【巨匠の助言】内海桂子(大正11年生まれ)「私の二番目の亭主はヒロポン中毒」環境が整えばきっと中毒から解放される
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【巨匠の助言】内海桂子(大正11年生まれ)「私の二番目の亭主はヒロポン中毒」環境が整えばきっと中毒から解放される
2019/11/06
漫才師 内海桂子
https://twitter.com/utumikeiko/status/1192042328703160320?s=21
覚醒剤中毒者がそこから抜けるのは至難の業のようだが今の世の中それは違法なのだから止めなくてはならない。私の二番目の亭主はヒロポン中毒で漫才ができなくなり社会的制裁を受ける前に自分の田舎に帰った。再開はなかったが最近まで生存していたらしい。環境を整え中毒から開放されていたと信じる。
https://twitter.com/5chan_nel (5ch newer account) 大正11年生まれの叔父は特攻隊で死んだ。
23歳だった。 そりゃ売人の居ない環境にする
クスリも買えない程金を持たせないとか
物理的には可能だろうけどね
本人の意思だけでは本当に難しいんだと痛感した 「再開」ではなくて『再会』だよね?
誤植?原文ママ? 戦後間もない時代にはゲイニンだけじゃなくて
食料や酒や煙草など嗜好品も品不足の時代だったから、刹那的に多幸感を得られる
ヒロポンが流行して、ヒロポン中毒者が蔓延しとったんよな。 けいこ師匠元気だなー
よしえさんの方が先に亡くなるとは…
寿命というものはわからないものですね。 >>3
無能な国のトップのせいで犬死でさぞかし無念 >>9
そんなになるんだ
まだ若かったんだよね
ウンナンが葬儀でインタビューに答えてる画はよく覚えてるわ ヒロポンなんてよく使ってたなとか思うけど
50年後の日本人が「昔のひとって『ファイト一発!』とか言ってリポビタンDとか飲んでたらしいよ」とか言われるかもしれんし 俺の祖父は明治43年生まれ。
俺が子供の頃は「爺さん」という言葉はイコール明治生まれの男だったが、いまや「明治の男」はほとんどいない。
ふる雪や
明治は遠く
なりにけり 戦争中に存在していた人間のほとんどはヒロポン経験者だよ
普通に薬局に売ってたんだから。だから高齢者のキチ◯イ多いのかな アルコール程度のものでも、アル中ではなくても一日ビール一本程度でもやめられない。
糖尿病患者でも甘いものをやめられない人をよく見る。
最近は小麦アレルギーも話題に上がるけれど小麦だってやめられない。
それどころか5chですらやめられない。 「第一次乱用期」の覚せい剤事犯検挙者数が半端ない。「第二次」「第三次」の倍以上。
青少年の覚せい剤等の薬物乱用防止について:文部科学省
http://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/nc/t19980605001/t19980605001.html
覚せい剤事犯検挙者の年次別推移(昭和26年〜平成9年) 供給する側との人間関係が切れないのが一番の理由じゃね 浅草芸人はポン中多かったってほんとだよな
作家も坂口安吾とか
野坂昭如も大学受験は一夜漬けしてヒロポン打って受けたらしいな ヒロポン合法時代の貴重な証言をもっと聞いておきたい 田中英光も太宰の墓の前でアドルム飲んで自殺したんだよな
戦後の薬物乱用は凄まじかった ヒロポンはそこまで強い薬じゃないだろ
リポビタンDかレッドブルみたいなノリで疲れを吹き飛ばすために使われてた 結局モノの質によるだろう
マーシーは廃人だけど違う薬とはいえ瀧は超健康 >>3
ウチの爺さんは逃げ切ったw
国なんか信用できねえ
自分でなんとかしろが口癖だった >>33
ヒロポン=覚醒剤なんですけど。
現代のブツより純度高そうやけど よく分からんけどヒロポンと今の覚醒剤じゃ全然精製度合いが違うんじゃないの? 忙しい芸人はヒロポン中毒多かったんだろ?
