【音楽】薬師丸ひろ子のシンガーとしての出発点、『古今集』に見る確かな作品クオリティー
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今週は当初、別のアーティストの作品を取り上げる予定していたのだが、新作が発売延期になり、その名盤は新作の新たなリリース日近辺に改めて紹介することになった。
“さて、どうしたものか?”と思案していたのだが、そんな中、NHK BSプレミアムにて再放送された『薬師丸ひろ子コンサート2018』をたまたま観た。
これが実に素晴らしい内容であって、先々週は松田聖子、先週は中森明菜と、1980年代アイドルが続いたこともあり、これはもう今週は薬師丸ひろ子しかないだろうと決めた。
ちなみに、『薬師丸ひろ子コンサート2018』は2018年夏に映像作品としてリリースされているので
再放送を観逃した人はこちらをどうぞ…だし、今年2月には最新作『薬師丸ひろ子 2019コンサート』も発表されている。
当初は歌手デビューを本人が固辞
松本 隆、大瀧詠一という元はっぴいえんどのメンバーが携わったアルバム『風立ちぬ』を経た松田聖子が、新たなコンポーザーに松任谷由実を迎えて
「赤いスイートピー」「渚のバルコニー」「小麦色のマーメイド」というヒットシングルを連発し、トップアイドルとして不動の地位を確立したのが1982年。
その一方で、松本伊代、小泉今日子、堀ちえみ、石川秀美、早見 優、中森明菜らが相次いでデビューしたのも1982年だ
(彼女たちが“花の82年組”と括られていることをご存知の方も多かろう)。
1982年というのは本当に女性アイドルが豊作だった(豆知識:松本伊代のデビューシングルの発売は1981年10月だが、
音楽賞レースにノミネートできる新人は“前年10月から当年9月までにデビューした歌手”となっているため、彼女も82年組となっている。
つまり、厳密に言えば“1982年度組”が正しい)。そうしたテレビ中心に活躍した人たちだけでなく、この時期すでに映画女優としてそのキャリアをスタートさせていた
薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」が大ヒットしたのもこの年であったのだから、1982年というのは女性アイドル史におけるシンギュラーポイントであると言っていいと思う。
「セーラー服と機関銃」は1981年11月リリース。
これも松本伊代と同様に1982年度にカウントされるための方策だったような気がするが、そうではなく、映画の封切りが同年12月であったので、それにあわせた先行発売だったのだろう。
その歌い手であった薬師丸ひろ子は…というと、1978年に高倉 健主演映画『野性の証明』で役者としてデビューし、1980年に『翔んだカップル』で初主演。
1981年には矢継ぎ早に『ねらわれた学園』でも主演を務めていたものの、そこまでは歌手活動をすることはなかった。
『翔んだカップル』『ねらわれた学園』共に配給会社は東宝で、1980年10月に山口百恵の引退で看板スターのひとりを失ったこともあって、
同社としては薬師丸に“ポスト百恵”を期待したというが、そこでは“歌手・薬師丸ひろ子”が実現することはなかった。
歌手デビュー日も決定していたそうだが、彼女は固辞したと言われている。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200422-00380684-okm-musi
4/22(水) 19:17配信
https://image.middle-edge.jp/medium/7dfb71ef-9c5c-4291-895d-26aa2dc22ccf.jpg?1468619038
https://i.pinimg.com/originals/fc/a1/aa/fca1aaa99655c4ac68bc15badcb51cda.jpg
https://image.middle-edge.jp/medium/bb9ba0bb-93c4-4942-a292-7547bd9e7a15.jpg
https://contents.oricon.co.jp/upimg/news/20100107/72240_201001070745240001262871571c.jpg
https://www.billboard-japan.com/scale/news/00000054/54585/800x_image.jpg
https://www.youtube.com/watch?v=spdyRCGWGPA
薬師丸ひろ子 Woman"Wの悲劇"より
https://www.youtube.com/watch?v=75qLEXMeCXc
薬師丸ひろ子「メイン・テーマ」 3rdシングル, 1984年5月 [HD 1080p]
https://www.youtube.com/watch?v=Ovtu7AkiYoY
薬師丸ひろ子「探偵物語」 2ndシングル, 1983年5月 [HD 1080p] デビュー曲は年間チャート2位に
それが一転、「セーラー服と機関銃」を歌うことになったのは、映画『セーラー服と機関銃』の監督である相米慎二の鶴の一声だった。
相米監督は「お前の映画なんだから、お前が歌ってみろ」と彼女に言ったという。相米組の撮影の現場では、演技指導において罵倒されることも多々あり、
それだけでなく、棒で突かれるようなこともあったというが、『翔んだカップル』からともに仕事にしていたこともあってか、
薬師丸はその空気にも慣れ、相米監督を慕っていたそうだから、“監督の言うことだから…”と主題歌を歌うことに従ったのだろう。
そもそも映画『セーラー服と機関銃』の主題歌は来生たかおの「夢の途中」に決まっていたとはいえ、
来生版は「夢の途中-セーラー服と機関銃」として薬師丸版に先駆けてリリースされていることからしても、彼女が主題歌を歌うことは急な方向転換であったことはうかがえる。
また、「レコードにするわけじゃない」と相米が言ったという話もある。事の真偽は定かではないけれども、
薬師丸のレコーディングに立ち会った映画の助監督たちは彼女の歌に興味を示さず、その場で宴会を始めてしまったという
当時の映画職人たちの無頼漢ぶりを示すエピソードが残っているようなので、当初は薬師丸版をレコード化する予定がなかったというのはあながち、なかった話でもなかろう。
こんな話もある。当時の事務所の社長であった角川春樹氏は映画の完成試写会までその主題歌を薬師丸ひろ子が歌っていることを知らなかったという。
つまり、役者デビュー時から切望されていた“歌手・薬師丸ひろ子”は、満を持して…とか、機が熟すのを待って…とかいうことではなく、言ってしまえば偶発的に実現されたということになる。
ただ、歌手デビューしていなかったものの、アイドル女優として映画はもちろんのこと、CMモデルとしての露出でも圧倒的な人気を誇っていた彼女だけに、
当然、デビュー曲「セーラー服と機関銃」の反響にはただならぬものがあった。発売から1カ月後の1981年12月21日、シングルチャートで1位を獲得。
映画の封切りが同年12月19日だったので、当時のエンタメ業界は薬師丸ひろ子一色に染められたと言っても過言ではなかろう。
その絶頂期と言っていい当時の人気は“凄まじい”と表現するに十分なもので、それを示すエピソードを紹介するだけでも相当なボリュームになるのでここでは止めておくが、
“セーラー服と機関銃(映画)”でググって少し調べていただけると、これが大袈裟な物言いでないことが分かっていただけると思う(ぜひ調べてみてください)。
映画のほうは当時、配収10億円がひとつの壁と言われていたアイドル映画の枠を大きく超えて、23億円の大ヒット。
1982年の邦画で1位となった。主題歌は公称で約120万枚を売り上げ、1982年のシングル年間売上の2位を記録。
この年、薬師丸ひろ子はこれしか音源を発表しなかったわけだが、音楽シーンにおいても圧倒的な存在感を示したと言える。
薬師丸ひろ子以前も以後も、ブームを巻き起こし、社会現象となった女性アイドルや女優は少なくない。
しかし、彼女の「セーラー服と機関銃」ほどの特大ヒット、ロングヒットは相当に稀な出来事であろう。グループやデュオを除けば、おそらく彼女だけなのではなかろうか。
この大成功の要因は、楽曲の優秀さと彼女の確かな歌唱力にあったと断言できる。楽曲のクオリティーは聴いてもらえばよく分かると思うが、
異名同曲である「夢の途中-セーラー服と機関銃」が歌い手の性別が異なりながらも大衆の支持を集めたことがその何よりの証拠ではないかと思う。
歌唱力については、彼女に楽曲を提供して、自らもそれを歌った来生たかおが端的に言い表している。
のちに彼は[彼女のために書いた曲ではないので、アイドルとして歌うには大変難しい曲。『大丈夫か?』と思いましたが、
彼女の歌を聴いたら、音程がしっかり取れていたので『この人は音楽をやっていたんだな』と感じました]と述懐したという([]はWikipediaから引用)。
彼女は女優としていきなり映画の神様に愛された人であったが、シンガーとしても即、歌の神様の寵愛を受けた。もともとその資格が十分にあったのだろう。
https://www.youtube.com/watch?v=1uTd0tYjdrQ
薬師丸ひろ子「ステキな恋の忘れ方」 7thシングル, 1985年11月 [HD 1080p]
https://www.youtube.com/watch?v=mqmNDvszRpc
薬師丸ひろ子「語りつぐ愛に」 13thシングル, 1989年1月 [HD 1080p] 映画も歌のその品質にこだわり
「セーラー服と機関銃」の大成功は、その後、映画の主題歌をその主演女優が歌うという角川映画スタイルを作り上げるきっかけにもなった。
そのメディアミックスの手法は“角川商法”と揶揄されることもあったように思うが、今になって思うと、映画も音楽も決して粗製乱造ではなかったことは強調すべきことではないかと思う。
『セーラー服と機関銃』のあとの薬師丸ひろ子主演映画は、1983年公開『探偵物語』で1981年度ブルーリボン賞監督賞を獲得した根岸吉太郎を起用、
1984年公開『メイン・テーマ』では1983年の『家族ゲーム』がキネマ旬報で日本映画ベストワンに選出された森田芳光を起用と、
いずれも当時、新進気鋭の若手監督を登用している。
ちなみに、原田知世の初主演作『時をかける少女』は大林宣彦が手掛けたものであり、渡辺典子初主演作『晴れ、ときどき殺人』は井筒和幸によるものだ。
この辺はマネジメントが映画関連会社であることの面目躍如だったと言えるが、俗に言うプログラムピクチャー
であっても作品クオリティーを第一義に考えた姿勢は今もって大いに評価していいのではなかろうか。
音楽面では、何よりも薬師丸ひろ子の1stアルバム『古今集』に、その作品クオリティー優先の姿勢が表れていると思う。
各収録曲については一旦置いておいて、その外形上の特徴から音楽作品として真摯に制作されたことが分かる。
本作収録曲は全て初出のオリジナル曲なのだ。これはアイドルに限らず、すべてのシンガー、アーティストにおいて今も相当に珍しい事例である。
「セーラー服と機関銃」と2ndシングル「探偵物語/すこしだけやさしく」(1983年)も収められてはいたものの、それらは初回限定盤にスペシャル盤として付属していた
(つまり2枚組。2005年に『古今集+4』として再発売された時には全13曲が1枚に収められた)。
今も定番となっている“先行シングルはアルバム2曲目に置く”なんてこともしていないのである。
それは、本作のリリースが1984年2月であって、2ndシングルが1983年5月発売、3rd「メイン・テーマ」が1984年5月発売と、
