【音楽】1983年に発売されたアルバム・ベスト67:40年前に生まれた名盤たちをランキング ★2 [湛然★]
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1983年に発売されたアルバム・ベスト67:40年前に生まれた名盤たちをランキング【動画付】
Published on 1月 18, 2023 uDiscoverMusic https://www.udiscovermusic.jp/stories/best-1983-albums
1983年に発表された名作群は、ポピュラー音楽界に起きていた変化を映し出している。当時、世界屈指の人気バンドだったポリスは、その作品の中でパンク、ニュー・ウェーヴ、レゲエの要素を融合。ライオネル・リッチーは、“ソフトなソウル・ミュージック”と呼ぶべきジャンルの完成形を提示した。また、R.E.M.が驚くべき傑作を立て続けにリリースし始めたのもこの年からだった。要するに、音楽シーンは“何でもあり”の不思議な時代を迎えていた。このランキングが読者にとって、不可能など存在しなかったこの一年を掘り下げるきっかけになれば嬉しく思う。
■1983年に発売されたアルバム・ベスト67
1位:ポリス『Synchronicity』
2位:R.E.M.『Murmur』
3位:ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』
4位:マドンナ『Madonna』
5位:ハービー・ハンコック『Future Shock』
6位:ヴァイオレント・ファムズ『Violent Femmes』
7位:ポインター・シスターズ『Break Out』
8位:アル・ジャロウ『Jarreau』
9位:U2『War (WAR [闘] )』
10位:ニュー・オーダー『Power, Corruption & Lies (権力の美学)』
11位:メタリカ『Kill ‘Em All』
12位:マイナー・スレット『Out Of Step』
13位:デフ・レパード『Pyromania (炎のターゲット)』
14位:デヴィッド・ボウイ『Let’s Dance』
15位:トム・ウェイツ『Swordfishtrombones』
16位:シンディ・ローパー『She’s So Unusual』
17位:ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース『Sports』
18位:カルチャー・クラブ『Colour By Numbers』
19位:フーディーニ『Whodini』
20位:サイボトロン『Clear』
21位:メイズ・フィーチャリング・フランキー・ビヴァリー『We Are One』
22位:ZZトップ『Eliminator』
23位:アイアン・メイデン『Piece Of Mind (頭脳改革)』
24位:スティーヴィー・レイ・ヴォーン『Texas Flood (テキサス・フラッド~ブルースの洪水)』
25位:トーキング・ヘッズ『Speaking In Tongues』
26位:ビッグ・カントリー『The Crossing』
27位:モトリー・クルー『Shout At The Devil』
28位:カメレオンズ『Script Of The Bridge』
29位:高田みどり『Through The Looking Glass (鏡の向こう側)』
30位:坂本龍一『Merry Christmas, Mr. Lawrence (戦場のメリー・クリスマス)』
(※31位以下は省略)
1位:ポリス『Synchronicity』
ポリスが初めて全米1位を獲得した作品にして、現時点での彼らのラスト・アルバム。最終作という点を考えるとほろ苦いアルバムにも聴こえてくるが、いずれにしても、驚くべきキャリアの締めくくりに相応しい名盤であることに変わりはない。
2位:R.E.M.『Murmur』
名曲「Radio Free Europe」も収められた、オルタナティヴ・ロック・バンド、R.E.M.のアルバム。デビュー・アルバムとしてはロック史上屈指の完成度を誇る名作である。
3位:ライオネル・リッチー『Can’t Slow Down』
『Can’t Slow Down』は、爽やかでポップなソウル・サウンドにより一世を風靡した名盤。「Hello」と「All Night Long」という大ヒット・シングルも収められている。
(※以下略、ランキング詳細は引用元サイトをご覧ください。)
前スレ(★1=2023/01/20(金) 00:04:31.49)
https://hayabusa9.5ch.net/test/read.cgi/mnewsplus/1674140671/ 同じく名盤として後追いで聴いてたから20年くらい前に感じる ユニバーサルの旧版売り込みキャンペーンだからな
前スレでさんざん出てたから書いておこう 当時、洋楽を聞き始めた中学生でライオネル・リッチーを好きだった人は皆無だと思う
あの頃は今以上にルックスが重要だった しかもこのリンク先の日本語のjpサイトが最低
なんとWebサイトのAboutが404 Not Found だ
こんなのはいまどき中華サイトでも出会わない
ブラックの最たるもんだ
こんな会社の記事あげてたらあげた記者は剥奪もんだ
英語のサイトはまともだぞ
正真正銘のユニバーサルだ
記事載せるなら日本語載せるな
英語サイトそのまま載せて英語サイトにリンクしろ
日本語サイトは闇サイトレベル
開くな危険レベル
これユニバーサルジャパンが外部委託して作らせてるだろ
全く責任感のかけらもないサイトだ
最低! >>12
年で覚えてるならそれだけですごい
オレそれが80年代前半だったくらいだ >>10
これ通じないか
x 記事載せるなら日本語載せるな
o 記事載せるなら日本語版は載せるな >>10 > WebサイトのAboutが404 Not Found
ちょw metallicaの1stなんて当時誰も聞いてなかったでしょ サザンなら綺麗の年だね
原坊ならミスヨコハマダルト >>20
売れなくてラウドネスの高崎をスカウトしたんだっけ アイズレーのBetween the sheetsやデバージのIn a special wayみたいなソウルは無いのか >>23
1999
リーレコルベッット売れてないっけ? ひーーーー40年前になるのか
おっさんおばあになるわけや 結局、ウイアーザワールド
に出たて奴らが当時のトップ連中なわけか >>28
80年代はスカした奴はお呼びじゃないんだよ
バカになってなんぼ シングル単位ならグレッグ・キーンのJeopardyがファンキーで好きだったな 洋楽なんか聴いてるとバカになるよ
ここの人たちを見てみなさい (´・ω・`)俺が生まれた頃やん。
何が流行ってたの?親の幸せいっぱいの頃。 >>36
スリラーだな
日本だとビリー・ジーンよりビート・イットが流行ってた >>37
アルヤンコビックがイートイットを歌い
ひょうきん族でウガンダがスリラーを踊ってたな ハングリーライクザウルフと君は完璧さってアメリカだと1983年のヒットだったっけ? >>23
1999の後映画やらせてくんなきゃアルバム出さないってゴネた
でパープルレインを企画して83年はそれにかかりっきりだったのでアルバムは出してない >>37
㌧、歌えないけど知ってるわぁ。
40年前は名曲が多いのかな、youtube見てくるわ この時代でサビだけ覚えてる思い出の曲あるがタイトルもアーティスト名も全く出てこない
鼻歌検索しても出てこなかった
永遠に分からないまま人生終わりそう 1曲 で言ったらブルーマンデー!あとアートオブノイズの12’シングルIntoBattleのBeatBoxな R.E.M.が所属していたIRSレコードを設立したのはポリスのスチュワート・コープランドのお兄さんなんだっけ
変なとこで繋がってるな Journey のFrontiers
Michael Schenker Group の Built To Destroy >>49
英語苦手やったら無理せんとカタカナでええんやで >>28
分派したtones on tailやlove and rocketsの方がキャッチーで好き ロックウェルもこの頃かな
ホワイルユーシーアチャンスやベティデイビスの瞳はもう少し前か ああジャマラディーンタクマのショーストッパーとジェームズブラッドウルマーのオデッセイとビルラズウェルのベースラインズは今でも良く聴くなあ~ ビッグカントリーっていたねえ
バグパイプみたいなギター
メンアットワークとかカモン・アイリーンの人とかあんまり他が真似できないような独特な音楽があった時代だった >>1
この中だとU2が一番出世する感じだろ
実際ここからとんでもないバンド
になってくる 83年といえば愛のかげりで復活のボニー・タイラー faster than the speed of night で決まりや 1983年 アルバム年間ヒットチャート(ビルボード)
1 Thriller / マイケル・ジャクソン
2 Business As Usual / メン・アット・ワーク
3 Synchronicity / ポリス
4 H2O / ダリル・ホール & ジョン・オーツ
5 1999 / プリンス
6 Lionel Richie / ライオネル・リッチー
7 Jane Fonda's Workout Record / ジェーン・フォンダ ※エアロビアルバム
8 Pyromania / デフ・レパード
9 Kissing To Be Clever / カルチャー・クラブ
10 Olivia's Greatest Hits Vol.2 / オリビア・ニュートンジョン
11 TOTO IV / TOTO
12 Frontiers / ジャーニー
13 Rio / デュラン・デュラン
14 Built For Speed / ストレイ・キャッツ
15 Cuts Like A Knife / ブライアン・アダムス
16 Get Nervous / パット・ベネター
17 The Distance / ボブ・シーガー & ザ・シルヴァー・ブレット・バンド
18 Get Luckey / ラヴァー・ボーイ
19 Mountain Music / アラバマ
20 フラッシュダンス(サウンドトラック)
21 Hello, I Must Be Going / フィル・コリンズ
22 Night And Day / ジョー・ジャクソン
23 Spring Session M / ミッシング・パーソンズ
24 Kilroy Was Here / スティクス
25 War / U2
26 Duran Duran / デュラン・デュラン
27 Always On My Mind / ウィリー・ネルソン
28 Let's Dance / デヴィッド・ボウイ
29 The Closer You Get / アラバマ
30 Combat Rock / ザ・クラッシュ >>63
改めて見るとすごい年だったのがよくわかる
半分くらいアルバムもってたな 1982年のエイジアがすごく売れてた。
ジョンウェットンはこの世にいないんだよなぁ。 本音は1984年や1985年の方が豪華だと思ってるけど前スレでは言えなかったな >>47
豆
スチュワート・コープランドの父はバイオリニストで世界を回りつつCIAエージェントだった
スチュワート・コープランド自身はポリス以降悠々自適で好きなことやりつつ映画音楽でも認められた >>45
豆
