われ思う 故に我あり どういう意味なの?
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例えば冷蔵庫に賞味期限の切れた納豆があったとするだろ? でも納豆なら食べてもいいかと思って蓋開けるだろ? かき混ぜてる時におまえはこう思うわけよ わ 私は(モハメッド)アリだと思う(思い込んでいる) つまりは、ボクシングを極めた人が達する境地を言葉にしたのよ 世界は自分の観念に過ぎず 自分が死んだら全ては消え去る 西岸良平の漫画でも、これをテーマにしてたのがある スカイネットが自我に目覚めたとかいうけど、それを確認したのは誰なんだ コンピュータの自我が人間に分かるはずない 最初の「われ」はナンクセの二人称 「ゆえ」は中国語の月のこと つまり口語訳すれば 「おい君、月には割れ目があるよ」ということ ざっくりいうと考え方や感じ方や感覚は人それぞれでありそれは自分自身もそうであるという事 なんやワレ ワレなんや ワレこら いてまうどワレ という事です シドの女神たちを同士討ちさせた上最後の一体を自爆に追い込む究極の言葉 クリシュナムルティだったかな それじゃ言葉足らずだ、と言って批判していた >>13 リンゴ・スターがそれをおちょくってる 「我思ふ故に我ロックンロールせり」 https://youtu.be/uRA9V6b2UqA 単なる信号と配線とスイッチでできてるコンピューターに自我が芽生えるのか いやらしい事考えると海綿体に血液が集中する つまりそういうことだ お前がそう思うんならそうなんだろう お前ん中ではな 量子論でも認識が世界を型作るわけだからな。 我という認識が我と世界を分かち作る。 エヴァンゲリオンの主題でもあるし。 >>43 チンコ切られたら我は無くなるの?死ぬの? >>46 これだよなw いや、オリジナルはいい言葉だとおもうけどね >>30 言葉通りに捉えると 自分が自分を意識するから自分は存在するってことじゃないの? 全てを否定しても全てを否定している自分の存在は否定できない故に私は存在する >>48 文系かよ 認識が世界をつくるわけじゃないぞ 「観測」を人間本意で解釈しすぎ WAREZ 重い UAEにWAREZアリ 多分海外のサーバーにアップしてるんだな >>40 そんな言うたら人間の脳もそんなもんだからなぁ 幾分複雑だと言うだけで 人間原理 何故宇宙は存在するのかと言えば宇宙を知覚できる人間という存在がいるから 人間は考える葦である とちょっと似たようなことだよ マジレスするとこれ単なる認知科学が未発達だった土人時代の勘違いな デカルトが友人と一緒に喫茶店に行った 「ここのコーヒーは絶品だね。お前もそう思うだろ」 「私は思わない」というや否や、デカルトは消えてしまった デカルトは喫茶店に立ちよりいすに腰掛けた。 ウェイターが近付いてきてこう尋ねた、 『何にいたしましょか?』 『考えてなかった』 そう答えてデカルトは消えました。 デカルトは喫茶店に立ち入り注文しようと腰掛けた。 ウェイターが近付いてきて彼にこう尋ねた、 『メニューは御入りようでしょうか?』 『私はいりません』と、デカルトは答えて、彼は消えました。 あるとき、デカルトが飛行機に乗った。スチュワーデスが寄ってきて、「デカルト様、お飲み物はいかがいたしましょう?」。 デカルトの答えは「そんなこと私は何も思っていなかったよ」。 そして彼は消えてしまった。 猛すると割れるから 割れてるんだったら猛したんじゃない? って事 >>56 観測は認識の下位概念なんだよね。 二重スリットというのは認識がそうさせているから波とプリズムの違いに到達する。 観測は付属要素に過ぎない。 >>1 人間が見るから月が存在するというのと同じ意味 ケツの穴からユピ突っ込んで奥歯ガタガタ言わしたろかワレェということかな 妄想の中でしか恋愛や活躍ができないオレらみたいな奴だったんだよ >>58 くだらん文系小説家のシュレ猫の 糞みたいな解釈が許せん SF作家から伝言ゲームみたいして変な風に伝わっていく デカルト座標をはるのだ ガリレイそれ動けんやろ アベちゃんプラスマイナスは概念! 座標変換によりプラスだがや >>68 物体は波なので認識だけでは消えない。 重力波が消えないのと同じ。 だから概念だけ語ると出来の悪いナロウみたいになる。 >>70 なにいってるんだ 二重スリットはディテクタの素子と竜子が相互作用した時点で存在確率が収束するだけだぞ 人間が見るまでわからないとか、そんな情緒的なものではない どうでもいいことだが昨日手コキで会った娘が結構当たりだった 月はお前が見ているから存在するのだ お前が見ていない時、月は存在しない >>1 そうやって考えるのはお前が存在しているから。 自分が死ぬことと 世界が消滅することは 全く同じこと 自身の中では >>1 良い質問だわ 物理学から説いていこうと思う 二重スリット実験で、原子は実験してるときと実験してないときでは 異なる行動をしたんだ。プラトンがそれを知ってるわけじゃないが 人間が「意識」しないと、原子はバラバラに動く 東京だって大坂だって、ニューヨークだって、エジプトだって 俺らが意識しなければ、素粒子のつながりはあやふやだ よって「我思う故に我あり」だな。プラトンがそこまで考えての発言かは別として そのとおりなんだわ。もし2000年前にプラトンがそこまで行き着いていたのなら 稀代の天才だな これ観測者の話でもある 最近の物理学ではわりとまじでこれっぽい感じになってきてる 考えていると言うことが分かると言うことは、そこに自分が存在してると言うことだ。 デカルトの言い出した「理性」って頭悪い奴ほどよく使うよね 世界は自分の周りにしか存在しない つまり我は神である 「世界は存在しない」は真理かもしれないが、存在しないと考えている自分は存在している >>78 方法的懐疑を突き詰めて行った結果 疑っている自分自身の存在はさすがに否定できないという結論にデカルトは辿り着いたのたけど それが認知科学が進んだ現代から見ると人間の認知と思考を分かってない短絡的なアホってことや 哲学の世界でもウィトゲンシュタイン以降でそんな考えを大真面目に唱える奴はアホで確定や 世の中、ありとあらゆる事が正しいか間違っているか分からないが、少なくとも自分が考えているという事だけは 確からしいので、何事を考えるにしてもここを起点にしようという意味 認識しないと世界は存在しないのと同義だからな。 観測はあくまでも単なるデータでしかない。 それに、意味付けするのは認識。 意味付けがされるので存在は存在する。 そんなバカな、と、思うのなら 今すぐにグーグルマップでオーストラリアの位置を確認してきなさい。 判れば判るという話。 なんだっけ。幼児向け哲学書の一番最初にのってるやつだよな この世で一番たしからしいことはなんだろう と考えていったときに 目で見えるとかは全部曖昧だから疑わしい 触れるものも臭いも間接的だ じゃあ一番基本的なものはなんなんだ? ああ考えてる俺か 俺の存在しか確かなものはないわ って中2的なアレだったか サムシングをシンキングしてるサムバディはエグジストしてるじゃん!ってこと 全文「ワレ!何時やと思うてんねんゆーてぇんねんからにワレェ!あり?」の略 >>116 懐疑主義はそこで間違ったんだよね。 疑うから存在の定義を出来たのではなくて、認めたからなんだけど。 だから否定から入る懐疑主義は精神異常を起こして自滅する。 自分と言う存在は思考している自分がいるという事実によって確かに存在すると言うことがいえる。 >>116 それ、ジョン・レノンのGodじゃないかw >>48 逆だろ 周りが自分を認識してることで始めて自分を認識する この定義から言ってしまうと神も自我が存在することになってしまうが、まぁ実際そういう節がある >>30 これが正解だからな デカルトは科学や思索を始めるにあたって、本当に基礎基盤となる「たしかなこと」とは何か?を考えた それが「自分の存在」ってことに気づいた 方法序説っていう短い著作読めばすぐわかることなのにまた聞きで誤解してるやつが本当に多いんだなと思いました >>111 実際最先端の脳の研究では、心霊現象や多元宇宙も脳内の現象だという話もある 認知を同時に瞬時に2点間に存在するのは、ヒトの脳内だけという。アインシュタインの相対性理論も及ばない つまり、あの世や生まれ変わりなんぞないんだよ。そういう体験、経験はすべてヒトの脳が暇な時に遊んでるんだというね 例えば霊って残存思念みたいななんだが、それもキャッチするのはお互いに周波数の合う脳だってこと。そこには恨みやツラミなどない 呪われるって、それ見ておかしくなるだけ ただ単に、死んだやつの残存が拾える脳があるだけ あの世はないという。