「奇跡」のフォントが社会にもたらすものは 一人の書体デザイナーが変えた「日本語環境」

 スマホやパソコン、雑誌をはじめ、街中の電光掲示板やレストランのメニューに至るまで、普段は意識しなくても、印刷物やディスプレーの文字は、すべて何らかの書体=フォントで表されている。ところが、世の中には、そのフォントの種類によって、文章が読めなかったり、強いストレスを感じたりする人がいることは、あまり知られていない。

 フォントの考案や制作を仕事にする書体デザイナーの高田裕美氏は、そんな人たちの読みづらさの原因を探り、誰もが読みやすいフォント「UDデジタル教科書体」を開発した。デジタル時代の日本語環境を一変させた画期的なフォントを発明するまでの苦闘を、著書『奇跡のフォント』で自ら語っている。

見やすく「教育現場」でも使えるフォントを追求

 「UDデジタル教科書体」の「UD」は「ユニバーサルデザイン」を意味する。ユニバーサルデザインとは、文化、言語、国籍、年齢、性別、能力などの違いを問わず、より多くの人が利用できるデザインのことだ。文字の場合、文化や言語をある程度は共有していることが前提なので「格差」が見逃されがちだが、特定のフォントが「読みづらい」「見えづらい」という人は一定数存在する。「UD」と銘打ったフォントは、できるだけ多くの人が読み取りやすいようにデザインされている。

 高田氏が手掛けた「UDデジタル教科書体」は、教育現場での活用を目指して開発が始まった。

 視力の弱いロービジョンの子どもたちは、通常の教科書で学ぶことができず、文字を拡大するツールや手作りの拡大教科書を使うことで文字を覚えるしかなかった。ただ、教科書で使われるフォントは、文字の形だけでなく、書き順などの運筆が覚えやすいように、毛筆の運びを再現した「楷書体」を基本にしていた。楷書体は文字を構成する線の太さが場所によって異なっている。ロービジョンの子どもたちには細い線が見えず、結果的に文字の全体像が把握できないことが多かった。

 文字の形を覚えるだけなら、線の太さを均一にしたフォントを使えばいい。しかし、学校教育では運筆を学習するため、「とめ」「はね」「はらい」など手書き文字のパーツを再現したフォントが必須だった。

困っている人を助けるフォント=より多くの人が見やすいフォント

 著者は学校現場で働く人や特別支援教育の専門家らの協力を受け、「見えやすさ」と「学習上の必要性」を両立するフォントの開発に没頭する。ただ、筆者はフォントを作成する企業の従業員でもあった。「商品」であるフォントは、ユーザーのニーズに応えると同時に、商業ベースで利益を出す必要がある。「困った人を助けたい」という熱意だけで、フォントを世に出すことはできなかった。

 苦節8年、国の障害者差別解消法の施行などが追い風になり、UDデジタル教科書体は2016年に発売された。すると、著者が思ってもいなかった反響があった。UDデジタル教科書体はロービジョンの人たちに見えやすいだけでなく、脳機能の問題で読字に困難がある「ディスレクシア」(発達性読み書き障害)の子どもたちにとっても、「読みやすい」フォントであることが分かったのだ。

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