アートオブノイズはバグルズであてたポーカルベースのトレバーホーンが作ったZTTレーベルの初期ヒット
ZTTはサンプリングでヒット量産した初期のパイオニア的レーベルでフランキーゴーズトゥハリウッドがいちばんのヒット
その後グレースジョーンズや808 Stateもここ
トレバー自身はジョンアンダーソンクリススクワイアが一時期抜けた穴のその2人分を1人で埋めてイエスでも曲出してる
そんでイエスはトレバーホーン抜けたあとトレバーラビンが入ってのジョン戻ってのオーナーオブアロンリーハートはそのサンプリング技術のオーケストラヒットを一躍世界に広めて日本も含めて世界中の誰もが使うようになったそのきっかけ(最近の奴らは嚆矢こうしとか書くのなこれ嫌いよ) >>12
83年はフラッシュダンスとマイケルのムーンウォークかな
84年はブレイクダンス
エアロビクスも流行したしみんな踊る楽しい時代だったわ >>65
エイジアでスティーブハウが抜けて解散状態からのイエスはジョンとクリスが戻ってのトレバーホーンのプロデュース兼曲才能でのオーナーオブアロンリーハートの大ヒット
ここで先スレでよく
コアなイエスファンはこれを嫌うとか書いてるやついた
ところがこれこそ80年代以降のサンプリングを先取りしていた代表曲 >>63
アメリカじゃLet’s Danceってこんな低いの?年間トップ10に入ってるぐらいの騒ぎ方じゃなかったか U2より下なのビックリ
ラヴァー・ボーイ 、ロマンティックスみたいなバンドってこの辺が最後だよね パンクでもなくオルタナでもなくヘヴィメタルでもなく もしボンジョビの髪型が短かったらこの系譜と位置付けられるかもしれないけど >>32
マイケルのアルバムスリラーは1982年発売
通算で37週間1位を獲得し1983年と1984年のビルボードアルバム年間チャート1位
同一アルバムで年間チャート2年連続1位は
マイケルジャクソンとアデルの二人のみ >>43
YouTubeで年度ごとのビルボードヒットチャートや年度ごとのロック曲ベスト100ポップスベスト100とかあるからその辺聴き漁ればすぐ見つかるはず
フーターズやヒューバートカーなんかもそこで見つけた >>70
この辺りがマイケルジャクソンヒットと合わせてのMTVビデオと音楽が始まったんだよね
そこから音楽はレコードだけじゃなくなってビデオも普及してその時からダンスもかパフォーマンスも音楽と同じくらい売上に繋がるようになった
もう音楽を売るための宣伝用の付録的なプロモーションビデオPVじゃなくなりダンスやパフォーマンスやスリラーのようにストーリーも見せるミュージックビデオMVの時代が始まってた
これがダンスボーカルグループにもなり
ネットになってYoutubeはビデオ主体
エンタメはネットで
宝塚とかオペラとかと同じ
その場の体験を得るようになったんだよね
古い人たちはまだ「音楽」を聴きてると思ってるがそれは「レコード」を売るための業界の刷り込みだったわけ
劇場とか映画を見た後にその感激を得るのがレコードの音楽コピーしかできなかったから
レコード変えなかった時代はラジオだったし音だけだった
レコードもなかった時代は楽譜が売れた
しかしネットの現代は映像込みでエンタメ
そしていつでも誰でも発信できる
だから
子供がネットにあげたグミのASMRと「音楽レーベルがメジャーデビューしました」ってやつが対等に時間を取り合う時代
年寄りはイエスのサンプリング以前がコアなファンと思い込んでるのと同じくらい音楽だけ聴くのがコアなファンだとまだ思い込んでる
宝塚の最初の時と同じように
ダンスもエンタメの中心に「戻り」
グミの音も大道芸の時代のようにまちかどで面白いことして楽しんでたエンタメの基本に戻ってるだけよ
投げ銭して
今はネットのおかげでエンタメの基本に戻れた時代
そして著作権なんていうアナログフィジカルコピー文化をベースとして利権組のために作られた法律は陳腐化して使い物にならなくなった時代
デジタルでインターネットの時代になってよかったね >>72
低いんじゃないんだよ
日本と違うんだよ
どれもすげーんだよ >>59
そわなのいつの時代でもあるよ
今の方がネット時代でたくさんわかる 貸しレコード真っ只中だったので
エイジアのアルファ
スティービーニックスのワイルドハート
だけを買った
結局どっちとも前作が良かったという印象
曲で言えばエイジアのはヒートゴーズオン、ニックスのはイウエニワンフォールズがすごく良かった AC/DC - Flick of the Switch (1983)
https://www.youtube.com/watch?v=7DAwO9rtC00
1983限定なら正直一番聴き込んだわ >>72
ビルボードの年間チャートは締め日、月の関係で大ヒットアルバムでも発売時期によって二年間売れ続けたりすると
一年目の年間チャート35位2年目の年間チャート29位なんてこともある
マドンナのトゥルーブルーとかマイケルのBADなんかもこの関係で年間チャートではあまり上位にこれなかった
逆にこれがうまくいくとジョージマイケルのように80年代で唯一のビルボード年間シングルチャートと年間アルバムチャートの同一年度一位という快挙ができる スリラーとか83年末にMVが公開されて、アルバムが日本で売れたの84年だろ?
デュランデュラン、カルチャークラブ、ワム!あたりのイギリス勢がブレイクしたのも84年くらい
あとはマドンナにフットルースのサントラなんかも
83年は洋楽ブームの前段階で84年はからが本格的なブームだと思う 昔はイギリスのミュージシャンが全英ヒットしてから全米デビューして全米ヒットするまで一年ぐらい時間差あるの当たり前だったから、どの年のヒットかって記憶がやや混乱する
日本での人気は基本的に全英ヒットと同じ時期で全米が遅かったと考えていいんだよね こういうランキングのリリース年と体感は少しズレる事がある
当時は海外の情報が入ってくるのは遅いし、本国と日本でリリース日が違う事なんか普通だし ビルボードシングル年間1位
1980年ブロンディ コールミー
1981年キムカーンズ ベティデイヴィスの瞳
1982年オリビアニュートンジョン フィジカル
1983年ポリス 見つめていたい
1984年プリンス ビートに抱かれて
1985年ワム ケアレスウィスパー
1986年 ディオンヌ&フレンズ 愛のハーモニー
1987年バングルス エジプシャン
1988年 ジョージマイケル フェイス
1989年 シカゴ ルックアウェイ ビルボードアルバム年間一位
1980年 ピンクフロイド ザウォール 二位マイケルジャクソン オフザウォール
1981年REOスピードワゴン 禁じられた夜
1982年 エイジア 時へのロマン
1983年 マイケルジャクソン スリラー
1984年 マイケルジャクソン スリラー
1985年 スプリングスティーン USA
1986年 ホイットニーヒューストン そよ風の贈り物
1987年 ボン・ジョヴィ ワイルドインザストリート
1988年 ジョージマイケル フェイス
1989年 ボビーブラウン ドントビークルーエル 84年は小林克也のMCでグラミー賞の生中継やって最後にノーカットでスリラーのMV流したの覚えてるわ
日本で洋楽が一番盛り上がったのが84年というイメージだな >>63
デュランデュランがデビュー作と2ndと2作入ってるけどこの年にアメリカでブレイクしたのか イギリスシングル年間一位
1980年 ポリス
1981年 ソフトセル
1982年 デキシーミッドナイトランナーズ
1983年 カルチャークラブ カーマは気まぐれ
1984年 バンドエイド
1985年 ジェニファーラッシュ
1986年 コミュナーズ
1987年 リックアストリー ギブユーアップ
1988年 クリフリチャード
1989年 ブラックボックス イギリスアルバム年間一位
1980年 ポリス
1981年 アダム&ジアンツ
1982年 バーブラストライサンド
1983年 マイケルジャクソン スリラー
1984年 ライオネルリッチー
1985年 ダイアーストレイツ
1986年 マドンナ トゥルーブルー
1987年 マイケルジャクソン BAD
1988年 カイリーミノーグ
1989年 ジェイソンドノバン 84年からa-haが出てきたりUSA フォー・アフリカがあった85年、ギリ86年くらいまでがピークかな?
このあとにバンドブームが来て洋楽離れが始まる
当時、中高生の体感で、すでに大人だった人達がどう感じていたかはわからないが デュランデュランのリオはアメリカ向けにリミックスされたほうで売れてんだよね 1980年代全米ナンバーワン獲得数
マイケルジャクソン 9曲
マドンナ 7曲
フィルコリンズ 7曲
ホイットニーヒューストン7曲
ジョージマイケル 6曲
ホール&オーツ 5曲
ライオネルリッチー 5曲
プリンス 4曲
ボン・ジョヴィ 4曲
ポールマッカートニー 3曲
スティービーワンダー 3曲
ビリージョエル 3曲
ヒューイルイス&ザニュース 3曲
スターシップ 3曲
ビリーオーシャン 3曲
リチャードマークス 3曲
ポーラアヴドゥル 3曲 1983年 アルバム年間ヒットチャート(UK)
1 THRILLER/マイケル・ジャクソン
2 Let's Dance/デヴィッド・ボウイ
3 COLOUR BY NUMBERS/カルチャー・クラブ
4 NO PARLEZ/ポール・ヤング
5 TRUE/スパンダー・バレエ
6 FANTASTIC/ワム
7 BUSINESS AS USUAL/メン・アット・ワーク
8 SYNCHRONICITY/ポリス
9 GENESIS/ジェネシス
10 18GREATEST HITS/マイケル・ジャクソン&ジャクソン 5
11 SWEAT DREAMS (ARE MADE OF THIS)/ユーリズミックス
12 CAN'T SLOW DOWN/ライオネル・リッチー
13 LABOUR OF LOVE/UB40
14 THE LUXURY GAP/HEAVEN17
15 THE HURTING/ティアーズ・フォー・フィアーズ
16 STAGES/エレイン・ペイジ
17 THE VERY BEST OF THE BEACH BOYS/ビーチ・ボーイズ
18 TOO LOW FOR ZERO/エルトン・ジョン
19 SNAP! /JAM
20 RIO/デュラン・デュラン >>88
クリフ・リチャードすごいな
ビートルズが出てくる前にイギリスで人気だった人だろ 80年代シングルチャート一位争い
プリンス対スプリングスティーン
84年6月30日
一位 リフレックス デュランデュラン
二位 ダンシング スプリングスティーン
三位 ビート プリンス
翌週誰もがスプリングスティーンの発のシングル一位を疑わなかった!だが!しかし
7月7日
プリンスがスプリングスティーンを飛び越えて一位
スプリングスティーンフアンはまぁプリンスが落ちるまで待とう
だが!しかし!またしても
プリンスはここから5週間連続一位
スプリングスティーンも必死に二位をとり続けるが力つきる
ちなみに年間チャートでは
プリンス ビートに抱かれて1位
スプリングスティーン ダンシング14位
デュランデュラン リフレックス16位
相手が悪すぎた…… マイナースレットがしれっと上位にあるのが海外ランキングって感じでええな 80年代アルバムチャート一位争い
プリンス対スプリングスティーン再度激突
84年7月7日大ヒット映画フットルースを蹴落としスプリングスティーンがついに第一位にその後4週間連続一位ついにスプリングスティーンの時代かと誰もが思った!だが!しかし!またしてもアイツがやって来た!