転生輪廻もないという。脳が焼かれれば、人間は終わり。 幽体離脱も心霊現象も、全て脳が見せる幻覚だわ。ダルビッシュみたいに球速く投げるやつもいれば 脳が使わない部分を、使っちゃう珍しい特技の人間がいるだけ。個体差だな >>129 公平にみて両方かな。 カゴメ紋の内と外みたいなもんで本当は表裏一体という。 格言とか名言とか哲学とかすべてうるさいんじゃボケと思えばとても気が楽 仮に全ての現実世界が夢の産物だとしても「夢を見ている自分」が存在することになる デカルトの発見によって、それまで「外的世界」を根拠とする思想が過去のものになり、「わたし」を根拠とする思想に到達した 冷戦時代はマルクス、ヘーゲル、プラトンとともに理性主義の権化として批判されてたな 政治的には意味が無くなったけど >>130 でも「自分」だと思ってるものが仮想現実の中で作り出された「自分」じゃないと誰が証明してくれるの? ???「デカルト著!実存主義とは何か!…知らない?」 頭が脳チップにすげ替えられてる者には意味の無い言葉 >>132 なるほどな なんでおまえらのボヤキを見ていて楽しいのかちょっとわかった気がする >>142 そりゃ誰も証明はしてくれない 論理学は展開するのに公理という仮定が必要で、 この思考はそれをみつけだすもの 別にこれが間違ってても問題はないが デカルトに由来する哲学者の意見は全て破綻する うんこは意志と無関係にしたくなる そう言うことだよ 全ての存在を疑っても、疑ってる自分自体は疑いようもなく存在してるということ あー知ってる知ってる 人間は考える足だってことだろ >>142 自分という存在を認識していることがその証明になる つまり自分という存在そのものはさほど重要ではなく、それを言語によって確かめている、ということが大事 「思うゆえに」というのはそういう意味 ハイエクなんかは人間の理性はたいしたもんでもないし 政府の経済介入とか計画的な都市設計は愚かと捉えたんだろう 同意はしないが一理ある >>139 >>139 プラトンの理性主義は単なる概念のモデル化の過程を論じたものでしかなくむしろ今日の情報科学でも有用だと思うわ デカルトの主張はそれと比べるとかなり過激で極端な二元論 こいつの唱えた主客分離の合理論に囚われたせいで西洋哲学は大きく遠回りすることになったと思うわ あとヘーゲルのは単なる言葉遊びで思弁的妄想突き進めるとこうなるという悪い見本や マルクスの動機は単なる嫉妬 こいつらはウンコ AIに自我がめばえた時に、この言葉の意味は変わるかもしれんな >>158 元は英語だからな 原文だと全部thinkで違わないんだ 「ほーっと考えなしに生きてるのは、生きてないのと同じこと」 >>75 怒るな。 あれは村八分をあたかも科学かのように説明することで感情抜きで考えさせるための方法だ。 >>164 ヘーゲルの法の哲学は 的確に国民国家を把握してると思うけどね >>161 そう認識されられ、思わされるように思考がプログラムされてるだけかもしれんで >>165 本当に芽生えたのか、芽生えたと思わせるような計算結果を無機的に出力してるだけなのかの 区別が難しいと思う。 >>172 あんなん妄想の押し付けやで 国民国家なんて思弁的虚構の典型 自分が超凄いAIじゃないとどうすれば証明できるだろう? アホだからってのはリアルを追求した超高性能AIがアホなフリをしてるだけかも知れへんし AIは自我を持つことが出来る。しかし、それは人間とは別物になる。なぜなら、肉体を持たないから。 >>174 そうかな? 自分が自然発生的に思考しているのか まがいものとして計算結果を出力されているのかわからないのって 結構違うと思うけどな >>173 そう言いたい気持ちはわかる だけど自分という存在や思考が作り物かどうかは関係ないんだ その問いは一見まっとうに思えるけど、自分という存在が「ホンモノ」がどうか、というナンセンス問題にすりかわってる デカルトの言ってるのは「現実か虚構かわからないけど、思考している自分が確かに《ある》」ってこと 正しい認識を疑い続けている何者かが存在することは否定できない >>1 デカルトに帰らされる者ってなんだよ すぐキレる教師かよ デカルト以前ってのは、世界というものが存在していて、我々がただそこにいたわけ デカルトは、我がいるところが世界であるって言ってるわけ つまり、元々ある世界を調べるだけだったのが、世界の解釈を我々ができるようになったんだよ この発想の転換は自然科学に強い影響を与えたのね 例えば心臓の研究について、それまでは心臓を観察するだけだったのが、デカルトは心臓の仕組みを解釈したのよ まあ全然見当違いだったんだけど、その姿勢は自然科学をひっくり返したわけ >>151 うんこと言えばさ、夕方すごいでかいうんこが出たんだよ そんでさっきトイレ行ったら流したはずのうんこがそのまま残ってんの 多分でかすぎて流れなかったんだろうなって思ってたんだけど、 デカルト的にはうんこが自分のことを考えることができたから存在したのか? スピノザの 我は思いつつある って解釈で何か問題あるのか? デカルトが割れ厨を生んだといっても過言ではないな 最低だなデカルト Cogito, ergo sumって特注で時計に刻んでる 肉体は器に過ぎないし脳死になったら臓器は好きにしていいよって事で座右の銘みたいな でも実はデカルトの言葉じゃないという… ここにいる多くの人と同じく、この文章を見た学者のほとんどが「我思う」に衝撃を受けた だけどその衝撃が大きすぎて、みんなナンセンス問題や無理解に行き着き、デカルトの思索は大きく誤解されていった 俺はその誤解を解消したのがハイデガーだと思う 彼は「我思う」の理知よりも「我あり」の生み出す濃度ある世界に注目してる >>187 自然発生については僕もいろいろ考えたんだけど、 感覚を遮断すると人は眠るという事実からすると、 人の自我を発生させているのは肉体の感覚なんだろうと思った。 そしたら、人間が電源を投入してプログラムを起動しても、そう大した違いではないと思った。 >>142 物理的実在とは独立してんじゃねーの?ここでいわれてる「ある」ってのは ここでのくわしいニキの話をざっとながめると思考する意識そのものを「ある」と定義しただけに思える しらんけど 思想信条のない奴はこの世に存在する価値がない、ということ。 >>1 パソコンが起動しているのは、パソコンに電源を入れたからってこと つまり、 ごく当たり前な事を小難しく言ってるってだけ >>189 デカルトはそこまで主張を後退してないぞ そんなこと言う奴は神と向き合う自分をまやかす悪魔の手先だろ!神の誠実を信じるべき!と言い張るのがデカルトの思考 まあこれは押井論が正しいよな なんかの映画で「自分は仮想現実だったんだ!」と気づくオチがあるけど それはねーよと思ったわw >>183 ヘーゲルの妄想にあったのはドイツ人が誇れる神聖ローマ帝国の復活やぞ そのための論理武装 >>213 シミュレーテッドリアリティは手垢つきたおしたSF手法だな >>221 できるんだよそれが。 夢の中で夢か現実か判断することが出来る。 問題は・・・ その方法を起きている自分に伝える方法がないんだ。 これが取り合えず懐疑の限界、みたいな表現じゃなかろうか 水槽の脳とか世界5分前仮説とか、人間の認識を疑うというのは色々あるね。 意味なんてねぇーよ 考えたって、お前じゃ解決できない。所詮バカ。 >>225 先日、ちょっと高血圧になったんだよね。 頭がふらっとした。 そしたらめまいがしてね。 ああ、俺が宇宙空間からはがれんて独立した存在になろうとしているって感じたよ。マジで。 これってつまり、俺自身が仮想敵な存在だって事だよね? >>228 聞いてみた > 例えば、哲学者ガッサンディはデカルトの命題を、 > 「(1)全て考えるものは存在する、(2)私は今考えている、(3)ゆえに私は存在する」という三段論法と異ならないと指摘する。 > そして、デカルトのコギト命題はこの三段論法の形式に則っておらず、雑であると難ずるのである。 > しかし、デカルトにとって、「(1)全て考えるものは存在する」は、未だ疑わしい。 > 意識作用の直接性から「直観として」導かれたものが、コギト命題である。 つまり、コンピューターは考えるけど、存在しているかどうかは分からない。・・・? >>240 外から見てると存在してるけど コンピューター自身が自己を認識してるかはよく分からない 哲学者のほとんどか言ってるあれだろ 自分自身を想起する 心に価値を置くのかな? 物質的なものとは別に心がある お前らがいくら言葉を尽くしても、お前らはゾンビにしかなりえないんだよ。 私がーとか自我がーとか意識がーとか現象がーとかクオリアがーとか どんな言葉を発しても無意味。 だって、ゾンビとか精巧なロボットでもそれ言えるじゃん。 人間は脳に自我や自由意思があると錯覚させられている、たんなるロボットかもよ 荘周が蝶の夢を見ているのか?蝶が荘周の夢を見ているのか? アリスが赤の王の夢を見ているのか?赤の王がアリスの夢を見ているのか? スレタイだと上の答えは出せない 方法序説とか読んだことある人が以外といないんですね。 デカルトは、この世のありとあらゆるものを疑えるか疑って見た。 目の前の存在する物、算数の足し算の結果等。 そうすると、目の前に存在するものは本当の姿ではなくそのように見せられているだけの 可能性があると疑うことができるし、5+3=8といった数学的な真理も実は違っていて 意地の悪い悪魔がそれでこと足りるように操作している可能性があると疑うことは可能である。 しかし、どんな突拍子のない懐疑論者の懐疑論をもってしても絶対に疑うことができないこと がある。それは、今、全てを疑っているという自分が存在していことである。 今疑っている自分がいる=われ思う、故に我あり。 デカルトは、これをまず絶対真理の第一原理としてこれを出発点として論理を展開し、 世の中の真実を探究するべきだとする演繹的な思考、大陸合理論の基礎を築いた人物なのです。 ロボットにだって、われ思う故に我あり、ということはできる。 ところが、人間にしかない何かがある、とみんな思ってるわけだけど、 一体何があるかっていうと、誰もそれを提示できない。 我思うも、実は脳の外部からの信号とか脳内の化学反応でおきているただの自然現象で 考えることなど誰もしていないのかもしれない。 自分が存在することが自明のように語られてるが、ホントはそれが問題だぞ。 デカルトだってエリザベートの問い、なぜ非物質である精神が、物質である身体を動かせるのですか? に窮して、日常生活では問題ないとか、松果体で両者が交わるとか、わけわからん言い訳してるし。 >>224 DE LA METHODのW章後半ちゃんと読でみ >>253 荘子の胡蝶の夢が今目の前の飛んでいる蝶を見ているのが蝶の夢なのか、先ほど 蝶になった夢を見ていたのが自分の夢なのか、自分には判断できないというもの です。つまり、何が真実か分からないと言っているわけですね。しかし、デカルト はその一歩先を行って、いや、いまそう疑っている自分が存在することは真実である と認定することができると言っていたわけです。 俺には、俺にしかわからない、これがあるんだ、これだよこれ、といくら力んでも、これ、という指示代名詞でしかなく、それは何もさせてない。 >>1 スレ立て魔 https://info.5ch.net/index.php/%E3%82%B9%E3%83%AC%E7%AB%8B%E3%81%A6%E9%AD%94 スレ立て魔(すれたてま)は、ニュース速報板・ニュース速報(VIP)板などに生息するスレ立て荒らし。 女叩き・ジブリヒロインなどの決まったネタのスレをずっと立て続けることで有名。 ひろゆきにも「スレ立て魔の乱立スレはスレスト」と認定されている[1]。 規制履歴 ニュー速専用●スレ立て魔報告スレ(2005年6月) http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1119771702/ ★070312★ニュース速報板 「スレ立て魔」 乱立報告スレ(2007年3月) http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1173695787/ ★110112 news (東京都)通称「魔」 ニュー速VIP過去スレ転載スレ乱立報告(2011年1月) http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1294765146/ ★110606 news スレ立て魔によるアニメ・声優・ゲームスレ報告(2011年6月) http://qb5.2ch.net/test/read.cgi/sec2chd/1307354665/ >>264 自分が、存在する、の存在とはどういう意味なんや。 通常の意味の存在は、空間を占める、ということだろうが、明らかにそれとは違うと思うんだが。 同じスレを数十回立てる荒らし通称「魔ーくん」について(特定済み) https://agree.5ch.net/test/read.cgi/operate/1548680623/ スレ立て魔ーくん&kiki https://www47.atwiki.jp/kiki3110/pages/1.html Q.スレ立て魔って何者? VIPではキキのスレでIDを変えながら自演をすることでお馴染みの彼。 正体はニュース速報板などに生息するスレ立て荒らし。 女性を叩くスレを数年間に渡り立て続ける。(現在は女目線のスレも立ててる) ●を焼かれるごとに買いなおすなど、狂気としか思えない行動を度々起こし、住民を驚かせている。 「魔」の愛称で呼ばれる。 ●で立てられなくなってからニュー速での活動をしなくなっていた代わりに男女板、生活板、VIPなどで活動していた >>1 意識の問題については、現代哲学でも説明ができない問題があって、それをデカルトが 説明していないと批判するのは筋違いですよ。 割れ重うゆえに割れあり → 完全なる割れソフトは回線が細いマイナーな鯖にあること → 転じて、苦労なしには完全なものは得られない、との教え 女は子宮で物事を考えるが、男はペニスに支配されているんだよな? >>259 情報は物質の状態を使って記憶されやり取りされる。 情報処理は物質の特性によって機能する。 だから精神(情報)が物質である肉体を制御できる。 しかし、肉体と精神は完全に別であるという宗教的思想がその結論を遠ざける。 >>254 カントがそれに反論したんじゃなかったっけ? >>274 それ、単に物質が物質を制御してる、以上の何も述べてないだろ。 >>275 カントはデカルトの主張をトートロジーに過ぎないと批判し、大陸合理論とイギリス経験論を 統合しましたが、当時のデカルトの思想を現代人が批判するのが筋違いだということです。 >>276 精神は実在してるって言う証明が「われ思うゆえに我在日」だよ。 だから、心で考えて行動すれば、精神が物質を制御したことになる。 >>19 自己防衛プログラムのバグだろうと推測してみる >>279 精神が実在している これの意味がわからない むしろ無意味なセンテンスに思える >>1 平民出にやっと巡ってきた幸運か はたまた破滅の罠か >>282 物質から精神が生ずるのか、精神が物質に宿るのかは、現代の哲学、科学では説明できて いません。 ただ、デカルトが言ったように、意識があるのであれば、それが物質であれ精神であれ存在 するということだけは言えます。 この世のすべての存在を 疑ってみてたらはっきりしない でもこうやって疑ってる自分だけは 間違いなく存在してる だってさ、現実をよくよく見れば、脳活動と音が飛び交ってるにすぎないよな? 脳が活動して、口が開いて、「われ思うゆえにわれあり」という音が飛び交ってるだけで、 それ以上の何も存在してない。 そうとらえると何も矛盾しない。 >>278 思想は思想でしかないわ 偉人を神聖不可侵な貴人扱いするなよ そもそも俺らがカントの尻馬に乗って何が悪い ここはν速や まあカントも叩きますけどね 「全てのものは疑えるが、疑ってる自分は存在している」 この先の展開は? >>285 精神なんて端的に存在しないんじゃないの。 思い上がりもはなはなしい 想うが故に我=ヒトなのだという意味だろうが、動物も昆虫も「思」っているのを否定してる 思ってはいるが思わされている可能性は否定できないので私は存在するようだが自主的に存在していないかも知れないので神様を信じなさいということです デカルトが「我思う故に我あり」の章で言いたかったことは 絶対超越の神が全て良いように計らってくれてるから信じろ!ってことなんだぜ? 単なる狂信者 >>296 いえいえ、いまあなた自身に意識というものがあるでしょ。 例えば、電卓は計算はできても電卓には意識はないのですよ。 その意識がどこからくるのかが現代科学でも説明できていないのです。 >>296 情報処理は行われているんだよ。 ソフトウェアも画像もただの0と1の集合に過ぎないけど それぞれに名前を付け区別して保存し加工し交換しオナニーのおかずとしている。 >>302 私が意識があるとか言っても、結局、誰にもそれを伝えることはできないんですから、ないのと同じでしょう。 >>295 原文読んたけどデカルトはその後は完全無欠の神様の存在をいきなり語りだしてる >>303 うん、だから実在するのは情報処理オンリーで、そのうえさらに意識や精神が存在するとかいう必要がなくない? 明らかに過剰物に思える >>306 ワロタ 結局、宗教的な話で収束するのか? >>308 以心伝心という言葉の使い方は知ってるよ。 仲の良い二人が、言葉を発しなくても、互いに考えてることがわかる。 しかし、考えてることが同じことを証明するには、結局、言語か行動という出力が必ず必要である。 よって、心の実在をなんら必要としない。 >>309 あんたは気絶した人間が目を覚ましたときに 「意識が戻った」とか言わないわけね。 >>305 でも、あなたには意識があるのでしょう。 伝えられないから自分の意識も存在しないという説明にはならないでしょう。 意識は存在するが他人に伝えることができないだけであって。 >>312 それは、行動が戻った、以上の何も意味しない 色即是空 この世の万物は元素の集合体で今の状態にすぎず、 常に流動的でいずれ分解され元素に戻る 空即是色 だけど、流動的だからこそ元素の集合体は形を変え いろんな物が生まれ、いまここに存在する これを1500年前に山の中で気づいた人すごすぎ われ思うなんて思わされてるのも気付かずになんてラノベありそ >>310 そもそも方法序説の4章のコギトエルゴスムの一文がある章は 神の存在証明をするための章だからな >>315 やがて元素もダークエネルギーによって破壊されて完全な無になるんじゃないの >>313 俺には意識がある!といくら叫んでも無意味でしょう。 ロボットも全く同じように振る舞えるんだから。 ヴィトゲンシュタインのたとえはいいな、と思ったけども、 チェスの駒に紙の帽子をかぶせて、これは駒の振る舞いに何ら影響しないが、私には確かに意味を持っていると言ったところで、チェスの内部では何ら意味をもたない。 意識はまさにこれだね。 俺にはある、確かにある、と言っても無意味な音にすぎない。 哲学的な問題だと、例えばAIが進化して、人間と全く区別がつかないアンドロイドが出来たとします。 そのアンドロイドには喜怒哀楽の感情があり、痛みや熱い、冷たいといった感覚を示すものとします。 しかし、それは、AIが喜怒哀楽の表情を作っているだけであり、痛い熱い冷たいといった反応もセンサーで 感知してそのように振る舞っているだけなんですね。 つまり、AIがどれほど進歩しようと、人間のような感覚、意識を持つことはないわけです。 なので、意識とはどこから来るのか?というのは、現代科学でも未解決の問題なのですよ。 >>314 公道とは農道的なもの。 意識的でなければ行動とは呼ばない。 >>322 意識的であるか否か、判別する方法がない。 いや、脳活動を見ればわかる、というのだろう。 しかし、脳活動は脳活動であって、細胞とイオンの振る舞いを物理的に検出しているだけ。 だったら最初から、脳がある、心はない、これで何がおかしいのかと。 結局、我々が、心とか意識とかいう言葉で何を意味してるかってーと、 その人だけが所有してるX、 という意味しかない。 それは形而上学だよ。 万物の背後にあるX=神 と同じ意味しかないでしょ。 >>327 そのけいじじょうがくXがあるいこーるわれ思うじゃん がんばってるけどあほだね 仏教も最初の人はきちんと学問してたんだな 直感だけど物理学、森羅万象を真剣に捉えて 囚われず悩まず生きる教えを唱え 人々の生活に役立てようとしてた それなのに1500年の間で変な人らに崩されて… >>328 違う言葉だから。 現に脳と精神は違う用法をされているから。 >>1 こうゆう故事の類いは自分の近況に当てはめて考えたら解りやすいでFランのオッチャンwwwwwww 我思う故にランボルギーニwwwwwww つまりそうゆうことよwwwwwwwまた一つかしこうなったやんwwwwwwwウケルwwwwwww >>329 人にはわからないけどあるんだって、 それはないのと同じでしょ。 >>329 たとえば、あんた、俺が俺はみんなと違う特別な意識のあり方をしているんだ、同じ脳活動から違う意識が生じてるんだ、と言ったら、どうする? (なんだこのスレ、、、こんなことまじでわかんねえのか?それとも釣りか?大喜利みたいなものなのか?くそ、、、わからねえ!正解はなんだ!考えろ!考えるんだ!畜生、生きてるってめんどくせえ!) >>333 でもデカッちにはあるんだってー デカッちの世界勝手に否定する権利は君にはないじゃーん >>330 釈迦生前のうちから既に狂いはじめていた 釈迦は肉食にたいして特に否定的ではなかったが、弟子の提婆達多は否定してて 出家者により厳しい戒律を守らせるよう主張してた ※彼が後に仏敵と見なされたのは、この件で師匠と揉めて破門されたから >>340 ある、と言われたら、ああそうですか、まあ否定も肯定もできませんね、私には届きませんね、としか。 人の存在意義・レーズンデートルは人が自身の存在について深く考えることにより生まれるもの、という事だよ >>346 でしょそれ否定したらおこだよ それが他人にはわからなくてもわれ思うだからみんなそれぞれあるなにかなんだよ >>348 独り言なら成り立つけど、会話としては成立しない。 おれにはズンドコベロンチョがあるんだ! というのと変わらなくね。 オモが思考(部分?)でアリが意識(全体?)ぢゃないの! >>350 会話として成立させるいみがないよ ずんどこべろんちょがあるってイイハルオレがいる証明の言葉でしょ 言い張りたい我が我ありの証明だよお エルゴプラクシーは好きだったがよく理解できなかった ヤージュニャヴァルキヤのアートマン論と同じことやで 日本語でしゃべったわけじゃないから微妙なニュアンスが日本語バージョンと違うかもしれないんだよな 本気で意味を知りたいならフランス語の勉強からだ 俺が俺を観測してるから俺が存在してるんだっていう量子力学 自分の本質とはなんだろうと考えて、自分から余計な飾りを捨てていったとき、こうやって考えてる自分こそが自分の本質だと気づいた じゃなかっったっけ 自分と自分の周りのすべてが「今」存在してここにあることが、 とてつもなく気持ち悪いことだと思わないか?という思想。 ハワイの伝統的な問題解決方法の教え ホ・オポノポノ あなたが見てる物や、あなたに起こる出来事は あなたの意識が作り出している 一例 あなたにとって嫌な奴(A)は 他の人からするとそれほど嫌な人ではない つまり嫌な奴(A)という人間は あなたの意識から作られたもの 解決方法 あなた自身の心が満たされて癒されれば 嫌な奴(A)はあなたの前から姿を消す >>362 味方が勝率40%のゴミばっかだから勝てないんじゃなく ゴミをよく見て丁度いい案配で動けない自分の調子が悪いから勝てないんだよね >>362 それつて心の持ちようで世界の見えかたがかわるよって教訓でべつのはなしじゃんじゃん 地球外知的生命や幽霊や月も、認識しなければ存在しないという訳ではなく、実際には存在してるんだよね >>365 そういうレベルの話ではなくもっと根源的な話だろ。 すべては脳が認識している。この世界は脳が世界と認識している。 お前も俺も脳が認識している。 って話。 偉大な哲学者はこうも言われた「Don't think feel」 デカルトが現在の量子論がない時代にこの一文は素晴らしいよね たぶん「全て疑うべし」のあとに、信じられるのは自分だけじゃん?て結論 手塚治虫のどろろの百鬼丸がデカルトを示してる 嘘だと思ったら、どろろ読んでほしい >>49 お前らの問いがしょうもなさすぎて涙が出てくる >>368 仏典でも読んだんだろ>デカルト 別にそんな大したことじゃない。いつの時代でもこんなん考える奴はいる。 神さまは自分の中に 金子みすゞの蜂と神様知ってる人いる? 詩なんだけど哲学的なんだよね >>19 言うことを聞かない反抗期に突入したからじゃない? 