【音楽】“ゆるさ”武器にデビューしたPUFFY、多くのフォロワーを生むも「脱力系だけど、ダラダラしたことは一度も無い」 [湛然★]
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2021-09-22 ORICON NEWS
“ゆるさ”武器にデビューしたPUFFY、多くのフォロワーを生むも「脱力系だけど、ダラダラしたことは一度も無い」
取材・文/奥村百恵
写真/MitsuruYamazaki
https://www.oricon.co.jp/special/57390/
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1996年、ユーロビートやコギャルブームの中、Tシャツにジーパン姿でゆる〜く踊る独特なスタイルでデビューしたPUFFY。今年でデビュー25周年を迎え、9月22日には10年振りのオリジナルアルバム『THE PUFFY』をリリースする。自分たちらしさを貫き、キャリアを築き続けている彼女たちに、アルバム制作秘話や、25年間歩んだ“PUFFY”という存在について、そして現在の心境などを聞いた。
◆お互いのやりたいことを尊重して進んだ25年間「どちらかの“やりたいこと”は、PUFFYにとって良いこと」
(※中略)
◆デビュー当時の熱狂に驚愕「突然みんなが自分を知っていて、世界が変わったようになっていた」
――前山田健一さんが作詞された『パフィピポ山』には「ピュアなハート」や「カニ食べんだって」など誰もが知っているPUFFYの曲の歌詞の一部が散りばめられていましたね。お2人はデビュー曲「アジアの純真」リリースで大ブレイクした当時はどのような心境だったのでしょうか?
【大貫亜美】デビューしてすぐにアメリカを縦断する映像やミュージックビデオを撮りに行ったので、何週間か日本を離れていたんです。日本に帰ってきたら渋谷を歩けないぐらいみんなが自分達のことを知っていて、凄く驚いたのを覚えています。私たちは何も変わっていないのに、世界が変わったようになっていて。表に出るというのはこういうことなのかと実感しました。
【吉村由美】デビュー前は普通に街を歩けていたのに、日本に帰ってきたとたんに「おーい!」って知らない人から友達みたいに声をかけられてちょっと怖かったことを覚えています。いまはもう街を歩いても平気なんですけど(笑)。
(※中略)
◆25年間貫いてきた“PUFFY=楽しいこと”「見ている方にもそう伝わっていたことが嬉しい」
――改めて、おふたりにとってPUFFYはどんな存在ですか?
【大貫亜美】“PUFFY=楽しいこと”です。もちろんお仕事なので楽しいだけじゃない部分もありますけど、ザックリいうとPUFFYはとにかく楽しい! それを25年間貫いた結果が今です。こんな答えでいいのかな?
【吉村由美】いいんだよ本当のことだから。楽しいと言えばさ、むかし亜美ちゃん宛に小学校4年生の子から手紙が届いた時のこと覚えてる?
【大貫亜美】あ〜! あったね。「PUFFYって楽しそうでいいね」って書いてあったんですけど、その時めっちゃ忙しくて大変な時期だったので「お前に何がわかる!!」と思ったのを覚えてる(笑)。でもさ、小4の子からPUFFYが楽しそうに見えていたのなら良かったなと今は思うよね。
【吉村由美】そうだね。“楽しそう”の他に、よく“脱力系”とか“ゆるい”みたいなことを言われるのですが、わたし自身はデビュー当時から一生懸命やっていて、一度もダラダラしたことなんてないと思っていたんです。それで、20周年の時に過去の映像を見てみたら、“これは言われるはずだな”と。なんで誰も「きびきびしろ!」って言ってくれなかったんだろうと思って(笑)。
大貫亜美確かに誰も注意してくれなかったよね。歌ってる時にそんなに踊ってないせいか、ダラダラして見えちゃうんですよ。
吉村由美当時はそれなりにダンスレッスンもしてたのにね。なんであんな感じになっちゃったんだろう?(笑)
(※以下略、全文は引用元サイトをご覧ください。)
Information
『THE PUFFY』
9月22日発売 普段は大貫は吉村に敬語使ってると聞いてなんかガッカリした記憶 なぜか堂本剛といっしょにダラダラしていた記憶
つまらないことを誤魔化してたツモリなんだろうけど、現場からも呆れられて消えたな >>96
少年ナイフとかと一緒で、東洋のストレンジなガレージ・ポップというようなくくりのものはそこそこウケて、R&B的なものは完璧なネイティブ発音と鬼のような声量じゃないと向こうの人からしたらちょっとキツいというようなことではないだろうか >>1
今PUFFYのファンているの?
この二人がいまだにちょっとした大物風で芸能界にいるのが不思議 ニュー・アルバム、PathfinderとALWAYSだけDLした
好きな曲はメチャクチャ好きだけど、イマイチなのは本当に聴いてられない この人たちはあの頃の時代のイメージから脱却できなかった感じがする。今いちばんダサい >>4
由美派
もともと寄生獣の田宮良子みたいな作り物みたいな顔が好きだから初めて見た時にグッと来ましたよ 当時SMA(パフィーや民生の事務所)が、無料で希望者にビデオ会報見たいの定期的に配ってたんだけど
奥田民生のファンでそれ楽しみに観てたんだが、PUFFYデビュー前から出てたりした
あのビデオ撮っておけば今金になっただろうな
なんで人って捨てちゃうんだろう
断捨離しまくりのミニマリストでもないのに、引っ越しとかあるとバンバン捨ててしまうよね だいたいこういう人たちってどこから見つけて来るの?
タレント事務所に登録してる泣かず飛ばずの人たち? >>115
時代にマッチしてたんだろうね 歌唱力も含めた緩さが
でもやはりバックボーンありきだろうね >>64
加藤あいがゲストに出た時、スタジオセットでは間違って阿藤快を迎える風にしてノボリ立ててて、マシューがどーすんのよこれ!とか言っててめっちゃ笑った >>116
当時はデモテープ送って拾われたり事務所主催のコンテスト
亜美由美はもともと知り合いではなくデビュー前の卵の段階で事務所主導奥田民生プロデュースでPUFFY結成
奥田民生プロデュースでテレビ出演時も民生ついてきてたらそこそこ売れて当たり前
今も続いてるのはすごい 友達同士じゃなく最初からビジネスパートナーだったのが良かったのかも
ソングライターではなくただのシンガー同士だったのも意見の食い違いが生まれずよかったのかも >>112
引越しの時は新居への荷物を減らしたくなるからねえ
俺もお宝必至のビデオとかむちゃくちゃ捨ててしもうた
でも仕方ないんだよね 友達の妹が芸能人で、妹の仕事の見学に行った際
たまたまデビュー直後のPUFFYと知り合って
発売前のアメリカ縦断ビデオと履いてたジーパンもらってきて
それを『PUFFY知らないからあげる』と言われ
しっかりいただきました 二人とも可愛かったな あの黛敏郎大先生も晩年、題名のない音楽会で
「PUFFYと記号論」などと称してその歌詞の無意味性を讃えていたなw >>122
イマルがど・ストライク世代だから彼女がDNA単位で寄っているんだよ >>8
やすともは吉本のPuffyと呼ばれてたんだぞ >>56
エレクトリック先生もHALCALIだったっけ? 西川貴教に捨てられたのはどっち?
24歳も年下の女と結婚しやがって、悔しいものなんかな? >>14
近田氏は「デビューの時点からそういう事に自覚的なアプローチをしている」と評したのであって「PUFFYは短命だろう」と予想したのではありません。 >>1
髪の色こういう感じの緑にしてる女最近やたらと見かけるな >>135
今の写真見るとどっちも男みたいになってんな >>115
ヴィジュアル平凡、大して歌唱力もなく、曲も書けないのにここまで一度も解散もせずに続いてるのが不思議。
チャート上位にいたのも最初の3、4年くらいだけなのに。意外に強固なファン持ってるのかね。 >>137
初期の曲良かったからな
あと、基本的にビジュアルセンスがいい
もしかしたら新作は傑作かもしれん
ワイはベスト盤1枚しか聞いた事ないがね >>137
2人の仲がメッチャいいからな
出産の立ち会いまで行くぐらい
内部が強ければ長続きするよ >>137
ヴィジュアル平凡ではないわ
かわいいかったわ
今もべつに生き残ってるほど売れてないけど二人の仲が良いし事務所大きいから主婦しつつ働くなら最適では ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています