≪自分の中の「普通」がその社会の「普通」とズレていることを嗤(わら)われるのはもう嫌だった。突きつけられるのも嫌だった≫
【写真】女性が残した遺書
福岡市で1月、そんな遺書を残し、20歳の女性が命を絶った。対人関係の難しさや感覚過敏などを抱え、
短大卒業を前に社会に出る不安を深めていたという。発達障害を疑っていた母親(49)は相談機関を頼ったが、
支援にはつながらなかった。生きづらさを抱える人たちに、社会は向き合えているだろうか。
6畳の部屋に置かれた本棚には、女性が好きだったという生き物や植物の本が並んでいた。
学習机のわが子の写真に目をやり、母親は漏らした。「私はどうすればよかったのでしょうか…」
暗黙の了解や言外の意味が分からない子どもだった。「壁に落書きしないで」と注意しても、
隣の壁に書き始める。してはいけないと納得するまでに数カ月かかることも多かった。
「次の休みどうする?」では理解できず、「土曜日は夕方まで遊べるけど、行きたいところある?」と丁寧に伝えないといけなかった。
こだわりも強く、幼い頃は何時間でもアリの巣を眺めていたという。味覚や聴覚過敏にも苦しめられた。
学校給食は味付けが濃く感じ、ほとんど食べられない。教室の話し声で頭痛がし、耳栓をして登校した。
「読む」と「聞く」の理解にも差があった。問題文を読み上げれば理解できるが、一人では解答できない。
テストの結果は散々だった。「変わっている」と同級生から見られながら、
仲の良い友達やフォローしてくれる教師に支えられて何とか過ごしてきたという。
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