貧困家庭に育ち、あだ名は「ビンボーマン」
麻美さんは、極貧家庭に生まれ育った。
「私は、本当に最低の家庭で生まれ育ったと思います。今の言葉だと“親ガチャに外れた”と言えるかもしれません。父親は無職、母親は夜職で、母はお金がなくていつも怒っていました。
父はまったく働かないし、アルコール依存症で…」
13歳で両親が離婚するまで、6畳一間の風呂なしアパートに家族3人で住んでいた。トイレはあったが和式で古く、悪臭がしたという。
「この話をすると、“イマドキ、そんなアパート探す方が難しいでしょ”と言われるんですが、あるんですよ。カンカン鳴る外階段で、壁は砂壁で、カギはプッシュタイプ。
“赤貧洗うがごとし”というけれど、ホントに家に何もなかったから、ドロボーも絶対入らない感じでした」
学校で使う文房具、ランドセルなどは、誰かのおさがりをもらっていた。
「みんな、大人がいる前では優しくしてくれます。先生も、“野崎さんのおうちは大変なんです。思いやってあげましょう”みたいなことを言って、いじめを抑制しようとします。
でも子供は残酷ですから、大人のいないところで徹底的にいじめるんですよね。“ビンボーマン”と言われて、風呂がないこと、服が古いこと、髪の毛がボサボサなこと、
靴がボロボロなことを徹底的にはやされました。いじめを扇動していた女子に、“家にお風呂がないなら洗ってあげる”とホースで水をかけられたこともありました」
https://news.yahoo.co.jp/articles/8a3666fbf93b9ab84c87e1f1cf7487734360a4a9
いじめっ子をにくいと思っても、その子のおさがりの色鉛筆を使っていた。