2019年1月6日からスタートしたNHK大河ドラマ『いだてん 〜東京オリムピック噺〜』が約1年の時を経て、先日12月15日に終了した。この『いだてん』と共に1年を走り抜けてきた筆者にとっては未だ感動と興奮が冷めやらない。そこで本稿では、『いだてん』がいかに他の大河ドラマと異なり革新的で愛すべきドラマだったのかということを、rockinon.com編集部の熱狂的な「いだてんウォッチャー」2名が5つのポイントで解説する。この5つのポイントを読んでいただけたら、最後まで『いだてん』を見続けた人たちがいかに驚きや切なさや共感や感動などのたくさんの感情を抱き、心が高まる境地に達したかということがお分かりいただけるだろう。また、本稿を読んで少しでも気になった方は12月30日(月)に放送される総集編をお見逃しなく! いだてん最高じゃんねぇ!(諸星奈津子、金秀奈)

@物語と共に進化するオープニング映像
『いだてん』がこれまでの大河と比べていかに革新的なのか、それはオープニング映像を見ただけでも語ることが出来る。大友良英が手がけた疾走感のある音楽、ファンファーレと共に駆け込んでくる、斬新な横尾忠則デザインの題字、山口晃が描いた東京の俯瞰図……と、日本屈指のクリエイターの才能が結集した贅沢な映像だが、それだけではない。物語の時代や内容に合わせて、背景の地図やコラージュされた当時の映像が徐々に変化していくのだ。
例えば関東大震災後の回では、それまで浅草の街の象徴であった凌雲閣(浅草十二階)が消え、煙に包まれた街の俯瞰図に変わっていて、作中の登場人物と同様、私も街の景色が一変してしまった事実に心を痛めた。また物語の後半では、戦後復興の象徴である東京タワーが登場し、今の東京の街並みはこの時代に出来上がったのかと胸が熱くなる。
私が確認しただけでも、恐らく十数パターンはあったのではないかと思う。これだけ作品に合わせてオープニング映像を緻密に作り変えたドラマは他にあっただろうか。

そして、映像の終盤、過去から現代に移り変わる東京の街を主人公が駆け抜けていくシーンでは、私たちが今見ている風景や日常が、物語に登場する人物と地続きであることを想像させる。本当に毎回一瞬たりとも目が離せない、心動かされるオープニング映像だった。

A立体的に折り重なった脚本
脚本を担当したのは、NHKでの執筆は連続テレビ小説『あまちゃん』以来となる宮藤官九郎。宮藤の作品を複数見てきた身としては、今回の脚本もとにかく素晴らしかったの一言に尽きる。まず、偉人や歴史的人物の「一人」の人生を描いてきた今までの大河ドラマとは異なり、「二人」の人生を前編と後編に分けて一人ずつ描いていく過程に、一貫して「もう一人」のパラレルワールドが存在し、その「三人」を軸に物語は進んでいく。どういうことかと言うと、前編では日本で初めてマラソン選手としてオリンピックに参加した中村勘九郎演じる金栗四三、後編では日本にオリンピックを招致した阿部サダヲ演じる田畑政治の二人が主人公とされているが、噺家・古今亭志ん生の「三人目の存在」(若いころを森山未來、近代をビートたけしが演じた)が、『いだてん』を語る上で欠かせないのだ。古今亭志ん生は若いころと現代を行き来しながら前編後編で常に登場し、さらにドラマ内の「語り」も担当しているため機能的にもとても重要な役割を担っている。
第1話を見た人の中には、なぜ落語が出てくるのか?と違和感を感じた人も多いだろうが、この伏線は第39話「懐かしの満州」で回収される。金栗四三と古今亭志ん生が、あるいはマラソンと落語が、「富久」という落語の演目をもって図らずも繋がる瞬間だから。いだてんファンの中でこの回をベスト回に挙げる人も多く、例に漏れず私もその一人で、涙を流しながら「ここか〜〜!」と頷きしばらく放心状態になった。ちなみに10月13日に放送されたこの回は、裏で日本中を熱くさせた「ラグビーワールドカップ」日本代表がスコットランドに歴史的な勝利をしベスト8に進出したあの試合が放送されており、色んな意味で神回となった。

そのほかにも、金栗四三と田畑政治は一見それぞれ別の時代の主人公として分けて捉えられるが、これまた最重要人物の日本でのオリンピック開催に奮闘した役所広司演じる嘉納治五郎によって、物語中盤のこの二人の近付いたり離れたりするなんとも言えない絶妙な距離感が作られていたことも挙げておきたい。

立体的に物語が作られる傾向は宮藤作品にはよく見られるが、今回の『いだてん』は登場人物が多く年月も長い分、その全員が少しずつ少しずつ重なりあい影響しあい、物語を、ひいては時代を作ってきたというところに「つくりもの」ではないリアルを感じた。

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