ふたまん11.16
https://futaman.futabanet.jp/articles/-/121215

宇宙世紀という近未来の宇宙移民時代、人型機動兵器のモビルスーツ、アムロとシャアの戦いといった物語の内容は広く知られているところだが、じつは本作には原作者の富野由悠季氏(当時は富野喜幸名義)が書き下ろした、まったく別ストーリーの小説版がある。

(略)

初級レベル(?)では、アニメ版ではもともと民間人だったアムロ、カイ、ハヤトといった面々が、小説版では当初から軍属であること。ペガサス(アニメ版でのホワイトベース)は一度も地上に降りず、坊やのガルマは宇宙で死ぬ(しかもシャアは謀らない)。壺のマ・クベが戦死したテキサス・コロニーが大激戦の地となり、シャアザクはガンダムにやられて大破(シャアは辛くも脱出)。ペガサスは轟沈し、アニメ版のアムロばりに覚醒したセイラの導きでクルーは脱出。ガンダムはララァのエルメスを貫くが、爆発に巻き込まれて大破。脱出したアムロは宇宙を漂うという怒涛の展開になり、1巻目は幕を閉じる。

■ペガサス隊とシャア部隊が共闘
ざっと要点だけを抜き出したが、ポジションや性格が違うキャラクターも多く、たとえば2巻以降ではハモンがギレンの側近にいたり(じつはデギン公王が送り込んだスパイ)、シャリア・ブルがシャアを超えるニュータイプになっていたり(物語のキーマンと言っていい)、アムロとセイラが文字通り大人の関係になるという流れもある。そして肝心の物語ではアムロが戦死し、極めつきはペガサス隊とシャアの部隊が共闘に向かうという展開だろう。

ここで多くは語らないが、宇宙に散ったアムロの思惟が「討つべき敵はギレン」と双方に道を示し、ギレンに謀殺されかかったキシリアもシャアと手を組み、クーデターを決行する。居城で油断していたギレンはあっさりキシリアに射殺され、ついでにシャアはキシリアも殺してザビ家への復讐を完遂する。

かくしてジオン公国は終わりを告げ、ジオン共和国が復活。地球連邦政府と講和条約を結び、ジオン独立戦争は終結する。ブライトたち生き残ったペガサス隊の多くはジオンに残り、シャアの国家再建に協力するというアニメ版からは信じられない結末を迎えている。そういえばハヤトも戦死するが、バリバリのニュータイプに覚醒したカイは生き残り、「悲しいけど、これ戦争なのよね」のスレッガー中尉も生き残っている。

■トミノメモにも記された初期構想
どうしてアニメ版と小説版はこうも内容が違うのか。後に富野氏は、もともと単巻完結で書いたが、あとに起こった再放送とガンプラブームの盛り上がりを受けて、続巻の執筆依頼がきたことを明かしている。たしかに初版のソノラマ文庫版第1巻には巻数のナンバリングはなく、第2巻は第1巻からだいぶ空いた約1年後に刊行されている。富野氏は続刊に関してこのまま書き続ければアムロは必ず死ぬ。どうするべきか迷い、結果当初の構想のままいくことにしたと、後年のインタビューで述べている。

この「当初の構想」とは小説執筆のためにひねり出したものではなく、アムロが死ぬのは「トミノメモ」と呼ばれる『機動戦士ガンダム』の初期構想に記されていることだ。どちらが正解ということはないものだが、打ち切りを受けたアニメ版ではできない、本当に書きたかった結末が小説版で、であるからこそ、「このまま書き続ければアムロは死ぬ」となったのではないだろうか。

ちなみに第3巻が刊行されたのは、劇場版第一部公開直後の1981年3月のこと。小説版ラストを知ったら劇場版ではアムロが死ぬと思われそうなところだが、リアルタイムで体験していたファンはこのときの衝撃をどう受け止めたのか、聞いてみたいところでもある。

なお、アニメ版もかなりハードな内容だったが、アニメ的ヒロイックが消えたアムロたちがつむぐ小説版のドラマはそれ以上。SF設定も積み上げられており、硬派なSF戦記ものというのは、刊行がソノラマ文庫であるということだけでも往年のSFファンには分かってもらえるだろう。

アニメ版も小説版も、どちらも富野氏の『機動戦士ガンダム』という1つの作品だ。多少揶揄するように書いてはしまったが、本稿で興味を持った未読のガンダムファンはぜひこの小説版(現在は角川スニーカー文庫より刊行)を手に取って、両作の違いを楽しんでみてもらいたい。小説版オリジナルの登場人物、意外すぎるところで登場するランバ・ラル、アムロとシャアが乗り換えるモビルスーツ、ソーラ・レイが狙う先……など、ここで触れなかったことはまだまだある。
(一部略)