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東スポWeb

名レスラーのスコット・ホールさん死去 日米で活躍、最期は生命維持装置外す
亡くなったスコット・ホールさん(東スポWeb)
 米国のレジェンドレスラーで、WWEでは「レイザー・ラモン」のリングネームで活躍したバッド・ガイ≠アとスコット・ホールさんが死去した。14日(日本時間15日)、WWEが発表した。63歳だった。

 複数の米メディアによれば、今月初めに股関節を骨折し手術を受けたホールさんは、12日(日本時間13日)の夜に3度の心臓発作に見舞われたという。手術の合併症である緩い血栓によって心臓発作が引き起こされた可能性があり、生命維持装置につながれていた。同時期にWCWなどで活躍したマーク・メロのツイッターによると、ジョージア州マリエッタのウェルスター・ケネストン病院に入院していたという。

 その後、名コンビ「ジ・アウトサイダーズ」の盟友ケビン・ナッシュが、自身のインスタグラムでホールさんの病状を報告。ホールさんの家族が病院に到着すれば、生命維持装置を外すとし「心が壊れて、とてもとても悲しい。オレは心からスコットを愛しているが、彼なしの人生の準備をしなくてはならない」などと、悲痛なメッセージを記した。

 その上で「ただ、偉大な男が去っていくのを覚えていてくれ。もう二度と彼のような男には会えないだろう。スコット、また会おう。お前ほど人を愛せる人はいない」と相棒に別れを告げていた。

 フロリダ州タンパ出身のホールさんは1984年にデビューし、新日本プロレスにも参戦。WWFでは「レイザー・ラモン」のリングネームで活躍し、レイザーラモンHGとレイザーラモンRGによるお笑いコンビ「レイザーラモン」のコンビ名の由来にもなった。

 移籍したWCWではナッシュとのアウトサイダーズで大暴れし、96年にはハルク・ホーガン、ナッシュとともに伝説のユニット「nWо」を結成した。nWoはロゴ入り黒Tシャツとともに日米で空前の大ブームとなり、ホールさんの名を全世界に知らしめた。つまようじをくわえながらインタビューを受けるのが定番で、「ヘイ・ヨー」の決めゼリフでヒールながら人気は高かった。

 2002年にWWE復帰後の「レッスルマニア18」では、ガラガラ蛇<Xトーンコールド・スティーブ・オースチンと一騎打ち。激戦の末に敗れはしたが、ストーンコールドの必殺技スタナーをくらって背後に大きく吹っ飛んだシーンは、プロレスファンに強烈なインパクトを与えた。

 01年には蝶野正洋が率いた「TEAM 2000」のメンバーとして新日本プロレスマットに再参戦。04年には「ハッスル」にアウトサイダーズとして登場し、橋本真也&小川直也のOH砲とも激突した。

 一方で、長くアルコール依存に悩まされていたが、14年にはレイザー・ラモンとして、20年にはnWоとしてWWE殿堂入りを果たしていた。

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https://news.yahoo.co.jp/articles/ed6c429db56d7c6649cfb41fec864fc856a96c2a