0001首都圏の虎 ★
2020/10/08(木) 16:12:27.19ID:CAP_USER9F1撤退の方針発表があった2日、末松則子市長は仕事で外出中で、担当課からの電話で知った。「19年シーズンは3勝、20年もすでに2勝し、これからに期待を寄せていた。突然の発表に驚きと残念な気持ちでいっぱいです」。
市は市内の経済団体などと連携し、毎年のF1開催を支援してきた。モータースポーツを担当する地域資源活用課は「地元のホンダがいなくなるのは寂しいが、F1開催がなくなるのではない。ほかの多様なレースへのホンダの関わりも続く」と、冷静に受け止めようとしている。
ホンダのF1参戦は1964年〜68年、83年〜92年、00年〜08年、15年〜現在の4期あるとされ、アラン・プロストやアイルトン・セナが活躍した第2期は特に人気が高い。
4期はマクラーレンからレッドブルなどへパートナーを替え、19年のオーストリアGPで復帰後の初勝利に輝いた。06年ハンガリーGP以来13年ぶりの優勝だった。20年は新型コロナの影響で日本GPが中止されたが、9月のイタリアGPで2勝目、7戦連続表彰台を記録していた。
鈴鹿サーキットを運営するモビリティランドは、ホンダのF1撤退とF1日本GPの開催は別とのスタンス。「発表は残念だが、F1開催契約は21年まで残っており、来年は今年の分まで楽しんでもらえるよう準備する」との考えだ。チケット改革などで観客増への光も見えており、22年以降の開催継続にも前向きだとみられている。
F1日本GP開催に合わせて鈴鹿サーキットの観客席に設けられる「ホンダ応援席」は、ホンダ参画のレッドブルなどを「地元チーム」として扱い、ファンが熱い声援を送ってきた。今年は応援席を拡大する計画だったが、新型コロナで実現できなかった。来年はその分も含め、「さよならホンダ」の声援で盛り上がることになりそうだ。(中根勉)
https://news.yahoo.co.jp/articles/72d19c863244cb7088fbd2fa9fe950ff1a3f9f69
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