集中砲火のバッシングを浴びせる世の中の動きについては、正直「どうかしている」と思わざるを得ません。
世論のムードに流されるように、なんでもかんでも“自粛”するのは文化にとっても損失です。
そして、復帰の道を閉ざしてはならない――。/文・白石和彌(映画監督)

僕は映画監督を生業にしていますが、まずはじめに申し上げたいのは沢尻エリカさんとは一面識もないということです。
今回彼女がなぜ逮捕されるに至り、薬物をどれほど使用してきたのか。報道されていること以上を知りうる立場にありません。

もちろん彼女が法を犯したのなら、その罪を償うのは当然のことです。
違法薬物の使用を擁護するつもりはさらさらありませんし、法の下で処罰されるのも当然と考えます。

しかしながら、彼女が逮捕されて以降、まるで「水に落ちた犬を打つ」ように彼女のこれまでの業績のすべてを否定し、
集中砲火のバッシングを浴びせる世の中の動きについては、正直「どうかしている」と思わざるを得ません。

このままでは彼女が今後クスリをやめ、再起を図ろうとしても、そのスタートラインに立つことすらできなくなる。
本当にそうなってもいいのか――僕の主戦場はあくまで「映画」です。しかし、私的リンチを執拗に繰り返す、この社会の不寛容さへの疑問から、
今日はあえてお話しすることにしました。

沢尻さんが演じる予定だった帰蝶(濃姫)は、のちに織田信長の正妻になる人物で、ドラマのキーパーソンの1人なんだそうです。
沢尻さんは初回から出演予定で、既に10話程度まで撮影を終えていると、逮捕から少しして伝えられました。

それに対して「ギャンブル依存症問題を考える会」代表の田中紀子さんが中心になり、
ネット上で「NHKは大河ドラマ『麒麟がくる』沢尻エリカさん収録分を 予定通り放映してください!」とするキャンペーンを展開、
僕はいち早くその運動に賛同の意を示しました。

結局、NHKは11月21日に、沢尻さんの代役を女優の川口春奈さんが務めると発表。
その決定自体は残念でしたが、キャンペーンにはわずか3日で3万人以上の署名が集まったそうです。

僕は、出演している俳優が不祥事を起こした時に「作品に罪はない」という理由ですべてをなかったことにしていいとも思っていません。
たとえば、出演者が殺人を犯したとか、“被害者”を伴う凶悪事件を起こしたとすれば、放映や上映を自粛することも必要だと考えます。

どんなテーマの作品なのか、どんな事件だったのかなどをきちんと議論して、ケースバイケースの判断が求められると思います。
その意味で今回の沢尻さんの件は被害者がいるわけでもないし、薬物依存というのは「病気」の側面もある。
彼女の社会復帰の芽をつぶさないためにも、代役は立てないほうがよいと僕は考えたのです。

僕が今どうしても馴染めないのは不祥事があればその内容は問わず、とにかく自粛や謹慎は当たり前だとする風潮です。
例えば、お笑い芸人のチュートリアル・徳井義実さんのケースです。

税金の申告漏れが発覚して、出演していた「いだてん」の登場シーンは再編集で大幅カット。彼自身も活動自粛に追い込まれましたが、
正直僕にはなぜそこまでしなければならないか、あまり理解できません。誰かに被害が及んだわけでもないし、
結果として、徳井さんは追徴金を含めて税金を支払っています。会見も開き、自分の言葉で謝罪もしたのに、
なぜ何カ月も表舞台に出られないほどの責めを負わなければならないのでしょうか。

申告漏れの額が大きかった、税逃れの手口が巧妙で悪質だった――そういう批判もあるのでしょうが、
それは税務署が問題にすべきことではないでしょうか。だからこそ追徴金も払ったというのに、
それでも徳井さんをなおバッシングするこの社会の風潮はなんなのかと思うのです。

無論、一種公人的な側面がある芸能人に一定程度の倫理や規範意識を求めるのも仕方ないとは思いますが、
過剰に潔癖であることを求めるのも「いかがなものか」と思います。

勝新太郎さんや萩原健一さんがかつて不祥事を起こしたときにこれほどまで強くカムバックを許さない不寛容な空気があったでしょうか。
少しでも悪い面があったら、一気に全人格を否定し、些細な間違いでもあげつらい、晒し者にすることに何の意味があるというのでしょうか。
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