6月4日放送の朝の連続テレビ小説『おかえりモネ』では、主人公百音の記憶の中の3・11、東日本大震災の追憶が描かれた。宮城県気仙沼の亀島で育った主人公が島外にいる間に震災は島を襲う。

この地を舞台に2010年代を描く以上、いつか震災が描かれることは予想されていた。だが、『おかえりモネ』が震災の記憶を描いたのはまだ第3週「故郷の海へ」、放送開始から1ヶ月も経っていない物語の序盤である。

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凪いだ海のように静かな『おかえりモネ』
 朝ドラの中で震災を描いた『あまちゃん』も『半分、青い。』も、物語の終盤にその歴史的災害を配置した。起承転結の「転」にあたる部分、これまでのすべてを一変させるような巨大な変動があり、主人公たちがそれを乗り越えて生きていく所で物語は終わる。作劇としては、そこに置くしかないほど園は傷は大きく深い。

 だが、『おかえりモネ』は物語の最序盤、起承転結の「起」にその記憶を描く。第3週に入る前から、主人公がかつて震災を経験したことは物語の中で暗示されていた。朝の連続テレビ小説というフォーマットの中で、このような時系列が前後する複雑な導入は珍しい。美しい映像と魅力的な人物たちを描きながら、その記憶の暗示によって物語には、楽しい場面でもどこか暗く青いフィルターがかかっているような雰囲気が漂っていた。

『おかえりモネ』はいつもの朝ドラとどこか違う、という感想がSNSを中心によく聞かれる。確かに、子役が演じる幼少期から時系列に沿ってメインヒロインに女優が交代し……という王道を踏襲せず、あえて物語が進んでから子役が演じる幼少期の記憶を振り返る脚本の構造もさることながら、全体の雰囲気がどこか凪いだ海のように静かなのである。

 1回15分の放送を再構成すれば『ドラマ10』など、夜の時間帯に放送されるテーマ性の高いドラマに見間違えそうな、穏やかだが濃密な構成でドラマはすすんでいく。

視聴率一辺倒だった価値観からの変化
 静かな朝ドラ『おかえりモネ』は、現時点では過去の名作のように大ブームや社会現象を起こすような話題を呼んでいるわけではない。前作『おちょやん』から続き、視聴率は10%台の後半で推移している。だが、とやかく言われる朝ドラの視聴率に対して、NHKのスタンスが以前とは変わってきているのも事実だ。

『おかえりモネ』初回放送2日後の5月19日、NHKの総局長会見で、前作『おちょやん』の視聴率が平均で20%を切ったことについて問われた正籬聡総局長は、

「最近はリアルタイムでご覧になる方だけでなく、タイムシフトでご覧になられる方、『NHKプラス』など見逃し配信で見て頂く方も増えている。そうした意味でいろんな視聴の在り方があると思うので、数字そのものだけでなく、タイムシフトで見られてる方や、そうした方々の反響も聞きながら、より良いドラマにしていきたい」

「(おちょやんについて)視聴者の方々からコロナ禍で不安な日本の朝に笑いと涙、元気をもらいましたという声を頂いた。私も楽しませてもらった」

 と高く評価するコメントを出した。

 視聴率が平均で20%を切ったではないか、とメディアが質問するのは、朝ドラは20%は取らなくてはならないはずだという呪縛のような空気が存在することの裏返しとも言える。だが、それに対して作品としてのクオリティで答える総局長の答えには、 NHKとしての自信が満ちているようにみえた。

 実際『おちょやん』で主人公の千代を演じた杉咲花は、いくつかのWEB記事が書いたお決まりの視聴率記事など吹き飛ばすほど女優としての評価を上げた。東京出身とは思えないほど大阪弁を見事に使いこなし、少女時代から晩年に至る幅広い主人公の人生をその演技力で表現した。成田凌をはじめとする名優たちとの相乗効果も相まって、濃密な人情劇としての『おちょやん』は作品的に高い評価を得た。

 北川悦吏子や野木亜紀子という優れた脚本家たちが「脚本家として批判を引き受ける覚悟はあるが、つらいのは主演俳優が視聴率でバッシングされること」と異口同音に語るメディアの風潮は今も存在する。 だが、『おちょやん』と杉咲花に対する高い評価は、作品や俳優の評価が視聴率一辺倒だった過去の価値観の変化を思わせる。


全文はソース元で
https://news.yahoo.co.jp/articles/80a3bd7f23393c777f8cf064627e84a92f4c0c49