加藤一二三・九段はその天然のキャラクターから、将棋界に語り継がれる数々の伝説を残した。藤井に公式戦28連勝の記録を30年ぶりに塗り替えられたことで注目された神谷広志八段(56)も、強烈な「ひふみん伝説」に間近で接した一人だった。

 加藤との対局で伝説的なバトルを繰り広げた神谷は「毎日テレビで見ているので、引退されたという感じはあまりない」と笑った。

 事件は01年3月の竜王戦予選で起きた。加藤は暖房で十分に暖かかった対局場に自分用のストーブを持ち込み、発熱部を相手の神谷に向けた。神谷は「顔が熱いからやめてください」と抗議。これが「ストーブ事件」として語り継がれることになる。加藤はのちに「私だけ当たると相手が寒いし、自己中心的と言われる」と、善意を強調。だが神谷は「やりたい放題やっている子供と同じ。注意すればハッとなると思って」。真意の読めない心理戦。神谷の動揺がわずかに大きかったのか、この対局は加藤が勝利を収めた。

 また加藤は手を指す際に勢い余って他の駒の位置を乱すことが多く、そのたびに敵味方にかかわらずペタペタと触って直した。神谷は「触らないでください!」と注意。「自分の駒を触られるのが嫌だったので何度か言った」。対局中の加藤のおやつも「みかん20個」や「桃8個に板チョコとりんごジュース」など、たくさん食べていたことを鮮明に覚えているという。

 通算対戦成績は、神谷が7勝1敗と大きく勝ち越し。「名人だった時の加藤先生に勝てたんです。初めてタイトル保持者に勝って自信になった」と懐かしむ。因縁の相手に「何事もポジティブに変換する性格が、長い現役生活を支えたのでは。天真らんまんさを失わず、いつまでもお元気で」とエールを送った。

 ◆加藤 一二三(かとう・ひふみ)1940年(昭15)1月1日、福岡県稲築村(現嘉麻市)生まれ。54年に14歳7カ月で四段に昇段、当時のプロ入り最年少記録をつくる。早大文学部中退。69年、第7期十段戦で初タイトルを獲得。タイトルは名人、王将、十段、棋王など通算8期。00年、紫綬褒章受章。家族は妻の紀代さんと1男3女。70年、カトリックの洗礼を受けクリスチャンに。1メートル67、血液型A。

2017年7月1日 09:30
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