翌8月4日プリンスのパープルレインは一位を獲得するとそこからなんと24週間連続一位 ちなみにこの24週間連続一位はマイケルのスリラーもやったことがなく、スリラーは途中でポリスやらクワイエットライオットやらライオネルリッチーやらに一位をとられながらの通算37週間一位
最近ではアデルのセカンドアルバムが24週間連続一位を獲得している
世間はマイケルの次はプリンスの時代とスプリングスティーンフアンは苦汁を飲まされていた
だが!しかしこの24週間一度だけマドンナのライクアバージンに二位をとられるものの、ぐっと二位に張り付きながらプリンスの足を引っ張り続けた
そしてついに85年1月19日一位に返り咲き3週間一位
プリンスのパープルレインの24週間一位に対してスプリングスティーンは7週間の一位
しかしどちらもこの時点で売上1000万枚ごえ
マドンナのライクアバージンも600万枚ごえ
MTVでは星条旗をなびかせるアルバムタイトル曲のMVがへヴィローテーション
そして年間チャートの発表1985年年間チャート一位ボーンインザUSA
勝ったスプリングスティーンがプリンスに勝った
全米のスプリングスティーンフアンはこの日ボーンインザUSAを大合唱しながら泣き崩れたという マイケルのスリラープリンスのパープルレイン、スプリングスティーンのUSA
フットルース、フラッシュダンス
ロングセラーが多かったせいでデュランデュラン、シンディローパー、マドンナとか代表作が全米ナンバーワンとり損なったっていうのが多いんだよね >>90
大体あってる
無個性なデジタル音が汎用化して浅漬けみたいなユーロビートが節倹するとダンス族以外は洋楽から離れた
細かくいうというMMPが停滞したとかデビーギブソンチャーリーセクストンみたいな才能の早潰しもあるんだけど >>94
クリフリチャードはイギリスチャートで1950年代から2000年代までそれぞれの10年間のうちに1位をとってる唯一のだってよ
オリビアニュートンジョンがソロ前にコーラスやってた
竹内まりやがソロ前に杉真理バンドのコーラスやってたけどね スティックスはキルロイワズヒアのドォモアリガットミスターロボットで新たなファンを獲得したが、パラダイスシアターまでの抒情詩的なアメリカンプログレハードロックからかけ離れたミュージックビデオ優先のコンセプトにしてしまったお陰で解散が早まってしまった。
トミーショウがナイトレンジャーのメンバーとダムヤンキーズでそこそこ成功してた。 そういばマドンナのファーストも暫く日本では未発売だったんだよね イエスとポールマッカートニーはどこらへんだったの?いないのが不思議なんだけど 音がクリアになりすぎで耳が痛くなって音楽自体触れなくなっていたな、80年代後半は
元々ロックよりソウルの方が好きだったから90年代になってまたアルバムとか漁るようになったけど ポールは84年の映画、ヤァ!ブロード・ストリートがコケて、86年発売のプレス・トゥ・プレイも評価低かったよね
来日20周年のラジオでの特集きっかけでビートルズ好きになったから、プレス・トゥ・プレイはビートルズ関連で初めてリアルタイムで買ったアルバムだったな >>105
ポールはスティービーワンダー→マイコーとコラボ連発して映画邦題『ヤァ!ブロードストリート』に取りかかるころではないかと >>62
メガデスのデイヴ・ムステインいた1stアルバムだな
邦題が血染めのハンマーw
この後に売れる筈のないバンドがブラックメタリカで1位を獲るって言うねw 1983年はチェッカーズが流行る直前で、めぼしい男性アイドルが田原近藤シブガキくらいしかいなかった
だから大人びた中学生はデュランデュランのニック、サイモン、トリプルテイラーとかボーイジョージにキャーキャー言ってた感じかな 洋楽のいっちょかみ層はこれ以降WHAM!とかテイクオンミーとかに走り、最後は猫も杓子も聴いてるだけでおしゃれさん扱いのスタカンに行き着いて90年代を待つことなく終焉を迎えた デビュー時のマドンナってマリリンモンローを意識していた
というか意識されられてたよね。
よく見りゃそれほど似てないんだけどそういう売り方が最も分かりやすかったんだろう。
カワイイお姉ちゃん背伸びして頑張ってる感じが良かったけど
ビッグになるに連れて路線が変化して行ったよなあ。 >>109
メガデスのデイヴ・ムステインいた1stアルバムだな
いねーよ >>112
ローリングストーン誌が選ぶランキングでも最近はライクアプレイヤーじゃなく
デビューアルバムがオールタイムアルバムランキングに選出されてるもんな
2000年以降のEDMに影響与えたってことで選ばれてるのかなあそこのランキングもよくわからん選び方するよな 1985年 年間ヒットアルバム(ビルボード)
1 BORN IN THE USA/ブルース・スプリングスティーン
2 RECKLESS/ブライアン・アダムス
3 LIKE A VIRGIN/マドンナ
4 MAKE IT BIG/ワム
5 PRIVATE DANCER/ティナ・ターナー
6 NO JACKET REQUIRED/フィル・コリンズ
7 ビバリーヒルズ・コップ(サウンドトラック)
8 SUDDENLY/ビリー・オーシャン
9 PURPLE RAIN/プリンス&ザ・レボリューション
10 SONGS FROM THE BIG CHAIR/ティアーズ・フォー・フィアーズ
11 CENTERFIELD/ジョン・フォガティ
12 EMERGENCY/クール&ザ・ギャング
13 BUILDING THE PERFECT BEAST/ドン・ヘンリー
14 SPORTS/ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース
15 VITAL SIGNS/サバイバー
16 BREAK OUT/ポインター・シスターズ
17 BIG BAM BOOM/ダリル・ホール&ジョン・オーツ
18 WHEELS ARE TURNING/REOスピードワゴン
19 THE UNFORGETTABLE FIRE/U2
20 AGENT PROVOCATEUR/フォリナー
21 Chicago17/シカゴ
22 CAN'T SLOW DOWN/ライオネル・リッチー
23 NEW EDITION/ニュー・エディション
24 DIAMOND LIFE/シャーデー
25 MADONNA/マドンナ
26 AROUND THE WORLD IN A DAY/プリンス&ザ・レボリューション
27 BROTHERS IN ARMS/ダイアー・ストレイツ
28 SHE'S SO UNUSUAL/シンディ・ローパー
29 WHITNEY HOUSTON/ホイットニー・ヒューストン
30 VALOTTE/ジュリアン・レノン ロッキングオン
ミュージックライフ
FMfan
を毎回買っていた >>113
クレジットされてるわ
ダイヤモンドヘッドのカバー曲で弾いてるだろバカ >>115
この年はクール&ザ・ギャングとドン・ヘンリーとサバイバーがロングセラーで大健闘だったって印象 >>110
まさに俺。
邦楽はオフコースが解散して大瀧詠一がナイアガラで一定の金を稼いだから休んでいて達郎がまりあと結婚して子作りしてる期間。
ホッドドックプレスでも洋楽特集していてなんか聞いてみるかで聞いてみたら、あら邦楽と全然違うと言う事でFMとか深夜のMTVを聞いていた時代。
バンドエイドが全盛期でリックアストリーとかボビーとかユーロビートが出て来て完全衰退。
その頃は社会人でバブル崩壊までは楽しかった。 この辺リアルタイム世代は90年代以降はついていけてない人多いよな >>123
ビルボードでも初登場NO1とか連続10週以上1位みたいなのが出るようになって醒めた
ラジオ流れてで徐々に売れ、プロモーションツアーをやり、4曲くらいシングルカットする時代がよかった >>123
マイナースレットとトーキングヘッズは今でも人気あるやん
デヴィッドバーンの映画すごかったし >>114
最近はメッセージ性よりもその後の音楽シーンに与えた影響やサウンドの革新性が重視される傾向があるみたいね
洋楽総ダンスミュージック化のご時勢もあってか、特にクラブ方面から見た意見が無視出来なくなってきてる 洋楽離れしたわけじゃないが、ビートルズ好きになってから60年代ロックを聴くようになり流行りの音楽は聴かなくなった
80年代後半からジョージ・ハリスンが復活して、ポールはツアーを始めた
リンゴもポールもジョージも観れたし、好きになったタイミングがよかったな
それからは彼らのヒーロー達を遡って50'sやそれ以前のブルースなんかも聴くように
90年代前半てCDのBOXセット流行っていて昔の音楽が入手しやすくなってたしね >>124
シングル最初の初登場1位はマイコーなんだよなあ >>127
ビージーズ
ロッドスチュワート
エリッククラプトン
以上 4枚組ボックス
エルヴィスプレスリー50年代5枚組ボックス買った
あと80年代後期のソニーのスターボックスシリーズの
TOTO シカゴ フーターズ ビリージョエルあたりも買った 最近売れてる新人バンド…ああジャミロクワイって良いね! 個人的は30位止まりの曲が年間100位以内に入ってたりと楽しかったけどな、90年代のシングルチャートは
1999年に1999がしっかりチャートインした時は笑った >>130
ジャミロクワイって最初ソロと勘違いしてたわ
九州の大学にかよってたころジャミロクワイのあのトレードマークの帽子被ってガッコきてるやつ見てびびった >>123
別に義務で聴いてたわけでもないしね。
興味がなくなればそりゃ自然と離れるよ。
90年代になったらラップとかヒップホップばかりになってウンザリした覚えがある。
もちろん他のジャンルもあったんだろうけどチャートしか見てなかったし。 自分の中で最新の洋楽アーティストなんてマライアキャリーくらいだよwいやマジでw え?レディガガとかビリーアイリッシュくらい知ってるだろ? >>1
シンクロニシティはバイトして最初に買ったCD そういや恋人たちのクリスマスって25年経ってやっと1位取ったんだよな >>133
そう マライアキャリーとかボーイズ2メンとかが一位とりまくるようになってからビルボードのチャート追うのやめた
あとおいでオアシスとかレディオヘッドの名曲を知った
どちらもビートルズの名作アルバムや名曲と比較できる曲があるのでリアルタイムで聴きたかった
リアルタイムで聴いた90年代の名曲は
ニルバーナ
ガンズのノーヴェンバー
U2のONE
スティングのレオンの曲
クラプトンのティアーズとチェンジ
スコーピオンズのウインド
ダムヤンキースのハイイナフ
クイーンズライクの静寂
REMのルージング
カーディガンズのカーニバルあたりまで
クランベリーズのゾンビもあとおいで知った >>69
クリスは一度もイエス抜けていない唯一のメンバーだぞ
あのとき抜けたのはリックとジョンで、トレバー・ホーンはベース弾いていない
そしてジェフ・ダウンズがキーボード弾いていただろ >>137
80年代の最も一位獲得週の多い曲
逆に後追いからはこれが80年代ナンバーワンの曲、つまんねと80年代が他の年代よりしたにみられるきっかけになった曲でもある 第二期ブリティッシュ・インヴェイジョンの頃だな
ポリス、ワム、カルチャークラブ、デュランデュラン、ハワードジョーンズ、トンプソンツインズ、ユーリズミックス
イギリス勢の曲好きだったなあ 記憶に残るだけでも勝利やん
恋するデビーなんて忘れられかけてるぞ >>138
通算では12週間一位で
ビートルズのヘイジュード9週間や
プレスリーのハウンドドッグ11週間より
偉大な曲扱いなんやで(チャート上で) ニューウェイヴ等から過去のブルースR&Bソウル歌謡曲ラテンやザッパ マイルス フェラ キングタビー等に行って二度と現在ロックに戻らない むしろ今のはテクノとかだな… Black UhuruのAnthemだろ
翌年の読売ランドの公演もめちゃ凄かった
日本ならE.D.P.SのBLUE SPHINX
こっちも新宿のライブハウスで見たがめちゃ凄かった この頃と一番違うのは、街を歩くとヒット曲が流れていたことだな
JASRACは何やってくれたんだよ >>129
エルヴィスのは買ったな
60年代、70年代も出てたのはAmazon Musicで知った
ブルースだとチェスボックスやRJのコンプリートレコーディングとか
RJ、日本盤は普通の2枚組CDケースだけど輸入盤はボックスだったんだよね この手のランキングって毎回意味ないのよ
昭和とか平成とか、あと○○年とかの線引きを正確に覚えてる奴おらん >>149
ジャネットジャクソンみたいにキャリア最高のアルバムを1989年に発売して
そのアルバムからのシングルカットのほとんどが1990年と1991年にヒットとかもあるから
一枚のアルバムからシングル7枚がすべてビルボードシングルチャートで5位以内おまけにそのうち4枚が全米ナンバーワン
マイケルのスリラーやスプリングスティーンのボーンインザよりシングルヒットに関しては上なのに80年代と90年代の年代またぎと
90年デビューのマライアキャリーのデビューアルバムから全米ナンバーワン4曲ヒットの影に隠れて名盤ランキングからもはずれがち 調べたら
高橋幸宏「薔薇色の明日」
ビリージョエル「イノセント・マン」
尾崎豊「十七歳の地図」
の年だった 以下 ディラン Dサマ スレイヤ Qライオット 35位マルコムマクラレンDuckRock(俺がマルコムだ!)pd.トレヴァーホーン Keyにトーマスドルビー!Hiphopのハシリ的曲もある傑作! ユリズミックス OMD X シンリジ リプレイスメンツ Fグラス ウーマックx2 Bシガ エコバニ Dio ティアズフォフィアズ レインボ フロイド イーノのApolo Sユース1st メンアトワーク おじー チャランジットシン B52s ストレイキャッツ Sディストション ミニットメン マリリオン Eジョン コクトツインズ Bアダムズ Bブラッグ アズテクカメラ1st Tドリーム Sバレエ 67位キッス 印映画人のチャランジットシンは最近アシッドハウスのハシリ扱いされてるのか聴いてみよう… 1987年あたりで洋楽のCDレンタルがリリース後6ヶ月?経たないとレンタルできなくなって、途端に洋楽追わなくなった記憶がある 1980 リメインインライト
1981 ディシプリン
1982 アバロン
1983 アポロ
1984 オーシャンレイン
1985 キューピッドサイケ
1986 スカイラーキング
1987 ラングレーパーク
1988 スピリットオブエデン
1989 ハッツ >>115
85年から売れる音がちょっとシリアス風味になってくね
ティアーズフォーフィアーズ、Mrミスター、ダイアーストレイツあたり >>63
R&Rほどじゃないにせよエアプレイをかなり重視したランキングになってるみたいだから、83年以前に発売されたアルバムがシングルカットしてヒットした影響でかなり入っていて、このスレのランキングにはそのまま使えないなぁ >>137
82年ぐらいまではまだ70年代の続きの感じだよね特にアメリカは まだTOTOみたいなAORがバカ売れしてたし 82年末のスリラーもイメージ戦略は80年代だけどサウンド自体は70年代を継承してだから今も音が古びないってのもある ドモ アリガト ミスターロボット (ドモドモ)
最初は何これ~w?と思ったけど癖になる曲だったなあ。 >>105
ポールはマイケルとのThe Girl Is Mineが1982年10月で11月にビルボードホット100は2位、R&Bとアダルトコンテンポラリー1位
それが好評だったからレコーディングはもっと古い1981年にしてたsay say say が1983年10月リリースで11月1位で年間としては1984年のトップ10のどこかにいた
イエスはロンリーハートが1983年末で同じく1984年年間はトップ10あたりに入った >>149
この手というけどこれは売れた量でもなく
単にユニバーサルの古いリストを買ってくれてた時代の人に向けてアピールするキャンペーンの一環だから
英語サイトには抜けてていいのあったらコメントしてだよ >>143
ホイットニーも歌ってるしみんなカバーしてるだろ
その頃ならキャプテン&テニールなんかも懐メロでやってるよ
アメリカは 1982〜1984年辺りはニューウェイブやポストパンクのバンドで良いアルバムやバンドがワラワラ出た頃。
The Cure、Siouxsie And The Banshees、Visage、バンドな頃のDead or Aliveとか。
中学生の時は洋楽三昧だった。
今聴くとDuran Duranはバンドな音してる。昔はそんな感じはしなかったのに。
東京デビューした頃、垢抜けた関西芸人に見えてたのに今見るとコテコテの古風な関西芸人だった明石家さんまに通じる違和感。 >>159
セイセイセイは年間3位
ロンリーハーツは年間8位
ビルボードデータベースってサイトでこの手の記録はいろいろ調べれる
欠点はダイアナロスの全米ナンバーワン数が
ソロで6曲
シュープリーム時代に12曲なのが
ダイアナロス&シュープリーム名義の一位がソロ名義にもカウントされてたり
ビルボード本家も認めてるエルヴィスプレスリーの全米ナンバーワン18曲のB面一位の曲がA面と同一カウントで全米ナンバーワンが17となってたり
ディオンヌ&フレンズ名義の全米ナンバーワン曲がそれぞれスティービーワンダーやエルトンジョンのソロナンバーワンにカウントされたり
ホール&オーツやサイモン&ガーファンクルの一位がそれぞれのソロ名義の一位にカウントされてたりする事 デュランデュランはあんな音だけどバンドでセッションしながら曲作ってた 著作権で史上最も稼いだ曲トップ10
1.「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」パティ・ヒル、ミルドレッド・J・ヒル/ワーナー・チャペル社
2.「ホワイト・クリスマス」アーヴィング・バーリン
3.「ふられた気持」ライチャス・ブラザーズ
4.「イエスタデイ」ザ・ビートルズ
5. 「アンチェインド・メロディ」アレックス・ノース、ハイ・ザレット/ライチャス・ブラザーズ
6.「スタンド・バイ・ミー」ベン・E・キング/ジェリー・リーバー、マイク・ストーラー
7.「サンタが街にやってくる」ジョン・フレデリック・クーツ、ヘヴン・グレスピー
8.「見つめていたい」ザ・ポリス
9.「オー・プリティ・ウーマン」ロイ・オービソン
10.「ザ・クリスマス・ソング(メリー・クリスマス・トゥ・ユー)」メル・トーメ/ナット・キング・コール
ビートルズの.「イエスタデイ」が歴代4位
ランキング上位はほぼ全て何らかのギネス記録保持楽曲である。
「ハッピー・バースデイ・トゥ・ユー」は世界で最も歌われた楽曲で「ホワイト・クリスマス」は世界で最も売れたシングルとしてギネス認定
そして「イエスタデイ」だが
世界中のミュージシャンに数多くカバーされており、ビートルズ活動時点で既に1,000を超えるカバー音源が存在し、「世界で最も多くカバーされた曲」としてギネス・ワールド・レコーズに認定されている。
BMI調べによる「20世紀にアメリカのテレビやラジオで最もオンエアされた100曲」のランキングでは、700万回以上のオンエアで3位にランクインされた[3]。
BBC4が2012年に放送したドキュメンタリー番組『ザ・リッチエスト・ソングス・イン・ザ・ワールド』にて音楽史上最も稼いだ10曲を選出し、本作は第4位にランクインした[4]。
1999年のBBCラジオ2の世論調査において「20世紀最高のベストソング」にランクインし、翌2000年にローリングストーンとMTV共同のグレイテスト・ポップソング100において第1位を獲得[5]。
また、ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500では13位にランクインした[6]。 >>154
ロキシー臭いとこ以外は良いラインナップ >>1
ポリスが1983年に発表した5枚目のアルバム『シンクロニシティー』に収録される「見つめていたい」が8位
著作権上位って事は当時、相当世間に浸透したって証だよ >>165
ウソくせーなにこのランキング
なんでマイケルが圏外?? 個人的にはR.E.M.よりThe B-52's派
このバンド同士は仲が良いんだけど >>169
マイケルはあんまりカバーされてないだろう
ジャクソン5時代の曲はマライアキャリーがカバーしたけど
イエスタデイなんか600回以上のカバーに
学校の音楽の教科書なんかにものってる
ベンEキングやロイオービソンやライチャスブラザーズ、パーシ−スレッジなんかも音楽大学の教科書にものってるし日本でもテレビCMなんかにもよく使われる
残念ながらマイケルの曲を教科書やCMではあまり使われないんじゃないか >>169
ビルボードデータベースで曲ごとの一位獲得週数も調べれるけど
マイケルの曲で一番のビリージーンでさえ7週間一位
10週間以上一位の曲がたくさんあってビリージーンでさえランク外 >>165
ポリスのはあれだ
ショーン・コムズのI'll Be Missing Youでサンプリングされてるのも大きい >>159
ポールとマイケルはThe Girl Is Mineがホール&オーツのManeaterに阻まれてトップとれなかったので、翌年H&OがSay It Isn't SoをリリースするタイミングでSay Say Sayをぶつけてトップとってた >>169
ビルボードデータベースによると1955年から2023年現在までのすべてのシングル楽曲で
マイケルジャクソンの
セイセイセイ6週間連続一位が263位
ビリージーン7週間連続一位が444位
つまりマイケルジャクソンより上に262曲ある
妹のジャネットジャクソンも8週間連続一位とったことあるし
マライアキャリーにいたっては8週間連続一位より上の楽曲が5曲ある 83’ゴールデンパロミノス1st / 84’ アートリンゼイEnvy フィータスHole トーマスドルビー地平球 立花ハジメ テッキー君とキップルちゃん 佐野元春Vistors うんやっぱ84年サイコー! >>176
それは「認識」が間違ってる
マイケルはアルバムがシングルレベルで売れたからシングル自体が売れなかったのね
アルバムがそれだけ売れたのがすごいと認識されてるわけです >>172
だからマイケルからはパフォーマンス込みの時代に入ってるわけで音楽だけで捉えると「認識」間違い
ダンスやパフォーマンスでどれだけの影響与えたのか
つまり音楽だけじゃないオペラみたいな捉え方しないといけない レコード会社の著作権商売じゃなくビデオの著作権商売も込み
そしてもう時代はネット
著作権のフィジカルコピーでどーこー言ってるのが破綻してる時代 映画館見に行った
幻魔大戦
フラッシュダンス
南極物語 マイケルとMTVがお互い伸ばしあったから
MTV契約者の伸びがMTV契約にどの程度影響したかとか
そのMTVでマイケルがどれだけ放映されてマイケルにいくら入ったとか
そういうのが絡んでくるわけです ポールのパイプスオブピースは83後半だったか、がっかりさせられた思い出。イエスの90125で盛り上がった思い出。レコードレンタルではユートピアのスウィングトゥザライト、チープトリックのネクストポディションプリーズを借りた思い出。 マイケルの曲だけ聴くよりビデオ見たい人のが多かったでしょう
スリラーとかビートイットとかビデオと音楽がもう一体化してるわけで この頃に10代前半だとガンプラブームが終わって、ジャッキー・チェンの人気がピークになる時くらいだな
ジャッキー映画だったか必殺!だったか記憶が曖昧だが、映画観に行った時にフットルースの予告観たんだよな マイケルの曲が音楽の教科書にどーこーってどんな思考してるのかなと思う
それ考えるならダンスの授業でどれだけ使われたかってのでビートルズやベンEキングやロイオービソンやライチャスブラザーズ、パーシ−スレッジがどれだけ使われたかでしょう 当時は洋楽のPVを見るなんて中々出来なかったよね。
それこそ小林克也氏の番組でもチェックしないと見られなかったり。
今ではyoutubeで古いのから最新のまで気軽に見られるから良い時代になったなと。 ベストヒットUSAみたいな全国放送以外にもローカルでMV紹介する番組なかった?
神奈川だとミュートマとか 家は東京でテレビ神奈川も入ったからたしかに音楽番組は充実してたね。
88年くらいだったと思うけど「ビルボードトップ40」っていう番組を見つけて
4年間くらいは毎週見てたなあ。当時の洋楽の知識はほぼこれからだったw >>191
マイケルあたりからもう音楽のプロモーションじゃないからPVでなくてミュージックビデオMVって言葉になりつつありました
私もそれにはその頃気づいてなかったです >>191
地方だったから80年くらいまで夏休み冬休みにやるフィルムコンサートで見てた
ドラマ仕立てのはジョージハリソンなど一部だけでほとんどライブ映像にレコード音源被せたようなのだったけど十分楽しめた >>115
ビリーオーシャン年間8位って意外だわ
シングル売れてもアルバム売れないタイプと思ってた ウィキみると最高位9位だし、まあしぶといロングセラーだったんだろね >>191
いや、皆んなテレジオ7で見てたよ
千葉テレビの デビッドボウイとメタリカとポリスってどれが格上なの? >>187
ユートピア借りれるとこなんて神保町ジャニスくらいしか思い浮かばんが >>198
その辺はほぼ互角
アルバム単体の世界セールス メタリカ ブラックアルバム
シングルの売り上げ ポリス 見つめていたい
後世への影響力 デビットボウイ
ビルボードはポリスを選び
RIAAはメタリカを選び
ローリングストーン誌はデビットボウイを選ぶみたいな >>191
1984年からはテレ朝が土日深夜にやってたMTVなんかで普通に見てたね
日本でも知られてる流行り物だけじゃなくゴールデン・イヤリングとかレッド・ロッカーズとかあんま聴けないようなのも流れてた
あとはピーター・バラカンのポッパーズMTV
レジデンツのMVなんかここでしか見れなかった >>202
うおーレジデンツ
Freak Show Sony music tv の一発目がボウイのashes to ashes だっけ
翌日にアルバム買いに走ったのはいい思い出
棺桶に入れてほしい一枚になった ポッパーズMTVは本当に勉強になった
当時のことを語るに当たっては、相手があの番組見てたかどうかで正直振る話題が違ってくるね >>162
初期のデュランデュランはもっと評価されていい
なかなか面白い演奏してる。特にベース Anyone out there のベースラインが好き ポリスはGHOST in the MACHINEの方がいいと個人的には
思うんだけどな。シンクロのB面はSTINGのソロの予告編だろ メタラーだが、U2WAR 闘はハマった。ギターがいいよ~みたいなレビューで買って
聴いたがまあ確かにギターの印象はあるにしてもとにかくメロディが良かった。
メタラーっても当時はまだ洋楽手探り時代で何でも聴いてたんだけどねw
あれから40年経っても未だに「ちょっと聴くか」て感じでレコードかける。
当時の思い出もリンクしてよみがえるからいいよw。83年夏休み、バイクの教習に汗だくになって通ってたなあ。。 1983年はU2が夜のヒットスタジオ生出演した年か
エッジのギターの音が聴こえないしボノは歌詞を適当に歌ってなあ
と思ったんでした ポリスはシンクロニシティでバンドがやることなくなってるのがわかる >>165
ポリスが印税そんなに稼いでいたとは意外すぎる >>1
とは言え歴史的名盤みたいなものはないな
80年代が不毛だったことを表しているランキング あれ?と思ったけど、Styx のミスターロボット(キルロイワズヒア)って大して
上位に食い込んでないのね。単に日本で必要以上に持ち上げられただけか。
あとジャーニーのフロンティアーズも売れたような希ガスっが、産業ロック系は
やっぱ見過ごされがちかな? >>217
ジャーニーはシングル主体だからベスト盤が売れる 早見優 LANAI
松本伊代 Endless Summer
RCサクセション OK
吉田拓郎 マラソン 産業ロックって言葉を作ってボストン、カンザス、スティックスを貶めた渋谷陽一! インダストリアルロック…ノイバウテンとかスロビンググリッスルとか? >>191
プロモーションビデオというものを初めてみたのが『600 こちら情報部』
それが1983年のポール・マッカートニーとマイケル・ジャクソンの「セイ・セイ・セイ」(Say Say Say)や
カルチャー・クラブ「カーマは気まぐれ」だった記憶。
短いミュージカル映画みたいだと思った。 >>206
ベースラインで遊ぶジョンも上手いね
つべでリオのベースカバー、世界中で演ってる(笑)
あとガジャグーグーのニックベックスも凄腕ベーシストだよね~ >>165
ハッピーバースデーのやつって誕生日の例のあれか? >>222
名作あるけどこういうランキングには・・ >>192
83年はミュートマまだやってないんじゃね? >>154
80年代馬鹿にしてたが、これには納得だ >>154
1980年のリメインインライトが強烈だな 1982 1999
1984 Purple Rain
1985 Around The World In A Day
1986 Parade
1987 Sign O' The Times
1988 Lovesexy
1989 Batman
不毛な80年代とは言えプリンスだけは黄金時代 >>192
TVK深夜に3時間ぐらい
MV垂れ流してたのがあるよ
SONY music TV
TBS系列でやってたMTVとは違う ロマンチィックス
taking in your sleep
が無いやないか >>231
リメインインライトって後半つまらなくない?
CD時代に初めて買って聞いたけど8曲収録だからてっきりLPはA面4曲、B面4曲なのかと長らく思ってたら実はA面3曲、B面5曲だったと最近知ったわ リメイン~のどよーんとした後半切ってブッシュオブゴースツの数曲足したら最高 リメイン後半は緑世界や科学以前以降やロウとリンクして好きだがな 80年代にリアルタイムで洋楽を聴きまくった
世代なんだが80年代の音楽を今でも聴いてる
ものって他の年代と比べると極端に少ない
80年代の音楽ってこの時代に消費され尽くした
って印象がある
今でもよく聴くのはスミスの1stとかプレファブ
スプラウトのスティーブマックィーンとか
ジザメリのサイコキャンディとかかな
デビッドボウイとか70年代はよく聴くけど
レッツダンス以降はほとんど聴かない >>244
デヴィッドボウイなら
ブラックスターは素晴らしい >>242
スティング好きにはいいんだろうけどポリス好きからするとちょっと...な感じ >>244
逆だな
この20年くらい聴いてるのは70年代中盤から80年代のものがほとんど
ジャズフュージョンソウルカントリーラテンアフリカホントに何でもありで今では信じられないくらい豊穣な時代だった >>248
ロック以外のものだとそうなのかもしれないな >>223
「600 こちら情報部」 懐かしすぎるだろヲイww >>250
何度もハガキ送ったが
貼られなかったなw >>250
娯楽の少ない田舎の子どもにはありがたい情報番組だった
天才伊藤みどりの存在を知ったのもこの番組
>>251
そのハガキのコーナーで掛かってたBGMが
カシオペアの4×4(1982年)「ミッド・マンハッタン」だったw >>244
ジザメリ大嫌いだわ
くだらない
プレハブはいいけど お前の好き嫌いは別にして影響力を見たら無視できないだろ
あれが無かったらシューゲイザーも生まれなかった
曲も書けなければ演奏力もない
アイデアの一発勝負で当たっていかにもロックじゃないかw >>254
> 曲も書けなければ演奏力もない
ほんそれ
イメージ戦略てか
レコード会社と
マネージャーが優秀だった 単なる思い出話なら無害だし、同じ体験したならある程度共感も出来る
でも分かったような決め付けや分析始めちゃうと「おいおい」ってなるよね 1983はレコードレンタルの娘にラブレター渡した年 Moonlight Shadowから40年か
当時なんと美しい曲なんだろうと繰り返し聴いた
ロングバージョンが出たと知るや日本版は無かったから西新宿の輸入盤屋さんまで買いに行き
ただ詞の内容は暗いということをテレ朝でやってたドリアン助川の金髪先生という番組で後に知ることに >>244
俺もなぜかジザメリは1st以外なら今でも聴いてる
Stoned & Dethronedは何気に名作 >>244
自分はは一番多いかもしれない
ティアーズ・フォー・フィアーズ、トンプソンツインズ、デュラン・デュラン、
U2、XTC、シンプルマインズ、INXS、
デペッシュモード、TOTO、ウルトラヴォックス
このあたりはいまた頻繁に聴いてる。 >>262
デュランデュラン全く聴かないな
昔から嫌いだわ
ミスターミスター最近聴いた >>6
河合奈保子がライオネル・リッチーのポスターを飾ってるとか言ってたような
ほんのり記憶あるわ >>6
ロイ・ウッドやDr.ジョン、ロバート・ワイアットのファンだったら逆に尊敬するけどな >>6
歌謡曲とかニューミュージック、ポップスとは違うものを洋楽に求める時代だったから、
ニューウェーブロック系の方が日本の若者にはウケたんだよなぁ
ライオネル・リッチーはシャネルズのようなものと認識された プリテンダーズの
dont get me wrong がないやないか >>63
まさに洋楽~MTVのピークの時期だな この頃は毎週ビルボードチャートをチェックしてた
実際このリストの通り良曲も大量生産されてたと思うが、2000年以降で洋楽の曲?ほとんど思いつかない >>263
俺たぶん90年代くらいに入ってからは70年代とか60年代を聞くようになった、もう戦前のブルースとかまで行った リックスプリングスフィールド
Jガイルズバンド
ブライアンアダムス 俺は82-85までのアーティストと曲がフェイバーです
あとそれ以外は当時の洋楽の影響MAXで作曲してたiceを聴いていた AFN聴いてると年1位で気に入る曲あるな ソフィタッカー/Bestfriend スーパーオーガニズム/Something for Your M.I.N.D. ブルーノマーズfカーディB/Finesseとか… R.E.M.大好きなんだが日本で人気なかったよな
武道館も外人ばっかりだったわ トムペティやメレンキャンプもボブシーガーも人気なかった >>263
10代 80年代ポップス HR/HM
20代 HR/HM グランジ
30代 Pink Floyd ポストロック キューバ スカ ロックステディ
40代 PinkFloyd Miles Davis 60年代ロック The Police Blues
50代 PinkFloyd David Bowie Nina Simon
昔から好きな曲はジャンルのマイブーム関係なしに続けて聴いてる
50歳前後は乃木坂聴いてる時期あったw >>281
クリス・コーネル入れ忘れた
40代~50代 >>272
I'm goin' where the Southern cross the Dog今聴いてる
他にはRobert Johnson好きだが戦前ブルースのオススメ教えてほしい
あまり詳しくないから >>281
ピンクフロイドのライブは88年になんとか見れたわ >>280
トムペティいいよな
ジョンクーガーも
ボブシーガーもうひとつだわ ジョンキャファティ&
ビーバーブラウンバンドいいぞ
スモールタウンガールとか >>263
って発想がそもそもジジババでネット知らないやつ
いまどきは自分が生きてない時代を掘るのが普通
だからこそ昭和歌謡とかシティポップとか言われてる
しかも国を問わない
オレはこのジジイ世代だがYoutubeなら1880年代とか1920年代とか生まれてない時代のをたくさん載せてくれてる
いい時代だぞ
生まれた世代で区切る時代なんかじゃない
40年変わってないってやつの時代は終わり始めてる おれは頭の中が中学生から変わらない
全く成長がない人間や >>256
フォロワーに過ぎなかったマイブラがレジェンド級の扱いを受けてるのは、なんだかんだで曲が書けるのがデカイんだろうな >>262
そのチョイスなら80年代のロバート・プラントも気に入ると思う
あれはほぼニューウェーブ >>294
これ見てオレの好きなあれは?と調べたら1985だった
Sea of love
1959年の曲だったのね >>279
マイケル・スタイプのビジュアルとアメリカのニューウェーブ感が相容れなかったんだろ
あと変な踊りも
フレッド・シュナイダーの方がまだ受け入れられると思う >>296
いい曲と思ったのが先
ロバートだと知ったのが後 ジザメリはマイブラに比べると明らかに才能がないので
突き抜けた名盤は作れなかった(サイコキャンディもアイデアが革新的だっただけで曲は金太郎飴で通して聞くと辛い)
が、そのボンクラ感こそ愛すべきところ
不良系じゃないが世の中を舐め切ったちゃんねらーのような陰キャがアイデア一発でそこそこ成功してしまったところが痛快 REMはThe One I LoveがTop10ヒットになった87年頃から売れるようになってきた
キュアーやデペッシュがアメリカでスタジアム級なったり
後のオルタナが浮上する芽がこの辺りから出始めてる この時代の曲ばかり流すネットラジオ局ってある?
できればTuneinが使えるといい >>260
決闘で殺された彼氏の魂が丑三つ時に帰ってくる、という内容だからね >>286
トムペティはバンドのギタリスト、マイクキャンベルのギターがいい分聴ける
ジョンクーガーやボブシーガーはアメリカ人じゃないと良さが分からんと決めつけている >>292
マイブラのレコード高いよな
昔買っといて良かった >>295
ほんそれ
めちゃくちゃダサいよなwww >>303
ハートブレイカーズ
全員いいよ
何かのランキングで
バックバンド一位だった
ベンモントテンチとか ジザメリは最初の頃はパンクみたいな出方
してたんだよな
ギターの大音響のフィードバックに客が
切れて暴動になったとかそんな触れ込みで
まんまベルベットアンダーグラウンドの
セカンドの焼き直しみたいに言われてた
ぶっちゃけて言うとマイブラのラブレスは
ジザメリのサイコキャンディをハイファイに
して提示してみせたもの 1982年リリースと言えばゴーゴーズ、エイジア、ジョン・クーガ、ヒューイ・ルイス、リック・スプリングフィールド、スティーヴィー・ニックスとか入ってないな >>272
わかるわかる
二葉あき子とか聴き始めた >>279
REMって欧米で急に評価が下がってるよね
本来U2ぐらいの位置にいたのに >>294
ZEPほど頻繁じゃないが聴いてるよ。
でも一番好きなのはフェイト・オブ・ネイションズなんだよね。
一番よく聴くのが80年代のものってだけで、
それこそ今昔色々聴くよ。
でも最後に買った80年代バンド以外のCDっつうと、テーム・インパラかカサビアンあたりで止まってるなぁ… エコバニのクロコダイルポーキュパインオーシャンレインはまってた人いないのか 過去にプレスが1億枚以上存在したのは世界的に見てもスリラーのみ ジザメリは遅れてきたパンクみたいな感じだったな
ニューウェーブ枠にもなりきれん感じが逆に良かったのかな
シューゲの源流といえばジザメリとコクトーツインズらしいが
コクトーは耽美系な感じに比べてジザメリはパンクだね
ジム・リードのだらだらしたルックスがジャームッシュ映画にでも出てそうな雰囲気で絵になってたし
でもまあパンクといっても80年代の日本じゃパンクはすでにバカっぽい文化だったから
そこに相容れない文系ロキノンインテリみたいな層は対抗的にジザメリ推してたと思う バカなパンクと言えばビリーアイドル/レベルイエルは本当好き EyesWithoutAFaceはブライアンウィルソンもお気に入り ビリーアイドルとかジグ・ジグ・スパトニックとかハマれんかったなあ
シスターズ・オブ・マーシーとかあっち系もハマれんかったし
ノイバウテンとかあっち系もイマイチだったし
意外とパンクじゃないパンク系の受け皿少なかったなあ クロスビートの音楽評論家の選ぶ89年年間ベストアルバム10枚にオートマティックあげる評論家多かったな(あの頃大量にいた評論家たちはどこへ?)当時ジザメリ、ザザあたりは評論家がよく持ち上げてた
ピクシーズがHead Onカバーしてジザメリ・オリジナルを軽く超えてった 84年だけどディスモータルコイルを数年前に聴き直したところから
元曲のティムバックリー、ロイハーパー、シドバレットにはまった
リアルタイムは80年代だけど、年齢的に70年代のゆるさの方が落ち着く >>311
U2がスタジアムクラスになった方が驚きだ
i will followとかsunday bloody sundayの頃には想像できん
音楽的要素よりも商才なんだろうな >>319
わかる
ミッションとか
ビジュアル系だよね
L'Arc〜en〜Cielみたい >>325
そうそうミッションとかな
ビジュアル系の源流みたいなヌメっとした音楽性がそもそも苦手だったのに
そのうち日本でビジュアル系がメジャーになっていってまじかよ…と落胆したなあ アメリカのカレッジチャートでやたら人気なのに日本じゃサッパリなのにPere Ubuっていたわ 日本盤さえ出てなかったのではって感じだった >>311>>323
U2は時代にマッチしたニューウェーブサウンドで見た目もカッコよかったし売れた頃はわかりやすくポップだったろ?
