怖かった人で真っ先に思い浮かぶのは、相撲部屋に入ったときの親方、佐賀ノ花さんだね。相撲部屋に入ったばかりの頃は、親方のことを「いつも火鉢の前に座っているかったるいオヤジ」なんて思っていたけど(苦笑)、俺自身の番付や位が上がるにつれて、親方が自分をクビにしたり、相撲を辞めさせる権利を持つ人だと分かるようになると、親方=怖い人という意識が出てきた。この頃になると、その親方が言っていた「偉い人の怖さは、自分が偉くなってから分かる」という意味がよく分かるようになったよ。生殺与奪(せいさつよだつ)の権利を持っている人は怖いんだなって。

 そして、相撲を辞める頃にはその仕組みがすっかり分かっていたから、プロレスに転向したあとは失敗しなかったね。(ジャイアント)馬場さんにはしっかりゴマをすってかわいがってもらったよ(笑)。親方と同じくらい、馬場さんも怖い人だと感じていたからね。怖いといっても、馬場さんも相撲からプロレスに来たばかりの俺のことをいろいろと大目に見てくれたり、猶予をくれたりしてくれたんだ。俺に文句を言う奴にも「相撲から来たばかりだからいいんだよ」って、よく言ってくれてたね。

 ただ、どうも馬場さんは相撲から来た人間を快く思っていない節があったようなんだ。馬場さんと2人で喫茶店にいたとき、その店に同じく相撲からプロレスに転向した選手が2人来たことがあるんだけど、彼らの仕草や態度を見て馬場さんは「天龍、あの相撲上りの奴らを見てみろよ。いつまでも相撲取りみたいな態度でいて。だから相撲上りは一般社会になじめないんだよ」なんて言い出してさ。いやいや、馬場さん俺だって相撲上りですよって(苦笑)。俺が相撲から来たことをすっかり忘れているみたいだった(笑)。

(略)

逆に、プロレスは自分より小さいレスラーと戦うとすごく楽なんだ。ジャンボ(鶴田)も俺と戦うときは楽だったろうなぁ。馬場さんやジャンボ以外にもロッキー羽田、タイガー戸口と大きい選手はいっぱいいた。俺はプロレスの中では中の上……、いや、やっぱり上の下くらいのサイズだからね。馬場さん、ジャンボと並ぶと一回り小さいもん。引退試合で戦ったオカダ(・カズチカ)も大きくて、試合開始5分で「ああ、こいつはさすが新日本プロレスのエースだな」という雰囲気と圧を感じたもんだ。格闘技でからだがデカいのは圧倒的に有利だよ。

 他に苦手だったレスラー? そうだな、苦手というより嫌いなのは大仁田厚だね。彼は自分がやっていることがすべて正義のように振舞うし、それをファンにも無理強いしているようなところがあるからね。ファンがそれで納得しているというのなら、なおさら節目でしっかりケジメをつけろと言いたい。1994年5月に俺がFMWのリングに上がって大仁田とノーロープ有刺鉄線金網電流爆破デスマッチをやったときも、俺が勝った試合後に平気な顔で引退を宣言したりして話題を持って行って、人の上前をはねるようなことをする。

 大仁田は商売っけが先に立つから、とにかく鼻について、相容れないものがある。ただ、俺が先日入院したときも気遣うメッセージをくれたんだよな……。そんなことをされたら悪口も言いづらいだろう! まったく、そういう目ざといところが大仁田らしいな(苦笑)。

(構成・高橋ダイスケ)

天龍源一郎(てんりゅう・げんいちろう)/1950年、福井県生まれ。「ミスター・プロレス」の異名をとる。63年、13歳で大相撲の二所ノ関部屋入門後、天龍の四股名で16場所在位。76年10月にプロレスに転向、全日本プロレスに入団。90年に新団体SWSに移籍、92年にはWARを旗揚げ。2010年に「天龍プロジェクト」を発足。2015年11月15日、両国国技館での引退試合をもってマット生活に幕を下ろす。

https://news.yahoo.co.jp/articles/58da9dc0b4e5f6b4ab5013d2f81d08f64538d888?page=1
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