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井筒和幸監督

井筒和幸監督が「タイパ」に苦言!映画の倍速視聴をバッサリ「映画は他人の人生につき合って、どこまで人間らしいかを見つめる装置」
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 昨年、流行語大賞にも選ばれた「タイパ」。タイムパフォーマンスの略で、費やした時間に対する満足度を示した言葉だ。巷ではタイパを重視するため、映画などのコンテンツを倍速視聴する人も少なくないという。そんなタイパ重視の風潮に、井筒和幸氏が自らの考え方を綴る。

 * * *

 映画やドラマなんか、倍速や早送りで十分だ、粗筋と結末を知ればいい、時間がもったいないという横着者が増えている。そのどこが、タイムパフォーマンスなんだ。タイパ、コスパ。嫌な言葉だ。

 去年は、自分で2時間の映画を10分間に編集した「ファスト映画」を、動画サイトにアップし、700万円の広告収入を稼ぎ、訴えられて5億円の損害賠償命令を出されたバカな若い男女がいた。しかも、そんなデタラメなモノでも10万人以上が見た計算の広告収入とか。そんな横着見をして、一体、何の得になったのか。意味が解らない。

 映画人も倍速やシーンを飛ばし見することは多々ある。それは内容を知ってるからで、原版を知らない者が飛ばし見したところで何が解るというのだ。終生、勘違いしてしまうだけだ。それこそ「費用対効果」もヘチマもない。逆効果で大失敗の巻だ。それこそ時間の無駄使いだろ。「時間」は神でさえ縮められない。この世の常識だ。

 Twitterにインスタ、YouTubeにネットニュース。こんなものに一日中囚われていると、視覚も脳も疲れがたまって当たり前だ。スマホをいじりっぱなしで横断歩道で、一人でひっくり返っている者もいる。そんなに時間が惜しいのか? そんなに余裕ないのか? 何に追い込まれてるんだ? 「既読」「未読」ごときで、口喧嘩してる奴までいる。おかしいと気づいていないのか。

 疲れた脳は、疲れついでに映画なんか飛ばし見でいいと判断するのだろうか。で、登場人物を、こいつは敵か味方かだけで見てしまうのか。凡庸な勧善懲悪モノが多いのは確かだが、しかし、敵か味方かだけ探ったところで何も得ない。映画は他人の人生につき合って、そ奴がどこまで人間らしいかを見つめる装置だ。そ奴が愚か者だろうがサイコキラーだろうが、そ奴に入り込んでこそ見えるモノがある。結末だけ追って、何が見えるんだ。

 動画配信サービスの、視聴者を逃がさないためにある、10秒、30秒飛ばし機能は大問題だ。おまけに、エンディングの音楽とタイトルロールが始まると自動的にカットされ、お勧め番組の案内まで出てくるものまである。大きなお世話だが、これも視聴をやめるのを引き止めるためで、我々製作者と視聴者をバカにした機能だ。

■ こっちは劇場のスクリーンに合わせて画面を作ってる

 スマホで映画を見る怠け者も増えた。それで、「カントクの『無頼』なんか、似たようなヤクザ顔が100人出てきても、顔も小さくて区別がつかんわ」なんてSNSで書き込まれたら、身もフタもない。

 こっちは、劇場のスクリーン(細かく穴の空いた銀幕)に合わせたサイズと色合いと音量感で画面を作ってるんだ。手のひら大で分かってたまるか、だ。挙句、飛ばし見されて中身まで勘違いされ、「つまらない」と書き込まれては情けない限りだ。

 映画館で見て、思いにふけるかふけらないかは勝手だが、それが「映画」だ。ふける時間も味わう余裕もない、そんな人間は元から映画館に来ない。映画館の至福を知らないほど不幸なことはない。手のひら大やパソコンでいい加減見してると、審美眼も育つわけがないのだ。

 タイムパフォーマンスなど考えるほどバカらしい人生はない。コスパも同様だ。新幹線のスピードが上がり所要時間が縮まって便利になったというが、大間違いだ。それは、途中の田舎の景色が記憶に残らなくなることだ。旅の味などあったもんじゃない。

 生産性や効率化だけの価値観、ファストライフはますます人の思考を劣化させている。

 クズかマトモかだけで分けられてしまう、このドツボな社会を見れば、一目瞭然だ。そして、映画同志たちよ、怠け者を2時間釘付けにさせるものを作ってくれ。ネット世界に「恐れ入りました」と言わせるものを。
◆文責・井筒和幸

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