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これに対し日本の研究開発費はほぼ横ばいで、2019年は約19兆円と中国の3分の1程度にとどまった。そして気になることに、研究者の卵である博士課程進学者の減少にも歯止めがかかっていない。欧米や中国では博士課程在籍者には所属研究室から給料が支払われる仕組みとなっているが、日本はいまだに授業料を大学に支払うシステムで、かねてより問題視されている。浮かび上がるのは、この20年間で相対的に地位が低下し、霞んでいく「科学技術立国」の姿だ。

ところで、上田教授たちのような科学者の中国への移籍をめぐっては「頭脳流出」などと批判的な論調も目立つ。本人は、こう反論する。「土木の分野について言えば、日本にとって不利になるというようなことはない。既に中国に追い抜かれている面も多く、中国と一緒に取り組むことで、日本にはない技術を日本に還元できることの方が大きい」。

土木の分野では既に20年前から中国の大学の設備の方が日本よりも優れ、研究が進んでいることを上田教授は感じてきたのだという。もちろん、安全保障にも関わる新技術開発などの研究分野では情報管理は重要だろう。技術や情報流出は国益を損ねることにも繋がる。だが海外で先行する技術等を参考に技術革新に取り組もうとする科学者たちを、単純に「頭脳流出」と決めつけているのだとしたら、見当違いの批判にも思える。

また上田教授は、海外に移籍した科学者が日本の大学と国際共同研究を行うことで研究の質を上げることにも繋がると指摘。各国の研究の実力の指標とされる「論文の引用数」で日本の順位は低下しているが、海外とのネットワークの構築が世界での評価の向上にも貢献しうる、というわけだ。

岸田首相は成長戦略の第1の柱に「科学技術立国の実現」を掲げる。「人材育成を促進し、世界最高水準の研究大学を形成する」という目標に、異論はないだろう。研究基盤を資金面で強化する「大学ファンド」という政策が今のところ目玉のようだが、日本の大学が優秀な科学者たちや世界から魅力的な研究の場と認めてもらえるのか、今後の具体策が問われることになる