自分が自分を認識してるから自分の意識は確実に存在するが、それ以外の存在は疑念がある やがて実存主義に通じるんだが、 実存主義はソシオパスなナルシストの自己満足にしか引用されず 構造主義へととってかわったんだが、 ここでもソシオパスが1の理解で10を判断する 頭の悪い陰謀論の根拠にしか使わないから、結局同じだよね そういう思い上がりが観念論となり 観念論が社会主義・共産主義を生み出した 悪魔の思想だよ >>149 Je penses donc je suis. だよ どうでもよいけど デカルトって食い物の名前みたいで美味そうだよな この言葉に異様な位関心がある奴は 自身がソシオパスだと疑った方がいいね 実存を認知する事で本質が見えてくる 人間が生み出したものは本質→実存 でも人間は実存→本質 資本主義経済において人間でさえ、人間が生み出した商品であるが故に、自分とは何かを失いがちだからこの言葉は現代人にとっても良い言葉 あらゆるものを疑って最後に残ったのはこうして疑っている自分だという事実に気づいた という話 メメント・モリの方が良く識られてるわ こいつ医者で人間機械説を唱えていただろ >>378 肥大化したエゴの根拠みたいになってるからな これは精神分裂病患者の為の金言 この言葉で救われた糖質はかなりいると思う むかし伊藤英明が合法だったころ間違えて食べた時に森羅万象の真理が見えた 言語化するのは難しいけど確かにあの時は見えていた >>383 サルトルがドイツ赤軍のバーダーとマインホフと会談したんだが 彼が生んだ実存主義が、エゴが肥大化したどうしょうもないナルシストを煽っただけだったと ようやく気がついたんだよね。 なんせ2人を糞味噌に言ってたからな。 >>379 原書読んだ? ラテン語で書かれてるんだが 物心がつくという言葉がある 子供が自分というもの存在を初めて意識する瞬間のこと 自分もあれはなかなか印象深かったことを覚えてる ちんちん触ると気持ちいい 気持ちいいと感じるちんちんは確かにそこにある だからちんちん触ろう >>390 この手の有名な主義主張は政治利用や自己都合に解釈されるのが常だしね 素直に読んで受け止めさえいれば、まずエゴは肥大化しない 最近だとハラリの作品も色々と伝えたい内容とは別の形で利用されてるしどうしようもないんだろうね >>390 エゴひけらかしの見本みたいなレスだなw >>370 ショーペンハウアーが似たようなこと論じてたぞ 人間原理主義ってやつなのかな 月が見えるのは人間が「そに月が在る」と認識しているから 其処に月が在る 我々、人間が認識しないものは存在しないと仮定すると 君が月を目で認識して、後ろを振り向いたその刹那 果たして、其処に月は実在として存在するのか? この手のテーマは大好きです >>376 構造主義も単なる無政府主義者の価値総体化理論武装だしな お前ら勝手に認識論やら変な方向に解釈してるな デカルトが物事を考察するための、原点となる真を設定しただけの文章だぞ 当然この真はデカルトが勝手に設定しただけだから あたかもそれをこの世の真としてしまうのは、哲学じゃない >>393 児童心理学の実験で、赤い箱と青い箱と瓶ジュースを使った 子供たちの前で披露する寸劇実験がある。 最初、男の子が瓶ジュースを赤い箱に入れ、その場を去った後 次に、女の子が瓶ジュースを赤い箱から青い箱に移しその場を去る。 そこへ再び、最初の男の子がジュースを飲もうと現れた。 さて男の子が開ける箱はどっち? って質問に、三歳児の大半は青い箱と答え、 五歳児の大半は赤い箱と答えるんだそうだ。 他人への思いやりってのも、 こうして形成される事が推論できるんだよね >>401 てくてくてく 「ここは、ムーンブルク城だ」 てくてくてく >>402 物事を観察するため→✕間違い 神の存在表明のため→○正解 デカルトは科学的な方法論の確立者で、科学ってのはすべてを認めないところから始まり、 客観的実証によって仮説を積み重ねていくもの 数式と現象が一致したら、そこまでは事実であると一応同定される ところが、絶対客観的に検証できないものが「我」なので、「我思う〜」の言葉は公理なのである 赤ん坊の頃の自分は 自分の名前は認識してないわけで 周囲から〇〇君、〇〇君と呼ばれ続けられて 半ば強制的にそれが自分の名前だと植えつけられる マナーも法律も学問も そうなんだと植えつけられる だけど赤ん坊にとっては 決まったこと、本質的なものなんて何もない 意識としては完璧な自然生命体 コビト・オルガズム。 プリティーアトムや天草海坊主が射精すること。 もしくは、自我の存在が本人と回りの事象を存在たらしめているということ。 良く言われるように、認識する自我が消滅すると、回りの世界があってもなくても、なくなったことに等しいということ。 これ正しくは 我あり、故に世界あり なんだよなあ。まあ昔の人だからしょうがないけどさ。 >>404 なお、アスペルガーを含めた自閉症児は 大人でも答えを間違えてしまう デカルトが言ってるのは「我だけ真」という定義だよ 認識絡みの話も、ましてや空や真我なんて宗教話はしてない 自分の感覚ってのは自分しかわからない 同様に自分の脳ミソが「この世」とやらを「自分の脳ミソの中」で作りだしてる 自分が見てる世界は他人が同じ様に見てる訳ではなかろう 自分の手を見ると指が五本あるように見える、だが本当にそれは五本なのだろうか つまり自分の脳ミソが認知出来ない状況、事象、感覚は存在しないと同義になる 人は他人にはなれない、いま鏡の前に立ったあなたの姿を他人が同じ様に認知してるかどうかは全くわからないのである >>416 つまりこう言うことか 他人が俺をみたとき、俺がふさふさに見えたとすると 俺が鏡を見たときが否定されて、おれはふさふさだと つまり、そういうことだな ちょ〜〜インテリみたいじゃね? ルックスとかなきゃ意味ね〜けどw とか巷の真似するキムタクがいいそう 人間は考えるアシモフである ってやつだろ 知ってるし 自分自身という定義を自分自身で確認する事ができるという唯一の事実であること われなめとんか! と喧嘩して殴られると痛い それを体感することで 自分の存在が確認できるということ デカルト哲学の原点みたいなもんだ この世のあらゆるものを疑ってみたがその疑いをもつ自分自身の存在だけは 疑いようがなかったという真理を哲学の第1原理とするというデカルトの考え 結局、釈迦には誰もかなわない 釈迦の教えこそが究極 デカルトは懐疑主義を突き詰め出た癖に松果体とかいう器官の存在を根拠もなく信じてたから訳分からん お前ら方法序説(Discours de la methode)の冒頭の説明をちゃんと読みなよ? En la 4, les raisons par lesque lles il prouve l'existence de Dieu et de l'ame humaine, qui sont les fondements de sa metaphysique. ようは、第4章は神と霊魂の存在を証明するための形而上学を語るために書いたってこと 実際の第4章中ではまず前フリで、Je pense, donc je suis、所謂、COGITO ERGO SUMがすぐ出てくる。 他にもいくつかの前提レトリックを唱えて、そこからデカルトは、この章の中で、 さらに神の存在と本性・霊魂について演繹して証明して見せているわけ それがこの章の目的だから だからこいつのは単に神の存在を証明したいためだけの屁理屈だぞ? それなのに文脈を無視して「われ思うゆえに我あり」を単体で抜き出して偉そうに騙ってる奴は読解力ゼロのun salopだわ 戦前の旧制高校の連中はデカンショとかいって日頃から議論してたとか この世はすべて幻かもしれないが 自分を認識している自分自身だけは少なくとも実存している ということ >>436 そうなんだよ 彼は宗教家ではなく哲学者なんだよなあ 後世の人間が宗教にしちゃったけど 今の哲学者って思想でいうと右翼と左翼、どちらに傾きやすいのだろう 釈迦は形而上学的論争は意味が無いからやめろと 弟子たちに言ってたから哲学者では無いな 西洋の人達ってはっきりと主張しないとダメみたいな風潮があるよな カフカの「変身」なんて、親孝行で働き者の息子が主張しないってだけである日、大きなゴキブリになっちゃうんだぜ >>1 何も思ってない時は自分は存在してないって意味だよ・・・ >>1 日本人が言ったら障害者差別ダーって反日がわめき散らすって意味だよ。 我思う故に我あり ・・と考えてるだけでは何も変わらない。大事なのはその考えが行動を通してどう変化を起こすかである つまり我思う だけじゃ我なし 行動が伴わないと腑抜けの我でしかない つまり行動の伴わない腑抜けが心の中で 「我思う 故に我あり(キリッ(俺かこよす(俺は生きてる!」 とつぶやく自己欺瞞を表してるのである。 しかしながら、行動の伴わない腑抜けが他者や社会をディスることで自己肯定感を得ようとする腑抜け中の腑抜けが人間社会や5chには多く それを知っていたデカルトは「そんな暗黒面に陥るぐらいなら、 まあ一人で『われ思う 故に我あり(キリッ』と思って自分を慰めていたほうが平和じゃないかベイビー?まあ落ち着いていきやーー、案外うまくいくもんだよ 君はYDK!」 っていうことを表してる言葉 会いたくて会いたくて震えるのが西野カナ 会えないから会いたいのが沢田知可子 会いたいくて会えないから私だけを見てほしいのが加藤ミリヤ 会いたくて会いたくてせめて声が聞きたくて用もなく電話するのが浜崎あゆみ 会いたくて会えなくて長すぎる夜に光を探しては一人たたずんでいるのがGLAY 会いたいから会えない夜にはあなたを思うほど Uh UhするのもGLAY 会いたくて会いたくて眠れぬ夜にあなたのぬくもりを思い出すのが松田聖子 会いたくて会えなくて揺れまどうけれど目覚めた翼は消せないのがラルク 会いたいのにいつもうまくいかないのもラルク 会いたくて会いたくて言葉にできないのが小田和正 別に会う必要もないのが宇多田ヒカル ただ会いたくてもう会えなくて唇かみ締めて泣いてたのがEXILE 会いたいと思う事が何よりも大切なのが米米CLUB ただ会いたくてもう切なくて恋しくて涙なのが桑田佳祐 理由もなく会いたいのに理由を探してる会わなければならないのと理由を探してるのが中島みゆき 会いたくて会いたくて君への想い涙そうそうなのがBEGIN 会いにきて会いニージューなのがゴーバンズ 会いたくて会いたくてあなたにいつも笑顔だけ見せてあげられないのがリンドバーグ 会いたくて会いたくて同じ夢を感じたいのが19 会いたくて会いたくて眠れない夜に夢で会えたらと考えすぎるのがモンゴル800 会いたくて会いたくて再びあなたに会える夢をみてしまったのが柴田淳 会いたくても会えない夜は眠れない部屋に抱かれてるのが伊藤由奈 会いたくても会えない距離は私が選んだ明日なのが北乃きい 会いみてののちのこころにくらぶれば昔はものを思わざりけるのが権中納言敦忠 >>324 意識的かどうかは、言葉で質問することが出来る。 ちゃんと区別できる。 人間は嘘をつくことが出来るが、嘘は電極させば機械で区別できる。 >>331 お前は意識という言葉を否定したから、精神という言葉も使うな。 知覚する時点で脳と言うフィルターを 通しているし、実際はシミュレーターで活動する一部に過ぎないかもしれない。 存在とは本質を体現するものであって、形而上学における或る領域への 写像を認められる場合における集合知を合成する上でその存在は重要な 意味をなしてくると期待される中で真面目に読んだ人ごめんなざい >>335 俺は脳の意識を10倍速にすることが出来る。 普通の人はやろうと思ってもできないが、俺にはできる。 ただ、この現象は条件がそろえばだれにでも起こりうるよくある現象だ。 俺は10倍速の奴と殺し合いをして、少なくとも二人殺した。 所詮、頭がよくて頭の回転がいいだけの人間には、殺しの技を磨き続けた俺には勝てないって事だ。 10倍速の奴は自分の事を神様だと思っている。 だから、10倍速同士が協力しあうことは出来ない。 全部否定して最後に残った確かなものを言ったんだっけ そうですかとしかw コンピューターやAIを想像すら出来なかった時代の思想。 今こうやってレスしてる奴が本人だと特定出来ないだろ? コピペか成り済ましの可能性だってあるから、ここに我を存在する実証はないんだよ。 今見てる世界が仮想現実だとしても それを見てる自分は存在する(体は無いかもしれない) >>353 洗脳されて投稿し続けるやつもいる。 そう言う奴には我がなくて機械と同じで単純にループしてるだけ。 >>465 本人ならその書き込みが自分かなり済ましかを分かってる これって現代じゃ別の読み方をすべき 我思う人なきゆえに我なし ぼくらがしんでも誰も悲しまないし 人と関わらないぼくらは生きている意味ないよね 俺が考えている時だけ、俺は存在してる ボーッとしてる時は、俺は存在してない。 >>142 それだとしてもそこに自分や意志と呼ばれるものは存在する その人にとって真実ならそれが虚構でもその人の中では真実 >>473 存在はしてるんだなー。0と1の集合として。 ただ、観測できない状態ってだけ。 >>465 その昔、コンピューターやAIは存在しなかったかもしれないが、 人間の命令に従う動物や奴隷は存在したので 概念的には既にあったと思うよ。 コビト・オルガズムといって小さい子にオルガズムを感じること 認識できないものは存在しない 井の中の蛙大海を知らずと同意 なんかさー、みんな好き勝手言いたい放題なだけで色々ふわ〜っとしてるし とりあえず、今あれこれ考えてる自分は間違いなく存在してる、ってことだけは正として話をすすめようぜ! でないと収拾着かんだろ、コレ… って意味じゃなかったっけ、これ >>18 あー、主人公が死ぬと世界が薄れて消えていくやつなー。覚えてるわー >>7 自分を認識している自分の存在だけは疑えないという意味だから全然違う >>5 げ、北斗打ちたくなってきた 我思う、故に自分自身がある 我はパチンカス 【二人称まとめ】 あなた あんだ あんだい うんじゅ な なー きみ ちみ 自分 われ おんどれ おぬし おんし おどりゃ きさん 自分が考えてることは、その実在を疑うことはできないということだろ。 デカルトは論理の体系を自身の研究対象としていたし。 >>48 エヴァンゲリオンは作ってる方はそんな事全然考えてないぞ 俺がニートなのは俺の幻想なのかもしれないが 俺がニートであると考えている事は事実として否定できない ひとりで考え事してたら離人的な妙な気分になったけど、考えてるって事は生きてんだなって思った 思春期には有りがちだよな 最初はふざけたレスが多いが徐々に真面目になっていく流れは面白い 高校の授業で方法的懐疑とか習ったけど全然違うことを言ってるレスがかなりあるな 色々難しいこと考えようとしたけど、もう諦めた、という意味 思考の出発点を創造したはずだったのにドツボの入り口を用意しただけだった SFの世界観みたいなもんだよ 「あれ、俺って存在するるの?ひょっとしてゲームの登場人物なんじゃないの俺」 「ひょっとして田中さんの記憶の中にだけいる架空の人物じゃねえのか。。。。」 バカみたいにこんなこと考え続けてて悩んでいた人が突然結論を思いついた 「今、そんなことばっかり考えてる俺ってのは実在してるってことだよな、俺以外は架空の存在かもしれないけど」 これが我思うゆえに我あり >>504 ちゃうわ。 あらゆる論理の体系の出発点の一つ。 デカルトが今の時代のゆとり世代に生まれてて 初めてこの考えを思いついてニュー速に自慢げに書き込んだら 当然お前らからフルボッコやろうなあー >>506 心神喪失状態ってのは「その理解が無くなった」状態なんだよな 自分の行動を決めてるのは自分である、選択も否定も全て 狂人無罪っつーか、自己責任が問えなくなるのはだからと >>512 前提となる論理の話をしても読まないのばかりだろ。 バカというか無視されるだけ。 ここは意味知らない単語を振り回す人のが多い。 意味知らないで、さらに言うと意味を知らないことも自覚しないで、科学や医療や歴史の言葉使う人すげー多いよ。 主人公は結局ウダウダ悩んでないで拳で決着つける路線を選択したんだっけ? >>506 例えばこういう人。 実在をまず自身から始めたとしてもその時点で 外が架空とか関係ない仮定付けて意味を分からなく してることに気づかない。 >>445 分析哲学と立場が近いわ 西洋哲学は分析哲学の確立でやっとこのデカルトの唱えたこじつけレトリックから自由になれたんだわ ほんと無駄な遠回りだった みんな各々が、私は実在する、と言ってるが、その意味することが一致しているかいなか誰もわからない。 自分が存在すると自分が認識するから自分はいるって事だろ >>519 それも分からない。 認識は常に間違いを孕んでる。 何処まで否定しても、自分が思うことは誰も否定しない。 だから懐疑的な論理学を展開するための出発点として、 この誰も否定しないことを選ぶということ。 我思う、故に我あり 我ん中ではな! 今風に言うとこうだな この世のもの全てが実は虚構だとしても、それを思考している自分は確かに感じることができるということ。 >>524 感じられるから虚構じゃないとはいえないけどなー お前なんてどうでもいいし、いなくなっても誰も困らないってことだよ この世は波動で出来ている ヒトの脳が認識することで実体化される ネット上のエロ動画もPCスマホがあるが故に その存在が確認できる 昔は自分というものがあったのだけれど、今の俺は.... という意味。 >>518 ぶん殴ってみたら だいたい同じ反応するんじゃね? 痛い、と言ったところで、実際に感じてる痛みが同じかは誰もわからん 対偶が 我無ければ我思わず これが真だとしても 元の命題が真であるとは言えない >>537 ほぼ同じ生理反応するから 同じと考えるのが合理的 >>526 思考がある時点で自我はある 自我があるってことは生きてるってことだ 霊的なものになろうと自分って意識があるものはそれは自我を持つ者だとおもうけど >>545 いやいっぱい進歩してるだろ カントもヘーゲルもマルクスもパスカルもフッサールもホワイトヘッドもヴィトゲンシュタインもその他たくさん みんなデカルトの後だし よくわからんけど 何かを感じている自分を客観視する能力があって初めて 自分を認識できるよね 自分を感じてるのは自分の外の何か・・・ よし何を言ってるのかわからん(´・ω・`) >>1 我は在りてあるもの、のパクリだろ 神の存在を意識した語呂遊びみたいなもん >>550 ハイデガーが死について似たようなことを言ってなかったっけ? 人は死を知ってるけど、常にそれは他人の死に置き換えて認識される みたいな 最初の「われ」は平仮名で後ろの「我」は漢字 ここに答えがある 自分を認めるのはまず自分 自分を否定したら他人からは尚更認められない 哲学は端的に言うと「〜とは何か」と疑う学問 デカルトの時代にはまだ「自分とは何か」と自分を疑えるところまで至っていなかった 全てが嘘かもしてないしなにを考えても嘘かもしれないとなった時にそう思ってる自分が居るということは疑えないという意味 哲学科に行きたかったけど親に猛反対されて英文科 やっぱり何でもない人生になってしまって後悔している 抽象的だけど実際は哲学科出た人ってどこに勤めてるの? 「疑っている私」という存在は疑いようもない 果たしてそうか? その言葉って自我の目覚めって事でいい? 何故、ここに生まれているのか?とかからの自意識の目覚め? そんなもん知らんがな!で決まりだわ 結局長いこと人生やってきたけどずーっとそれを思いながら子孫繁栄して終わりました まだ孫すらいないけど自分が生きて来た証はどこに置いたらいいのだろう? 自己満足で終わりでいいって思うこの頃 死んだら魂さえ消えると思う 家庭教師が哲学者って楽しそう…… 高貴な野蛮人には無理って断られそうだけどさ >>561 論理学の論理の根底になるかもしれないこと。 論理学は数的論理と混ざり合い、その途上で 論理計算という考えを数学に還元した。 その結果、俺らは、ある状況ある条件を組み 合わせ、複合条件なら片方の根底を知らなく ても全体的な真実にたどり着けるという知識 を得た。これは後の計算機が得意な領域で、 コンピュータは現実の世界を知らないくせに、 論理的な真否を与えるだけで、現実の判断を できるようになっている。 これは論理学の成果の一つ。その論理的な 真否の源流近くにデカルトの理論は認められて いる。 デカルトはでも自分の研究の中では懐疑論者 で厳密な真を見出したい。その時に考えたのが、 思うことを自分の内では否定できないということ。 >>563 ゴメン サルトルとボーボワールが好きなのでよく理解出来ない 懐疑思考に陥ると何が正しいことなのかが分からなくなるのよ なんせ1=1だよねと言っても1≠1だとしたら1≠1なので誤りと言う 滅茶苦茶な方法でどや顔に否定できてしまうから で、1=1を絶対的に正だとすると、さすがに1=1は否定するわけにはいかないよね だって絶対的に正だとしてることまで誤りにするのってそれお前が間違ってるだけだもの この手法で自分が存在してるのを証明するには自分のことを考える自分という 1=1を絶対的に正って言う状況を作ったらさすがに否定できねぇよって話 何か問題が起こっても存在に関わるようなことでない限り、しばらく手を加えず放置する。 変化がない場合は、その後で対策を考える。 大概の問題はこれでふるい落とされる。 >>528 新たに何か付け加えたら天才らしいが 自分、の意味がどういうことか >>569 > 植物人間に取っては自分も世界も何もないのかな 認識に対象化できないだけだな 後ろからぶん殴られたら、殴った奴は認識されないが存在するし 役割でも職業でも名前でも全部自分じゃなく全てはぎとっても考えてる自分がどうこうじゃなかったっけ そうか、認識に対象化された自己と対象化されないが存在する自己か 生まれたばかりの赤ん坊は思わないが存在するし >>557 身の回りなら公務員、劇団員、ライターがいた 俺は普通に営業してる >>260 日本語でいいのにわざわざ……まあいいや 読んだけどどこかわからんから引用してくれ >>260 しかもよく見りゃ間違ってんじゃねーか Method“e” な 自分がえろい事を考えるとかっちかっちになるだろ それを見て ああ俺はえろい人間なんだ と体感することだよ むか〜し むか〜し 高校時代 倫理社会で勉強して記憶曖昧 あんま 参考になんないな デカルト 「我思うゆえに我あり」あり コギト エルゴ スム 目の前の現象、事象を疑い、否定してゆく あやしい、あやしい って でも 否定している自分は あくまで存在しておりそれは否定できない そこに 自分の存在があり それが「我」 ゆえに 翻って「我」は現象、事象を客観的に分析できるため それが 近代科学の基礎となった てな事覚えてるけど あくまで 聞き流して下さいね けど その後 ふと思ったんだけど それって「実存主義」の考え方に似てないすかあ 実存主義って まわりを否定しても最後にのこる自己はどうにもできない 「不合理」なものとして 捉える それとは ちゃうんやろか 碩学の諸兄 お教え願いますね 話しがずれるけど 「意志と表象としての世界」 表象と世界の意味がよく分からない 教えてくれ 高校中退のおれw >>572 それそれ 年齢とか性別とか経験とか作りあげられた自分像とかどんどんはぎ取っていって 一番最後に残るのがいわゆる大我とかいうやつなのかな >>523 殺伐としたスレにシュレディンガーの猫が! ______ / /| ┃ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄┃ ┃< にゃー ┃ ┃ ┃ ┃ ┃/  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ _人人人人人人人人_ > 生 存 確 認 <  ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄ I think, Sebastian, therefore I am >>494 「うんじゅ」は丁寧語だ滅多に使わん 普通は「やー」と言う わー=わたし、僕 やー=おまえ、君 あれ=3人称、彼、あいつ あったー=3人称複数、彼ら、あいつら 「やったーぬやーゆやー」=「おまえん家さー」 >>583 仏教とか無我とかの概念かな。 デカルトという昔の西洋の哲学がそれだったのか? どちらかというと自分、自我を絶対視するような逆の意味に思えるけど。 西洋の個人主義とも結び付いてる。 西洋でならトランスパーソナル心理学とかいうのが、その大我とかの概念が出てくるもので、わりと現代の思想のような。 ああでもキリスト教にも昔からそのような概念はあったか。 個ではなく神(大我)に任せろみたいな。 >>590 調べもしないで適当に当てはめて考えるのは やめよう。現実見失うよ。 むか〜し むか〜し 高校時代 倫理社会で勉強して記憶曖昧 あんま 参考になんないな デカルト 「我思うゆえに我あり」あり コギト エルゴ スム 目の前の現象、事象を疑い、否定してゆく あやしい、あやしい って でも 否定している自分は あくまで存在しておりそれは否定できない そこに 自分の存在があり それが「我」 ゆえに 翻って「我」は現象、事象を客観的に分析できるため それが 近代科学の基礎となった てな事覚えてるけど あくまで 聞き流して下さいね けど その後 ふと思ったんだけど それって「実存主義」の考え方に似てないすかあ 実存主義って まわりを否定しても最後にのこる自己はどうにもできない 「不合理」なものとして 捉える それとは ちゃうんやろか 碩学の諸兄 お教え願いますね 大阪「チャウチャウちゃう? ちゃうわ チャウチャウちゃう」 福岡 「 TOTOと?TOTOとっとうと?」 >>587 鳴き声で判明したら困るから、テープレコーダー入れてあるんだよそれ。 外的な刺激に心が揺れ動くのを抑える。 物事に動じないといった硬直した態度ではなく、心の波をなだらかにする。 心に極端な山と谷をつくらない。 人間は意識以外の無意識だけでも生きていけるってこと。 日本が深淵をみてるとき 韓国もまたこちらをみている コギトエルゴスム って魔法の呪文みたいだよね つい唱えたくなる このスレで普通に世間一般が知ってるレベルの 本当の意味を書いてる人は ・子供 ・騙されやすい極度のお人好し ・世間知らず ・ヤフー知恵遅れ並みの低いレベルの知識自慢 どれかだよね ネット検索一発で即時に意味がわかるものを調べもせずに、レスが来るまでに時間のかかるスレを立ててわざわざ聞くわけがないやろ >>193 「われ思う」の「思う」は意識一般だよね 「感じる」とか「情念」も含む 方法的懐疑の中では、その中でもあえて特殊な「思う」である「疑う」を取り出してきてるんじゃなかったっけ? 人から理解されようとしないこと。 やりたいことの為ならどんな理不尽な汚名を被ってもいい。 飯くいてぇとか、セックスしてぇと思えばいいって事? >>111 これが正解 >>173 仮に全ての思考がプログラムの結果であり虚妄であるとしたとしても、 プログラムによって「虚妄を認識している」という事実だけは残る 懐疑論をどこまで追及して行っても今懐疑論者本人が懐疑していることそれ自体は 懐疑論者自身でも否定できない 懐疑するとは思考する事であるから思考する主体が確実にいると言う事になる つまり「我思考するゆえに我あり」ということが論証される >>254 ああ、もう既にちゃんと解説してる人がいたわ >>193 サザエさんの最終回はどうなるんですか? 気付いたらこの世に生きていた 自分はいったいどこから来たのか、何で生きているのか、不思議でしょうがない だって哲学って「お、おう」としか言えない理屈から始まってる論が大半だし 解説してくれてる人もいるけど、だから何なんだよとしか言えなかったりする 社会の作り出す強迫的な空気感に無条件で乗せられない。 乗せられるのなら乗せられているという自覚を持つ。 時代の只中を流されるにせよ、どこかに一人の人間として時代を対等なものとして眺める態度は必要。 物質があって思考があるんじゃないってことだろうな。 見える物質世界の裏に見えない世界がある。 素粒子レベルまでいくとその境界が曖昧になる。 カタカムナてきにいうと、潜像界と現象界か。 コギトエルゴスム エゴエゴアザラク エロイムエッサイム アブラカタブラ マハリクマハリタ テクマクマヤコン ラミパスラミパス ギャーテギャーテハーラギャーテ >>607 論理学という、数学と哲学の境界分野がある。 存在の確かさを追求し、そこから確実な演繹や 帰納といった判断をするための基盤のルールを 確立するのが目的の一つ。 アリストテレスがその言葉を書いたのは、方法 論序説という、後の著作のベースとなる思考法 を、自身の所管を含めて書いた一連の文章の中 にあり、それは「確実なもの」を定義する上で、 考えている自分は何者かしらは兎も角主体として 存在するということ。 だから無我というよりは何がしかあるということ。 その上でデカルトは神の存在についてもそこから 演繹出来るとしている。 あくまで普遍的な存在についての考察だよ。 だから個人主義とも違う。 また、トランスパーソナルは、人の心の状態ごとの 違いを扱うので、そもそも普遍的な概念ではない。 >>622 そう言う人にはファラデーのお話がおススメ。 実験第一主義というか、算数を習ったことが なく、論文に数式を書けなかった。だから、 学会では認められた論文は少ないが、あくまで 研究畑の人で、研究所にテーマとして認められた ものを対象に自分なりに自然の特性を研究し、 分光プリズムや、電気モーターを発明した。 プリズムの発明により、物質の燃える光が 物質毎に異なるスペクトルであることも示し、 後の化学、果ては量子力学の基礎となった。 さらにファラデーが書けず普遍性を認められ なかった数式化も、後のフォロワーである マックス・ウェーバーが証明し、学への貢献も 揺るぎないものになった。 >>1 どうせ馬鹿ジャップの誤訳だよ。それw right権利 justice裁判みたいに。 rightに利益の意味は無いし、 Justiceに裁く と言う意味はない。 どちらも正しい、公正、真実と言う意味です。 >>634 教えてください なんでrightは利なの? Justiceはテキトーに捌くなの? ジャップお得意の誤訳と思う justiceは元々ラテン語justusからフランス語justiceを経てはいった言葉 Justice est faite. 裁きはくだされた >>636 軽く捌くと言うのは日本人の当て字では? 真実が当てられたが正解では? >>424 ハゲ始めは自分だけは禿げてないと自信持ってる >>636 下すってのも頭がおかしい。神様からの命令だろ? >>630 デカルトの言う「思う」というのは そういう大我とか神とかも含めた大きなくくりということか。 だから他の概念と全く別だったり矛盾したりするものではないと。 でもそれはそれで大きな概念過ぎて >>622 みたいに 、で?っていうのはあるな 森羅万象を疑っても疑っても その疑ってるということ自体は確かである 確かに・・で?っていう >>637 ”軽く捌く” ”justice”との一致はありません。 >>642 細分化した学問の話だから、「で?」って思うのは当然だよね。 少なくとも短絡して決めつけて元の意味を無視して自分勝手な解釈振り回す人には関係ない話。 >>644 justに軽くかともかく、処刑するの意味の捌くが当てられたのはわざとらしい誤訳 >>645 え?細分化した話ではなく 大きな話(で他の概念も包括する)ってことじゃないの? みんな思い込みで生きてるんだから、有名な言葉の解釈なんてどうでもいいんだよ。 でも思い込みを匿名掲示板で吐き出さなきゃ気が済まないくらい、誰にも承認された気がしてない人がいるから、そういう人は嘘でも否定されるとムキになるんだよ。 もう反論するのやめよう。あれはあれだ、オレの考えるアレだ、有名でもオレの思いつきより下らないって話を褒めてあげよう! じゃないと日本のどこかでランボーが生まれて街を燃やして泣いて捕まる可哀想な子が出てくるぞ。 >>648 デカルトの話の中ではそうだけど、その中には近代心理学も仏教も含まれてはいないと思うよ。 あなたの気持ちの都合のいいものでもないから「で?」って思うのは自然な話だよ。 ワレメを思いながらぶっこいてイッてしまった後 思わず我に返ること 人の話聞かない邪魔臭い奴がいっぱいいるっていう意味 所詮、医者で人間の身体は機械と同じという考えなんだから 世間一般で言われるような解釈とは違うような気がするんだが >>651 結局そういった概念が含まれてるのか含まれてないのかよくわらないということか。 >>590 も決めつけを書いたのではなくただの想像やクエスチョンの投げ掛けだからな。 スレチですが哲学、思想に興味のある人は、今NHKでやっている100分で名著オルテガ「大衆の反逆」 が面白いですよ。 >>657 サンクス 田中aってまだ生きてたんだ。昔、観に行ったような。 >>92 実際に頭髪が抜けて禿げになる人は居ない 自分は禿げだと思う意識が他人の目には禿げに見えるだけ 俺氏は観測者。 俺氏が観測してるからこの世は存在する。 俺氏が死んだらこの世も消滅する。 この世は俺の見ている夢みたいなもので、存在していないのかもしれない。 しかし、そんな事を考えている俺は確実に存在する。 ていう、小5病的な事。 >>557 哲学科出身だが、IT エンジニアやっている >>657 『大衆の反逆』かっこいいな 哲学は他人の役に立つために存在しているのではなく、 またそれを目指しても期待してもいない。 哲学は自己自身の存在を疑うところからはじまり、 その生命は自己自身と戦い、自己の生命を擦り減らす度合いにかかっているのであれば、 どうして哲学が自分のことを真剣にとりあげて くれるよう要求することがあろうか。 人間の脳と同じ回路を作って、別の自我が芽生えたら、今の自分はもう死んでもいいのか? 自分探しにインドまで行く必要はないよ、お前はそこにおるよ って意味 他人に迷惑をかけることを嫌がらないこと。 そこを踏まえないとやって良いことと悪いことの違いも身に沁みては分からない。 >>657 オルテガでスレ立てろ 伸びること俺が保証する われ思う 故に我あり 訳)俺思うんだけど、これってありじゃね? 目的にまとわりつく余計な感傷を削ぎ落すこと。 それらは自らの意志をぼやけさせるだけ。 >>548 君が言ってることよ?同じ痛みかどうかでしょ? 暴力団に流されないで自分でよく考えて早く覚醒剤をやめた方がいい 行動の主体をごまかさない。 自分が自分の為にやっているという感覚に他人を混ぜ込んであやふやにしない。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
read.cgi ver 07.5.1 2024/04/28 Walang Kapalit ★ | Donguri System Team 5ちゃんねる