりましょうです」
シュール君「野宮さんは大人ですか?」
野宮「はい、大人です」
シュール君「それでは、これからゆっくり」 >>65
渋谷系はフリッパーズギターで表に出た言葉だよ 東京は夜の七時 1979年矢野顕子
渋谷で5時 1993年 鈴木雅之菊池桃子 あとこれだ
東京午前三時 1957昭和32年フランク永井 >>288
渋谷のCD屋店員がチョイスしたオシャレ邦楽セレクト
ジャンルに決まりはない A NEW STEREOPHONIC SOUND SPECTACULAR 中田ヤスタカがサウンドレコーディングマガジンみたいなエンジニアが読むような専門誌でMIXやマスタリングについて
自説をドヤ顔でレクチャーするのを読むと笑ってしまう。
中田ヤスタカが作る曲って
perfumeにしろ、きゃりーぱみゅぱみゅ
にしろ、どれもノングルーヴで
スクエア平板で退屈極まりない。
なんかさケイティ・ペリーの
珍解釈3番煎じつーかさ。
そもそもセンス無いから
引用すらスマートに出来ない。
エンジニア目線でピント外れな
戯言ほざく前に絶望的にセンスが無い
作曲・編曲技術を改善しろYO
と思う。 確実に分かるのは
中田ヤスタカが
soul music funk music R&B
に対する知識や聴き取るセンスが
全く無いという事。
シンセサイザーや電子楽器を
駆使したプログラミング主体でも
soul musicやfunk musicの
和声やBass Lineやリズムを
身体で理解しているartistが
作る曲は分かるからさ。
MeatBeatMannifestoの
JackがそういうArtist 定形外のCDケースばっかになってからつまんなくなった >>297
ロマンティーク96までは大好きだったなーあれはさが最高傑作と思ってる
以降、宇宙組曲とか乱発しだしてきた辺りから自分はいまいち乗れなくなった 全盛期から30年近く経って、
一部の曲はJ-POPの古典になりつつあるのに
いまだにこの人たちはじめ、渋谷系に対して
堂々と「好き」と言えない気恥ずかしさがあるのは何なんだろうな。 90年代中盤に音楽業界に就職した連中で渋谷系をスルーした人はいない
彼らがいまアラフィフになりそれなりの権限を握れる立場になれば、学生時代に夢中になったアーティストを再び最前線へ持っていこうと働きかけるのは必然だった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています