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2023/12/26(火) 08:13:07.76ID:u6qTJnV99写真 「突っ張りについてインタビューに答える元寺尾(2014年)
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リングドクター・富家孝の「死を想え」
確実にやってくる人生の最期を、どのような心持ちで迎えるのがよいのか……。新日本プロレスのリングドクターを務め、70代を迎えた富家孝さんが考えていくコラムです。
「またか」というのが、訃報を聞いて、私が真っ先に思ったことでした。力士ほど短命な人はいない、と思わざるをえません。それも名力士ほど早逝している印象があります。
錣山(しころやま)親方というより、いまも「寺尾」と呼んだ方がしっくりくる福薗好文さん(本名)が、12月17日、都内の病院で死去しました。60歳の還暦で亡くなるとは、あまりにも哀しいことです。死はだれも避けられないこととはいえ、60歳は、いまの時代、まだまだ十分に若く、人生まだこれからです。
横綱千代の富士を相手にしたガチンコの突っ張りを、いまも鮮やかに思い出します。
井筒3兄弟いずれも早逝
日本相撲協会の発表による死因は、「うっ血性心不全」で、最近は「不整脈」で入退院を繰り返していたといいます。発表された死因、「うっ血性心不全」は、死因と言っても臓器や血管にうっ血(血流が滞ること)が起こっている病態です。寺尾さんがどんな治療をしていたかはわかりませんが、入退院を繰り返していたというので、状態はよくなかったのでしょう。
寺尾の父親は、「もろ差しの名人」と言われた元関脇・鶴ヶ嶺で、井筒部屋の親方になり、寺尾は「井筒3兄弟」と呼ばれた3兄弟の3男。長男・鶴嶺山(元十両、2020年死去60歳)、次男・逆鉾(元関脇、元井筒親方、2019年死去、58歳)の2人とも早逝しています。
多くの横綱が60歳前後で世を去る
「力士短命」と言われますが、まさにその通りで、1場所15日制が定着した1949年以降、1989年までの40年間で横綱になったのは全部で22人ですが、このうち健在なのは、北の富士(81歳)、三重ノ海(75歳)、北勝海(日本相撲協会理事長、60歳)、大乃国(芝田山、61歳)の4人しかいません。多くの横綱が60歳前後で、この世を去っているのです。
力士は生活習慣病にやられる
私は学生時代に相撲をやり、後年、母校の相撲部の監督を務め、ボクシングやプロレスのリングドクターをやってきました。その経験から言うと、力士の短命は偶然ではありません。
力士は一般男性より、高血圧、糖尿病、痛風などのいわゆる生活習慣病になる率が圧倒的に高く、多くがそれに関連した原因で死に至るのです。
入門した時は中卒で体重70~80キロの新弟子が、2、3年後に倍の体重になります。体重150キロ超えで、やっと一人前の力士です。こんなに極端な人体改造をするスポーツはほかにありません。年々、力士は大型化し、いまでは100kgでは勝負になりません。
85キロを100キロに増やす
体重を増やすためには、ひたすら食べて寝て、稽古に明け暮れます。毎日がこれの繰り返しです。起きたらすぐに朝稽古、その後はたっぷり食事、そして午後は4時まで昼寝。 食事はちゃんこはもとより、ご飯中心の炭水化物が多く、体に脂肪がどんどんたまっていきます。
寺尾の時代は、まだ大型力士の全盛時代ではありません。それでも、初土俵時に85kgしかなかった体重を100kgまで増やすために大変な努力をしたといいます。食べて食べて、その後立ったままで壁に寄りかかって過ごしたといいます。横になると口から食べたものが出てしまうからです。こういう生活を数年間続けて、やっと100kgの大台に乗ったのでした。
こうして増やした体重を、今度は維持していかねばなりません。相撲には、ボクシングやレスリングなどとは違って、減量ということは一切ありません。レスリングのように、階級別にしたら相撲ではなくなります。小兵も大男もいて、「柔よく剛を制す」のが醍醐(だいご)味のひとつですが、それをやるほうは大変なのです。
つづく
12/25(月) 18:10 読売新聞
https://news.yahoo.co.jp/articles/75834a6ae8165afba9164595d7f7fa48a3adba3c