2021/10/16 08:00エンタメ

©上山道郎/少年画報社 2021
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読書の秋、「悪役令嬢もの」を日々読み進めている。主人公が乙女ゲーム(女性向け恋愛ゲーム)の世界の悪役令嬢に転生し、迫り来る破滅的運命を回避するため努力する…というのが大まかな筋立てで、いま人気のジャンルだ。中でも本作は、乙女ゲームの世界にもかかわらず、主人公が周囲のキャラクターを親目線≠ナ温かく見守るという点が新鮮。年代や性別を超え、家族で楽しめる異世界ものである。

主人公は52歳の公務員、憲三郎。事故を契機にゲーム世界に転生し、公爵令嬢グレイスとして学園生活を送ることになる。悪役令嬢として振る舞おうとする律義な憲三郎。しかし、管理職や人の親として苦労を重ねたため、貴族ぞろいの名門校に入学した平民出身のヒロイン、アンナに共感する。その結果、本来の筋書きなら嫌われるはずのアンナから逆に慕われてしまい…。

年輪を重ねた読者なら、幼児や若者が懸命に頑張る姿を無性にいとおしく思った経験をお持ちだろう。グレイス=憲三郎は万事においてその調子で誠実に接するため、意図せず美男美女ぞろいの登場人物たちから熱烈な支持を集めることになる。最大の武器は、長年培ってきた社会人スキルだ。カタカナばかりの登場人物名を覚えられないなど年相応(?)の弱点を抱えつつ、機転と年の功で問題を解決していく。

さえない主人公が異世界で活躍するのは鉄板の展開である。ただし、本作の主人公は真面目で謙虚な、家庭を愛するおじさん。余計な嫌みがなく、言葉遣いも丁寧。読んでいて気分がいいのだ。悪役令嬢ものの予備知識はあるに越したことはないが、なくても問題ない。ノリと雰囲気で楽しく読める。

あとがきによると、ベテラン漫画家の著者は2本連続の打ち切りにも負けず、新たなジャンルに挑戦。描きたいものを突き詰めて描いた結果、SNSで話題になり、連載化につながった…という執筆経緯にもグッとくる。何度も読み返したくなる魅力にあふれた作品であり、不得手のジャンルだからと食わず嫌いをするのはもったいない。既刊2巻。

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