「死ぬ瞬間は痛いのか」「死んだらどこへ行くのか」死亡未経験者の住職に聞いてみた [421685208]
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「死」という未知の体験には、さまざまな不安がつきまとう。独園寺の住職・藤尾聡允さんによると、釈迦の死を描いた涅槃図(ねはんず)に恐怖を和らげるヒントがあるという。「プレジデント」(2022年3月18日号)の特集「ひとりで生きる『老後戦略』」より、記事の一部をお届けします──。
【写真】独園寺 涅槃図
■人間が持っている、死のシステム
「天寿をまっとうする」という言葉があります。人間の命は、開いた傘を閉じるように、静かにたたまれていきます。あるお医者様のお話によると、人間の体には徐々に死を迎え入れるシステムが備わっているそうです。特に老衰の場合、亡くなる1週間、あるいは10日ぐらい前から、体のあらゆる臓器や細胞は死ぬ準備を始めます。スイッチを一つ一つオフにするように感覚が薄れていき、静かに命が閉じられていく。たとえば、1週間くらい前から食が細くなっていき、3日前くらいから何も食べず水を飲むぐらいになり、死ぬときは胃の中はほぼ空っぽになっている。人間にはそんな死のシステムがあると聞きます。
生死の境目に、痛みや辛さはありません。たとえば認知症患者は、様々な感情を細分化することなく、単純な「快/不快」という指針を大切にして、今という時間に集中するようになります。死への恐怖はなく、楽しかった思い出の中だけで生きるようになるのです。
■身内の死をみんなが悼む
人間が死ぬときは誰でも、自分を一番愛し、かわいがってくれた人がお迎えにくると言われています。仏教の祖であるお釈迦さまが、沙羅双樹の下で死を迎える場面を描いた「涅槃図」というものがあります。横たわるお釈迦さまの周りには、たくさんの人間、神々、鬼までもが集結しています。ほかにも、象やトラなどの動物、虫、木や花など、あらゆる生物がお釈迦さまの死を悲しんでいます。この絵には「生きとし生けるものは、みんな平等で、その命は尊い」という仏教思想が込められています。また「人が亡くなったとき、みんなが悲しい。人間でも動物でも虫でも、身内の死をみんなが悼む」ということも教えています。
右上を見れば、天上から誰かが迎えに来ているのがわかります。その真ん中にいるのがお釈迦さまのお母さんです。彼にとって大切な人々が雲に乗って迎えに来ている、そんな情景が描かれています。お釈迦さまはおだやかな表情で、おそらく何か楽しい夢を見ているのでしょう。
死んだ後の「あの世」は存在すると、私自身考えます。死後の世界は、この世から地続きに、あるいは空間続きにある場所かもしれません。死を迎え、心は肉体を離れても、脈々と受け継がれてきた魂やスピリットは生き続けます。そして魂やスピリットは別の場所に移動するのでしょう。ひょっとしたら、私たちの住むこの世界に存在しているか、またはパラレルワールドにいるのかもしれません。お互いの次元が違うから見えないだけ。だから魂は、なくなってしまうのではなく、継続していくのです。命日は「コンティニュエーション・デイ(継続の日)」。肉体は死んでも、魂の本質が存在する意味は変わりません。
https://approach.yahoo.co.jp/r/QUyHCH?src=https://news.yahoo.co.jp/articles/45762cdad8ab51fdfc97abab34cf9db8c5ef6d50&preview=auto みんな同じ場所に行くんだよ
一緒ではないかもしれないけど
同じ場所 >>100
どんなに頑張って生きても死ねば無
なんてことを考えると怖いから宗教がある
天国も地獄も輪廻も転生も生きている人のためにある せやな
異世界やろな
シんだら剣と魔法のファンタジー異世界で拷問官やるハメハメになりました。(´・ω・`) いくらこの世で大金持ちになって勝ち組なろうが、どうせ最後は死ぬのは同じだからな 死んだら、霊となり女の風呂場とか自由にバレずに覗ける。
最初はウッキウキだったのが、かわいい女の子でも屁こいたり、ぶっとい一本糞したり、ケツを、ポリポリかいたり、
実情を知り、次第に幻滅しあきらめて成仏していく。 > 死んだ後の「あの世」は存在すると、私自身考えます。
釈迦はあの世や死後の世界を否定してるのに
生臭坊主はほんと商売に必死だよなあ >>19
今の世の中見てると少なくとも天国に行ける人はほとんどいなさそう
それこそ自殺したら地獄行き(天国に行けない)みたいな事を昔言われていたが、自殺した人が地獄に行って直接間接関係なく自殺に追い込むような奴らが天国に行けるわけは無いんだよな ガソリンアタックで大量死した時気付かぬ内に死んだだろうって言ってたから一酸化炭素は楽に死ねる ちっちゃい頃よく転んで頭打ってたけどキーンて感じしてクラクラくるんだよな
あれはやっぱり脳の電気信号を知覚してたからなのか
だとしたら死ぬ間際ってのはパチンと明かりが消える感覚になるんだろうか
死んだ後にそれを確認できないなら終わりの時くらいは覚悟しておいて
俺の人生ここで終わりって分かっていてえな 住職ってただの無学のオカルトスピリチュアル馬鹿だろ そういや、交通事故に遭った時
スローモーションになって遅くなったなあ
未だに覚えてるよ・・・真顔だった顔がゆっくりと引き攣った顔に変わるのを
カメラで見ると1秒くらいなんだけどな
てか交差点はチャリでも止まって左右確認して渡れよ
勢いよく飛び出したら徐行しててもブレーキ間に合わないからな(´・ω・`) 死は避けられないから苦しいはずがない
死の前が怖いだけで死は眠るようなもんだよ >3日前くらいから何も食べず水を飲むぐらいになり、
>死ぬときは胃の中はほぼ空っぽになっている。
>人間にはそんな死のシステムがあると聞きます。
ここで無理に飲食させられて誤飲肺炎ルートになるのが怖い 認知症の人の話を聞いたことがあるが「ずっと悪夢を見てる感じがする」と言ってた
楽しかった思い出の中だけで生きられるわけではないのでは 脳が働くから自我があるわけで。
魂と言うのはその脳が生み出した概念でしかない。
死んだら無よ。無になった一人一人の魂に居場所があるなどただの宗教。 子供の頃は死後とか神様とか信じちゃうけど、大人になったら科学に逆らえないことを理解する
まあ頭の弱い子とか心の弱い人は宗教とかに搾り取られちゃうけどな 死んだ後まで世界が続くとか絶望でしかないんだが
なんで人間は死後の世界だの天国だの地獄だのって死んだ後まで存在し続けたがるのかね
そんなに無が怖いの? >>136
愛する人が死んで完全消滅したと信じたくないからじゃね 成仏っていうのは輪廻転生の苦しみの輪から解脱することではなかったけ? >>109
善悪もなく無なら何も怖くねえだろ
アホか 別にあの世()があると思うのも自由だけど、どう言う思考過程を辿ってあると思うようになったのかな興味あるな 天国行くっ教えてる宗教でも殺人が罪な時点で本気で信じてないだろ 天国地獄を認識するのも快楽苦痛を感じるのも全て脳だろ
脳が無くなった以上その後なんか感じる由もないやろ 天国も地獄もねぇ
閻魔様も居ねぇ
死んだらそれっきり
だからキチンと生きねばならんのだ >>6
出迎えだけで女子達すぐ解散
流れる酒はまっずい安酒 脳のシルビウス溝に電気が走って三途の川が見えるんじゃなかったっけ この人の前世は戦国武将だろうなって思うような現代人はいない 輪廻があるのなら戦国武将だと悪さばっかしてきたからまだ人間にすら生まれかわってないかもな
何万何千万年後にようやく、それでも100年ぽっちの寿命の人間になれるかなれないか 鬼滅で地獄に行く描写が全世界で理解できたのはすげーなと思った 魂は無くなる
体は細かな分子となり世界中に散らばって何かを構成する一部分になる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています