稲田朋美氏「もう一度、防衛大臣をやりたい」
防衛大臣辞任後に考えたこととは?

「安倍首相の秘蔵っ子」として初の女性総理候補と目された稲田朋美前防衛大臣。しかし2017年前半、稲田氏は強烈な逆風にさらされた。
森友学園問題に関する国会答弁、東京都議選での応援演説において相次いで失言。その後、南スーダンPKO日報隠蔽問題で防衛省を
混乱させた責任を取る形で、7月28日に大臣を辞任した。それからおよそ半年。稲田氏は何を思うのか。その心中をまとめてもらった。

志半ばで大臣を辞任したことは、誠に遺憾

2005年に衆議院議員になって以来、この1年はもっとも苦しい期間だった。防衛大臣に任命された時は、まさに青天の霹靂(へきれき)だった。
私は、いわゆる防衛族ではないし、防衛政策についての専門的知識があるわけでもない。それでもこのような重責を任せてくださった
安倍晋三首相の期待になんとか応え、政治家として日本をとりまく非常に厳しい国際情勢の中で、しっかりと日本の安全保障を進めて
いきたいという気持ちだった。しかし私自身の経験不足、未熟さもあり、志半ばで大臣を辞任したことは、誠に遺憾であった。

ただし、日報に関しては、私の指示によりすべて開示したのであり、私が隠蔽を指示したとか、隠蔽に関与したということは断じてない。

防衛大臣を辞任した直後は、自問自答の日々だった。これまで応援してくださった方々からも厳しいご批判をいただき、正直、心が折れそうに
なる時もあった。いちばんつらかったのは、私の後援者の皆さんが、私のことで周囲の方々から批判を受けていると耳にした時だ。
これは本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

安倍首相が衆議院を解散されたのは、そうしたまさに苦悶の最中だ。私自身、この首相のご決断のタイミングには驚いたが、逆に覚悟も決まった。
この選挙を通じて、なんのために政治家になったのか、初心に立ち返り、志を全うしなければならない。その決意を温かく迎えていただき、
地元の皆さんには、今一度奮起せよとの厚いご期待、そして力強い応援を頂戴した。多くの皆さんに支えられ、5回目の当選を果せたとともに、
私の政治家としての原点を再確認することができたと思う。

全文はソースで
http://toyokeizai.net/articles/-/202364