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晋州城-日帝旭日旗、韓国650万名虐殺

チュホソク/晋州文化院 郷土研究室長・郷土史学者・詩人

日帝軍国主義の象徴である旭日旗の下で、我が民族650万人が虐殺(銃殺、被拉、交戦、行不、死刑言い渡し、徴兵、徴用、殺戮)された。1894年の東学乱義挙から虐殺が始まり、ミンビ(明成皇后)殺害事件、南韓大討伐作戦、被拉、義兵たちとの交戦などで、光復1945年8月15日までに少なくとも我が民族650万人が虐殺された。

我が国の人口が日本の人口の40%にしかならない理由は、前述のように死んで日帝の銃弾の犠牲になったせいだ。日帝旭日旗は日本の江戸時代(1603年頃)から日本の伝統文様、象徴となった。旭光は日本の皇室の家門を表したり、民間で出産、名節、結婚、祝賀式に登場する。

1870年5月明治維新の時、旭日旗を軍旗として認め、海軍でも採択することになる。第2次世界大戦当時、日帝が侵略戦争を展開すると、陸軍、海軍本部で旭日旗を前面に掲げさせ、パラン島から日本基地にドイツ海軍ボートが派遣された時、ドイツ海軍のため日本軍の式典が開かれた。この時、ドイツナチの象徴であるハーゲンクロイツとともに並んで掲揚された。日本は各種の集い、宗親会でも固有の文様が定められていることとは無関係ではない。1945年8月、日帝が敗亡すると、日本軍も解体され旭日旗も現れなかった。

しかし1954年7月、自衛隊が創設され旭日旗が登場することになり、釜山で国防部直属の海洋少年団本部が創設され、13歳~18歳の少年兵を組織し、日帝に対抗する組織ができた。 日本の海上自衛隊は変形した8筋旭日旗を採用し、航空自衛隊は単純な赤い円を使用することになった。日本海上自衛隊創設70周年を記念するとして我が海軍を招待し、以前に参加した前例があるとして東海で海上自衛隊に向けて敬礼を行うと、バッカ(馬鹿)韓国とからかわれている。2022年カタールW杯で、日本人たちが旭日旗を観客席につけて叫んで撤去されることもあった。

日本は2000年代から右傾化し、安倍が行動に移して独島と伽耶の領土を自分たちの領土だと積極的に教育し、自国民によって銃殺された。2015年から自衛隊の自衛権が可能だ。防衛費を国家予算の2%増額を発表した。さっそく第2の慰安婦、第2の徴兵、徴用が実施され、また650万人が虐殺されるのか?

慶南道民新聞(韓国語)
http://www.gndomin.com/news/articleView.html?idxno=340404