【野球】森祗晶氏「知恵比べ楽しかった」戦友野村氏と日本S
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
時代を同じくして名捕手、名監督の道を歩み、しのぎを削り合ってきた森祗晶氏(83)。逸話をひもときながら悼んだ。
◇ ◇ ◇
古い言い方だが「戦友」と呼ばせてもらう。
1957年(昭32年)、高知でのオープン戦で初めて会った。
以来、半世紀以上の付き合いだが、私以上に野村さんと野球の話をした人間はいないだろう。
気がついたら朝だった、ということが一体、何度あったか。
違うリーグだからこそだが、日本シリーズの前には当時西宮にあった野村さんの自宅に泊まり込み、相手チームを研究した。
阪急と初めて対戦した67年(昭42)、主軸を打つスペンサーをどう抑えるか。
クセや配球を読むのがとてもうまいと教えてもらい、それを逆手に取らせてもらった。
第2戦の初回無死一、二塁でスペンサーを3球三振に仕留めた。
当時の巨人は2球で追い込んだ場合、3球目は外して様子をみていた。
スペンサーも絶対に外してくると思ったのだろう。手を出さなかった。その試合を1−0で勝ち、シリーズを4勝2敗で制すと、以後、私がいる間は阪急には負けなかった。
南海とも日本シリーズを戦ったが、この時はやりづらかった。でも打者野村を攻略しないと勝てない。野村さんは配球を読んで絞ってくるので、なんとかその逆をいこうと必死だった。でも知恵比べは楽しかった。
その集大成が、お互いに監督になって戦った92年(平4)と93年(平5)の日本シリーズだ。
2年とも第7戦までもつれた。仕掛けても「その手に乗るか」とお互い逆をいくので、流れは行ったり来たり。
その中で印象深いのが92年の第7戦だ。1−1で延長戦に入り、西武が先に1死三塁の好機をつくった。
打者は3番秋山。清原をすでに下げ、4番には奈良原が入っていた。
秋山が歩かされたら困るな、スクイズも外される恐れがあるからできないと思っていたら、勝負。
秋山が犠飛を放ち、その1点を守って優勝した。
あとでなぜ秋山と勝負したのか聞いてみた。
「歩かせても、三塁の辻、一塁の秋山、奈良原も足が速い。
何をやってくるか分からない。
岡林のスライダーが決まれば、秋山の方が三振が取りやすい」。
そのスライダーがほんの少し甘くならなかったら、結果は逆だったかもしれない。互いに知力を尽くした92、93年は最高の日本シリーズだったと思う。
野村さんと最後に会ったのは、2年前の巨人ホークスOB戦。ホテルで2時間くらい話をした。「ハワイからよく来てくれたな」と言っていただいたのが、最後の言葉になった。もう野球の話ができないと思うとつらい。(日刊スポーツ評論家)
2/12(水) 7:00配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200212-02110956-nksports-base >>1
>以後、私がいる間は阪急には負けなかった。
西本幸雄が短期決戦を苦手にしてただけ
上田利治が監督になってから巨人は阪急に
勝てなくなった >>5
西本さん名将なのに本当に日本シリーズ勝てなかったなあ(´・ω・`) 若手時代に「監督にお歳暮を贈るのはやめよう」と仲間に言っておきながら、自分だけお中元お歳暮を贈り続けて点数稼ぎしてたことをジャイアント馬場に告発されてた森 >お互いに監督になって戦った92年(平4)と93年(平5)の日本シリーズだ。
最近不親切な文章多いね
森西武 野村ヤクルトを加えろや 今は球界を離れてハワイで悠々自適だっけ?良い人生だな
横浜での何年間だけがちょっと残念だけどw 完全に身を引いたのはいいと思う
広岡みたいなのが一番タチが悪い 森監督も野球知力はノムさんと同レベルなんだから日本にいていろいろコメントして欲しいもんだ >>16
タヌキとタヌキの化かし合い
とか言われてたな。 >>6
西本さんは選手を鍛える事に関してはプロ野球の歴史上1・2位を争う名将。
それと短期決戦を勝つ能力とは違うんだよなあ。 >>6
リーグ優勝はするけど、短期決戦になるとからっきしダメって監督いるよね
最近だと緒方、辻
星野も最後に楽天で日本一になったけど、短期決戦は苦手なほうだった >>8
人格だろうな。
巨人、西武と球界一の戦力の揃ったチーム
だったの大きい。
先日NHKでサッチーがいない野村の
生活ぶりを特集してたが、高級時計を
収集癖のある野村が「エリートはこーいう
時計はしないだよな」って言ってたのが
印象的。そーいう卑下さが野村が愛された
理由だろうね。 ノムさんが阪神の監督やってる時に森さんがベイスターズの
監督になって知恵比べ楽しみとか言ってたら両球団とも
暗黒だったから知恵にも何にもならなかったというw 結局西武でしか監督してないし実績残せてない
多分誰がやっても勝ってたんだろうなと今は思う。
落合みたいなやり方してりゃ負けることはない。まして戦力が随一。
横浜時代で若手を育てその後黄金時代とかでもしてりゃまた評価も今は違うんだろうけど。
ピークの谷繁出して相川とか無茶過ぎた。GM能力ゼロだろ。
伊藤トレードに出して、大久保にすべて任せるみたいなことしたのか?って 森監督最期の雄姿
2002年 49勝86敗5分(ダントツビリ) 森西武
野村ヤクルト
どっちのほうの教え子が
指導者で結果出してるかね
>>35
まぁ何でも出来るベテランがやりたい放題する野球からのシフトチェンジだから時間が幾らあっても足りないわな >>9
一軍に10数人登録できる投手と固定されたら一人だけって言う捕手が同じだと信じていたら馬場は相当甘い。
尚且つ、シベリアに抑留された水原、戦場に行った川上達が贈り物だけで判断するって相当甘いな。
巨人は不要なら藤本でも三原でも水原でも王でもクビにするのにw 広岡の理想としたチームを
実現化させたのが森みたいなイメージかな
主役も助演も脇役も全部揃ってたし