どちらのシングルも発売時期が遠かったからでもあったのだろうが、一アルバム作品としてのまとまりを意識したことは確実だ。実際に聴けばそれがよく分かる。
彼女の誕生日は1964年6月9日。本作は歌手としてのデビュー作であると同時に10代最後のアルバムでもあった。
フィナーレの楽曲はこんな歌詞の楽曲で締め括られている。
https://www.youtube.com/watch?v=mjxJgNBIQwc
薬師丸ひろ子 - 時代
https://www.youtube.com/watch?v=fv44yhLI0Us
薬師丸ひろ子「スロー・バラード」 3rdシングルB面曲 [HD 1080p] 実は音痴だったんでしょ。朝ドラ見るまで知らなかった。 演技がうまくなると魅力が半減してしまう女優さんっていうのがいる
薬師丸ひろ子がそのタイプだ
「うまさ」とか、そういうのは求めてないんだよ
そうじゃないんだよ 《十代の最後の段階は/夢へ続く螺旋状/ときめきと予感で/目まいがするのよ》《今私 花なら香りもほのかに/咲き始めた》
《部屋中に散らばる 吐息は絹ずれの音/未知の世界へ そっと羽ばたきます》(M9「アドレサンス(十代後期)」)。
『古今集』に明確なコンセプトは認められないが、強いて言えば、10代の薬師丸ひろ子をパッケージした作品と言うことはできるだろう。
3rd「メイン・テーマ」の発売、あるいは映画『メイン・テーマ』の封切りにあわせて本作を発表することもできたのだろうが(セールス面を考えたらそれが普通だと思う)、
そうしなかったのは彼女の年齢も関係したと想像できる。「メイン・テーマ」の歌詞に《笑っちゃう 涙の止め方も知らない/20年も生きて来たのにね》とあることも、その説を裏付けるような気がする。
作家陣はデビュー曲からの付き合いとなる作詞家の来生えつこを始め、 上記M9を手掛けた阿木燿子や湯川れい子、
作曲家の方は、そののちに3rdシングルを担当する南 佳孝の他、大野克夫、井上 鑑らが参加。いずれも歌唱力が高いというだけでなく、
どこか高貴な雰囲気も漂わせる“歌手・薬師丸ひろ子”という素材を最大限に活かす優れた仕事っぷりを見せつけている。
大貫妙子が作詞作曲したナンバーであるM6「白い散歩道」とM8「月のオペラ」は、清水信之のアレンジの妙味と相俟って
共にヨーロピアン・テイストのあるナンバーで、映画女優としての薬師丸ひろ子のイメージを損ねないというか、銀幕のスター感があってとてもいい仕上がりだ。
一般的な注目は、やはり竹内まりや作詞作曲のナンバー、とりわけM1「元気を出して」に集まるだろうか。
「元気を出して」は竹内まりやがセルフカバーし、シングルとして1988年に発表。何でも[2011年に goo が行なっ
た「竹内まりやの一番好きなシングルランキング」では得票数トップになるなど、1980年代の名曲として竹内の代表曲のひとつともなっている]といい
([]はWikipediaから引用)、もはや竹内まりや版の認知度のほうが高いようだが、楽曲の初出は間違いなく『古今集』である。
結果としてセルフカバーであった竹内版が認知されたこともまた、本作、ならびに当時の薬師丸ひろ子の歌手活動がクオリティー優先であったことを証明する事実と言えるであろう。
個人的には『古今集』の中でもう1曲の竹内まりや楽曲であるM3「トライアングル」を相当に興味深く聴いた。こんな歌詞だ。
《本当のこと 打ち明けたら/あなたを 失うわ/長い間 親友と/呼ばれた私達 だけど/二週間も 前からなの/あなたの目を忍んで/彼とふたり デイト重ね/キスまでしたのは…》
《ときめいてる 喜びより/あなたの 悲しみが/胸の中で 邪魔しては/こぼれ落ちる涙 だけど/女の子は ずるいものね/最後の最後には/友達より 恋を選ぶ/変わり身のはやさ》(M3「トライアングル」)。
