兵隊や軍医、捕虜、外国人といった、さまざまな人が書き残したビルマでの戦記50冊を、福岡県久留米市在住の作家・古処誠二さんが独自の視点で紹介します。
【写真】直木賞にも3度ノミネート 古処誠二さん
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こちらも第五十五師団に属していた方の著した一冊なのだが戦記としては特異である。戦争中のある体験のみが記されている。
コピーのごとき体裁で添えられた「人喰人種の王様となった日本兵の記録」との一文で内容はだいたい理解してもらえると思う。
とはいえカチン族は人喰人種ではない。当時の日本兵の少なからずがそのように信じていたのは事実だが、これはビルマに広がっていた風聞が元になっている。
異民族に対して野蛮な噂(うわさ)が広がるのは万国に共通する現象だろう。「カチン族の首かご」には、日本人を人喰人種と疑う住民も出てくるほどである。もっともこれは英国のプロパガンダによる。
さて、本書において重要なのはザォパンというカチン族の一有力者である。この人物によって著者の妹尾隆彦氏はカチン族の王にされかける。
お家騒動や社会革命をイメージしてもらえば分かりやすいだろう。長年の支配者であった英人が消えて日本人がやってきた。ザォパンはこれを利用してカチン族の体制を変えようと企てたのである。
それ自体は珍しいことではないし、むしろ戦争の常とも言えるが、顛末(てんまつ)が実におもしろく、本書は読み物として大変魅力的である。
カチン族に対する情愛を妹尾氏は率直に綴(つづ)ってもおり、戦記に手が伸びない方にも自信をもってお勧めできる。なおかつ戦史面では高い価値を備えている。主に舞台となるのはサンプラバムという町で、ここは日本軍の進出域で言えばほぼビルマ北端である。
サンプラバムの町とサンプラバム街道が本書ほど詳しく書かれている戦記はふたつとない。
ちなみに妹尾氏はこの体験をまず報告書の形で書いている。しかしそれは、のちの第一次アキャブ作戦の戦火で失われたという。
病院やアラカン山中で筆を執って仕上げた二度目の記録は終戦後の帰国時に仏印で没収されている。本書はつまり三度目の記録である。まさに執念である。
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