秋山清原あたりはオールブルーが似合ってて
新世代な感じだった 森は教育者としてはどうなんだろう
慕われてないように見えるけど、兵隊として使った人たちのコーチ、監督率は無茶苦茶高いんだよな >>37
森西武というより広岡西武だろうな。
監督として活躍してるのは広岡監督時に入団した連中だ。
工藤、辻をはじめ広岡へのリスペクトを表明してる監督が多いよ。 >>9
こんなもん策士とかでなくただ単に汚い野郎だわ >>42
その辺は森というより根本の面倒見というか影響力だな >>10
アフォ、そんなもん子供でも知っとるわw(´・ω・) 昔の日本シリーズは名勝負が多かった
巨人×阪急
広島×近鉄…
今はセリーグが弱すぎてまったくつまらん >>40
オレもポジションが違う馬場が森のやり方を批判してもしょうがないと思った
批判するなら同じピッチャーの人間のやり方批判しないと
馬場の立場で批判できる人がいなかったのかな 盛りの院湿さは異常 巨カスで九界裏表を観てきたのか >当時の巨人は2球で追い込んだ場合、3球目は外して様子をみていた
そんなの100人中ほぼ100人一緒 仲良すぎて
野村の家には森の歯ブラシがある
森の家には野村の歯ブラシがあるって言われてたんだよね 大矢権藤と森は仲悪く、今までのチームカラーを変えようとして失敗した 子供の頃パリーグの存在を知らなかったので西武を優勝したら出てくるラスボスチームだと思っていた 森はパンチ金村デーブのような世渡り上手なお調子者が嫌いで、
監督時代に石毛渡辺久デーブ工藤伊東を横に並ばせて順番に声をかけていたが、
わざわざ並ばせておきながらデーブだけは無視する という陰湿さ
完全に干されていて巨人へ行った とデーブが語っていた >>6
近鉄時代の79年の広島戦は本当に痛かっただろうな
80年の日本シリーズも広島にやられてついぞ日本一にはなれなんだ (`・ω・´) 監督がやりたいんであればどうぞ
また、頑張ってやってください
(;゚ Д゚) >>39
出身者がリーグ優勝・日本一になった監督になってるしな
伊東、秋山、ナベQ、工藤……
辻もCSで負けて日シリには出られなかったがリーグ1位にはなったしな
石毛くらいか監督で結果出せなかったの
工藤は森よりも広岡を超絶尊敬してる感じだけど 野村の家に泊まり込んで飯代も払わずバクバク喰いまくってたんだろ >>8
ノムさんは本出しまくるしメディアにも出まくるし
何よりあの嫁だったもの
森さんはハワイに移住してザ隠居って感じだからね 森はツイッターで怒涛の更新してるぞ よほど暇なんだろう ポジション被りのライバルを大井競馬場に行くように仕向けておいてアイツシーズン中なのに競馬場で遊んでますよと川上監督にチクって干させた森さんか >>64
どこの森だよ?
ダルビッシュじゃあるまいし。 オレ、森さん結構好きだったけど、みんな嫌ってんだなw ノムさんと森さんの下でプレーしたなべQと辻が今の西武の強さにつながっているのかいないのか 知恵比べねえ
前任の広岡個人が選手を育てたわけじゃないが、広岡時代に成長した遺産で戦えただけだからねえ。 >>57
森もだが逆にデーブが嫌われるのもよくわかるエピソード >>74
まあ、ヤクルトの1978年の優勝も、西武の躍進も、
実は本当に働いたのは森だっていう説も、
それぞれ当時から言われてなかったわけでもないんだよねえ。 >>63
キャッチャーって元々そんな感じでしょ昔は
ノムさんは最近はピッチャーだからみたいな冗談も飛ばしてたし
晩年は脚光浴びて良かったね
それはそれで幸せだったと思うけどね 侍ジャイアンツでの野村江本門田のキャラ設定は酷すぎやで! >>54
打率低いし三振多いしでそこまで敬遠しなきゃいけん打者でもないよ
中途半端に出したら走られるしそっちのが危険 野球談義に来たと見せかけてノムさんの服ほめて、何着ももらって帰ってたとかなんかで読んだな
成績は最高なのに堤からおやりになりたければどうぞ言われる森さんらしいわw >>78
広岡の管理野球はこれはこれで面白いエピソードばかりでいいけどな
監督時代に選手が絶対優勝して胴上げで落とそうぜみたいな話が最高だ
こういう個性的な人がいなくなったね最近は何でもコンプライアンスだから
見てるほうはつまらないかもしれんね 1980〜1990年代は
およそ「管理◯◯」という語が国民から嫌われた時代なので
(今もだが)
この森も、
敵役にならざるを得なかったのは少々気の毒だった 野村さんの前の奥さんのことはタブーなんだな
サッチーの略奪婚でプレイング・マネージャー
首で大変だったけど
まあ余計な事か >>50
キャチャーってサッカーのゴールキーパーと同じで、同じ実力があって、代表に選ばれても
監督が気分でこの大会は川口、この大会は楢崎って決めたら怪我するか消化試合以外は、
どちらかが全試合出ずっぱりw
キャチャーも同じで誰かがマスク被ったら一年はそいつ中心、ポジションによって立場が違うのに森は汚い、俺はクリーンなんて抜かしている奴はプロじゃない。
演劇のプロレスなら尚更、つけ届けは重要なのにw 西武vsヤクルトの日シリは、日本プロ野球史上最高の日シリだと思う 森監督は野村よりも高度な野球やってたけど高度過ぎるゆえに
試合後に対戦相手のミス自滅を皮肉で嘲笑うのが許せなかった
「諦めたら、そこで試合終了だよ」は有名な森発言 >>65
戦争経験者の水原や川上達は生き残るために、そう言う汚いことやるのは当たり前な世界から帰ってきた。
彼らそんなこと知ってるよ、知っていて蹴落とされる甘い奴をふるいにかけてるだけで
先輩が手取り足取り指導してくれるなんて信じていたら帰還できないんだよ。
水原なんて極寒のシベリア抑留だぜ。 >>9
このネタを芸スポに広めたのは俺かも。
ジャイアント馬場の「たまには俺もエンターティナー」という自伝にあった話。
>>40
二軍選手の頃の話だから一軍の監督やコーチでなく、
二軍の監督コーチへの付け届けじゃないかな?
