「インバウンドの成功例」、新型コロナが消し去った夢 大阪・黒門市場

「天下の台所」と呼ばれた時代から、大阪の食を支え続けてきたミナミの黒門市場。インバウンドの成功例として脚光を浴びていたが、新型コロナウイルスの影響で、頼みの外国人観光客が途絶えてしまった。人通りは市場の生命線。なにわ商人たちはどのように活気を取り戻そうとしているのか。(半田尚子、文中敬称略)

■インバウンド景気、景色が一変

そんな光景を一変させたのがインバウンドだ。2011年ごろから増え始め、黒門の通行者数は19年には1日あたり約3万人と10年余りで2.3倍に増えた。
通りには、中国語や韓国語が飛び交い、「ほんまもん」の食べ歩きが観光スタイルとして定着。数千円もする大トロの刺し身や焼きタラバガニ、神戸牛のステーキなど、外国人観光客を意識した商品が増えた。

街がにぎわい、さらに人が集まる好循環が生まれた。特に若い力が目立った。中国出身の宮本英政(32)は18年、近くにドラッグストアを開いた。中国人観光客の「爆買い」に注目。「黒門のおかげで平日もにぎやか。商売をするには魅力的だった」。マリオなどのキャラクターに扮して街を走る公道カートレンタル店を営む立道勲(28)は「外国のお客さんはサービスに対し、感想を率直に伝えてくれる。
日本人相手の商売よりもやりがいを感じる」と話す。外国人向けのコスプレ写真館を開いた高尾元健(28)は「ひものゆるい大きな財布を持った外国人相手のビジネスは魅力的だった」と振り返った。

空き店舗は次々と埋まっていった。ある商店主は「1700万円で買ったビルを9800万円で売ってほしいと中国の不動産屋からもちかけられた」という。一躍インバウンドの「成功例」として持ち上げられ、菅義偉官房長官ら政治家や国内外の自治体関係者が視察に訪れた。
ところが、新型コロナウイルスの影響で突然、外国人観光客が消えた。黒門にある約170店のうち半分以上がシャッターを下ろし、休業状態となった。
地元の客を呼び戻そう。そんな声を上げたのは、和菓子店「三都屋」の北岡裕一(52)だ。「目の前のお客様に向いて変わっていかな、我々の生活は成り立たん。このままジリ貧は絶対あかん」
インバウンド景気でにぎわいを取り戻した一方、昔なじみの客は離れていた。40年以上通う女性(75)は「外人さん向けの商品が増え、私らが買いたいもんは質が落ちた。トロはいらん。赤身でええねん」と寂しそうに話した。
3月末、北岡のほか鮮魚店や果物店などの店主ら13人が集まった。議題は地元住民を対象とした売り出し。昼食用のおすしや海鮮丼、おやつ用のおはぎなどを手頃な価格で用意し、周辺にチラシをまく考えだ。黒門全体の寄り合いでは、「今さら日本人を向いても、反感を買うだけや」などの反対があったが、有志で実現するつもりだ。

続く
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