巨人の原辰徳監督が9月11日の広島戦で監督通算1067勝(798敗)を挙げた。これは川上哲治監督(故人)を抜いて球団史上最多。プロ野球史上でも歴代11位である。

原監督が初めて巨人の指揮を執ったのは2002年(〜03年)。06年(〜15年)に2度目の監督となり、19年に3度目のユニホームを着た。巨人で3度は原監督が初めてだ。

 現役引退時に将来、巨人に指導者として復帰したい旨の発言をしていた原監督だが、当初は采配や作戦などに関して勉強不足だったようだ。あるテレビ局で解説者として出演した時、監督として優勝経験のある同席の解説者が局の担当者にこう話したと聞いた。

「原とはもう組ませないでほしい。話が噛み合わない」

 解説がトンチンカンと言いたかったのだろう。

 その原監督は長嶋監督の下でヘッドコーチ(2000年)に就いた。巨人関係者によると、原監督は毎試合、その日の長嶋茂雄監督の作戦、采配をノートに書き留めた。その意図や是非を考え、自分だったらどうしたかをチェック。指揮官としての勉強をした。それが長嶋監督の信頼を得ることにつながり、時には試合の指揮を任せられるようになり、後継者に指名されることにつながったという。

 長嶋監督は巨人の監督勇退後、1982年に大洋(現DeNAベイスターズ)、王貞治監督は1994年にダイエー(現福岡ソフトバンクホークス)、藤田元司監督(故人)は1997年に千葉ロッテマリーンズから、その手腕や人気を買われて正式に監督就任要請を受けている(受諾したのは王監督だけ)。

 ところが、原監督は勝ち星だけでなく、昨年までの監督13年でリーグ優勝8回、日本一は3回と3人を上回る実績を残しているにもかかわらず、なぜか他球団から招聘された話は聞かない。

 近年、高く評価されているのは複数球団を優勝させた指揮官だ。野村克也監督(故人、南海=現ソフトバンクホークス、ヤクルト)や星野仙一監督(故人、中日、阪神、楽天)がいい例だ。

 ユニホームを脱いだ後、他球団から誘いがあるのか、そしてそこで結果を出せるのか。それとも豊富な戦力の巨人だから勝てただけなのか。原監督の本当の評価はまだ定まってはいないと思う。

▽富岡二郎 スポーツジャーナリスト。1949年生まれ。東京都出身。雑誌記者を経て新聞社でスポーツ、特にプロ野球を担当。

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