下町と言われる街の裏路地に、昭和と令和がうまく調和した落ち着く小さなカフェ。そこは、コーヒーを片手に、 身体からだ を自分でメンテナンスする工夫やアイデアが得られる空間らしい。
カフェの近所の会社に勤める49歳男性の私は、仕事の合間に立ち寄っては、オーナーの話に耳を傾けるのが、楽しみの一つになっている。
(※ このカフェは架空のものです)
数日ぶりにこのカフェの扉を開けた。それほど混んでいない。マスターののぶさんがお客のように客席に座ってパソコン作業をしている。
「こんにちは」
のぶさんは私に声をかけると、カウンターの中へ移動した。障害がある彼は、足を引きずっているが、結構スタスタと店内を歩く。
コーヒーを注文すると同時に、パソコンで何をしていたのかを聞いた。
「年賀状を書くために、データを集めているんです」と、のぶさん。もう、そんな季節かと思いつつ、えっ、年賀状のためのデータって何?
私が怪訝(けげん)そうな顔をしてしまったのだろう。コーヒー豆を計量しながら、笑顔で答えてくれた。
「年賀状に、毎年、1年間の具体的な目標を書くんですよ。その基となる今年の実績はどうだったかな、と思って……」
「来年の目標?」
「そう。この前、自分のしたいことをはっきりと周りに伝えておくと協力してくれるからいいって言いましたけど、それを具体的に年賀状に書いちゃうんですよ。
1年に1回、必ず振り返りもできるようになるし」
へぇ。なるほど。のぶさんはどんなことを書くのだろう。店の売り上げだろうか? したいことだから、海外旅行とかだろうか? 興味がわいたので、聞いてみた。
「自分で企画したり出演したりしたイベントの数や参加者の人数、イベントを通じて参加者の間で実際に起きた『化学反応』の数と、そして、ヨミドクターのページビュー数ですね」
「化学反応?」
のぶさんは、人と人をつなげるために、このカフェも経営しているし、イベントも多く開催しているんだった。
そのイベントに参加した人の行動変容を、化学反応と言っているらしい。
「年賀状は、主治医やかかりつけの薬剤師にも出すんです」
ん? 思わぬ話になりそうだ。
「今の時代、入院や手術のときに、医者に袖の下を渡すなんて、常識外れでしょう。でも、自分の日ごろの様子や、お礼の気持ちを伝えたいな、と思うんで。
まぁ、自分を知ってもらうための戦略の一つでもあるんですけどね。ははは」
もちろん、職場宛てに送ることもあってか、返信は来ないそうだが、次の外来で話題にしてくれる医師もおり、よりよいコミュニケーションに役立つという。
年賀状が、医師や薬剤師に自分の生活を知ってもらうツールになるのか! 目から鱗(うろこ)だ。
つづく
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20191212-00010002-yomidr-sctch