「博士」生かせぬ日本企業 取得者10年で16%減

世界は新たな「学歴社会」に突入している。経営の第一線やデジタル分野では高度な知識や技能の証明が
求められ、修士・博士号の取得が加速する。主な国では過去10年で博士号の取得者が急増したのと対照的に、
日本は1割以上減った。専門性よりも人柄を重視する雇用慣行を維持したままでは、世界の人材獲得競争に
取り残されかねない。

「日本人だけでは定員を埋められない。経済学の修士課程は7割が留学生だ」。データ分析を駆使したミクロ経済学を
研究する、東京大学の渡辺安虎教授は危機感を募らせる。今夏までアマゾン・ドット・コム日本法人で経済学部門長を
務めた経験から「社会的なニーズは必ずある」と断言するが、日本人の大学院への進学意欲は乏しい。

科学技術・学術政策研究所によると、欧米各国では2016年までの10年間に博士号の取得者が2ケタ増えた。
修士号でも傾向は同じだ。企業などで上級ポストを射止めるには、高度な学位が必要だ。

グーグルなど米IT大手に先端分野の技術者として入社するには、修士・博士号が最低条件だ。中国は自国での
育成に加え年5000人超が渡米して博士号を取得。帰国した人は「海亀族」と呼ばれ民間企業などで活躍する。

一方、日本の博士号取得者は16年に1万5000人と10年間で16%減った。少子化は関係ない。この間に4年制大学の
入学者は一貫して増えている。学生が専門課程への進学をためらい、日本は世界の中で相対的な「低学歴化」に
沈んでいるのが実情だ。

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大学などの研究者の収入が不安定な面は否めないが、企業の機能不全も深刻だ。

博士課程でAIを専攻した大山純さん(仮名)は今、国内電機大手でインフラ分野の営業と開発に従事する。
採用面接では専門知識はほぼ問われず、逆にこう求められた。「学位取得より入社を優先してほしい」。
結局、博士号は取らなかった。

経団連は毎年、加盟各社が「選考時に重視した点」を調べている。上位を占めるのは「専門性」ではなく、
「コミュニケーション能力」など人柄に関する項目ばかり。

入社後も専門性は評価されにくい。30歳前後の平均年収を比べると、日本の学部卒人材が418万円なのに対し、
修士・博士の大学院卒は524万円。その差は1.25倍だ。米国の修士の平均年収は763万円で、学部卒の1.4倍を稼ぐ。
博士では915万円と1.68倍まで開く。

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高学歴者に高収入で報いるのは、世界の常識だ。社会学者の小熊英二・慶応義塾大学教授は「グローバルの
人材評価基準から日本市場は隔絶されている」と指摘する。倍以上の年収で外資に転じる博士が後を絶たないのは、
国内企業の待遇の悪さの裏返しだ。

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米国では博士の4割が企業で働き、イノベーションの原動力になっている。高度人材の育成と確保は、国家の競争力も
左右する。雇用慣行と教育現場。2つのアプローチで改革を急ぐ必要がある。(北爪匡、小河愛実、生川暁)