■ 先手打ったスミスの退会声明は見え見え

 「カオスに陥ったハリウッド」(Chaos in Hollywood)

 ロサンゼルス・タイムズはタキシードの黒人の男(ウィル・スミス)がもう一人の黒人の男(クリス・ロック)を平手打ちしている瞬間をとらえた写真を一面トップに掲載してこう報じた。

 3月27日に開かれた第94回米映画・芸術科学アカデミー(AMPAS)の授賞式での出来事だった。

 (後述するが、平手打ちした男は事件5日後の4月1日、米エンターテイナーにとっては最高のアカデミーの会員を自主的に退会した。腹を切っても主演男優賞だけは手放したくないのかもしれないが、これで終わりそうにない。もっと厳しい措置が4月18日に下りそうだ)



■ せっかく築き上げた黒人の地位をぶち壊した

 ロサンゼルス在住の市営バス勤務の黒人、デレク・ダグラスさん(51)はこう言う。

 「激しい人種差別を乗り越えてスターダムに上ったスミスとロックが殴り合ったらどうなるか。シドニー・ポワチエとハリー・ベラフォンテが殴り合うようなもんだ」

 「スミスのエゴが黒人の先輩たちがここまで向上させてきた黒人の社会的地位をぶち壊してしまったみたいなものだ」




 翻って、今年のアカデミー賞を受賞した作品はどこか、アカデミーに新たな道筋を示した画期的なものが多かった。

 最優秀賞の「コーダ あいのうた」(原題CODA)は、聾啞者の家族が寄り添い助け合うドラマだった。

 外国映画最優秀賞に輝いた濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」は異なる言語を超えた人たちの絆や男女の深層心理を見事に映像化した。

 これらの作品を祝福するはずだった授賞式を、平手打ち事件がぶち壊し、ハリウッドをカオス状態に陥れた罪は大きい。

 実際、ネットフリックスとソニーが、制作中のスミス主演の映画の制作を中止すると報じられている。

 (https://pagesix.com/2022/04/02/netflix-and-sony-pause-will-smith-projects-after-chris-rock-slap/

■ 処分決定は54人の理事、女性29人、黒人7人

 スミスは4月1日、自分の犯した罪を謝罪し、9921人の俳優や映画製作者に授与されるアカデミー会員資格を返上した。

 アカデミー理事会54人が目下、スミスに対する処分を4月18日に決定、発表する前に行動を起こした。

 54人の内訳は白人41人(うち女性21人)、黒人7人(うち女性4人)、アジア系4人(全員女性)、ラティーノ2人(全員男性)となっている。

 (https://www.nytimes.com/interactive/2021/04/24/opinion/diversity-oscars.html

 アカデミー賞の受賞者は会員資格を必要としない。スミスが退会しても自動的に最優秀男優賞を剥奪されるわけではない。

 しかし、ハリウッドにはアカデミーが問答無用で返上を求めるのではないか、といった見方が強まっている。

 理事の面々をみても白人が圧倒的に多いし、女性が29人を占めている。

 ウクライナ戦争ではアカデミーとスポンサーによるウクライナ国民への義援金募集コマーシャルを流したが、プーチンの暴挙には何の批判も出なかった。

 さらには「ゼレンスキー大統領にメッセージを読ませろ、さもなければもらったオスカー像を溶かしてやる」と息巻いた鬼才ショーン・ペンの要望は握りつぶされてしまった。

 「一人のエゴ、奥さんのために格好をつけた平手打ちが伝統のアカデミーをカオスに陥れた。その罪は万死に値する」

 アカデミー理事の一人は憤懣やるかたない思いで、業界紙にこう呟いている。
https://news.yahoo.co.jp/articles/1e33525ff9191110e6dcccf2aca7c5a6c96f71c5