日本さん太古から優れた文明を持っていたことが判明。1700年前の工場が発見される。 長崎
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約1700年前の「工場」 鍛冶工房跡が大村市の帯取遺跡で発見 長崎
2/11(火) 18:29配信
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200211-00000003-ktn-l42
約1700年前に、きりやナイフなど小型の鉄器を作っていたとみられる「鍛冶工房」の跡が、大村市で見つかりました。11日に現地見学会が行われました。
宅地が造成される大村市今富町の帯取遺跡で発見されたのは、約1700年前(弥生時代末から古墳時代はじめ)の鍛冶工房跡です。
大村市教育委員会の担当者「金属音がするくらい硬くなっている。ここまで高温で何かをしないといけない作業は何だろうかということを考えたときに、鍛冶の可能性があるのかなと」
この鍛冶工房には、4つの「鍛冶炉」が、7m四方の竪穴を使った建物内に備えられていました。
北部九州から持ち込まれた「鉄」をたたいて形を整え、きりやナイフなど小型の鉄製品を生産していたと見られています。
近くの中学生「昔の時代から鉄が作られていることに驚いた。友達にこんな遺跡もあるんだよと伝えて話したい」
長崎市からの参加者「残っているのがすごいと思う。普通我々のものは何十年かしたら無くなってしまうのに、1700年経っても残っているのがすごい」
この時代の鍛冶工房が見つかったのは、壱岐市のカラカミ遺跡に続いて県内では2例目です。 中国ですら鉄器になるかどうかの時代なのに?
嘘くせー >>5
戦国の時代にはもう鉄器だぞ
宗主国様舐め過ぎ >>5
火をもとめて中国から火山列島に移り住んだ鉄器づくりの民がいたとか アイアンロードも観てないのかよ
お前ら口ばっかで何にも知らないんだな
ググった情報でしったかぶる小さい人間 確か波にそのまま乗れば上海辺りから長崎まで行けるんじゃ無かったっけ?
鉄器なら中国から来た人かもね >>15
燃料(木材)はたくさんあるし直ぐ生えてくるけど鉱石の面でメンドクサイ悪条件なかったっけ日本 >>5
ちなみに君の国はいつから鋳造できたの?
50000年前だっけ? 弥生どころか縄文時代末から鉄器使ってたってもう常識だろ 韓半島から渡来したんやろ。須佐ノ男新羅由来だからな。 >>22
はがねのつるぎはせいどうのたてを貫通し
せいどうのつるぎをまっぷたつに斬ってしまうのだぞ 弥生時代あたりにはもう大陸と交易あったはずだからその流れできた人がやってたんじゃないの >>11
今もウンコ喰う人間がいるんだ
やめとけwww 魏志倭人伝に無いけど、末廬国の南にまだ国があった感じか
>壱岐市のカラカミ遺跡に続いて県内では2例目です。
一支国でも見つかってるわけで、これ、邪馬台国の時代には北九州一円で普通に鉄が流通してたろ 木材もそうだけど水もいっぱい使うからな
そういうのを求めた大陸の技術者が旅をしてここに工房を作ってみたとか?
そこに居着いたかどうかまでは分かんねーけど >>30
武器があっても食糧がないと戦争には勝てないの。 農業用の個人所有の道具までオール鉄化したのは地域差はあるんだろうけどいつ頃なんだろな
律令時代の公営農業体制やってた頃はまだ希少で行き渡ってなかったのかね(国しか所有してなかった)
墾田永年私財法あたりで個人というか豊かな集団がある程度数を揃えられたとか
そこらのどん百姓あたりが持てるのになるのは江戸時代だったりして >>40
鉄のスコップと木のスコップで穴堀競争しようぜ ぶっちゃけ現代人とこの頃の人類は知能って点で全く変わりないよ 皮肉にもその弥生人の元は武漢の下あたりから来てるんだよな
今の日本にもごくわずかだが近い遺伝子を持つ者がいる 「鍛冶工房」、これが今のパソコン工房になったらしい >>52
武漢みたいな長江中流域じゃなくてもっと杭州あたりの下流域だと思うぞ
五代十国の呉越あたり 営業「勾玉500個納品明日だぞ何だらだらやってんだよ
工員「ウッセー口先番長がお前も生産ラインに入れや〜 今回の鉄器って当然製鉄ではなく、砂鉄由来だよね?
