(前略)
 自分が「ネタ」にしている先輩芸人が亡くなられた後、線香一つあげに行かない(まあ、顔向けなどできませんから、行けなかったのでしょうが)のみならず、死後、葬儀後至るまで相手を嘲笑する「悪ふざけポルノ」を開陳し続けるような見識の「タレント」と、御社の名前や大切な商品名と一緒くたにして、CMでオンエアしたいと思われますか?

 もし本当に

1月21日 横山やすし 逝去
25日 葬儀、遺族から公開の抗議
28日 「やすしくん⑧『財布』」放送

 が事実であったなら、制作体制を含め、放送倫理・番組向上機構(BPO)の調査が入っても、全く不思議ではない事態です。

 結局その後28年、「松本人志」は一度でも横山やすしの遺族に謝罪したり、線香をあげるとか墓参りに行くとか、そうした行動をとったという記録も見つかりませんでした。

 少なくとも一周忌には、依然として遺族から厳しい抗議が出たと報じる資料は、目にしました。

 人の死までも「笑い」にして視聴率を稼ぐ・・・。

 まさに生前の横山やすしが最初に指摘した「あんたらの笑いは悪質な笑いや」を開き直り切って、悪ふざけで押し通して没後まで性懲りもなくオンエア、それでよいことにしてしまった可能性がある。

 もし、結局うやむやのまま、謝罪も何もせずが事実であったなら、こんな仕儀に30歳かそこらで慣れてしまったタレントが、40歳、50歳と年齢を重ねたときどのように増長するか・・・。

 それを私たちは見ているのかもしれません。

 1996年1月28日以降、さすがに「ダウンタウンは弱い者いじめ芸」というまことに当然な指摘が矢のようになされ、『人気シリーズ「やすしくん」』は打ち切りとなりました。

 しかし、このようなとき、もし「師匠」と呼べる人がいたなら、こんな仕儀でうやむやにすることは、少なくともかつての芸能界であれば、なかったように思います。

 仮に不用意に土下座に行ったとしても、頭を蹴り上げられてぼこぼこにされていた可能性があり、相手を加害者にしてしまいかねない・・・それくらいのことを、やらかしています。

 私も子供時代ですが、死んだ父を愚弄され(今からは想像つかないと思いますが)相手に殴り掛かった経験があります。

 こうした人の道に外れた仕儀があった際には、しかるべき人が仲裁に立ち、場を取り持ってことを納めるというのは、それこそ、かつてのヤクザだってやることで、その「やくざ程度」のケジメも全うできない「半グレ」の水準とも見えます。

 そういうものがないまま、うやむやになって「これでいいんだ」などと勘違いしたなら、もう「芸」も「人の道」もあったものではない。

「後輩芸人に女性を集めさせる」は、かつてなら興行ヤクザが地元に来てくれたタレントを接待していたものと前述しました。

 しかし、暴対法施行以降など、いろいろ難しくなる中、一の一をわきまえない者が上の立場に立って恥を知らない事態になっていたように見えます。

 文字でもいろいろ残っています。

 松本人志名義で前年の1994年に出された「遺書」というタレント本、こういうものは普通、インタビューなどを基にライターが書き起こすケースが多いですが、喋ったままをアンカーライターが書き起こして残ったのでしょう。

 新人「ライト兄弟」の松本人志が、38歳で最盛期の横山やすしに対して、こう書いています。

「チンピラはお前じゃ、というツッコミを入れられないほど、彼はわめき散らした。オレは何度も手が出そうになったが、とりあえずガマンすることにした(殴っといたらよかった)。番組が終わってからも、漫才とはこういうもんだとお説教が続いた」

 これは創作というか、後から考えた話でしょう。そして、こんな活字を横山やすし氏の逝去後、現在でもずっと販売し続けている。「修正主義」の典型と見えます。

「横山やすし」が吉本興業を解雇され、完全に「弱者」になってから、後出しじゃんけん的に書いている様子ですが、実際のオンエアはどうだったのか?

 このビデオで下を向いたまま、やすし「師匠」の一言一句に頷いている、18才だか19才だかが「何度も手が出そうに」なる表情に見えますか? 

 ご覧になれば、よく分かると思います。

※ 以下略 全文は出典先で
JBpress2024.1.18
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/78967?page=5