細胞内では多数の生体分子モーターが細胞内のあちらからこちらへと荷物を運んでいます。
その一つ、「キネシン」は細胞内の微小管と呼ばれるレールの上を、文字通り歩きながら荷物を運んでいます。
そのために使われる燃料は、生体内のエネルギー通貨と呼ばれる「ATP」です。
キネシンはATPが持つ化学エネルギーを、荷物を運ぶ運動へと変換するため、一つのエネルギー変換装置であるとも言えます。
キネシンを始めとする歩行型生体分子モーターの詳細な運動のしくみは、近年発達してきた1分子計測技術が明らかにしつつあります。
ところが、それらの分子に対するエネルギーの入出力を定量的に評価した研究はありませでした。
エネルギー変換の理解は大切です。
例えば、自動車のエンジンでも、その燃費の良さを定量することによって、限りあるエネルギーを無駄なく使うための改良が行われています。
同様の計測をキネシンのような小さい(ナノメートルサイズの)モーターで行おうとすると、「熱ゆらぎ」の効果が現れてしまい、これまではうまく定量ができませんでした。
今回私たちは、光ピンセット法(2018年度ノーベル物理学賞受賞)の技術をベースに、高速フィードバック制御を導入することで、
キネシンのエネルギー入出力を計測する装置を開発し、1分子の歩行型分子モーターであるキネシンの「散逸」を実験的に定量することに初めて成功しました。
さらに我々はキネシンの数理モデルを構築し、今回の実験結果を計算機シミュレーションと理論計算で評価した結果、
キネシンは入力となる化学エネルギーの約80%ものエネルギーを、荷物を運ぶ運動ではなく、分子の内部から散逸していることを明らかにしました。
この結果は一見すると効率の悪いモーターのようにもみえます。
しかし、実際にキネシンが働く細胞内は、今回測定した顕微鏡の上とは異なるため、まだまだ人類の知らないエネルギー変換の仕組みがあるのかもしれません。
それを明らかにすることが今後の課題です。
そして、生体の分子モーターから学び得るそれらの知識が、人工の分子モーター設計にも役に立つと期待できます。
歩行型生体分子モーターのエネルギー入出力を解明
https://www.u-presscenter.jp/2018/11/post-40555.html