あと、俺、歴史の猛烈に疎いんだけど、あの捏造の人はそんなに異次元のヤバいことをやったの? >>49
珍しいことはニュースになる
いつも通りだとニュースにならない
朝鮮の歴史捏造はニュースになりづらいよな 卑弥呼の時代から大陸に攻めこんでたらしいね
でも認めると謝罪と賠償を求められるからうやむやにしてるらしい 紀元300年くらいって中国だと三国志の終わり頃でしょ
そりゃ日本にも製鉄所くらいあるだろ >>59
砂鉄や鉄鉱石が直ぐに思い浮かぶとかマニアかよ
中国とか言ってる音の遠いい馬鹿とは違うな >>19
上海あたりなら呉越だろうけど、紀元前から金属の精錬技術で知られた国だもんな
越王勾践の剣とか
あれは青銅だけどメッキが施されてえらく切れるらしいし
鉄器も作ってたろ >>59
はい
農耕にしろ製鉄にしろ宗教にしろ定説よりずっと前から行われていたってことが言われてた
実際、それらしき証拠は次々と見つかるわけだけど、あの捏造のせいでどれが本当かが分からなくなった
あの捏造が、というより他にも捏造があるんじゃないかって疑心暗鬼になり説が説のまま証明されないって事態になった 別に驚かないわ
今と違って伝達がスピードが段違いたがら >>5
アイアンロードでググレ
匈奴から中国通さずに日本に渡ってきた可能性がある >>5
中国の鉄器は紀元前500年ころには実用化されてる >>59
70万年前とかワケわからんレベルの年代の発掘だったから他の学者から怪しすぎるって抗議受けまくってたけど所詮学会員じゃなくて個人研究家だから野放しが続いたせいで捏造遺跡が作られまくった >>67
ゴッドハンドは旧石器の話だぞ
鉄器とは一切関係ない 鉄農具は鎌倉くらいで普及し終わったのか
鉄が一般化する前ってどうやって飯炊いてたんだろ… >>59
この頃はまだ鉄は輸入のはず
日本で鉄の生産から始まったのは今のとこ見つかってる遺跡としては6世紀くらい 佐賀の築地反射炉と言い、九州は炉で日本を支えてきた土地だな 約1700年前に、きりやナイフなど小型の鉄器を作っていたとみられる「鍛冶工房」の跡が、大村市で見つかりました。11日に現地見学会が行われました。
宅地が造成される大村市今富町の帯取遺跡で発見されたのは、約1700年前(弥生時代末から古墳時代はじめ)の鍛冶工房跡です。
大村市教育委員会の担当者「金属音がするくらい硬くなっている。ここまで高温で何かをしないといけない作業は何だろうかということを考えたときに、鍛冶の可能性があるのかなと」
この鍛冶工房には、4つの「鍛冶炉」が、7m四方の竪穴を使った建物内に備えられていました。
北部九州から持ち込まれた「鉄」をたたいて形を整え、きりやナイフなど小型の鉄製品を生産していたと見られています。
近くの中学生「昔の時代から鉄が作られていることに驚いた。友達にこんな遺跡もあるんだよと伝えて話したい」
長崎市からの参加者「残っているのがすごいと思う。普通我々のものは何十年かしたら無くなってしまうのに、1700年経っても残っているのがすごい」
この時代の鍛冶工房が見つかったのは、壱岐市のカラカミ遺跡に続いて県内では2例目です。 >>81
薪(燃料)集める方の苦労を想像してた、炊飯器具はまあ土鍋だろな やっぱり江南とか浙江とかあのあたりから
来てるっぽいな >>86
ああなるほど伐採の手間ね
石器しかないやろなあ
日本は青銅器使った期間がかなり短いっつうかほぼないんだよね
新石器時代から鉄器にほぼ一足飛びに行ってる >>93
それは問題外でしょ
鍛冶屋さんが作った刃物でmaid in chinaとか、
maid in Koreaとかその人達ですら買わないよ その工場は大韓帝国が技術を授けてやったものだ
ありがたく思え倭猿ども <`∀´> ウリ達の遺跡ニダ
とか絶対に言ってくるぞwww >>5
日本でも有名な漢王朝とか三国時代などは1700年前よりもっと古い時代の話だぞ
もちろん当時鉄器はとっくにあった 朝鮮からの渡来人でしょ
そもそも仏教も、その建築技術も仏像鋳造や彫り方も朝鮮半島からの渡来人が教えてくれたんだけどな
奈良にはオンドルがあったのは事実だし 現代がもうゴミ同然に成り下がって過去にすがるようになったか 日本の遺跡ってどこもしょぼいよな
パンフは誇大広告ばかりで
いざ観光してみるとガッカリするパターンばっか >>49
どんなスレでも突然ネトウヨやアベの話を始める奴てなんかの病気? >>104
朝鮮人はなぜ正確に調べずものをいうのか >>99
人間が半島から居なくなって、人間が住んでた痕跡のない時代を、まだそれら痕跡が見つかってないだけの「中石器時代である」って歴史教育で教えてるミンジョクがいるらしいよw >>52
下ってことは地下帝国かなんかか?