R.E.M.は陰鬱なフォークリバイバルなサウンドで、つまり早すぎたオルタナバンド。
80年代ってよりは90年代になって売れたから日本でも再評価されてたんじゃね?
しかしオルタナロック自体が流行が細分化した時代の産物だから知らないヤツは知らないで終わりでしょ
日本じゃたいして火がつかなかったブームだし 80年代90年代の大物ロックバンドも、00年代入るとヒット曲なんか当然生めなくなるので、
懐メロ引っ提げてツアーで稼ぐことになるがここで生き残れたのは、
要はライブ向きのバンドってことだろね。
ボン・ジョヴィとかU2とか
ライブで盛り上がれる系は懐古老人も見に来てくれるが
陰鬱系オルタナはライブには不向きだよね U2はなんだかんだでずっとプロデューサーが一流だったし
その都度ブラッシュアップしてきて今があるんだろうなあ
アクトン・ベイビー出た時とかそこまで変われるかと思って驚いたよ
比べてR.E.M.ってのは基本なんも変わらなかったけど
Losing My Religion みたいなフォーキーな曲で
あの時代にグラミー取った違和感がピークかもな あれも驚いたなあ当時 当時高校生だったと思うが2位の
Radio Free Europe
これは聞いたことがないけど >>331
スティーヴ・リリーホワイトのプロデュースって実際すごかったからなあw
ちょうどいい具合に音が分厚くなる U2はライブエイドで評判上げた勢いでヨシュアが売れたが
ヨシュアは発売時にかなり推されてたのも記憶してる >>328
初期のU2はポップじゃないし硬派でメッセージ色が強すぎてアメリカでは全然うけなかった
当時のチャリティーブームで注目され売れ線に転換したのはヨシュア・トゥリーからだよ
日本でもU2なんか誰も聞いてなかったから >>92
リチャード・マークスは3曲も全米ナンバーワンあるのか!?
ライト・ヒア・ウェイティングしか分からん!他にあったか?
つーか、全米ナンバーワンにならなかったけどデビュー曲のドンミーナッシングが1番好きやわ >>335
おまえは何歳でそのときどこに住んでたんだ?
ベストヒットUSAでもよく取り上げられてたし、
インディーズバンドブーム期かつ洋楽ブーム期にあって、
U2はコピーしやすかったんでそういう意味では人気あったぞ。
素人バンドコンテストでサンデーブラッディーサンデー3回くらい聴いたし。
1983年リアタイでU2知らん中高生探す方が難しかったわ。
洋楽自体ブームだったし、U2は見た目もカッコよくてテロに悩まされるアイルランドが題材とか
むしろそこがセールスポイントだったんだが、
おまえは83年はアメリカに住んでて成人して働いてたのか? >>335
あと売れたときってのは当然ヨシュアからのことを指して言ってるんだが、
何が言いたいの?
「ぼかぁU2嫌いだから認めません!」
? リサリサアンドカルトジャムとか
ミスターミスターも二曲あるよな
デビーギブソンとか U2はそもそもエコバニをパクってるとフールズメイトが酷評してたのは記憶してるなw
たしかにライブエイドの企画に沿ったような硬派なバンドだというイメージが際立って知名度上げた感じはあったな
でもなんか日本の詰め襟学生服を着てた記憶があるw
ヨシュアはまあ今考えるとあざといよね。
あのビルの屋上で警察に警戒されながらゲリラライブやるPVとかね
ジョン・レノンまがいの真似みたいであざといわw >>335
日本での初期U2はそのスジで人気あった
ニューオーダー好むようなやつ
ソースはオレとバンドやってた仲間
誰も聞いていないなんて言い切るやつが自己中 >>340
そのフールズメイトでバイトしてたようなやつがU2好きだったんだよ 今聴いてもかっこいいチャリティ曲サンシティMVのボノパートは超ダサい >>340
ヨシュアがあざといとはイーノのことを非難することになる いわゆる売れ線に走った感じがあまりに露骨だったから、それまでのファンはシラけた。
アメリカスリスリ楽曲もつまらんし。
だがああいうのやれたからこそ後世に残ったんだわな。
90年代半ばはディスコとかやって意味不明。
でも2001年くらいか、ビューティフルデイが売れたらしく、BBCのサッカー番組のテーマソングになってて驚いた。
U2ってまだいたんかいと >>344
いやイーノはべつにアルバムのサウンド自体をかっちり作っただけだから
べつに罪無いんだけど
PVと売り方自体はなんか今思うとあざといな~って思うけどな
U2とBBキングのやったブルースも好きだったな
うわあざといけどかっこいい!とか当時は思ったけど今誰もあれを評価しないよなw >>339
86年から89年はNo.1のバーゲンセールで俺にとっては悪夢の時代だった
記憶に残る曲なんてほんのひと握りだ >>336
Hold on to the night
Right here waiting
Satisfied
の3曲 大澤誉志幸の「そして僕は途方に暮れる」は
ポリスの「見つめていたい」とトンプソンツインズの「ホールド・ミー・ナウ」を元に作られた >>353
ああいう80年代に蔓延してた
ベースがでんでんでんでんと延々ループする上で歌うようなアレンジってのは
ポリスの「見つめていたい」が元祖でいいのかな?といつも思ってる
それより前の源流はあるんかな >>354
カーズのShake it up辺りかね >>319
ジグ・ジグ・スパトニックは曲の中にCMが入ってると話題になったな The Police がやってることをそのままパクって大成功したMen At Work 時代がブリティッシュ・インヴェイジョンだったからか、
ベストヒットUSAでもアメリカでまだ売れてないイギリス発のニューウェーブ系をけっこう紹介してた記憶。
U2のグロリアは流してた、これは覚えてる。
他アズテックカメラとかスミスとかUSAじゃないのも意外と取り上げてた。
日本ではライオネル・リッチーやリチャードマークスよりも若者ウケよかったからな >>358
それはない
ポリスの3人のやってる芸とは全く違う >>354
そもそもシーケンサーがそれ
クラフトワークとか
あと同じシンセでもドナサマージョルジオモロダーとかディスコビート >>359
MTV開局までは日本も独自で海外音楽輸入してた気がする
ミュージックライフとかヤマハの世界歌謡祭とか
当時は英語圏以外の音楽も入って来てたような
あとワールドヒット狙って各国語バージョンリリースとかもあった
ポリスのドゥドゥドゥ〜の日本語バージョンとか >>363
90年代風に言えばそのチルスタイルがあれ イーノはロキシーボウイDevoアンビエントU2とロック史でも重要人物だな… >>354
その手の曲の元祖はスタンド・バイ・ミーだろ The Smithsだとアルバムは1984年からか >>353
あの曲はクリムゾンのブリューとレビンが演奏してるんだよな >>368
いやビートはそれだがベース連打じゃないな >>371
ホントだ
初めて知った
日本金あったんだな
クリムゾン の浅草みたオレ >>367
ひとつ落としてる
Windows95起動音 >>367
フリップ&イーノは忘れ去られているよな >>374
当時LP買ってよく見たらレビンとブリューだからびっくりしたわ >>359
ブリティッシュインベイジョンってのは1964年から69年だってよ
もしかして第2次? >>379
それもベースはリフ
連打じゃない
そのベースはビートルズならバースデーとかみたいな曲の要素となる「リフ」だ >>380
それは書かなくてもここの爺さんたちなら承知では? >>358
くぐもった高音のヴォーカルくらいしか被ってないな
せいぜいこじつけて乾いたギターくらいか
声のことだからスティングの真似ってことは無いんだろうけど
ああいうヴォーカルってそういや80年代に結構いたかも
ユア・ラヴとかヒットさせたアウトフィールドとか >>381
でもマッシュアップはあるから共通性を感じてる人はいるだろう 見つめていたいは
ララララララララと同じ音で同じ音価(音の長さ)で刻んでる >>384
いやだからこの話の元のやつはそのビート感だけじゃなくベースの連打を言ってるだろ >>383
他にもいたんだろうけど、
レゲエソースのニューウェーブとボーカルの声歌い方は完全にかぶってたろ
当時のインタビューでポリスについてどう思うかみたいなのを聴かれまくってー(うんざり?)
っての見た気がするわ 当時オージー発ニューウェーブのプチブームがあったんだよな
INXSってのもオーストラリアじゃなかったか?
メンアットワークが売れたからかミッドナイトオイルってのも出てきたよな >>375 最大の功績か… >>376 Vistaはフリップだったの今知ったわ Tears for Fearsのザ・ハーティングが46位とか
お話にならないランキング >>311
バンド終盤のアルバムが商業的にイマイチだったからなのかね? ライブエイドを転機にそれ以降に音楽シーンが変わっていくんだけど
それに向けて盛り上がっていく最初の年かな83年は >>387
当時どうこうよりもこれだけ年月経ってて
ポリスとメンアットワークを同列でみんな語ってるかよって話だ
少なくともオレ的にスチュワートコープランドはロックドラムに革命起こした1人だし
そのスチュワートコープランドとメンアットワークのドラムやリズム隊が比較され続けできたか?って話にならないとポリスとどーこー言う話にならない
しかもギターはアンディ1人であの上側のサウンド出してんだよ
メンアットワークは何人でやってんだよ >>393
どんなふうにそれまでと変わったんよ?
別にそれが転機じゃないと思うぞ
ともかく何がどう変わったのか言ってみ >>391
だからランキングは当てにならない
ただのネタだから
これはユニバーサルの旧板セールキャンペーン >>394
おじさんは当時いくつだったん?
当時何聴いてたん?
ベストヒットUSAは全く興味なしの尖ったお子さま?
レコードどこで買ってたん? クワイエット・ライオットのアルバム「メタル・ヘルス」も1983年だったか
1983年に行われた「USフェスティバル」確かテレ朝だと思ったけど一部地上波で放送されたような記憶が >>368
なるほどある意味当たってるw
>>355
ちょっと微妙かな… メンアットワークの方が先で、
ポリスのレゲエパンク時代はさすがにリアタイ世代じゃなかったけど、
後から聴いたらほんとに似てたんだなと思った。
それだけの経験談に噛みつくお爺ちゃんは狭量だなって でもシンクロニシティよりカーゴの方が今聴くと良い感じ >>401
経験ならにてると感じたって言えばいいのに
そのあとから経験談とかひよった上でジジイ攻撃ってのこそおかしいと思うわ >>402
シンクロニシティはもう出来上がったあとだからな
オレもあれはどーでもいい
一番好きなのはファーストの荒っぽい頃 83年はシンクロニシティよりシンクロシステムでは? >>1
BOOWYのJUST A HEROは入ってないの?
あと、尾崎豊の17歳の地図 このランキング洋楽のみ?
1983年発売のアルバムだと松田聖子の「ユートピア」が高音質って事でオーディオヲタも巻き込んで邦楽1位の売り上げを出したのに >>263
最近はブルーノ・マーズやエド・シーランあたりも無理して聴くようにはしてるけどやはりキツいかな
後はa-haに似てると言われるウイークエンドも・・あまり馴染まない
ただ詞はともかく昔風の曲調が多いメーガン・トレーナーは割と好き >>408
アーティスト単位で追うんじゃなく気に入った曲だけに絞った方が疲れないぞ
2年前の曲だけどDoja CatのSay Soはめちゃハマった >>403
ひよって質問には答えないけど攻撃だけするって最悪の老害だよね
NGしたから朝までそのままで頼むは
このスレにおまえはいらない 確かにキングサニーアデとウフルのアンセムって重要かな ボブはレゲエを広めたというよりロックスターボブな感じだし >>386
ベースの連打がドローンしてるアレンジっていえば
映画音楽かもしれんな
ヴァンゲリスの炎のランナーとか
未知との遭遇とか
未知との遭遇のテーマをデーモン小暮が口で歌うっていうネタが昔あったな >>28
バウハウス
キリングジョーク
キュア
スージー&ザ・バンシーズ
ポストパンクがおもしろかった時代 Bauhausの精神はBUCK-TICKが継いでる
桜井の、あの叫び声とか XTC MUMMER
Elvis Costello Punch The Clock
Monochrome Set Volume, Contrast, Brilliance…
UB40 Labour of Love >>336
2ndアルバムが1st以上に大ヒットしてスーパースターの仲間入りみたいな感じだったから
3rdが全然話題にもならなくてびっくりしたわ
スティーブウィンウッドもRoll With Itの大ヒットの次のアルバムが全然だったから驚いた >>408
ブルーノマーズは単純に歌上手いから聴けるな
ライブに限るとやっぱり若い方が声出るしおん >>398
クワイエット・ライオットって日本のメタル・メディアに冷遇されてるイメージ 全米1位とった80年代メタル人気の立役者なのに >>418
違う
ハイヤーラブのアルバムが
大ヒット
グラミー賞もとった
次のロールがいまいち >>420
カバーだからな
オアシスバージョンのが有名になったし 単に見て聴いて知ってることを思い出話として書くのはいいが、「この時代は○○ムーブメントが」とか「○○のはしりだった」とか「○○は✕✕のパクり」とか評論家気取りで書くのはやめて欲しいな
音楽に通暁した僕ちゃんの分析なんてどうでもいいし邪魔 シングルだけどスパークスとゴーゴーズの確かギターだかがコラボした"クールにキメテ"は好きだったな
そんなヒットしたってレベルではなかったかもだが
後はロマンティックスのtalking in your sleep ロマンチックスってナツイなあw
あんないかにもロカビリーパンクみたいな不良な見た目なのに、
すげぇなよなよしたニューロマで
なんでこんなの売れてるのか謎な曲だった。
今聴くとBARBEE BOYSっぽかったんだなと 輸入盤店でいつも売れ残っていたJoBoxersが気になってたわ。曲は聴いた事なかったけど。 >>421
Back in the high lifeとRoll With Itが2作続けて大ヒットしたんだよ 後者はアルバムチャート全米1位だし
普通2作続けて大ヒットすりゃ人気安泰で次のアルバムの1stシングルはレコード会社のゴリ押しで全米トップ10入るような時代だったのにそれすらなかった 達郎for youもこの年
邦楽はださいと見向きもしなかった
おれのバカ この年はまだDX7系の音があまり使われてないのが85年頃との差 >>306
トムとスタンリンチが喧嘩別れしてハートブレイカーズオワタと思ったら、スティーブフェローネが加入し最強になってしまったでござる A Flock of SeagullsのI Ran (So Far Away)がヒットしたのは1982だった >>429
for youで洋楽からなびくなら
ただの女たらしレベルだった
1980年マクセルライドオンタイムからいけたし
大瀧ナイヤガラのシュガーベイブをリアタイ無理でも
ナイヤガラトライアングルで「クマ」と呼ばれる時代の70年後期から気がつけば
YMO前の教授とかも一緒に知れたのに
当然元春も
そしたらつながってるから
はっぴいえんど遡ってこんどはそっちも
YMO前からいけたのにね
とマウントしてみる >>428
大ヒットした次のアルバムで大コケしたといえばヴァニラ・アイスだね
1st→1500万枚 米16週1位
2nd→全世界チャート圏外w >>438
ヴァニラ・アイスは1997年の映画『オースティン・パワーズ 』で
将来の有事に備えて冷凍保存されてたのにw >>428
この年くらいまではチャートの常連だった方々が
80年代後半くらいから降パタッと売れなくなるというケースは多くなってきた気がする
顔で売れなくなったというか
ヒューイ・ルイス
ホール&オーツ
ポール・マッカートニーみたいな大物でさえ沈没してた ハートがキンキラのメインストリームなサウンドに変わって見かけも別物になったのがこの辺りだったな >>441
二作目では80年代文化の知識が欠落してるDrイーヴルが
アラン・パーソンズ・プロジェクトやWang-Chung、
バナナラマを知らないから息子にバカにされるシーンがあったな。 >>444
矢切の渡し、めだかの兄妹も1983年のヒット曲 >>432
いやスタンリンチのが良かった
ジェフリンとやってから
変なサウンドでイヤだった >>428
ロールはバックに比べていまいちだった
当時2枚共買った
バックが名盤だったから
ロールに凄く期待したんだけど >>438
totoも酷かったよ
4の後アイソレーション大コケ >>446
スタンリンチはドンヘンリーの曲作りのパートナーでドンのアルバムをプロデュースしたりしている
マイクキャンベルとは今でも仲が良く、一緒にギグをしたりしている >>447
ウィンウッド最大のソロ名盤はアークオブダイバー
これだけは譲れない >>450
ほとんど1人であれを作り上げたのは凄いの一言 >>449
The Boys of Summerをトム・ペティが歌ってたらどんな風になってたのか
メロディが似てるYou Got Luckyの二番煎じみたいな曲になってたろうか? >>443
初版のDVDがビットレート低いのかアップコンバート機能付きのプレーヤーで再生しても画像がボケボケで辛い。ディスクにジュードーチョップしたい。 >>92
今でも誰でも知ってるケニー・ロギンスの曲が無い…
リチャードマークスなんて曲覚えてないレベルだ
あてにならんもんだな 1983年は個人的に最高位5位に好みの曲が多かった
Der Kommissar
Too Shy
Stand Back
(She's) Sexy+17
Cum on Feel The Noize
Love is a Battlefield >>442
ハートとエアロスミスって80年代の復活の仕方が職業ヒットメーカーのチカラ借りた点で似てたけど、90年代のグランジの波を乗り越えられたのはエアロスミスだけだったね
ハートはグランジの聖地シアトル出身でサントラSinglesにも収録されて一応時代の流れに乗ってたのに リスナー側の性差別が理由か? Synchronicityは歴史に残る名盤だし、これがポリスのラストアルバムになった理由もよくわかる
完成したら後は壊すしかないもんな >>442
1983年ではなく1985年のイメージだが ザ・フィクスのワン・シング・リーズ・トゥ・アナザーは衝撃の一曲だったわ
あのサウンドや歌唱スタイルは本当にカッコイイ 83年は若干お兄さんお姉さんの年代だなあ
洋楽めちゃくちゃ流行ってたわね バリー・マニロウのレコードを親に買ってもらった記憶 >>456
ハートは初期のハードなスタイルに戻そうと姉妹が再び曲作りするようになって人気が急落したんじゃなかったか
人気の絶頂期に出したライブアルバムにヒット曲がほとんど入ってなくて全然売れなかったのを覚えてる >>459
ギターのカッティングはカッコ良かった
小説の合間に入る電子音は当時から残念だったし、今となっては古さの象徴みたいになってる >>450
レコードで持ってるよ
あれも名盤だけど
バックインザハイライフのが好き ニューウェイヴの頃やろ
JAPAN とかデイビッドボウイ >>449
スタンリンチいいよね
まったりしてタメがあるし
あのグルーブ最高 >>456
ハートだけじゃない
90年代
REOもスターシップも
フォリナーもスティクスもボストンも
全部終わった >>435
曲は普通にいいと思うんだけど、
ファッションとマッチしてなかった。
だから覚えてたってのはある >>463
あのギターのカッティングはローランドのジャズコーラスのおかげ
人差し指だけで押さえるコードは普通変だけどコーラスでうまく濁ってあの音になる >>467
文化は常に変化していくのだ
チェンバロ時代からでっかい音が出るピアノ(フォルテ)が出てきた時も、サックスが出てきた時も
今のボーカロイドみたいな扱い受けてたと思うぞ
終わりではなく進化なのだ!(←偉そう) >>471
オルタナムーブメントって本来売れ筋じゃないものが
売れ筋になるわけわからんムーブメントだったもんなw
まさしく音楽シーンの裏と表がひっくり返ったw ブライアンアダムスは90年代まで生き残ってたな
90年代版AORみたいになったけど >>459
Fixxに似たテイストのバンドでSagaってのがいたな
こちらも同じくルパート・ハインがプロデュースしててカッコイイんだよ >>12 SONYのCMのオーバーナイトサクセスと勘違いしてる奴は結構いるぞ >>452
その曲はダニーコーチマーがドンのパートナーだった時代
次のアルパムからスタンリンチが参加し、ドンとのつながりが強くなるきっかけとなった ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています