産経新聞 12/13(月) 18:15

ボクシング世界バンタム級2団体統一王者、井上尚弥の14日の防衛戦が恒例の地上波ではなく、有料映像配信サービスの放送となる。現在、開催中のサッカーワールドカップ(W杯)アジア最終予選の日本代表戦でもアウェー戦はスポーツ専門動画配信サービス限定の放送になるなど、テレビ局のスポーツビッグイベントの中継が減少。背景には、放送権料の高騰やコロナ禍の観客収入減で、テレビ局側とスポーツ業界の両者がビジネスモデルの転換を迫られている現状がある。

井上尚の防衛戦は、「ひかりTV」と「ABEMA」で生配信されるが、コンテンツごとに購入するペイ・パー・ビュー(PPV)で3960円かかる。また、29日に予定されていたWBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太の世界戦も、新型コロナウイルスのオミクロン株の懸念で延期となったが、「アマゾンプライム」の独占配信が決まっていた。

サッカーW杯アジア最終予選のアウェー戦は、月額1925円かかる「DAZN」(ダゾーン)の契約が必要だ。日本代表のアウェー戦だけとはいえ、日本サッカー協会幹部も「日本代表がW杯アジア最終予選で佳境を迎えていることを知らない人も多い」と危機感をあらわにする。

スポーツ団体にとって、近年、スポーツの放送権料を高額で買い取る映像配信業者が増えたことは好材料となる。ただ、高騰は勢いを増しており、サッカーW杯本大会については、2002年日韓大会でおそよ60億円だったが、18年ロシア大会では600億円と10倍に跳ね上がったとされる。

また、女子ゴルフの国内ツアーを統括する日本女子プロゴルフ協会は来年から放送権を一括管理する方針を示している。放送権が映像配信業者らに独自に販売できるようになる。

あるメディア関係者は「スポーツ団体の収益向上は必要だが、観戦者が限定されれば普及や人気向上の妨げになり、放送権料の高騰は自身の首を絞めることになる」と指摘する。

放送権料高騰に追い打ちをかけるのが、広告市場のネットシフトだ。令和元年にはネット広告費が2兆円を超え、約1兆9千億円にとどまったテレビを逆転。さらに、新型コロナウイルス禍の影響もあってテレビ局の広告収入は大幅に減少しており、高騰する放送権料を払って利益を出すことが困難になっている。

有料配信の進む英国では対策を講じている。1990年代に、サッカーのプレミアリーグの独占放送が進むなどしたことを機に、だれもが国民的スポーツやイベントをテレビ中継で視聴可能にすべきとする「ユニバーサル・アクセス権」が注目された。このため、五輪やサッカーW杯本大会のほか、テニスのウィンブルドン選手権決勝といった国民の関心が高いスポーツについては、有料放送による独占中継を規制。ドイツやイタリアといった欧州各国にも同様の規制が広がっている。

日本にこうした規制はないが、五輪やサッカーW杯といった高騰する放送権料に対しては、NHKと民放連でつくる「ジャパンコンソーシアム」が国際オリンピック(IOC)や国際サッカー連盟(FIFA)から放送権を取得して分け合う手法でしのいできた。ただ、民放局の経営難によって今後、このコンソーシアムからの離脱が進むことも考えられる。

元NHK解説委員で次世代メディア研究所代表の鈴木祐司氏は「英国のような規制が必要かどうか、さらにはスポーツの価値をどうとらえるか議論しなければならない。法的な規制を考える時期に来ている」と現状に懸念を示す。

そのうえで、コロナ禍による広告収入の減少、スタジアムでの観客収入も不安定になっていることを挙げ、鈴木氏は「テレビ局とスポーツ団体のいずれもビジネスモデルの転換が求められている」と指摘している。(津田大資)

https://news.yahoo.co.jp/articles/9d4fbc553abdee1e47aa396ff9719a4bf84d6bda
弟の井上拓(右)とマスボクシングを行う井上尚(大橋ジム提供)
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