ドワーフみたいだな >>5
アイアンロードってのがあってだな
こないだNHKで特集してただろう >>1
まあ奈良の大仏建立する時も、あの辺りに一大テント村が作られたしな 鉄なんて作ってないだろ。
オリハルコンは作ってたけど。 AD300年って、シナじゃ数十万単位の軍動かしていたし
ローマじゃ人権について真剣に研究されてるわ ナントカ衆って専門の集団は普通に存在してたし知られてるだろ
古くは陶磁器なんかの >>1が馬鹿なだけだな
世界で普通に使われてた鉄が
日本にいつ伝わったって話なわけで だが邪馬台国も日本の中心勢力も石器文化の畿内だ。
斬鉄石剣! この時代は日本が半島南部へ進出して鉄を確保していた時期。
とくに金官伽耶で鉄鉱石から鉄の板に1次加工し、それを日本へ送って鍛冶工房でそれぞれの製品に2次加工していた。
とくに有名なのは3世紀中頃に滋賀県彦根市の稲部遺跡で鍛冶工房23棟が見つかっている。 たたらが始まるのは6世紀半ばから。
6世紀はじめに半島の鉄鉱石の産地を確保するために進出していた任那(伽耶)を失ったため
鉄鉱石から製鉄することができなくなり後に砂鉄から製鉄す.るたたら製鉄が行われる 砂鉄(磁鉄鉱)を還元するのは高温が必要で難しいはずだが
どうやって製鉄法を発見したのか興味ある 製法は沿海州から日本へ伝わったのではないかに自分も一票。
鉄は砂漠のシルクロードを伝って中国へ来たが、それよりも先に草原のステップルートを伝って沿海州へ伝来していて
日本は半島の拠点を失ったが、沿海州から製鉄法が日本へ伝わったのではないかと思う。
だから日本刀の元になったもぐさ刀などが沿海州と交易していたとみられる東北からはじまる。 このような基礎技術を先祖は大切にして来た
今の素材に繋がる タタール人が沿海州に居て来日したんじゃね
三国志に出て来る西涼軍とか実際はテュルク系だろ
匈奴も白匈奴と呼ばれてたのはテュルク系だろ
楼蘭王国のミイラも金髪だったし、テュルクが中原近くまで来てた 鉄器から石器に戻った国もあるんぜ
人類史だとここだけだからな
ここまで言えば皆んな何処かはわかるだろ? ジパングから始まってこの国はマニアなんだよなあ
モノに執着するw
これをしたい、こんな感じの作れないかな?
鍛冶屋 「・・・」
でも作って来るよ やり取りが大体数回
違ったら金は払わないしまた作り直して貰う
だって任せてるんだからw
今は居ないけど臼井健吾さんて人ね >>59
高炉はあと500年くらい待たないと世の中に出てこないかな? タタール人の製鉄→たたら製鉄 となったという説があるね >>139
古墳時代にも入らないぐらいだから充分古いが、
戦争を起こせる程度に文明が進んでいて問題ない
ただこういうので証明されないとね おぉ、実家の近くの道路作りかけてる
ところか、完成遅れるなぁ >>9
チョンのすぐばれるウソと違って証拠があるからなあw >>61
それはどうかな。本当に攻めてたのなら港とか狭い地域くらいは日本の領土にしてたはずだが
歴史には全く出てこない。 >>95
やはり Made in Japan だよね >>96
当時、チョン半島には土人しかいなかった。鉄なんてとてもとても >>109
ウソをついてないと死んでしまうミンジョクだから ヒッタイトは鉄線を耳の穴通したがるから痛くて嫌い
出雲のたたらは現地原料の砂鉄が偶々チタン成分少なめだったからあの温度で原初玉鋼できたラッキー
糸魚川翡翠勾玉工房は最初何処に在ったのか
勾玉に鹿皮紐通す穴開け工具の謎 『ブレードランナー』の監督リドリー・スコットが三千年前の
世界最強の日本人を映画で描きたかったってのはこのことか? ↓
三千数百年以上前までは 、古代天皇によって日本に世界政府が置かれて
越中の御皇城山にあった世界の本部「天神人祖一神宮」から
五色に輝く巨大な「天之浮船」↓ が音もなく発着し、世界を支配
http://www.epochtimes.jp/jp/2009/08/html/d42063.html 「鍛冶の可能性があるのかなと」ってコメントしてるのに
「鍛冶工房跡が大村市の帯取遺跡で発見」と書いていいの? 歴史の後出しじゃんけんって結構あるんだよな
おっさんだけど習った昔話って色々修正されてそう なんかチョンが「日本の製鉄技術は5世紀頃に朝鮮がもたらしてあげた」とか言ってたけど
それ嘘だったんだねw 隋が統一する少し前くらいかな?
そのくらいなら
大陸から技術が渡ってきてたろうし
不思議はない >>164
その時代、朝鮮半島に朝鮮という国は存在しない 隕鉄を熱して加工するくらいのことは縄文時代からやってたらしいけど
隕鉄なんてそうそう落ちてないしな 花崗岩というのがあるが
花崗岩は火山性の岩で9割が二酸化ケイ素で、0.5%が酸化鉄
花崗岩が川の水で削られると、花崗岩の中の酸化鉄が砂状になって
川の下流に流れて重いので沈殿する。これが砂鉄
砂鉄を集めて炭素と混ぜて、高温で溶かすと
酸化鉄の酸素が炭素と結合して二酸化炭素になり鉄ができる。
日本は火山帯なので花崗岩でできた山がたくさんあり
その川では砂鉄が取れる。
もちろん花崗岩を直接砕いても酸化鉄が取れるが0.5%だから大変な作業である
1トン分を砕いて粉にして水に沈殿させても、重い酸化鉄は5kgしかとれない >>18
面白かった あと発掘現場のロシアの女の子がキャミソールでよかった。 今日の歴史秘話ヒストリアは
「鉄」
日本人と鉄との出会い
について
鉄道じゃないよ、「鉄」 >>111
Youtubeでハンマー叩いてトマホークに作り変えてるような人たちも、
木炭積み上げて足踏みフイゴで空気送ってるだけだぞ。
鉄の地金さえあれば、それを叩いて鍛え直すだけだしそれくらいで充分なんだろ。
>>132
伽耶とかも、倭人主体の国だったって考えたほうが良さそうだよな。
伽耶国には倭人たちが鉄の地金を買い付けに来てたって、中国の記録にあるらしい。
壱岐を経由で、地金を輸入して釣り針やナイフに作り変えてたんだろ。
大元の地金作りのために製鉄業者だけ住んでたとか。 >>175
どんなスレでも突然ネトウヨやアベの話を始める奴てなんかの病気? 今の歴史教育が変わったのかな。
仁徳天皇陵古墳前後の事でしょ、あんな巨大なもの
手彫りで作ってるわけないでしょ。 保存しようとしても何がなんでも整地してソーラーパネルで埋めようとする業者が現れそう 4000年前に文字を持っていたが進み過ぎてて亡びた ともかく歴史秘話ヒストリア見ようぜ。
話はそれからだ 元素としての鉄は地球の構成要素として
上位五傑に入るくらい豊富にあるから
取り出す方法さえ見い出せば
何処からでも始まる可能性はあった >>181
うーむ。九州製鉄説はとらないし、沿海州からの渡来も全く考慮に入れて来なかったなぁ。
宗像教授伝奇考の第一話では、磁鉄鉱にひかれた白鳥を追って製鉄集団が日本列島に渡って来て、その製鉄集団を征服して行ったのがヤマトタケル伝説っていうてたんやが、
歴史秘話ヒストリアでは、ヤマトタケル時代にも全然製鉄は無くて、貴重品だったって話にまとめよったなぁ >>183
しかし、鉄の甲冑が古墳時代に、古墳の副葬品にされたのは、イマイチ重くて革や板の鎧に比べたら実用性に欠けたから、代々伝えて使うのでなく、埋めてしまえ!ってなったんやなかろうか? あ。>>1 の記事では、玉鋼を加工する炉に過ぎなくて、磁鉄鉱や砂鉄から玉鋼を作ってたって推理では無いな。
ヒストリアでは、長いオノ用の鉄板を交易してもらってきたって事にしてたが、玉鋼の塊を輸入して、九州で加工したって事なら>>1の記事と矛盾が無い ほんとのほんとの鉄の発見てどんな感じだったんだろうなあ
焚き火あとから
何このかたまり、石でもないし、、、
うはwwwwwかってえwwwwなにこれ
とかだったのかなあ なんか鉄を造る為に高温を出せる炉を造ったと言うより
なんか他の目的なのか、あるいは目的とか無く
とにかく誰より高温になる炉を造りたくてやってたら
お!何か出来たけど、これは空から落ちてきた鉄と言うモンと同じじゃね?
って、展開だったよーな気がする >>1
日本の2,3世紀はまともな史料の残されていない暗黒時代だった
なんと過去の時代を解明してくれれば歴史好きとしては非常に興味深いしワクワクする 砂鉄や鉄鉱石を完全に液体まで溶かそうと思えば、たたら炉くらいの設備になる。
そう言う製鉄炉は、日本では六世紀くらいまで見つかってないわけだよ。
それ以前、地金は朝鮮半島から買うものだったらしい。 鉄は買ってたわけだけど、それが今の朝鮮人からだったかと言うとそれはどうかな、と。
任那だから、基本、倭人どうしでの取引きだろうな。
のちの渡来人と言うのも、ほとんどは半島に住んでた倭人が戻ってきただけだと思う。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています