対戦相手1人だけの引退試合には球界ならではの“お約束”があった。
最後は空振り三振で送り出す。
それがこの世界の暗黙の了解だった。
村田もそのつもりだった。
しかし、カウントが1―3になると、村田は試合前、広島サイドから伝えられていた言葉を思い出していた。
「佐々岡は真剣勝負をする。気持ちよくフルスイングで送り出してほしい」。

試合後のセレモニー。
球場内を一周する佐々岡が三塁ベンチ付近に歩を進めたとき、待っていた背番号25が泣きながら近づいてきた。
「申し訳ありません」。
許しを請うように佐々岡の目を見つめながら謝る村田に、右腕は静かに言った。
「これは真剣勝負。打ってくれて吹っ切れたし、悔いはないよ」。