ミヤコ蝶々とか。 ビートたけしあたりの世代が
ヒロポン中毒がひどかった師匠を間近に見てて
反面教師にして手を出さなかったから
芸人界隈から薬物問題がほぼ出なくなったんだよな
この辺が薬物に憧れて真似しちゃって
問題が後を立たない音楽業界と文化が違う 戦争から帰ってきた親戚がポン中で死んだって爺さんが言ってたな そういう時代だからな
おれも麻雀打つ前は使ってた
牌が透けて見えるから >>36
んなわけないやろw
覚醒剤の依存性分かってて言ってんのか 寄席芸人伝とか読むと戦後の落語の噺家なんかもみんな罪悪感なく
リポDとさレッドブル感覚で打ってたんだよな >>46
昔の芸人は一升瓶にヒロポン入れて、がぶ飲みしてたらしいな。
だがメタンフェタミンだ。 桂子師匠って今はなにやってるの?
漫談?(´・ω・`) >>36
実は今も医薬品として販売されていたりする >>42
そうでもないよ
80年代の覚醒剤とか薬物蔓延は社会問題だったんだから
おっかない政府広報CMとか流れてたなあ >>32
内務省に入って特高に配属されたキャリアとか虚無感覚えそうだな
「俺は猛勉強して東大出て高文にも受かったのに、なんで政治犯の爪剥がして自白させる毎日を送ってるんだろうなあ…」 >>19
つっても高いからやっぱり一般人は買わなかったと言ってたよ。 97歳でTwitterやってるのか
自分で入力しているとしたらすごい
いや、してなくてもすごいな 桂子師匠にとっての最近は
どのくらいまでなのかな
30年前でも最近と思ってそう 100歳近いのか。お元気だな。
そう言えば先日、生年月日を記入する際に明治のチェック欄がなくなってたのがショックだった。 >>20
これワカメとタラオじゃなかったのか
頓田貫一、頓田美也子 覚せい剤が薬局で売ってた時代には、
包丁を持って走り回ってるラリッパが沢山いたのよ >>39
コカコーラにはコカは入ってないけどハッスルコーラには何かが入ってる 興味ある人は買うか、図書館で借りてくださいね
https://honsuki.jp/review/9035.html
ヒトラーは「ヤク中」だった?
ナチス・ドイツの驚くべき薬物事情を暴く『ヒトラーとドラッグ』
辻田真佐憲 作家・近現代史研究者
『ヒトラーとドラッグ 第三帝国における薬物依存』白水社
ノーマン・オーラー/著 須藤正美/翻訳
>「いわゆる覚醒剤は爆弾のように的確に命中し、ウィルスのように瞬く間に広まり、
>食卓の切り分けられたパンや一杯のコーヒーのようにありふれたものとなった」。
>ナチスのスローガン「ドイツよ、目醒めよ!」は、覚醒剤によって達成されたのである。
>もちろん、ナチス・ドイツも薬物天国だったわけではなく、コカインやヘロインは取り締まられていた。
>だが、1938年に誕生した「ペルビチン」は画期的な新薬として放置(それどころか推奨)された。
>この点は、戦時下の日本とよく似ている。
>だが、最高指導者が「ヤク中」だった点は、ナチス・ドイツでしか見られない。
>そう、ほかならぬヒトラーもまたドラッグ漬けだったのだ。
http://data.honsuki.jp/wp-content/uploads/20181009142234/tsujita_cover.jpg >>51
リタリンね。今はナルコレプシー用に低用量で違う名前になってるけど またナイツがネタにするなこれw
あいつたぶんやってますよとかなんとか >>70
似たようなもんだ。化学式はほとんど一緒。 正司歌江が若い頃に重度のヒロポン中毒やったけど乗り越えて
めっちゃ長生きしてんな今年90てw >>69
直接の弟子ではないがマセキの大先輩で大御所 >>76
ウチら陽気なかしまし娘〜♪
こっちは三人ともご健在 >>26
つべでサイレント映画を見ていたらコカインをジョークのネタにしてるのをよく見かける 戦争のとき既に成人してたとか半端ないな
ヒロポンとか流行った世代なんやね >>84
挙げ足取る暇あるなら自分で化学式見てこいよw >>82
だよね
>>84
言葉尻はどうでもいいから自分でググレよ >>87
お前は鶏の胸肉とモモ肉は別もんだ。コーラとペプシは全くの別もんだと言ってるようなもんですよ。 北野ファンクラブで喋ってたたけしのヒロポン話は腹抱えて笑える 昔と今じゃあらゆる薬の純度が違うでしょ?
麻薬だってそうでしょ? >>25
漫才師はそれまで「先生」だったけど
この人からくずれた >>16
時代が時代だったから、比べても仕方ないんだが
恐ろしい時代だったんだな。 錠剤と注射じゃ
多幸感、依存度が全然違う
まだ錠剤のヒロポンならともかく https://this.kiji.is/495512165031953505
旧軍人、精神疾患入院ゼロ
「平成」までに死去
2019/4/29 17:27 (JST)
日中戦争、太平洋戦争による過酷な体験で心に傷を負って精神疾患になり、
戦傷病者特別援護法に基づく療養費を受給しながら入院生活を送る
旧日本軍の軍人・軍属がゼロとなったことが29日、各都道府県への受給状況の取材で分かった。
入院患者は1990年度に376人いたが、戦後73年の昨年6月、福岡県の医療機関で最後の1人が亡くなった。
入院はしていないが、戦争による精神疾患を理由に受給が続くのは島根県の1人のみ。
2016年3月に安全保障関連法が施行され、自衛隊が海外で武器を使用し、戦闘に巻き込まれるリスクは増大。
戦争と精神疾患との関係を検証することが必要との指摘がある。 >>91
さてはゆとりかゆとり以下か?最近こんなの増えてきたな ヒロポンて今でいうとどの薬物程度なの?
覚醒剤ってのは分かるけど 桂子師匠今でも東洋館の舞台に立ってるけど、持ち時間平気でオーバーするから凄いわ 藤田まことも電車の中で注射してたって自伝に書いてたな。 倫理上だれも言わないけど
個人差あると思う
1回やったら人生終わりなんてことは無い 戦争いった父さんは薬物に一切手を出さなかった
配送の仕事してる人が頭にヒロポン打ちながら走ってた時代の話を聞いた事あるけどヒロポンがわからなくて質問したら人をダメにする薬だと教わったあんなもんに手を出したら死んだも同然だと
流行ったからといって廃人になるもんだと理解してた人は父みたいに手を出さなかったんだと思う >>101
ヒロポンは今でもヒロポン
医者が処方箋かいてくれれば処方してくれる覚醒剤 相方の人のほうが番組でもズバズバ物事はっきり言う人で
動きもシャキシャキしていたのに、あっちが先に亡くなって
始終置物のように座っているだけだった桂子師匠のほうが健在なんて
わからないもんだ >>111
置物だったからこそ、無駄なストレス負荷もエネルギーも使わず省エネ設定で生き延びたんじゃない? >>25
まあそうだな。紫綬褒章と勲四等宝冠章を受章する程度の芸人だ >>74
>>67
何を今更
あとゲーリングのヤク中も有名だが 日本では知らないが、外国は昔はダイエットでメタンフェタミンを使ってたらしい エフェドラ配合サプリが代行輸入出来た時代が懐かしい >>10
かなり気軽に買えたらしいけど、その割に作家以外でヒロポン中毒で苦しんだ人がいなそうなんだけど、どうしてなんだ?
みんなモーレツ社員になったから? >>8
生存の言葉からして再会だろうね
会ってはなかったけどって意味だろう >>101
アンフェタミンだからアッパーだよ
大麻はダウナー、頭がフラフラしてくる感じ >>19
ほとんどってのは嘘だな
それは横浜市が全部高級な場所だと
思い込む田舎の人ぐらいの嘘 >>107
そうすげえ個人差ある
だから海外のミュージシャンでも平気で半世紀使いまくっても現役でやってるのもいれば
ちょっと使って何年かで廃人になってボロボロで死ぬやつもいる
覚せい剤耐性ガチャみたいなもん 由利徹なんかもヒロポンに勝った
庄司照江もやめたんだよな? 戦時中、既に芸人で戦場に慰問で回ったとか
正月の笑点でのナイツのコラボが唯一の生存確認になったよな >>17
俺たちも昭和から平成令和ときて昭和もそろそろ爺さんの象徴になりつつ有るな まあ本人が田舎に引っ込んで仙人みたいな暮らしできれば薬の売人もいない環境もできるだろうけど
現代はネットで注文できちゃうからねえ >>107 多分防御本能の大小って問題で個人差は当然在るが
1回目でいきなりナイフ持って暴れまくる奴もいる訳でな
増してやめてン10年クリーンに過ごしても
フラッシュバック起きて家全焼全身火傷って例もあるわけで
一度でアウトって脅した方が正解では在る >>91
こういう発達障害っぽいやつのほうがヒロポン中毒より厄介 100歳で現役の人は各分野でちらほらニュースになるが
芸人では未踏の領域だから頑張ってほしい 俺のばあちゃんは5才で病死したらしい的なコピペよろ 桂子師匠のTwitterのほうが衝撃
俺でもTwitterやってねぇのに… どうやら2020年の新年も無事に桂子師匠見ることができるな >私の二番目の亭主はヒロポン中毒で漫才ができなくなり社会的制裁を受ける前に
>自分の田舎に帰った。再開はなかったが最近まで生存していたらしい。
この話が本当だとしても田代は芸能人として注目を浴びる快感も忘れ難いんで無理だ。 タバコですら止められない人間が大勢いるから、止められる止められないは体質もあるんだろうね。 s昭和30年代まで無法状態だったから
しかたないですね
ネトウヨに怒られるかもしれないが
特攻隊も注射 打たされて出撃したという
話もあるしね 清水健太郎が言ってたけど薬は絶対にやめられないらしい >>108
まあ、流行りもあっただろうけど
傷痍軍人の人たちにとっては鎮痛剤代わりだったろうからな
まともに治療も受けられなかった悲劇もある >>16
薬としては有能なお薬だよ今でも
酒でも睡眠薬でも何でもそうだけど
用法容量を間違えると駄目ってこと >>63
居てねぇよ嘘つきが
ほんの数件の事件ででたらめ言うな
それ言うなら酒飲んで暴れてた人間のほうが
圧倒的に多いわwww 『米朝はヒロポン打たずに林檎食ってた』って誰が言ってんだっけ? しぇしぇしぇのしぇみたいな
粗悪品じゃなければいいのかい? >>129
靖国で「英霊さまー」てやっとけ
それで犠牲者が浮かばれると思ってるバカウヨ。 >>107
お酒や大麻でもそうだしな
まぁ人傷つけず本人が幸せなら
個人的には良いと思うけど
大企業で死ぬほど儲かってるのに
税金1円も払わないSoftBankのほうが
よっぽど巨悪だと思うがね >>130
ミヤコ蝶々は休業・長期入院でポン中を克服 >>20
「似たもの一家」というサザエさんとは別作品だけど、
伊佐坂先生の家という設定なのか。
最近の作品でもよくある別作品でも登場人物を重ねるパターンなんだな。
伊佐坂先生は作家だから、ヒロポン自宅にあっても不思議じゃないか。 相方は昔、全裸の東野が「師匠、ボクと友達になってくださいー!!」と突撃されたんだよな
それでそれが裏でダウンタウンの差し金であると分かると浜田をビンタいしたのはカッコ良かったな!!! 西暦⇔明治大正の簡単覚え方
1911年⇔明治44年
1922年⇔大正11年
ゾロ目の年で 疲労がポンと飛ぶみたいな広告が新聞に乗ってたそうな
まるでアサシンの語源だね ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています