ウィンブルドンの前哨戦でもあるゲリー・ウェバー・オープン(ドイツ・ハレ)の2回戦途中で、錦織圭が左臀部を痛め棄権した。
同大会には5年連続で出場している錦織だが、リタイアで会場を去るのは3年連続のことである。

今回錦織を棄権に追いやったのは、ケガの中でもいわゆる“スポーツ外傷”だ。
外傷は、一つの動きや外力によって起こる突発的な受傷。錦織も「バックハンドを打つとき」に「急に来た」痛みであると言っている。

ゲリー・ウェバー・オープンでケガが続いている理由は、クレーコート(赤土)から芝に移ってきた、その最初の大会であることが何よりも大きいだろう。
クレーと芝では、ボールの跳ね方から足元の滑り方まで大きく異なるため、求められるフットワークや身体の動かし方も変わってくる。

錦織は昨年、クレーと芝でのプレー面の差異について「プレースタイルはガラッと変えなくてはいけない。
芝はいつもよりバウンドが低いし、体重を乗せて打つことがより重要になってくる」と語っていた。

また実際に、ATPツアーに帯同して選手たちを診る理学療法士も「クレーから芝に移ってきた時には、
腰や股関節、ふくらはぎなど、姿勢を低く保つために使う筋肉をケガする選手が多い」と言う。

短期間で求められる、傍目には微細ながらも、ほんの些細な差を突き詰めるアスリートにとっては多大なる変化への適応――
それが錦織をはじめ、多くのトップ選手たちをこの時期に苦しめている要因だ。

ちなみに、錦織がハレでケガした2015年から今年までの3年間は、彼がクレーコートで躍進した時期と符号する。
錦織が全仏オープンで初めてベスト8入りしたのが2015年。その翌年は全仏こそ4回戦敗退だったが、直前のマドリード,ローマ・マスターズではベスト4入りしている。

今年も全仏がベスト8で、その前週にはジュネーブ・オープンでベスト4に進出した。
高まるクレーへの順応と試合数の増加が、芝への適応をより難しくしている側面もあるのだろう。

このような、赤土と芝の性質の変化と、それに伴う故障のリスクに苦しんでいるのは、錦織以外の選手にしても同様である。
近頃、その困難さを端的に言葉にしたのは“赤土の王”ことラファエル・ナダルだ。今年3年ぶりに全仏を圧倒的な強さで制したナダルは、優勝後の会見でウィンブルドンへの展望を問われると、次のように答えている。

「それは膝の状態次第だろう。2012年以降、僕は常にウィンブルドンでは膝に問題を抱えてプレーしていた。
芝では常に重心を低く保たなくてはいけないし、足元は踏ん張りが利かず不安定だ」

その「不安定な足元」を嫌い、芝大会への出場を可能な限り回避している選手も少なくない。アクロバティックなプレーで観客を魅了するガエル・モンフィスも、その一人。
彼は「芝は思いもよらないところで足を滑らせ、ケガをする危険なサーフェス」だと言い、体調面に不安がある時はウィンブルドンですら出場を見送ってきた。

また、今年5月に膝の手術から復帰した伊達公子も、芝を得意とするにもかかわらず、プロテクトランキング(公傷を負った選手の救済処置)を使ってのウィンブルドン予選出場を見合わせている。
やはり芝は足への負担が大きく、ケガ再発の可能性が高いための判断だった。

みずみずしい芝の青が目にも優しいウィンブルドンは、その歴史と伝統も相まって、最も優美なトーナメントだと思われがちだ。しかし戦う選手たちにとっては、
過密なスケジュールのなかで赤土からの急激な変化への適応が求められる、最も非情な大会である。

その過酷な欧州ツアーの最終局面を折り返し地点として、長いテニスシーズンも、いよいよ後半戦へと突入する――。(文・内田暁)

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AERA 6/26(月) 16:00配信
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