人類最強棋士相手に3連勝を飾った米グーグルの囲碁AI「アルファ碁」。
10年先と言われていた人類に対するAIの完全勝利は、囲碁界に激震をもたらした。

人類が積み上げてきた囲碁の定石は過去のものとなり、アルファ碁の戦い方は囲碁の常識を覆そうとしている。
AIの勝利は囲碁界に何をもたらしたのか。人類とAIはどう向き合っていくべきなのか。
アルファ碁に揺れる囲碁界の現状を、大橋拓文六段が描く。

将棋界で藤井聡太四段がデビュー以来の29連勝という新記録を達成した。
将棋界の枠を越え、社会現象と言えるフィーバーぶりである。

囲碁・将棋界を合わせてみても、1996年の羽生善治七冠誕生以来のビッグウェーブと言えそうだ。
中学生棋士が公式戦で土つかずの29連勝はもちろん偉業だが、ここまで棋界を飛び越えたニュースになったことは、昨今、AIの台頭で揺れる私たちプロの棋士にとって、非常に喜ばしいことである。

囲碁界にAIという黒船が到来したのは2016年のことだった。
米グーグル傘下のディープマインドが開発した「アルファ碁」の登場である。
昨春、世界トップクラスの韓国人棋士、李世ドル九段を破ったときは、韓国で“AI鬱”という症状が現れたとも聞いた。

今年5月、さらに進化したアルファ碁が再び姿を現し、現在世界最強と目される中国人棋士の柯潔九段を3−0で下した。
棋士たちはもう心の準備はできていたが、それでもアルファ碁の進化は凄まじいものがあった。

李世ドル戦から柯潔戦の1年余りで、大きく変わり始めたことがある。
囲碁AIは人間と勝負する存在から、「囲碁を理解するためのツール」として、棋士たちが受け入れ始めたのだ。

実際、柯潔九段はアルファ碁戦以後、18連勝中(継続中、7月7日時点)であり、アルファ碁の手の研究は世界中で非常に活発に行われている。
将棋の藤井聡太四段も将棋AIを活用していると聞いた。

人のレベルを超えたAIとの練習は、野球でいえば時速200qのバッティングマシーンで練習するようなものだ。
自分のプレースタイルが壊れるリスクもあり“諸刃の剣”だが、成功すれば絶大な効果を得ることができる。

グーグルのディープマインドはAIの試金石として囲碁というフィールドを選んだ。
囲碁はとても奥深いゲームで底が見えない。しかし、必ず勝ち負けがつく。
このボードゲームでAIの進化の様子を追い、AIと向き合うヒントになれば、筆者としてこれ以上の喜びはない。

■「直感」を手に入れたアルファ碁

囲碁は19×19=361の碁盤で争われ、その変化の数は、宇宙に存在する全ての原子の数より多いとされる。
コンピュータの計算力をもってしても膨大で、囲碁が難攻不落と言われていた理由だ。

ただ、「コンピュータは全部しらみつぶしに読むから強いですよね」という質問をよく受けるが、アルファ碁は全ての変化を読んでいるわけではない。
例えば米IBMが開発したチェスAIのディープブルーは1秒間に2億手を読むが、アルファ碁は1秒間に1万手しか読まない。

それではなぜ、アルファ碁は強いのか。
アルファ碁がそれまでの囲碁AIから急速に強くなったのは、ディープラーニングを取り入れたことが大きな理由だ。
そしてディープラーニングによって囲碁AIが手に入れたものは人間で言う「直感、感覚」なのだ。

直感や感覚を説明するために、まず「実利」や「厚み」という囲碁の概念を紹介したいと思う。
囲碁の対局の進行中に下図のような形が現れたとしよう。

図1:白の石に囲まれた□が白の陣地になる。□は10個あるので白地は10目だ。
白の外側にある黒の石の壁は現時点で陣地を確保できていないが、うまく活用すれば将来、白より大きな陣地を作れる可能性がある
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※続きます