女性が友達の女性に向けて文字通り“元気を出して”というM1の一方で、こういう歌詞があるとは!? 仮にM1とM3の物語の主人公が一緒だと考えると、
恋愛ものだと思って見ていたものが一転、サスペンスになるような空恐ろしさがある。この辺はプロの作家としての竹内まりやの引き出しの多彩さに感服すると同時に、
まだ10代にもかかわらず、作家にこの子ならそうした世界観を表現できると思わせ、実際に歌い切った薬師丸ひろ子の凄みも感じるところである。
https://www.youtube.com/watch?v=9H4vJUZhsgw
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」 1stシングル, 1981年11月 [HD 1080p]
https://www.youtube.com/watch?v=I_iUcbojj2g
守ってあげたい/photo 【薬師丸ひろ子】
https://www.youtube.com/watch?v=Birsu9u2lAY
Hiroko Yakushimaru - Final Chapter 薬師丸ひろ子 「終楽章」 もっともっと〜あなたを〜
もっともっと〜知りたい〜♪ ほんとはねらわれた学園の「守ってあげたい」で歌う可能性もあったんだよね 古今集と花図鑑はほんと名盤
作家陣の名前見るだけでもニヤニヤしてしまうぐらい豪華 楽曲の出来、クオリティから言えば、このころの女性歌手の中で二番目だわな
一位はもちろん松田聖子
3番目が中森明菜
4位が難しい
小泉今日子か斉藤由貴か南野陽子で割れる 久米宏「薬師丸さんですが、今週も学業優先の為、出演いたしません。あしからず!」
徹子「あ〜〜ら残念ね〜」 声質が特殊だったので
いろんなプロデユーサー作曲家がついた結果、
楽曲に恵まれた。 一度コンサートに行ってみたい
行った人どう?やっぱ良いよね? >>25
同じようにファルセットっぽい歌唱をした渡辺典子は売れなかったのよね 今度だけはー 慰めの 言葉さえ見つからない
なんて皮肉 わたーしたち 同じ人を愛してた
トライアングル 好きだわ >>13
コーラス部出身だから
メインボール的な歌い方が出来ないと
最初の頃は思ってた
最近はマシになったと思ってたが
音楽の先生に聞いたら、音痴と切り捨てられた
昔は原田知世より薬師丸ひろ子が、ステータスは上だったんだよね。 >>31
してほしい、だったと思うが
たしか大瀧詠一がテープ編集で「いー」の部分は同じ1テイクを全部のものと差し替えて使ったとか聞いたことがある 若い頃の薬師丸はなんとも思わなかったが、今はいい感じに女性らしさが出て歌も上手くて好印象 >>7
この人、歌はさほど上手くは無いけれど声で得している。 高校生の頃薬師丸ひろ子の朝のラジオ番組を目覚まし変わりにしてタイマーセットしてたな。 古今集は当時売る気ないんだろと思ったわ
シングルカットして売るぞっていう曲がない
良い意味での殿様商売 >>2
あなたの背後で黙りこむ
身動きも出来ないの 夜ヒット初登場を見たら、すでにアイドル女優としてはブレイクしてて
歌での成功は約束されてたようなものだったんだな
最初は子役みたいなもので、歌でアイドル化したのかと思ってた 探偵物語は大瀧・松本コンビの提供曲の中で1番好きだし、鈴木茂のソロが本当に美しい
唯一の欠点はタイトルが映画のタイトルそのままってこと 優しい人が言いましたいま天に星、地には花、君に愛を この人の歌声は本当に素晴らしい
玉置なんかに躓かなけりゃ日本を代表する女優・歌手になってと思う 映画「探偵物語」は松田優作の黒歴史だと思う
ああいうのじゃないんだよ、優作はw どう聴いても上手いだろ
おまえら、倉木麻衣や松任谷由実を聴いてみろ 初回限定版の2枚目は半透明のレコードなんだよな。
傷つけるのが嫌で取り扱いに気使ってた。
いまだに実家に保管してる。 >>5
> 薬師丸ひろ子以前も以後も、ブームを巻き起こし、社会現象となった女性アイドルや女優は少なくない。
> しかし、彼女の「セーラー服と機関銃」ほどの特大ヒット、ロングヒットは相当に稀な出来事であろう。
> グループやデュオを除けば、おそらく彼女だけなのではなかろうか。
歌うスター、ってのは1960年代とかの方が多かった気がする。
吉永小百合だって大ヒット曲が何枚もある。 探偵物語は個人的には衝撃的だった
歌そのもののメロディの美しさもあるけど綺麗な歌声が歌の魅力を引き立ててた
あとボブの髪型も似合ってた
最高だったなぁ >>35
本当にいるかどうか知らんが音痴がどういうものか分かってない音楽の先生ってのも大概だな 中森明菜を美空ひばり以降の昭和の歌姫視する奴多いけど
個人的には断然薬師丸ひろ子だわ 薬師丸も一時期は歌手活動をやめていた
再評価されだしたのは割と最近 >>65
だな
最近、懐かしくてBlu-rayで購入した
ラストシーンのキスは必要ないけど、音楽含めて終わり方も好きだな 後に松田優作があのキスシーンの時に強引に舌を捻じ込んでやったと語っていたよな >>49
角川のメディアミックス宣伝がスゴかったからな
今だったらステマって叩かれてただろうけど
本人に実力と才能があったから今でも一線でやれてる >>12
敵か味方か3対3で恋に落ちた俺の勝ち
小3くらいの頃だけどw >>67
好みの違いだろうけど、中森明菜ファンは本人への思い入れも多分に入ってるとこはあるね Womanは薬師丸ひろ子の声質と歌の上手さを十分以上に引き出した名曲。
曲と声のマッチングのレベルがこれ程高い曲はそうそうは無いぞ。 >>79
その通りです
この曲は正真正銘の音痴である松任谷由実が薬師丸に歌ってほしいと作った曲だ
女の歌なのに男が聴いても痺れます こんな時こそ薬師丸ひろ子に心の瞳をカバーしてほしい
薬師丸ひろ子の歌う心の瞳が聴きたい >>30
渡辺典子の歌声も大好きだ
曲をたくさん出してた頃は歌も上手かった 歌手として再認識したのも露出増えたのもあまちゃんからか
のんはいまだに放送ではNHKしか使わないんだよな
芸能プロとパチンコは滅ぼすべき 大昔は角川映画の女優として好きだった薬師丸ひろ子と原田知世
その後まさか歌手としての薬師丸ひろ子や原田知世が好きで聴くようになるとは思わなかった >>25
ユーミンみゆきまりやの揃い踏みはなかなか出来ない
(唯一か?) 島田紳介がなぜかみょうに渡辺典子をかわいがってたんだよね
典子のほうも紳介を慕ってる感じがあった 電電公社からNTTに変わった時の顔となった人でもあるな >>28
アラフィフぐらいだとそこまで薬師丸のファンじゃなくても聞き覚えのある曲や口ずさめる歌が多いのが強みだな
知り合いに誘われてももクロのライブとか行ったら二曲しか知らなくて地獄だった セーラー服と機関銃の映画版オリジナル?の方って変なエコーかかっててクソだな
聴くだけなら純粋に薬師丸ひろ子の声が堪能できるバージョンの方がいい
まぁ演奏は映画の方がいいかなって気もするけど 角川映画スペシャルに入ってるやつだな多分
これのセーラー服と機関坊が一番いい >>7
本当に声がいいよね
コロコロとしたら玉のような声
聴き心地がいい透き通るような声 >>93
一昔前は東芝EMIヴァージョンが主に流通してたから聞き慣れてるだけかも。
いまはオリジナルがユニバーサルの持ち物だからどこにでも出てくるけど。 薬師丸ひろ子は声が全て、聴いた瞬間にゾクッとする。beckのコユキみたいな感じ 生まれて初めての口づけを中年のオジンにあげてしまいました
ワタクシ愚かな女になりそうです マル あの聖子ちゃんでさえ勝てなかった
昭和アイドル最強の1枚が古今集
聖子ちゃんは元気を出してみたいな曲がなかった >>56
なんかとはなんだ
ああいう経験があるから
ここまでの歌手、女優になっているんじゃないか ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています