北海道各地の市街地でヒグマの出没が急増し、死傷者が過去最多を更新するなど被害が深刻化している。背景にはヒグマの生息数増加などが指摘される。これまでヒグマの保護を重視してきた道は出没抑制や出没時の対応の強化を図るが、即効性のある対策は見当たらない。専門家は「危険度がさらに高まる可能性がある」と警鐘を鳴らす。

札幌市東区の住宅街で昨年6月、体長約1.6メートル、体重158キロの雄のヒグマに住人ら4人が襲われ負傷した。現場はJR札幌駅の北東約3キロ。地元住民は「ヒグマが出た記憶はない」と驚く。

北海道警や道庁によると、昨年のヒグマの目撃通報は2197件で、過去7年で最多。今年度(昨年4月以降)の人的被害は死者4人を含む12人で、統計が残る1962年度以降で最悪となった。

ヒグマの生態に詳しい北海道大大学院の坪田敏男教授(野生動物学)は「これまでは山裾付近が中心だったが、市街地での出没頻度が増え異例の事態」と懸念する。

なぜ市街地での出没が増えたのか。原因の一つとされるのが生息数の急増だ。北海道では66年度以降、冬眠から目覚める時期に「春グマ駆除」を行ってきたが、絶滅の恐れがあるとして90年に廃止された。その影響もあり、道によると2020年度の推定生息数は約1万1700頭。90年度の約5200頭から30年間でほぼ倍増した。

酪農学園大の佐藤喜和教授(野生動物生態学)は、人間に追い回された経験がないヒグマが増えたことも一因と指摘する。人間を恐れなくなったことで、繁殖期に雄からの攻撃を避けるため、子連れの雌や若い雄が森に近い住宅地に現れたり、森に食料が少ない8〜9月、エサを求めて市街地の農地や果樹園に出没したりするようになった可能性があるという。

道は17年、人身被害防止とヒグマ保護の両立を目的に管理計画を策定。人間に害をもたらす個体のみを駆除し、人とのあつれきを減らす想定だった。だが市街地への出没増加を受け、今春に改定する計画の素案では、害を及ぼさないヒグマも含め「個体数調整の可能性やあり方の検討を開始する」と踏み込んだ。被害を減らすために駆除が必要かどうかを検討する。

緑化計画が進む札幌市に対しては「生息地の山奥から緑地を伝って市街地に出て来る」との指摘もあり、都市計画の見直しを求める意見もある。

ただいずれも効果が出るまでに時間がかかるのは否めない。坪田教授は、栽培を放棄された果物の木の伐採や、ごみの出し方の見直しなど地道な対策を続けながら「人間とヒグマの生活圏を分け、市街地への侵入経路を減らす方法を模索するしかない」と訴えた

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF1903N0Z10C22A1000000/