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【文芸】<村上春樹>「直木・芥川賞」を受賞できない理由...なぜ「賞」とは無縁なのか?★2
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0001Egg ★
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2019/02/11(月) 07:18:22.80ID:wwZHQ6Y19
■村上春樹はなぜ「賞」とは無縁なのか? 

 ハルキ・ムラカミの名前がノーベル文学賞の有力な候補者として挙がっているらしい。そんな非公式な噂をもとに日本のマスコミが盛り上がりはじめたのは、春樹がフランツ・カフカ賞を受賞した2006年ごろからだった。以来、秋になるとビジネス・チャンスを逃すまいと出版界や書店業界などが前のめりになり、そんな興奮をよそに「春樹受賞ならず」というニュースが繰り返し報じられてきた。

 昨年は、この文学賞を審議するスウェーデン・アカデミーの関係者にスキャンダルが勃発。その混乱による影響で発表は取りやめとなったが、今年の秋には昨年分も含めて受賞者が発表される予定らしい。いずれ受賞したときの春樹フィーバーがどれほどの賑わいになるのか。想像するだけで恐ろしくなる。

 少なくとも春樹の作品が国内だけでなく海外でも熱心な読者を獲得し、また評価も高いことは否定しようがない。というところで、だいたい蒸し返される文学賞についての定番の話題がある。

 日本で最も有名な文学賞といえば、芥川賞と直木賞だが、春樹はどちらも受賞したことはなく、今後も受賞することは考えにくい、という一件だ。

 はたして、なぜ受賞していないのだろうか。……というのが本稿の中心テーマなのだが、率直に言ってしまうと、そこに奥深い答えなどありはしない。

 1979年のデビュー作『風の歌を聴け』、翌年には『1973年のピンボール』と、春樹は芥川賞の候補に2度選ばれた。ついに受賞には至らなかったが、当時の芥川賞選考委員が話し合った結果、「受賞させるほどのものではない」と判断したからだ。答えはそれ以上でもそれ以下でもない。

 文芸評論家の市川真人に『芥川賞はなぜ村上春樹に与えられなかったか』(幻冬舎新書)という、その名もズバリの本がある。そのなかでも、当時の委員が春樹作品をいかに理解できなかったかが細かく分析されている。要するに、選考委員がこの新人作家の将来的な活躍を予見できなかった、と言うしかなく、当の委員の1人大江健三郎が、のちに「私は(中略)表層的なものの奥の村上さんの実力を見ぬく力を持った批評家ではありませんでした」(2007年・新潮社刊『大江健三郎 作家自身を語る』)と語っているとおりだ。

 春樹の作品を評価できなかったなんて無能もいいところではないか。確かにそのとおりかもしれない。しかし、総じて直木賞や芥川賞は社会一般から評価されすぎている。期待されすぎている。そのくらいの失敗やとりこぼし、世間の文学観とのズレは、あるほうが自然だろう。

2/10(日) 5:47配信 東洋経済オンライン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190210-00264622-toyo-soci&;p=1

写真
https://lpt.c.yimg.jp/amd/20190210-00264622-toyo-000-view.jpg

1:Egg ★[] 投稿日:2019/02/10(日) 07:19:20.58
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1549750760/
0003名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:19:13.46ID:XTfzSlRl0
そもそもノーベル賞候補にすらなっていないからな
取れるわけがないんだわ
0005名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:20:53.86ID:jwi0A/Vw0
作品で評価しないで将来性で評価する?
0006名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:21:15.08ID:juW36LSD0
ハルキストがガッカリするところまでが様式美だから
0007名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:22:30.88ID:6+uAn0zW0
くだらない
その時点でたいした作品じゃなかっただけ
それ以降候補にならなかったことの方を叩けよ
0010名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:23:24.99ID:ND/L8EYj0
嫉妬だな
今の純文学界隈がノーベル賞の候補にすら名前が上がらないだろ?
純文学でも何でもないってことだ
0011名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:24:35.47ID:G4WCAsUm0
村上春樹の同世代で村上を超える日本人作家がとうとう出てこなかったことが
最大の不幸やな そのせいで無駄に叩かれてる気がする
0012名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:26:46.04ID:sWo9fasB0
明治の20年代に成立したとされる日本近代文学の根底に存在してきた「人間(個人)は、いかに生きるべきか」という問い、それはまた社会的・歴史的存在である人間の生き方を問うということでもあったが、
村上春樹の文学にはそれが欠如しているのではないか、ということである。

つまり、高度に発達した資本主義社会(都会)に生きる人間の「喪失感」や「疎外感」、「孤独感」、「絶望感」を描くことに成功し、若者を中心に世界中に多くの読者を獲得した村上春樹であるが、
ではそのような「喪失感」や「孤独感」などを内に抱いて生きる若者たちに対して、村上春樹の文学はどんな「生きる指針・ビジョン」を示してきたのか、
ただその文学世界に存在するのは現状を「消極的」に追認するだけのものだったのではないか、ということである。

1994年にノーベル文学書を受賞した大江健三郎は、そのような村上春樹の文学的傾向について「村上春樹の文学の特質は、社会に対して、あるいは個人生活のもっとも身近な環境に対してすらも、
いっさい能動的な姿勢をとらぬという覚悟からなりたっています。その上で、風俗的な環境からの影響は抵抗せず受身で受けいれ、
それもバック・グラウンド・ミュージックを聴きとるようにしてそうしながら、自分の内的な夢想の世界を破綻なくつむぎだす」(傍点原文「戦後文学から今日の窮境まで」86年)と喝破していたが、
この大江による(初期の)村上春樹文学の評価は、未だに有効性を失っていないと私は思っている。

https://ironna.jp/article/2154
0014名無しさん@恐縮です
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2019/02/11(月) 07:28:27.42ID:ND/L8EYj0
というか、純文学らしいことをやっているのはハルキしかいない
まあ、文学と呼べるのは、と言うべきかな
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