2023/2/19

 渡辺恒雄、というより「ナベツネ」と言ったほうが、すぐに顔が思い浮かぶ人物である。日本、いや世界最大の部数を誇る新聞、読売グループのドンにして主筆。
今年97歳になるこの人物は、新聞記者としての名声よりは、メディアの幹部の枠を超えた政治やプロ野球に影響力を及ぼした言動や、読売内の強圧的支配への毀誉褒貶(きよほうへん)の方が目立つといっていい。

 そのナベツネが、同じメディアのNHKで長時間に及ぶ独占インタビューに応じた。
その「昭和編」をもとに加筆したのが本書、『独占告白 渡辺恒雄 戦後政治はこうして作られた』(新潮社)である。政治に興味がある人よりも、むしろ「政治報道」に関心がある人にお勧めといえる。

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カント『実践理性批判』を手離さなかった

 本書の元となった2020年3月のBS1の番組でインタビューを務めたのは、現在、テレ朝「報道ステーション」のキャスターを務める大越健介氏(当時はまだNHK在籍中)だが、
本書の著者はNHK政治番組チーフ・プロデューサーの安井浩一郎さんだ。インタビュー当時はディレクターの肩書で、「ナベツネ」のインタビューを企画し、読売側との交渉に当たった人物である。

 すでに渡辺氏に関しては、自伝的なものも含め、多くの本が出されているが、あらためて本書を手に取ると、渡辺氏の人生の変転の起点が太平洋戦争とその敗戦の直後にあったことがわかる。

 戦争末期の昭和20(1945)年に東京帝国大学文学部哲学科に入学した渡辺氏は、カントの『実践理性批判』を身から離さない学生だった。
すぐに赤紙が届き、陸軍二等兵となる。軍隊生活の理不尽な暴力と不合理な精神主義を味わった渡辺氏は、敗戦後、東大に復学すると、今度は日本共産党に入党。

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「天皇制を潰して、共和国にしようと思った」
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 インタビューでこう語るナベツネは、共産党「東大細胞」のキャップとして共産主義革命にひた走った自身を表現している。保守系の代表紙とされる読売の主筆としての立場とは正反対の時期が、青年ナベツネにはあったのだ。

 その後、共産党から除名処分を受けた渡辺氏が読売新聞記者になってからの経緯は、政治記者として特ダネを連発して頭角を現すことと、政治家との親密な関係を深めていくこととが相互に影響を与え、
それが読売社内での権力も握っていくことにもつながっていく過程である。サブタイトル「戦後政治はこうして作られた」の当事者でもあり、証言者でもあるのが渡辺氏であるといえる。




政治家と一体となって国を動かす

 新聞記者渡辺恒雄と政治家との関係は、「肉薄」とか「癒着」とかいう表現では説明できないほど深く、「一体化」というに等しい実態が次々と出てくる。驚くべきことは、そのことを渡辺氏が臆することなく語っていることである。

 歴代の首相をはじめとする有力政治家に食い込む手法は、気にいった政治家を育て、国を動かすためなら何でもするということに尽きるだろう。「取材対象である政治家との距離感」という言葉は、この人には無縁と言っていい。

 とくに自他ともに「盟友」と認める中曽根康弘氏との関係は、渡辺氏がいなければ中曽根氏が首相になることはなかったことを確信させる。
中曽根政権は闇将軍と呼ばれた田中角栄氏の影響力が大きかったことは、当時の報道でも大きく取り上げられたが、もうひとりのフィクサーが渡辺氏だったことは、当の読売も報じなかったはずだ。

 タイトルには「独占告白」とあるが、本書は告白だけで埋められているわけではなく、後半に進むに従い、渡辺氏の著作や関係者の証言や文献などを大量に引用しながら、
渡辺氏と昭和時代の政界の関係を浮かび上がらせる手法を取っている。その分、読みやすく、わかりやすいが、独占告白の肉声による構成を期待した読者には消化不良感が残るかもしれない。



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