確信はないけど。 野球全盛だったから高度高度みたいのが独り歩きしてただけ >>9
これにはオチがあって、
「社長になってわかったが、見え見えのお世辞でも言われれば嬉しい。
それがわからなかった自分が子供で甘かった」
と自戒で締めている。
森はこの暴露が気に食わないのか、
馬場の追悼コメントで、「馬場は二軍時代一緒だったが、
脚や動きが遅くて練習に一人だけついていけず気の毒だった」
と小馬鹿にしていたな。 優勝を逃した年、次年度の契約について
オーナーである財閥の総帥(・・・たぶん堤義明)から
「やりたければどうぞ。」
と、三国志演義のような屈辱の一言を浴びたそうで、
常勝軍団なりの苦悩はあったのだろうなと 森は阪急の情報聞くために野村の家行って、
牧野コーチから渡すように言われていた謝礼をノムに渡さずネコババ
その後、夜食食いに行ったラーメン屋で野村にラーメンを奢らせ、
野村のスーツの大きさがちょうどいいサイズだったので持ち帰った。 >>96
それニュースで見たけどさ
堤さんの真意は「辞めさせる意味がない。森さんがやって当然」って風に感じられたけどな
マスコミ悪意ありすぎ >>96
リアルタイムで見たよ
当時の堤は世界一の金持ちで、この上なく傲慢だった
さすがに世間から批判されて、堤から森に折れたが
森西武はファンが優勝に飽きて客足が落ちていたしな
連覇で選手の年俸は高騰するのに
根本が人気のある王や長嶋に監督オファー出して断られたり
森も勝ち続けながらも、球団とは円満ではなかったんだね >>97
まあ、野村の方が先輩で年俸も高いから飯を奢ってもらうのは当たり前かも
謝礼ネコババはダメだがw >>22
実際、試合もマニア向けの濃いシリーズになったからなw 何があったのか知らんがこの人、徹底的に嫌われてるよな
日本を脱出してハワイに住んでるし 堤なんてウインタースポーツ普及しか考えない野球嫌い人間だし
西武グループどころか日本のリゾート全部支配して影の総理大臣みたいな存在じゃん
自分のホテルで出された料理に「養殖か」
と尋ねたら「和食です」と答えた責任者がクビになる話が好き >>103
電話代すら惜しくて呼び出し音が鳴ってる間に電話切るレベルのドケチ >>103
長嶋監督で野村ヤクルトに勝てなくて、巨人が森監督の起用を図ってな
それで観測気球の記事を報知新聞で出してな
それに対して広岡が猛反対
「森は巨人監督の器ではない。人格的にもスターの格でも失格」と人格批判までしてな
これに森が傷ついて解説者も辞めてハワイに隠居したんだよ >>105
近藤唯之の本にあったな
堤の傲慢伝説を羅列して批判していたわ >>1
> 岡林のスライダーが決まれば、秋山の方が三振が取りやすい
たしか試合後に野村が、
「犠飛を防がねばならない場面でなぜミートしやすいスライダーなんだ?
空振りを取るフォークだろうが!
古田はまだアマチュアだ!」
とか言ってたけどね。 >>106
www
そういうエピソード面白い
広岡にしろ奇人変人エピソードには
事欠かないとこが 野村はうちは生まれたときから貧乏だったけど森は子ども時代の途中から実家が落ちぶれたんでいい目に遭った記憶ある分性格に影がある的なことのむさんが言ってたような >>107
別に解説者やめてない
巨人監督になりそうだったのが1998年オフで
2001年から横浜監督だったから V9メンバーなのに長嶋が『(森は)同じ釜の飯を食った仲間とは思ってない』と言うくらいだもんな
どんだけ嫌われてるんだか >>9
将来ライバルになりうる新人の捕手に大井競馬場にいる知人にサイン届けてくれと頼み
新人捕手はどこ行ったと川上に聞かれたときに競馬場に行っていますと馬券買いに行ってる風な
ミスリーディングを誘ったこともあったな 緊張感があったな
知将どうしの策の応酬の楽しさはあの時期が随一 >>115
川上がコーチ人事の助言をしたが、長嶋がそれを無視して不仲になったとかなんとか
牧野ヘッドと森コーチを勧めたのかな?
森と広岡は結局、引退後は巨人に戻れなかったな 会社のOLの旦那さんが、たまたまサッチーと仕事することになった
どんな人だったと聞かれて、ホントに嫌な女だったと答えたそうだw
俺自身は、某専門誌の記者だったことから、西武監督時代の森さんと話しさせて貰ったことがある
ほんのひと言ふた言だったが、大変な慎重居士だと分かったな
ノムさんの講演も聞きたかったが、叶わないままだった >>37
森の教え子が監督でそのコーチが野村の教え子って組み合わせが多い気がする。 要はそのくらい性格悪い人間ほど向いてるんでしょう
谷繁もなんか情が無さそう見えるんだけど
叩かれても動じないメンタルあってなんぼではキャッチャーは 長島が真っ先に排除したのは、人間性知ってたからだったりしてなw 森に知恵は無いだろ!
西武が強かったのはフロントがいい選手をたくさんとって来たから
誰が監督でも優勝できた。 森さんとノムさんのおかげで野球の見方が変わった。森さんは元気そうで何より。 広岡は玄米食べろとか肉へらせとかさ、健康管理しろって意図はわかるけど、いい大人捕まえてあれするなこれするなとか強制するから短い期間しかもたなかった 結局2人は仲よくてノムさんの煽りに我々は踊らされていただけだったというね笑っ 森野球が歴代最高だと思う
大一番の試合で4番打者の打席でまさかまさかの重盗仕掛けてくるもんな
当時は嫌悪で吐き気したけど思い返すと究極の野球だった 堤オーナーはウインタースポーツ好きで五輪の仕事もしていて
プロ野球選手は五輪アスリートに比べてコンディショニングやトレーニングが甘いと思っていたとか
なので食事制限や禁酒禁煙とか筋トレとかさせる広岡のやり方は支持したんだろうね しかし、ジャイアンツの9連覇がノムさんの功績でもあったとはな
あの戦力に最高の頭脳を繋げたようなものだ
そりゃあ無敵な筈だわw 六回で守備固めを出すのを初めて見た、とノムが日本シリーズの森の采配を評していたな
あと四番の清原を下げたり
短期決戦の戦い方を熟知していたような印象 欲を出して横浜で醜態を晒したから西武時代も「あの戦力なら誰が監督やっても勝てるでしょ」って言われてしまう
川上みたいに勝ち逃げすれば永遠に名将だったのに 森は余計なパフォーマンスしなかったからな、親しみにくい
野村は踊ってみたり、インタビューも色々でサービス精神があった
広岡は当時は嫌われてたみたいだけど、結局今になって広岡の教えが大きいって指導者になった人たちはたいてい言ってるな >>125
広岡は理屈は正しいんだけど動くのが血の通った人間だって事が判ってない、
だから人間関係で破綻する。 アニメの侍ジャイアンツでプレーイングマネジャー時代のノムさんが出てくるけど、
もうあの当時から「知将」ってキャラクターだったんだな。 森さんは広岡野球を反面教師にしてプライベートは自由、管理はグラウンドのみにしたみたいだけど
ニュース映像見ても女の記者口説いてナンパしてたから結構女好きだよね
ドケチらしいが女には身銭使うのかな 広岡は野村より年上だが、玄米食、豆乳で今でも車を運転しているらしい
玄米食最強じゃねーか >>133
これといった話題のない日の翌日のスポーツ新聞の1面の大見出しを書きやすいよう
わざわざコメントしていた人って野村の前も後も居ないと思う 森は県立岐阜高校からプロ野球だから色々と拗らせたのだろう。年齢重ねるほどにね。 >>140
大沢親分もいるぞ
伊良部クラゲとか、杉下コーチを海坊主とか 巨人がリーグ優勝して、ビールかけにも参加せず最終便でノムの自宅にかけつけて、
日本シリーズ対策を授かったとかなんとか 西武黄金期の秋山工藤伊東は裏工作で獲得したからな
ノムは余り物の材料を使いこなした 92年の日本シリーズこそ至高
近年の日本シリーズは選手任せの地蔵監督ばかりでつまらん つまらん野球しかできなかった森が
デストラーデのおかげで勝たせてもらった ヤクルトー西武の日本シリーズで真っ先に思い出すのが
杉浦の代打満塁サヨナラホームラン >>147
それはない
今の監督はセオリーすら知らない無能ばかり
余計なことしすぎ >>146
野村には日本代表監督になってもらい最高の素材をどう調理するか見てみたかった。 >>125
>>128
西武創設の1979年なんてプロ野球選手は明け方まで
銀座のクラブで飲んで遊んで、キャンプは午前中だけ
練習して午後は麻雀。
アスリートじゃないわ。 広沢の本塁憤死を悔やむノム。
「鈍足だから打球確認してからスタートはセオリー。
だけど唯一のチャンスだったから打つ即スタートのギャンブルしたら良かった」 バスケ漫画のスラムダンクの名言
「あきらめたらそこで試合終了だよ」は、森の発言だということはあまり知られていない
亡くなった野村と森の対談から抜粋してる
温厚であるが時に厳しく、時に優しい安西先生はまさに森監督がモデルであろう
広岡監督時代のヘッドコーチのときは超厳しくて選手の嫌われ役であったし色々と符合する
作者井上雄彦が大の野球好きは有名で湘北のメンバーに当時活躍していたプロ野球選手から名前を取ったのはファンなら常識だろう
対談抜粋
森:それはそうですよ。やっぱりあんたもそうだけど、捕手にはねちっこさがないと駄目だね
ノム:わしにはそんなもんないでw
森:いやいや、めちゃくちゃあるよw
ノム:あんたは、10点とられても11点目をとられまいとする捕手。わしは10点とられたらお手上げや
森:10点とられてもあとの1点をとにかくやらんという考えが捕手には大事。勝負なんてどう転がるか分からない
あきらめたらそこで試合は終了なんだ。
1点とられても、2点目はなんとか防ぐ。それが駄目なら3点目を防ぐその1点が必ずどこかで響いていくる。
長いペナントレースの中で、1つ2つそういう努力によって拾うことができたら、それは大きな星になって変わってくるからね、それは数字として表れないものであり、捕手としての本領でもある カープの三連覇と同じで、他所が糞監督だったりしたので
勝ち抜けたからね。カープは山本で巨人が王と長嶋だったのかな?
どっちみち監督スキルが違いすぎる。
それにFAや逆指名も動き出したばかりの時代だね。
あと、当時のヤクルトの編成は素晴らしかった。 >>154
それだけ一般人とプロ野球選手の
体格、素質に差があったんでは
一般人からみたらお相撲さんぐらいの
体力、体格、運動神経…じゃないかな >>5
違うな。
西本さんによればV9時代の打者はボール球にはまず手を出さなかったが、
監督が長嶋になってからは平気で振るようになってたらしい。
そういう指導の差が日本シリーズで現れたと言ってたな >>156
違う違う美談じゃないのよ
相手チームが西武相手に珍しく大量得点リードしてた試合で
徐々に雲行きが怪しくなり勝手にコケて何もせずひっくり返したのよ
で女記者に、あの展開で追いつくと思ってたのかと訊かれて
嫌味で答えた胸糞発言だったわ >>158
だから昔は親が893とか体力自慢の荒くれ者が球界に集まったんだよな
堤は元々早稲田OB野球部を作るつもりだった ノムさん阪神、森さんベイス
2人をもってしてもどうにもならなかった当時の両チーム。 >>60
金村がよくネタにしてるけど石毛って根性クソ悪いやつだろ
サイン盗んだりピッチャーのクセを見つけるのが得意だった
金村が近鉄時代西武で三塁コーチやってた石毛が野茂だったかがフォークで挟んだら
三塁コーチで『ふぁー』とか大声出してるの気付いて金村が真似したらお前うるさいって喧嘩になった話してたな
その金村がFAで中日行ってそのあと西武にトレード出されて散々石毛にいじめられたって言ってたw
名前出して無かったけどあれ絶対に石毛だろwwww
めっちゃ性格クソ悪だと思う
お前はミーティング必要無いんだよお前は西武カラーじゃないと金村をミィーティング入れなかったイジメしてた
石毛らしい話だなww >>159
川上巨人はとにかく縛りが多い
三球勝負で打たれると罰金とか、盗塁王の柴田もベンチに盗塁を制限されていて
柴田も長嶋巨人になって盗塁の制限が減ったとか
王も長嶋監督になってボール球でもタイミングが合えば振るようになったとか
王が顔の高さの球を大根切りでホームランにしたのを見た記憶もあるわ
短期決戦を確実に勝つには川上式の方がベターなんかな? >>164
西武在籍
石毛1981年〜1994年
金村1997年〜1999年 >>1
ノムさんが逝って、やっぱり森さんは寂しいだろうなぁ >>166
あれ井原なのか
ずーっと石毛だと思ってた
西武出身でオリックスの監督やってた
俺には西武一筋って誇りがどうたら言ってたのにオリックスの監督やって引っくり返ったって言ってたし
じゃあ石毛かって思ってたし なぜか野村ヤクルト時代だけ野球見てた思い出
あの頃の日本シリーズはよかった
楽しかったな >>72
金は出したんだろうが、西武は根本さんがいたから強いチームに育ったんだよ。 >>170
俺は阪神ファンだったけけど確かにノムさんと森の日本シリーズ楽しかったな
あと阪神監督時代も好きだったわ
松井に対して遠山投げさせてファースト守備また遠山とか面白かったなぁ〜w 野村采配は手堅い戦術も奇抜な戦術も駆使していたから面白かったが
森采配は良くも悪くも石橋を叩いても渡らない戦術に終始していた印象でしか無い >>171
西武はドラフト時に選手の囲い込みして汚かったけどな
工藤とか熊谷行くとか言わせといてドラフト下位で取ったりさ
当時の西武のドラフトそんなんばっかやったろ >>173
森西武の采配は日本シリーズでしか見なかったけど
清原すぐ交代させて守備固めとか確かに手堅かった気もするな
派手さが無いって言えばそうなのかね
ノムさんは再生工場と言われるみたいに戦力外の選手を復活させたり面白かったもんな
元中日の山崎が楽天でノムさんに出会った時に色々話して
今までそんな考えで野球やってたのか?って呆れられたって話も面白いよな
山崎は楽天時代に配球で自分はどう攻められるって真面目に取り組んだって言ってたし >>138
南海をクビになった時、「野球を取るか女を取るか」と
詰め寄られ、「女に決まっとるやないか」と答えた
おっさんだからなあw >>175
当然巨人はもっと汚いけどなw
西武は巨人の陰に隠れて目立ってないと思ってるけど
実際同じ事やってるよな
桑田がちっせーのはあいつのせいでPL出身者は早稲田に進学できなくなったんだっけ?
桑田は現役引退後ちゃっかり早稲田に行ったんだよね
ちっせーやつだわw >>173
うーん違うな
堅く行くと油断してると腰抜かすようなエンドランや重盗されてショック死するような野球だよ >>95
川上さんもゴマすりには弱かったんだよな。
中尾というコーチや二軍監督やってた奴が
それで、
青田が「中尾はゴマすりやからあかんで」
と忠告したら、
「いや、ゴマすられるんも気持ちええ」
と答えたらしい。 >>165
なかなかよく知ってるねえ。
長嶋監督になって間もなくの頃の試合で、
王が星野に「今年から好きなようにやれる」
と言ったらしいからな。 >>179
森が自分のポケットマネーかけてデストラーデに盗塁させたりしてたな 西武時代の選手で森を慕ってるのは清原だけ。これがこの人の人望の無さを物語っている。 長年の野球仲間としてまさに野球に生きた2人の話しだが、92年は西武が勝ったことを入れるなら93年の日本シリーズは野村ヤクルトが優勝したことを入れないとなぁ。 >>165
卒の無いキッチリした野球の方がチームとしての闘い方が徹底しているので相手は嫌がる。
相手に隙を突かれる作戦を取り難くさせる。
選手のレベルが高くないとやろうとしても中々、出来ないが。 西武が強かった時代面白かったな
ヤクルトとの日本シリーズも記憶に残ってる
平日の昼間に試合やってて小学校の給食の時間に先生がテレビ観戦させてくれた思い出 秋山敬遠で奈良原勝負なら2失点の可能性
秋山勝負なら1失点で済む可能性
最終回裏の攻撃は1点差の方がいいな >>180
よく知らないけどゴマスリ人間はゴマスリ人間が好きだよ
人間社会の鉄板 森はベイスターズの監督やらなきゃ大分印象は違っただろうな
結局、堤西武の恩恵受けまくってただけの、大した監督じゃない >>180
元々、川上哲治と青田昇は三原修監督排斥では親三原(反水原茂)で一致していたが、川上が水原派
に衣替えしたこと、又、野球感の相違から、両者の仲は疎遠になった。後年、広岡達朗は川上と対立し、
引退後、評論家として反川上色を鮮明とするが、奔放な青田とは野球論は別に、仲は悪くなかった。 93年の森西武vs野村ヤクルトの日本シリーズ何戦だったか神宮での試合、つまりDHではない試合。
西武のチャンスにP潮崎に打順が回ってきて
BSで解説してた広岡は「ここで代打ですね、代打以外に選択肢なんて無い」と断言。
しかし森は代打を出さずに潮崎がタイムリーw
広岡が「こんなもの丁半博打の結果論ですよ。これは僕の野球ではありえない」と吐き捨ててたw >>178
当時は他の球団もいろいろやってるよ、
西武が強くなったのはその選手達が期待どうりに活躍したから。 知恵比べというけど野村は西武の戦力あれば誰が監督やっても優勝できるわって言ってたけどな >>195
これ覚えてるわ。
ここで重要なのは潮崎のタイムリーじゃなくて、次のイニングに潮崎を続投させた方が失点の確率が少ないって森が判断したことなんだよな。
野手出身の広岡と捕手出身の森の違いが出たと思う。 昼間からビール飲んでる大男を見つけて
「練習しろよデブ!だから森に干されんだよ!」って言ったら
真っ赤になって追いかけてきて所沢プロペ通りを逃げ回った思い出 >>198
なんかのサイトで読んだけど日本シリーズでの東尾リリーフ作戦とか全部森のアイデア頼りで
森の方が広岡の上行ってたよね
広岡も投手のフォーム指導したり投手の目利きは卓越してるのに ガチ勝負とエンタ―テ―メントのバランス。森西武は前者に特化した塩試合で
強いけど動員振るわず。野村はセオリー遵守とゲリラ戦術を織り成していて
面白かった。森って野村の薫陶受けてたんだな。野村もお人よしだよな。
教えを請われたら教えずにいられない性分なのかな?企業秘密を教えるよう
なもんだ。 森は完全に隠居生活だな
亡くなっても全く話題にならなそうだ >>2
そういや、清原のヘルメットは野村から受け継いだものだったな... >>205
ノムは球場外の口撃も面白いからなあ。
それを嫌ってた権堂と東尾がシリーズ前に仲良くワインかなんか飲んでて白けたの有ったなw 選手成績は段違い。
なんといってもノムさんは三冠王だからな。
森のバッティングなんて鼻くそレベルだ。 最近の監督はいい人ばっかりでキャラが埋没しててまったく面白くない
やはり清原とか桑田みたいな癖の強いのがやらないとだめだ それでも若い頃は4番5番打っていたんだから、よっぽとの貧打線だったんだろう 森は甲子園の人気者で脚肩打撃に優れた天才肌の人気捕手の藤尾を追い落としてレギュラーを掴んだのが凄い
ノムも、藤尾には勝てないからと巨人のテストを受けなかったのに ゴマスリといえば川上もゴマスリがうまかったとか
軍隊で一緒の虫明あろむという作家が批判的に証言している
巨人でも大正力の絶大な信頼を得てV9 >>209
予告先発でなんか淡白なシリーズだったな
伊東が走られまくっていたな >>203
巨人監督候補の時の森のことを人格批判までして叩いたのに、
今になって「ヘッドコーチなら森が最高。あんな頭の良い奴はいない」と褒める広岡。 ノムさんは阪神で、森さんはDNAで苦汁をなめる結果となったが、
その原因は何だったのか、素人にはいまいち分からないんだよな
2人とも何がいけなかったんでしょうか??? 単純に戦力が
森は1年目ローズ抜けて 2年目谷繁抜けてだしねえ
1年目は何とか3位になってるんだが 野村と森
野球を知り尽くした神々の遊び
もう見れないね 名将といわれた三原も 近鉄ヤクルトではだめだったし >>219
結局、監督がチームに与える影響の割合は小さいということだな
サッカーみたいにいろんな戦術が編み出されて弱小チームを上位に押し上げるなんて無理
でも野村がやったID野球は間違いなく当時としては最先端だから評価されてる
阪神の監督やった頃はどのチームも同じことしだしてるんでアドバンテージがなくなった >>10
そうそう。読んでてイライラする記事多いよなあ。 >>48
お前みたいな奴が原稿書いてるんだろうな。
想像力がなさすぎ。 >>52
アホか。三球目様子見る根拠はなんや?
巨人発の悪しき習慣。
最近はなくなってきてる。 >>223
サンクスです
ただ、ヤクルトも楽天も野村の下で少しずつ
力を付けたのに、阪神だけはびくともせず最下位堅持w
というのは、何だかなあ〜てな割り切れない思いは残る >>222
近鉄では阪急と優勝争いするまで持って行ったし、
ヤクルトは前の別所体制で崩壊状態のチームを大矢、若松、安田等
若手起用で後の優勝の礎を築いたからまぁいいんでないの。 >>219
横浜に関しては98年の優勝メンバーが移籍したり力が落ちたりしてた
そこに放任の権藤から管理野球の森に変わったんで選手が対応できなかった >>227
追い込まれたらストライゾーンを広くして振ってくれるから
ボール球も三球使えるし
という、理由だろう
ノムはツーナッシングから見え見えのボール球は無駄と言ってたが 野村が阪急の攻略情報を森に教えてたんじゃ
阪急が巨人に勝てなかったはずだな 森の成績は見るべき所はない。
巨人に在籍していなかったら全く注目されない選手。
ただ、自分を脅かす若手を潰すのは天才的だったようだね。 ノムさんも森も指導者として優れてるけど、指導者の指導者としてより優れている >>230
結局は選手たちと相性が悪かった
つまり球団の体質と合わなかったという一言に
尽きるのかな
現に、ノムさんの死について、阪神OBからの
追悼は新庄とか井川とか、ハグレ者からしか
出てこないしね 球児とかも出してるよ
単純にマスコミが誰にコメント取りに行くかって話だから
マスコミと上手くやってたノムさんだからこそ数多くのマスコミ関係者が動いて多数の追悼記事があるって感じ >>9
監督じゃなくてフロントの上の人だよ、
森はケチだけどそういう時は凄い高級品贈ってたらしいな。 >>217
伊東はシリーズ後半中嶋に代えられてたな 広末とヨーグルトのCM出てたな
「あ〜ビッグで健康」 意味不明な森さんの過小評価で評論家気取りばっかりだな塵どもの笑っ 工藤は元祖、新人類って言われてたけどクレバーだったよ
97年の西武vsヤクルトの解説とか面白かった、
確か飯田が怪我で出れなくて、
野村さんがミーティングで日本シリーズ男の飯田の分まで頑張ろう
その言葉を意気にして結果的に四勝一敗だけど実質4連勝って言ってたな
ノムさんいわく「OBの先輩に対して西武ベンチからブタ!」って罵倒されたのが許せなかったらしいがw
工藤は森よりも野村さんを尊敬してたんじゃないかな
悪態ついた城島を説教して、野村さんの所に謝りにいったそうだし。
まぁ92年の日本シリーズは映像化として販売されてたから
一度は見る価値あるよ、第一戦の9回裏2アウト満塁、代打杉浦!!!
あれは痺れたし、杉浦さんもヤクルトの営業いったりしても、その件で仕事が上手くいったみたいね >>238
>結局は選手たちと相性が悪かった
これはあると思うが、
>つまり球団の体質と合わなかったという一言に尽きる
その一言だけじゃなくて、嫌われ役込みで参謀向き、
監督には向かないタイプってのもあったと思われ。 広岡時代の根本
根本「石毛の5年後はどないや?」
広岡監督、森ヘッド「選手としては一流ですが、ショートとしては峠超えてますね」
根本「そうか。石毛はサードにシフトしていこう。ショートの後釜考えないとな。」
サードだった秋山がセンターにコンバート、石毛はサードになり、黄金時代のスタメンが完成したのは
その5年後のこと。 二死一塁で秋山がなんの変哲もないセンター前ヒット
しかしクロマティの守備が緩慢だってデータがあり一塁ランナー辻が長躯ホームイン
そんなレベルの時代w >>222
1978年の初優勝は、三原の布石、広岡経由で
わからんかな〜 >>250
あれはクロマティの動きもそうだが、
・弱肩のクロマティの中継するため深い位置で中継する傾向がある
・三塁方向に背を向けて中継する傾向がある
↑
このショート川相(当時は補欠の若手)の2つの癖が
最大のポイントだったとか。 2年続けて西武とヤクルトの日本シリーズ観てない自分
野村はキーマン対策に重きを置くらしいが92年はどうだったのかね
自分思うにシリーズの西武はキーマン絶対石毛。投手なら郭
石毛を潰さないと必ず一方的な試合になるの何度も見た
ダイジェスト昔ちらっと見たけど忘れちゃった あんまり封じ込めてなかった記憶 プロ野球には3つの流れがある
根本広岡森の西武野球
でもこれは巨人の川上野球
もう一つは野村のID野球
もうひとつは
金本の
根性野球 >>254
もうひとつカープの野球もあるような気がする。
86年の日本シリーズは印象的だった。
第1戦、9回裏に追いつかれた西武、ペナントレース中に阪急、近鉄相手にこの展開なら
確実にサヨナラ負けしてる。それが引き分けに持ち込めたから、西武ファンの自分としては
「カープ、全然怖くないwたいしたことないww」なんて思ってたら…。
86年のカープ野球は86年の森西武野球の何倍も緻密だった。2アウトランナー無しからノーヒットで1点取れるような嫌なチームだった。
それでも追い詰められた第5戦からの工藤を抑えに据え、あとは先発Pをどんどんつぎ込む森の投手起用は壮観だったな。 >>222
>>251
三原か娘婿の中西太をバッティングコーチで連れてきてな
その中西が若松を育てて、広岡時代の主軸に >>254
>金本の根性野球
ルーツはカープな。
山内・沢崎・カンエー・河野ら、特に投手を潰しまくったスパルタ野球 >>21
全然違う
森は横浜では最下位だった
西武時代の成績は最高だったが、
これは優勝したのに広岡が監督を辞め、
広岡が育てた最強の選手を引き継げたから
最下位のチームを日本一にした広岡や野村のような名将とは比較にならん >>258
広岡采配のアイデアは森による所が大きかったから ノムさんがヤクルトの監督になった時に「アソボウズ」だっけ!?
野球のデータ解析ソフトを作ってたよね
それ以前からコンピュータは使われていたかもしれないけど
いよいよ野球もIT化って感じがしたね >>218
采配、選手起用については、明らかに森>広岡だったよ
特にワンポイントの采配よりも、試合とか3連戦全体の流れを意識した采配は圧倒的に森のが優れていた いわゆる野球における采配って運だし全て結果論じゃね? かつての選手たちがみんな泣いてるの見て
あんだけ言いたい放題悪口言って好かれてるんだから幸せな人生だったなとつくづく思うわ >>183
森本人が清原だけ特別扱いしたと本に書いてるからその辺りかな? >>119
実質南海を滅ぼした女だからな。
なんばパークスのメモリアルギャラリーに野村氏のことが全く無いんでわだかまりは相当なものかと。 >>258
野村は最下位のチームを日本一になんかしてねえよw >>236
野村もヤクルトの監督に就任当初はチームカラーに合わなそうな暗い人ってイメージがあった。 YouTubeで視たけど2人はキャッチャーとしてライバルで最高の親友じゃねーか笑っ
森さん関連も視たけど堤オーナーって嫌みな貴族そのまんまで草
森さんよく耐えたなあんなオーナーの下で。 大事な場面で内角徹底的に攻められて抑え込まれていた清原を代えず任せたが、駄目で守備を考えておもいきって清原交代させられたのも森さんだったからでしょうなぁ。それで92年勝ちをもっていったんだから。 >>236
就任当時は清原の入団会見で笑顔笑顔、秋山のバク転見ても笑顔笑顔 「森は三枚舌。森に比べれば野村なんか可愛いものですよ。」(長嶋茂雄)
「森はホントむかつく野郎ですよ。拳銃に三発あれば、三発とも森にぶち込む。」(デーブ大久保)
「現役時代の森さんは悪魔」(堀内恒夫)
「森は嫌な奴だった。」(マニエル)
「森は巨人監督の器ではない。性格が悪すぎる」(広岡達朗)
「広岡監督時代に鍛えられた選手達が主力になりチームが完成しつつあった時期に
森さんが来られたので森さんは特にやることはなかったと思います」(伊東勤)
「試合終了後ミーティングをやるのだがやるのは広岡さんではなく森さん。
森さんは個人的には好かんかった。前置きで広岡監督が言ってたんだがと言って
選手を名指して批判した。広岡さんが辞めた時「広岡さん、森さん通して随分
批判してましたね」と言うと「私が選手を批判するときは直接言う。 」
球界で森さんを慕っている人はほとんどいません。」 (伊勢孝夫) >>78
広岡は工藤には慕われてるのが救いだな
現在の最強監督だし
現役時代も優勝請負人とまるで広岡が監督時代に言われていたようなキャッチコピーがついてたしな >>207
それしかあるまい
店の奥の席に座ったまま投げるコップの速さとコントロールは
さすがキャッチャーだったわ ヤクルト監督に野村克也就任ってニュースの後で
ノムさんが心臓の病気か何かで一時療養とかになって
そのとき「安田監督代行」説が広がって、
やくみつるも「暗い野村より明るい安田を監督に」ってマンガでネタにしてたな。
それだけ当時のヤクルトとテレ朝で「ノムさんのクール解説」とかやってた暗い野村監督のイメージが合わなかった。
でもこれが見事にはまったんだよなぁw ノムさんにオファー前はシゲオにゾッコンだったヤクルトのフロント >>262
これは同意だな。
森野球は流れを把握してそれを支配して乗る野球なんだよな。
一試合の流れ(先制・中押し・ダメ押し)、三連戦の2勝1敗、
シーズン全体の流れを支配するための守りの野球が軸にある。
根本+広岡→森の組み合わせは最高だった。 >>277
選手は野村のIDを吸収して成長した。野村もいかにも現代っ子なヤクルトの選手達にいい感じに染まった。
後年ヤクルトに移籍してきた辻がクラブハウスでテレビゲームやってるヤクルトの選手たちに
学生かよ?ってショックを受けたって言ってたから、野村は見かけに反して相当柔軟だったのだと思う。 >>23
口より先に手が出るけどそれでも選手が我慢する人徳
これに全振りの人だった >>58
石渡に初球スクイズのサインを出してたら勝ってた
かも知れないね
初球の甘い球を悠然と見逃した時点でスクイズの
サインは絶対に出してはいけなかった >>188
永田ラッパに咎められた時点で采配ミスを認められる
人だったら何回か日本一になれてたと思うよ
当時40歳で一回り以上上の永田雅一と喧嘩するって
そっちの方がおかしいって >>262,>>279
だから広岡達朗は森祇晶のことを「アイツは有能。
育成は出来ないけど」って言ってるんだよね 先頭打者を一塁に歩かせると8割の確率で得点される、だったかな
捕手らしいと思った 野村克也追悼特番
2月15日(土)
・目撃!にっぽん 選 「ひとりを生きる 野村克也 84歳」 (NHK総合 10:05〜10:40)
・師弟物語〜人生を変えた出会い〜 「田中将大×野村克也」 (NHKBSプレミアム 11:00〜12:00)
・徹子の部屋 【追悼・野村克也さん】 (BS朝日 12:30〜13:00)
・【追悼・野村克也さん】 ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜 (BS朝日 15:00〜15:54)
・S☆1 追悼・野村監督 後世に残すべき「ぼやき」をたくさんお聞きください (TBS 24:30〜24:58)
2月16日(日)
・あの日 あのとき あの番組 「野村克也さんをしのんで〜名捕手・名監督の人生哲学〜」 (NHK総合 13:50〜15:00)
・ありがとうノムさん 追悼特別編成 Swallows DERAM GAME (CSフジテレビONE 16:30〜20:30)
・日曜THEリアル! 野村克也さん追悼特別番組 秘蔵映像でつづるノムさんの野球… (フジテレビ 20:00〜21:54) ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています