平成の怪物が、「怪物」に別れを告げた。

甲子園で数々の名勝負を繰り広げた、あの夏から20年。横浜高校エースとして国民的スターになった松坂大輔投手は38歳になった。

国内、大リーグを経て、現在の所属先はプロ野球・中日。
右肩痛からの復活を目指し、5月28日が今季初登板だった。ウエスタン・リーグ(2軍)のソフトバンク戦(タマホームスタジアム筑後)で先発。
17年まで在籍した古巣相手に、2回をパーフェクト投球。打者6人に対して20球、無安打3奪三振だった。

降板後のコメント

降板後、取材に応じた松坂の口から驚きの言葉が飛び出した。

「もう自分は変化球で打ち取る投手。だいたいイメージ通りだったし、最初としては良かったと思う」。

この日の最速は137キロ。割合はカットボール25%(5球)、カーブが25%(5球)、ツーシーム20%(4球)、チェンジアップ3球(15%)、スライダー3球(15%)。いわゆる直球は1球もなく、すべてのボールを動かした。

 「変化球投手」を自ら認めた事実は、ファンにとって衝撃だった。肩を痛め、年齢的な影響もあり、150キロ超を連発していた、かつての姿はここ数年ない。
それでも昨年は140キロ台終盤まで球速が戻っていた。
全盛期は、多少の荒れ球でもボールのキレが圧倒的だったが「今の自分は勢いで打ち取るタイプではないので、いろいろと駆使しないといけない。
モデルチェンジしていかないといけないなかで、変化球を上手にあやつれるかどうか」。

制球力を上げたベテランらしいピッチングには、38歳松坂の覚悟が凝縮されていた。

公式戦の登板は、カムバック賞を受賞した昨年の9月13日阪神戦(甲子園)で6勝目を手にして以来、8カ月ぶり。
今年の春季キャンプ序盤に、ファンと接触して右腕を引っ張られたことで肩を痛め、戦列離脱していた。
今月中旬には、チームの練習日に千葉県内でゴルフをしていたことが17日発売の週刊誌「フライデー」で発覚し、謝罪した。

グラウンド外の息抜きまで注目されるのは、人気者の宿命。他の選手が同じことをしても、メディアに取り上げられることはないだろう。
心が休まるひまもないが、松坂は復活の1点だけを見つめている。新時代の令和仕様にモデルチェンジし「変化球でも怪物」と呼ばれる日に期待したい。

※健康、ダイエット、運動等の方法、メソッドに関しては、あくまでも取材対象者の個人的な意見、ノウハウで、必ず効果がある事を保証するものではありません。

[文/構成:ココカラネクスト編集部]

http://news.livedoor.com/article/detail/16554996/
2019年6月2日 2時0分 ココカラネクスト

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https://www.youtube.com/watch?v=FkqLJcZzPrM
1999 松坂大輔 5 衝撃の155kmデビュー 全投球  プロ初登板