【小林至教授のスポーツ経営学講義】
https://www.zakzak.co.jp/article/20230511-HDSHDM72H5PX3BA6WGV34W7EHM/
2023.5/11 11:00

2か月近くが経過してなお特集や特番が組まれるほど、日本中を歓喜に包み込んだワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は、米国でもフロリダ会場での試合はすべて完売、大谷翔平対マイク・トラウトの対決は650万人が視聴した。ワールドシリーズの平均視聴者数1200万人には及ばないが、MLB公式戦の平均視聴者数が最も多いヤンキース戦でも23万人であることを踏まえると、〝全米が沸いた〟と言ってよいと思う。わたしの知る米国人は、野球に詳しいヒトもそうでないヒトも、決勝戦は目が釘付けだったと吐露している。WBCに対して及び腰なMLBのオーナーたちの心をも揺さぶったはずだ。

実際、MLBコミッショナーは今大会が大成功であったと総括し、次回を2026年に開催することを明言した。しかしこれ以上、大会を大きくすることは考えていないことも付言するなど、オーナーたちへの配慮も示した。WBCをやるか、やらないかを決めるのはMLBである。共同出資者であるMLB選手会は世界最強の労働組合とも言われる「うるさ型」だが、本件については受け身だ。そして、MLBの意思決定はオーナー会議に拠る。過半数のオーナーが反対すれば、そこでオシマイとなる。

MLBのオーナーの腰が引け、全面協力に踏み切れない理由のひとつが主力選手(特に投手)の故障リスクであることはご承知の通りだ。MLB30球団が選手に支払っている報酬額は年間5000億円以上。スター選手との契約では複数年にわたり数百億の支払い義務を負っている。そして、大金の対価として選手に求めているのは、公式戦(とポストシーズン)での活躍で、そこにWBCは含まれていない。

WBCがサッカーのワールドカップ(W杯)のように、たとえスター選手が公式戦を棒に振ったとしても仕方ないと思えるだけの「名誉」と「補償」があれば話は違ってくるだろうが、これには今しばらくの時間が必要だろう。前者の名誉は「重み」といってもいいかもしれないが、W杯もサッカーの母国を自認するイングランドが参加するまでの「重み」を持つまでに20年の歳月を要した。また、W杯が真のビッグ・ビジネスとなるのは1994年米国大会からで、創設から64年を経てのことだった。

少なからぬMLB球団は、WBCの価値が高まるとレギュラーシーズンの価値が相対的に低下するのではないかと懸念している。ワールドシリーズ制覇を至上価値として、フロリダかアリゾナでキャンプとオープン戦、184日間で162試合の公式戦(全2430試合)、4ラウンドのポストシーズンという年間スケジュールを、チケット、物販、放送、スポンサーなど諸権利として販売する集積は年間1兆5000億円に上る。

一方、WBCの売上は推定150億円程度だ。第1回の80億円からすると、17年の間に5回の大会を重ねてほぼ倍に成長したが、MLB30球団の売上総和と比べると1%に過ぎない。また、WBC決勝を5000万人の日本人と650万人の米国人が固唾をのんで見守りながら、その視線を釘付けにした2人が所属するエンゼルスの1試合平均視聴者数は5万人(米国内)に過ぎないことを考えると、MLB球団のオーナーにはもう少し鷹揚に構えて、WBCの成長を後押ししてもらいたいものだ。権利ビジネスは無常で、蟻の一穴を危惧するのは分からないではないが。 (桜美林大教授・小林至)