これは俺が初めて一人暮らししたときの話。

社会人になり会社勤めをすることになった俺。
しかし会社には社員寮は無く、実家を離れた為にかかった費用などの為に金欠でもあり、仕方なく会社近くの安いアパートを探すことにした。
でも会社の近くの住宅地は割と新しい時期に出来た場所らしく、どれも家賃が高かった。
しばらく不動産屋を探し回ったが良い物件は見つからず、あきらめかけていた時、偶然にもふと通りかかった不動産屋さんで、敷金礼金無しの月1万円という破格の物件を見つけることが出来た。
俺は早速不動産屋に鍵を貰い、その場所を見学させてもらうことにした。

さすがに1万円だけある。
それが正直な感想だった。
古い社員寮を改造したアパートで、トイレも無ければ炊事場も無い、ただ四畳半が一つあるだけだ。
しかもそこに住んでいる人間たちは、
ホステス・身障者・寝たきり老人・リストラされたサラリーマン・借金持ち
などそうそうたるメンバーだ。
家賃が1万円であることもうなずける。
しかし俺には選択肢は無かった。
高いアパートに泊まるだけの金は持ち合わせていない。
大家さんには、もっといいところに泊まればいいのにと言われたが、金が無かった俺は結局その一番安い部屋を借りることにした。

住んでみると確かにトイレも共同で不便ではあったが、会社に行っている間は部屋に居ないし、帰っても出かけるか寝るかのどちらかなので、最小限度の生活をするのには不便は無かった。
しかし、一つだけ困ったことがあった。
それは右隣の部屋に住む人。
最初は姿を見たことは無く、無人だと思ったがカーテンらしきものがかかっており、おそらく寝たきりなのだろう。
アパートには寝たきり老人が多く、よくホームヘルパーの人が出入りしていた。
その困った隣人が何をするかというと、時々真夜中になるとなぜか壁をドンドンドンと叩いてくる。
壁が薄いのだろうか、それが結構響くのだ。
そして音で思わず目が覚めてしまう。
夜いきなり起こされた腹立ちから壁を殴って黙らせた事もあったが、寝たきり老人ということと、破格の家賃であるという一種の諦めから、大家さんにクレームをつけることはしないで置いた。

なんだかんだで半年が過ぎて貯金もたまり、俺はもっと良いアパートに引っ越すことになった。
もうここに住むことも無いだろう。
そう思った俺は、例の困った隣人の話を大家さんにすることにした。
すると大家さんは怪訝な顔をして

「あそこは借り手がつかなくて誰も居ないはずだけど…」

という。
呆気にとられたような顔をしている俺を見て、大家さんはしばらく考え込んでいたようだが口を開いた。

「ごめんなさい、何で貴方の泊まっていた部屋が安いかっていうと昔あそこで自殺した人が居たの。そしてあそこを借りた人はみんなすぐに出て行ってしまう。それはあんな環境のせいだと思っていたけど、もしかしたらそういうことなのかもね…」